スズメとイザナの復活・名装騎!
それは、1ヶ月ほど前まで遡る。
サヤカ先生が担当する授業で、ステラソフィア1年生にこんな課題が出されていた。
「アンタ達。2人1組でチームを組んで100万ペニーゼでマトモに動く装騎を買ってきなさい」
サヤカ先生の言葉に、(また無茶なことを……)と言う空気が一年生達の間に流れる。
「先生。機甲装騎の相場は600万くらいで、中古でも100万だと……」
「そんなことは分かってるわよ。だから今回は100万で装騎の購入とレストアをしてほしいって言ってんの」
サリナの言葉にサヤカ先生はあっけらかんとそう言った。
(いや、だから無茶だって……)と言う空気が1年生達の間に流れるが、サヤカはそれを無視して言葉を続ける。
「装騎や部品の調達ルートとかは問わないわ。とりあえず、100万と言う資金内で最低限問題なく動く機甲装騎を作り上げればいいの」
「修理用の道具とか機材とかはどうすればいいんですか?」
「アンタらも騎使なら少しくらいそう言うの持ってるでしょ? そうじゃなくても、技術科の設備とかも使っちゃっていいから。それならプライスレスだしね」
「はぁ……」
「んじゃ、11月最後の授業くらいまでには完成品が出せるようにしてほしいわ。お願いね」
と、言うことでステラソフィア1年生達は装騎の購入から修復作業を課題として出されていたのだった。
2人1組と言うことで、誰と誰がペアを組んだのか――それは言わずとも知れた話。
スズメとイザナの2人は、さっそく装騎の購入作業へと取り掛かった。
「スズメは装騎の整備とかもできるんだっけ?」
「多少はできるよ!」
「それなら、役割分担をしましょうか。私が装騎と部品を調達するわ。スズメは修復作業をお願い」
「そうだね。私も、装騎を買うっていうのはちょっと自信ないし。やっぱり安く買うならオークションとかの方が良いのかな?」
「そうね、ネットとかで探して持ち主と直接交渉する、とかね。まぁ、ソッチは私がなんとかするわ」
役割は装騎と部品の調達がイザナ、装騎の修復がスズメと言う分担。
イザナは早速、ネットを使い格安の機甲装騎を探し始めたのだった。
「と、言うことでセイジョーさんのお宅へ来ているわ」
ネットで装騎の情報を漁っていたイザナが見つけたのはセイジョーと言う貴族の家。
前当主であるセイジョー・アマタカが趣味によって様々な装騎をコレクションしていたのだが、アマタカ氏の死去によりコレクションの処分に困った肉親達によりそんなコレクション達が売りに出されているのをイザナは見つけたのだ。
そんなイザナを迎えたのは、アマタカ氏の妻であるセイジョー・オユキ。
それなりの歳でありながら、元気の満ち溢れる老婆だ。
「いらっしゃいませヒラサカさん。お待ちしてましたよ」
「ありがとうございます。早速だけど、装騎を見せてくれませんか?」
「はい、こちらへどうぞ」
イザナが通されたのはセイジョー家の屋敷、その地下にある装騎ガレージ。
そこには様々な装騎が飾られている。
よく見ると、マルクト神国だけの装騎ではなく、マルクト神国に併合された国々が、併合前に使用、製造していた装騎もチラホラとあった。
「凄いわね……どれも状態も良いし、レアな装騎もあるわ」
SIDパッドを使用し、ネットに表示されている売り出し価格とも見比べながらそれぞれの装騎を見て回る。そんな中に、イザナは1騎の機甲装騎の姿を見つけた。
新品同然で飾られる装騎達の中、唯一使いこまれたようにボロボロで、そしてネットでも売り出されていない機甲装騎。
「これは……」
「確かその装騎は……スニェフルカ、とか言ったかしら」
ヴゾル26スニェフルカ――“雪のように白い少女”と言う名前を持つその装騎は、聖歴126年に開発された旧チェスク共和国の初期の装騎の1つ。
チェスク共和国がマルクト神国に併合された後も、チェスク区警備隊などに使用された軽量装騎の傑作騎である。
いくつかのバリエーションがあるが、この装騎スニェフルカは再設計型でありノヴィー・ドルフ(ND)と呼ばれ区別される。
ちなみに、現在でも装騎スニェフルカNDの輸出モデルを使用している国がいくつかあるという。
「この装騎は売りに出されていないわね」
「ええ、他の装騎と比べてもボロボロですし――動くかどうかも分からなかったのでねぇ」
「ちょっと見せて貰っても良いかしら?」
「ええ、構いませんよ」
イザナは装騎スニェフルカへ駆け寄ると、まずはその外観を観察する。
