新年ですよ!
「なぁ、知ってるか?」
「何をですか……?」
12月31日の23時――――年明けを前にして、ツバサがこんなことを口にする。
「12月31日から1月1日に日付が変わるその瞬間にジャンプをすると異世界に迷い込むっていう話」
「年明けを前にして何を言ってるんですの」
大真面目な表情でそういうツバサの頭を軽く叩きチャイカが言った。
「どうだ? やってみる?」
「やめといた方が良いんですよー」
そこで声を上げたのは何故かマッハ。
「マハの知り合いに、その噂を実践して行方不明になってるヤツがいるんですよ!」
「……本当か?」
「マジもマジ。オーマジなんですよ!」
そう言うマッハの表情は居たってマジメ。
体の良い理由を付けられて縁を切られただけかもしれないが、それはそれで悲惨である。
「幽霊とかいる世の中ならそういうのも案外……」
「幽霊?」
「何でもないです」
スズメはそう言うとそばを1口すすった。
「しっかし、このそば結構おいしいな」
「ウィリアムバトラーのイヴァちゃんから頂いたのですわ」
「学祭の時に出しやがってたヤツなんですよ!」
年越しそばとしてチーム・ブローウィングの4人が食べているのは、イヴァが学祭の時にも持ってきた中華そば。
実家からたくさん送られてくるのか、持て余したイヴァがいろんなチームにそばのお裾分けをしており、スズメたちブローウィングももらったそのそばを食べていた。
「そう言えば、チャイカはパーティーとか無かったのか?」
「本当はあるのですが――みんなと一緒に過ごしたいと、お父様に無理を言って」
「そーなのか。まぁ、チャイカが良いなら良いけど」
そうこうしている間に、時間は0時前――――つけっ放しになっているテレビでは新年を前にしてカウントダウンを始めている。
「お、もう日付変わるのかー。10、9、8……」
テレビのカウントダウンに合わせてツバサもカウントを口ずさみ始める。
ふとチャイカはSIDパッドへと目を向けた。
そして、あっという表情を浮かべる。
「3、2、1、明けましておめでとう!!」
「おめでとう何ですよォ!!」
「まだ明けてませんわよ」
「えっ!?」
一気にそう声を上げたツバサとマッハに対して、チャイカが冷静な声で言った。
「え、でも、テレビで!」
「さっきのはカウントダウンの練習ですよ?」
じーっとテレビを見ていたスズメがそう口にする。
そう、さっきまでテレビでしていたカウントは、年明けのカウントダウン――の練習だったのだ。
「ええー…………」
「何なんでやがりますかソレはァ!」
「あ、始まりましたよ。カウントダウン」
「今度は本物なのですわ~」
「3、2、1――――明けましておめでとうございます!」
「明けましておめでとうございますですわ~」
「明けましておめでとー」
「おめでとーなんですよー」
さっきのリハーサルに騙されエネルギーを持って行かれたのか、若干覇気のないツバサとマッハ。
年明けと同時に、スズメのSIDパッドにイザナやサリナ、イヴァからメールが入る。
「お、初着信か」
「そうですね」
ツバサの言葉にスズメは頷いた。
「それで初返信なんですよ!」
「そ、そうですね」
年明け特有の奇妙なノリの2人に、スズメはだが気にしないよう努めながらお茶を1口すする。
「初飲みだな」
「初茶なんですよ!」
「あの……ツバサ先輩、マッハ先輩…………」
「おおっ、初呼び初呼び!」
「初呼びなんですよー!」
この2人、とてつもなくウザったい。
「ツバサ先輩、マッハちゃん?」
「おおっ、チャイカも初よ――――」
「………………」
2人のテンションに困った様子のスズメを見兼ねて2人に呼びかけるチャイカ。
その表情を見たツバサとマッハは一気に声を沈ませた。
「すっごく……ウザいのですわ♥」
「す、すみません」
「ご、ごめんなさいなんですよ」
「スズメちゃんもこういう人にはビシッと言ってあげませんと。そう簡単に凹むようなタイプでも無いですし」
「そう、ですね」
実際、ツバサもマッハもタフな方――――少し暴言を吐かれたくらいで折れるようなタイプではないだろう。
「と、言うことでスズメちゃん。1発かましてやっちゃっていいのですわ~!」
「ええ!?」
「……わ、分かった。来い! 何とでも言え! スズメちゃん!!」
「ぐ、ぐぅ……しゃーねーんですよ! 来やがれですよスズメ後輩!!」
「わかり、ました……」
スズメは意を決すると、言った。
「ツバサ先輩、マッハ先輩――――くたばれ」
「くたばれ!?」
「グフッ、少し予想外の言葉選びなんですよ……」
「アンタら年明けから楽しそうね」
不意に第3者の声が投げかけられる。
「あら、カラスバ先輩じゃないですか」
そう、その場に現れたのは缶ビールを片手に引っさげたカナン中央憲兵団憲兵長でチーム・ブローウィングOGカラスバ・リンだった。
「明けましておめでとう」
「カラスバ先輩おめでとうございまーす」
「お年玉を出しやがれなんですよ!!」
「あるんですか!?」
「無いわよ」
リンの言葉に、あからさまにガッカリした様子のツバサとマッハの2人。
スズメは「そりゃそうですよね」と2人の様子に苦笑する。
「現金じゃなくても、何かないんですか? 何もないなら何で顔出したんですか?」
「意外と辛辣なこと言うわねツバサ……」
はぁ、とため息を吐くと服のポケットを探り何かないかと探し出した。
「ああ、裂きイカがあるわ」
そう言うと、テーブルの上にポンと未開封の裂きイカの袋を放り投げる。
「裂きイカって……」
「最近職場が禁煙になってね。仕方ないからソレくわえてるのよ」
「ソレくわえてるんですか」
「あと、この部屋も禁煙なのですわ」
「…………」
朗らかにそう言うチャイカに、リンは表情を歪めながら手に持ったタバコのケースを胸ポケットへとしまいなおした。
「何アナタたち。この私にさっさと帰ってほしいと?」
「ってか、本当に何しに来たんですか?」
「年明けにかわいい後輩たちの顔を見に来たのよ。そんじゃ、私は帰るとするわ」
そう言うと、リンはブローウィングの部屋を後にした。
「結局、裂きイカしか置いていかなかったでやがりますね!」
「そうですね」
「ところで、初日の出見に行く?」
「あ、良いですね!」
不意に話が初日の出の話になる。
まだ時刻は1時頃――――まだまだ時間はあるのだが。
「それじゃあ、もうお布団に入りますの?」
「何言ってるんだよ! 徹夜するに決まってるだろ!」
「決まってるんですよー!!」
「徹夜して初日の出ですか――――! これは、ダメなパターンですね!」
「いやいやいや、スズメちゃんそんなこと言うなって!」
「そーなんですよ! 絶対眠らないんですよォ!」
そう言いながらツバサとマッハがトランプや双六などゲーム類を部屋から持ってくるとテーブルの上に並べ始める。
「さて、何からする?」
「やっぱベタに大富豪からやりやがるんですよー!」
「チャイカもやるだろ?」
「仕方ないですわねぇ」
そして、大富豪を始めるブローウィングの4人。
だんだんと夜も更けて来て、そして朝。
窓から差し込む完全に登り切った太陽の日差しでツバサは目を覚ます。
暫くボーっとしたように周囲を見回し、時計へと目を移した。
僅かな静寂が続いた後、ハッとしたツバサが声を上げる。
「しまった、寝過ごした!!」
「だから言ったじゃないですかー」