曰く付きの編入生
『マスキャッチャーが起動します。グラウンド周辺にいる方は直ちに退避してください。繰り返します――』
それは、いつも通りの登校風景のはずだった。
突如として鳴り響いたサイレン。
それと同時に、リラフィリア機甲学校のグラウンドに備え付けられたマスキャッチャーが起動する。
「なんだなんだ!?」
「マスキャッチャーが起動って……どういうこと?」
「何か、来んのか?」
あまりに突然のことで、生徒たちの間でそんな言葉が飛び交う。
すでに校舎の中に居た生徒たちも窓から身を乗り出し、グラウンドへと目を向けている。
その数秒後――――
ゴォオオウン!!
激しい音と衝撃と共に、1騎の機甲装騎がマスキャッチャーへと着地した。
「何だ、あの機甲装騎?」
「まるでパッチワークみたいな装騎ね」
「もしかして、噂の――――」
「そう言えば、見たことある」
白く輝くガブリエル型の頭部、深く青いジェレミエル型の両腕、漆黒に照るヘルメシエル型の両足、そして、どこかチョコケーキのようにも見えるハラリエル型の胴体。
そんな継ぎ接ぎの装騎は――そう、“あの戦い”にて使用した装騎スパロー。
「ここが――――リラフィリア機甲学校……」
サエズリ・スズメは、装騎スパローのコックピットから身を乗り出すと、そう呟いた。
それは“あの戦い”の後――――スズメの元にチューリップ・フランデレンが尋ねて来て、言った。
「サエズリ・スズメ――――お前は、今後どうする?」
「どうする、ですか……?」
「私は――ステラソフィアを、機甲科を立て直そうと思ってる」
「!!」
スズメが経験したあの戦い――“旧マルクト神国側”では「最終防衛戦」と呼ばれるその戦いにおいて、マルクト神国は政治をはじめとしたあらゆるものの中枢であるシャダイコンピュータのメインサーバーを破壊されその機能を停止した。
機能を失ったマルクト神国は、この決戦を主導した悪魔派組織グローリアのリーダー、コンラッド・モウドールが大統領に就任。
シャダイによる君主制から共和制に変わり、名をマルクト共和国と改めた。
マルクト神国の侵攻が発端となった世界大戦も終結し、学生を戦場に出す必要のなくなった各機甲科ではそのカリキュラムの再編を急いでいた。
「再スタートするには、色々と障害もあるだろう。特に、ステラソフィアは、な」
そんな中、ステラソフィア機甲科はスズメ以外の全生徒が殉死したということもあり、機甲科の再開にも長い時間がかかることが予想されていた。
「もし、機甲科が再スタート出来たのなら――――」
「戻ってきます」
フランが皆まで言い終わるより早く、スズメは言った。
「また、ステラソフィアで――機甲科で過ごすことができるんだったら、私は絶対、ステラソフィアに戻ってきます」
その思いは、大勢の仲間が死んだからこそスズメの中に芽生えた思い。
「分かった」
スズメの思いにフランは頷く。
「1年だ――1年でステラソフィア機甲科を立て直してやる」
その後、フランとの相談によりスズメはリラフィリア機甲学校へ1年間編入されることになったのだった。
始業式も終わり、クラスホームルームの時間となる。
気のせいだろうか?
