シークレット・バトル!
それは、スズメがアナヒトの元へ向かおうと神都カナンの路地裏へと入った時のことだ。
「貴様ら――――こんなことをしてタダで済むと思ってるのか!?」
路地の奥から聞こえてきたのは、女性の声。
その内容、口調から明らかに関わり合いにはなりたくない状態なのは確かだが、とりあえずこの場をやり過ごそうとスズメは身を隠す。
「勝負は勝てばよろしいの。どんな手を使ってでもねぇ!!」
「下衆が……ッ!!」
「うふふふ。では、この後の装騎大会、楽しみにしております」
隠れるスズメの視界に1人の女性が入った。
どこかお嬢様のような気品も感じる金髪の美女。
その周りには3人の取り巻きの姿もある。
「あの人は――黒薔薇」
スズメはその女性の姿に見覚えがあった。
デイリィ装騎の注目の新人特集で出ていた――タークイン・ショウビ――通称黒薔薇。
ここの所の大会成績は全てトップ。
連勝記録をどんどん更新している注目の女性騎使だった。
ショウビとその取り巻きがその場を去った後、スズメは恐る恐る角から顔をのぞかせてみる。
そこには、険しい表情で地面に座り込む女性の姿があった。
体中ボロボロで、さらに彼女の背後には彼女のもとと思しき機甲装騎が1騎鎮座している。
「あの……大丈夫、ですか?」
体中傷だらけの彼女を放っておくことはさすがにできず、スズメは女性へと声を掛けた。
スズメの声にビクンと体を震わせながらも、女性はそっと顔を上げる。
薄桃色の長髪に、結構整った顔立ち――――意外と美人だ、とスズメは思った。
「見ていたのか……?」
女性は開口一番そう尋ねてくる。
スズメはどう答えようか一瞬迷ったが、正直に言った。
「見ていた――というか、少し聞いて、ました」
「そうか……」
「あの、さっきの黒薔薇、ですよね。何かトラブルでもあったんですか?」
うなだれるだけで何も語る様子の無い女性に、スズメは思わずそう尋ねてしまう。
「…………ヤツは、私の試合相手だ」
彼女はその名をパラミディス・シャロットと言った。
シャロットが言うにはこんな話だった。
今日この神都カナンで聖騎士祭と言う名の装騎バトル大会が開かれるらしい。
その大会でシャロットの対戦相手となったショウビ。
大会に備え、機甲装騎の整備をしていたシャロットの元にショウビが姿を現す。
そこでシャロットはショウビに八百長の話を持ち掛けられた。
そう、黒薔薇ショウビは八百長を持ちかけることで今までの勝利を確固としたものにしていたのだ。
だが、その話を受け入れるつもりは毛頭無いシャロット。
その結果が今のシャロットの状態だった。
「それで黒薔薇に――――やられたんですね」
「……ああ」
全身ボロボロなシャロット――――彼女のその姿は黒薔薇とその取り巻きの仕業で間違いなかった。
「許せないですね……」
「できるものなら、ヤツに一泡吹かせてやりたいが……この体と、この装騎では……」
シャロットの言葉にスズメは彼女の装騎へと目を向ける。
装騎は細身のシェテル型――その名をプロヴァンスと言うらしい。
彼女自身もボロボロだが、装騎プロヴァンスもショウビの一派に弄られ、見た目では分からないがまともに動かせるとは思えないという。
「見てみます」
スズメは開けっ放しになっていた装騎プロヴァンスのコックピットへと乗り込むと、装騎のシステムをチェック。
「……関節系へのダメージが大きいですね。それに、OS自体もいろいろ弄くられて滅茶苦茶…………シャロットさん、聖騎士祭の試合が始まるのはいつですか?」
「正午からだが」
「あと1時間も無いですね……何とか動かせるようにしてみます」
「いや待て、動かせるようにしたからと言って――――」
「私が、シャロットさんの代わりにこの装騎で出ます!」
そして正午――――聖騎士祭の会場となる屋外バトルフィールドにスズメが乗り込んだ装騎プロヴァンスの姿があった。
試合は着実に進み、そしてスズメとショウビの戦いの順番が来る。
「あらあら、そんなボロボロの機甲装騎で来るなんて……大丈夫かしら?」
ショウビの装騎はラドゥエリエル型の装騎タークイン。
ショウビの装騎タークインとスズメが駆る装騎プロヴァンスが相対する中、ショウビがスズメへとそんなことを言った。
彼女はこの装騎プロヴァンスに乗っているのがスズメだと気づいていない。
スズメも、1言も言葉を発しはしない。
「この黒薔薇と口も聞きたくないとでも言いたいのかしら? いいわ、バトルで最後の止めを刺してあげましょう」
そして、試合は始まった。
最初に動いたのは装騎タークイン。
装騎の丈ほどあるグレートレーザーソード・マジェスタを構えると一直線に装騎プロヴァンスへと距離を詰め、その刃にレーザーの輝きを灯したマジェスタを振り下ろす。
「……っ!」
回避しようとする装騎プロヴァンスだが、足が地面に突っかかり、つんのめる。
「ふふふふふ、無様ねぇ! 装騎の調整は外だけじゃなくて中身もちゃんと行わないといけませんよ!!」
地面に倒れ伏す装騎プロヴァンスに向かって、装騎タークインが止めと言わんばかりに再度マジェスタを振り下ろした。
その1撃は――――だが、装騎プロヴァンスには当たらない。
「お、これは良いですね」
スズメはそう独り言つ。
何が良いのか――――その理由はこれからの戦い方を見たらすぐ分かるはずだ。
「コイツッ、チョコマカと――――ウザったいですわ!!」
地面に寝転がる装騎プロヴァンスを破壊しようと、何度もマジェスタを振り上げ、振り下ろし、振り上げ、振り下ろす装騎タークイン。
そんなショウビをあざ笑うように、装騎プロヴァンスは地面を転がりながらその攻撃を回避する。
「そろそろ、ですかね」
「コイツゥゥウウウウウウウウウウウウウ!!!!」
装騎プロヴァンスの動きと、そしてそんな相手に一撃も当てられないことに苛立ちがマックスになったショウビは叫び声と共にマジェスタを振り下ろそうとした――――その時だ。
ゴゥギン!!
激しい音が鳴り響く。
それと同時に、装騎タークインの肩から力が抜けたように腕を振り下ろされると、その両腕は動かなくなった。
「そんな、そんなそんなそんな!」
「肩が脱臼しちゃってますね。グレートソード系は重いですからね」
怒りと装騎の肩が動かなくなったことへの焦りから、錯乱状態に陥ってるショウビ。
その間、装騎プロヴァンスはゆっくりと立ち上がる。
そして、その手に持った超振動剣コルタナを突き刺した。
「ありがとう!」
ショウビに一泡吹かせられたシャロットが、スズメにそうお礼を言う。
「いえ、私もちょっとむかついたので……でも、それよりも…………」
「……ああ、ヤツからの報復とかが無いか心配だが――――大丈夫。これでも荒事は得意なんだ。さっきは不意打ちで情けない姿を晒してしまったが……一先ず、私は家に帰るとする」
そう言いながらスズメへと背を向けたシャロットにスズメは言った。
「お気を付けて……!」
スズメの言葉に、手を振りながらシャロットは路地裏へと消えていった。