クラス中の視線がスズメに向けられている気がする。
いや、気のせいではない。
事実、誰もがその視線をスズメへと向けていた。
「ハロー、みんな。私はマーキュリアス・フレダ。今日からリラフィリア機甲科2年生の担任になるわ。よろしくね」
黒いスーツの上から、丈の長い白衣を纏った女性マーキュリアス・フレダ。
彼女がこのクラスの担任だ。
「例の戦いで機甲科をやめる人が増えて、ここの機甲科も人数がかなり少なくなった中、新しい仲間が加わったことは周知の通りだと思うけど……」
そう言うフレダの表情はどこか翳っているのが分かる。
新しい仲間――スズメに向けられるその視線が歓迎ムードではないことをヒシヒシと感じるからだ。
「――新しい仲間に自己紹介をしてもらうわね。スズメちゃん、前に出て」
「……はい」
どこか険悪な雰囲気と、トゲトゲしい視線に打たれながらもスズメは前に出る。
「ステラソフィア女学園から、1年間――この学校でお世話になります。サエズリ・スズメです。よろしくおねがいします」
そう自己紹介するスズメの前で、どんどんと広がっていくヒソヒソ話。
明らかな悪意を感じ、スズメは思わず目を伏せた。
「スズメちゃんはこれからチーム・ウレテットに所属してもらうことになるわ」
「ウレテット、ですか」
「このリラフィリア機甲科ではチームごとに席がまとまっているから、スズメちゃんはあの席に座ってね」
フレダに示されたのは、教室の後ろ――右隅窓際の席の一つ前の席。
「チームリーダーのカレルくん。スズメちゃんをお願いね」
フレダの言葉に頷いたのは、教室の窓際一番隅っこの机で踏ん反りかえる1人の男子生徒。
どことなく偉そうな雰囲気を醸し出し、スズメはどこか「苦手なタイプだ」――そう感じる。
「それじゃあスズメちゃん。席に座って」
「はい」
フレダ先生に促され、スズメはカレルと呼ばれた男子生徒の前の席へと腰を掛けようとした。
その時、
「キミが今日から俺のチームに入るスズメくんだな?」
カレルに呼び止められる。
椅子の背もたれに深くもたれながら、足を組み、どこか作ったような声音でカレルはそう言った。
「俺の名前はイェストジャーブ・カレル――このチーム・ウレテットのリーダー――――つまりは……王者だ」
「何バカなこと言ってるのよ」
そう言いきったカレルの頭を、カレルの隣に座った女子生徒が思い切り叩く。
「サエズリさんごめんね。コイツ、莫迦だから」
「は、はぁ……」
「わたしはニェムツォヴァー・カナール。同じチーム・ウレテットよ。宜しくね」
綺麗な金髪で活発さと上品さを併せ持つような女子生徒カナール。
他の生徒たちと違い、どこか明るくスズメへとそう声を掛ける。
「あはは、万年最下位のチームのリーダーで威張るっていうのもどうかと思うよね」
今度は、スズメの隣の席に座る色白で綺麗な少年がそう笑った。
「ボクはジュルヴァ・レオシュ。ボクもこのウレテットなんだ。宜しくね」
そう微笑むレオシュの表情は、男性の割にはどこか可愛げのある笑顔だとスズメは思う。
「えー、ゴホン」
そこで仕切り直すかのようにわざとらしい咳込みをすると、カレルが言った。
「各員の紹介も終わった所で、俺から1つ言わせてもらう」
「なんですか……?」
カレルの物言いにどこか警戒するスズメ。
だが、その警戒は杞憂だったとすぐに理解する。
「ようこそ、チーム・ウレテットへ! 俺達は君を歓迎する!」
そう口にするカレルの表情は、ただひたすら真っ直ぐに、心からの歓迎をスズメに伝えたのだった。
「今日から貴女にはこの部屋で暮らしてもらうわね」
「フレダ先生……色々と、ありがとうございます」
「良いのよ。妹の後輩だし。こんなことくらいしかできないけど」
放課後、スズメとフレダの二人はリラフィリア機甲学校が存在するバーリン市街――そのとあるアパートの1室へと来ていた。
リラフィリア機甲学校へ編入することが決まったスズメだが、リラフィリアはステラソフィアと違い寮は無い。
なので、フレダが“スズメ達”の住む場所の面倒まで見てくれたのだ。
「ここが今日から私達の部屋だよ、アナヒトちゃん!」
「……うん」
そう、この部屋に住むのはスズメだけではない。
元より身寄りの無かったアナヒトもスズメと一緒に暮らすことになったのだ。
「これから、2人の生活が始まるんだね……」
「うん。スズメと、一緒」
新しい学校、新しい仲間、新しい場所に、新しい生活。
スズメの新たな物語が、今、幕を上げた。