長年の使用による傷などは多くみられるが、バトルなどでついたと思われる大きなダメージは見られない。
一見ボロボロだが外から見て判断できる限り、駆動系にも異常は無さそうでこの装騎が動かないとはイザナには思えなかった。
「外部電源と接続されているのが気になるところだけど……」
ただ一つ気がかりだったのは、その装騎は他の装騎と違い、外部からの電力供給を受けているような姿が見えること。
「セイジョーさん。この装騎に乗ってみても良い?」
イザナの言葉に、オユキは驚いたような表情を一瞬見せたものの、静かに頷いた。
装騎スニェフルカへと乗り込む手順を踏む。
それなりに古い装騎のため、騎使認証システムではなくキーによる駆動のようで、そのキーもコックピット内にぶら下げられていた。
難なく起動の手順を済ませるイザナ――それにこたえるように装騎スニェフルカが起動した。
「結構快適に動くわね」
イザナはそう呟きながら、腕を曲げたり伸ばしたり、足を曲げたり伸ばしたり、軽くステップを踏んでみるなど装騎の動かし心地を確かめる。
それと同時に、リアクターの音を聞き、異常が無いかを確かめる。
「少し変な音がするわね……」
ふと、耳を澄ましていたイザナが何かが擦れるような異音がするのを耳にした。
「リアクターに異常? データ上は問題なさそうだけど……何かしら」
そのことはとりあえず保留して、次に外部電源の接続を切ってみた。
外部からの電力供給を受けていた装騎スニェフルカが内部バッテリーを使用しての魔電霊子生成を始める。
「なるほど……」
装騎の状態が表示されたディスプレイを見ながらイザナは何かに納得した。
「ちょっと気になるところはあるけど、意外と悪くなさそうね。今回の授業のテーマにも沿ってると思うし……ちょっと、セイジョーさん?」
イザナは装騎スニェフルカから降りると、オユキに声を掛ける。
「この機甲装騎、私に譲ってくれないかしら?」
「この装騎を、ですか」
イザナの言葉にオユキは考え込むような様子を見せた。
「どうしたんですか?」
「実はこの装騎、孫娘が小さいころによく乗っていた装騎なんです。そんな装騎を売っても良いものか」
「なるほど……」
そう言われては、イザナでも無理に欲しいとは言えない。
半ば諦め掛けたイザナだったが、オユキがこんなことをイザナに尋ねてくる。
「ヒラサカさんは、この装騎を買ってどうするおつもりですか?」
「壊れてる部分を直して、また元気に動かせるようにするつもりよ」
「元気に、ですか」
イザナの言葉に何か感じるものがあったのか、オユキは静かにこう言った。
「分かったわ。ヒラサカさんにこの装騎、お売りします」
その後、値段の交渉を経てイザナは30万ペニーゼで装騎スニェフルカを手に入れた。
「スズメ、装騎を買って来たわよ」
「イザナちゃんおかえり! どんな装騎を買って来たの?」
ステラソフィア地下の装騎ガレージ、イザナの操作で1騎の機甲装騎がそのガレージへと運ばれてきた。
「これは……ZB26スニェフルカ! それもノヴィー・ドルフですね!!」
「さすがスズメね。一年間1発で当てるなんて」
「私、この装騎好きなんだよね。それで、このスニェフルカは何か問題があるの?」
「見た目の通り装甲が傷だらけでボロボロなのと、駆動用繊維が経年劣化とかで擦り切れてるかもしれないわ」
「なるほど……それだけ?」
「まだあるわ。アズルリアクターを起動している時に、何かが擦れるような音がするから、きっと自駆動発電用のタービンが装騎内部で何かのパーツと干渉していると思う。あと、通常起動時のバッテリーの減りが異様に早いから」
「バッテリーもダメになってるかもしれない、ってことかぁ……分かった。なんとか直してみるよ! それで、私は幾ら使えるの?」
「装騎は30万で買えたし、残りは70万ね」
「多分、十分だよ! ありがとうイザナちゃん!」
イザナから装騎を受け取ったスズメ――今度はスズメが装騎スニェフルカの修理へと取り掛かった。
とりあえず、ステラソフィアにある機材を用いて装騎スニェフルカのスキャンを開始する。
暫く、装騎全体をコンピュータが調査した後、スズメのSIDパッドへとその結果が表示された。
「確かにイザナちゃんの言う通りだ。駆動繊維――特に腕の部分の劣化が激しいね」
駆動繊維とは機甲装騎の体を動かす際に使用する繊維状の物体で、アズルに反応して多少の伸び縮みを行うことができる。
その動きによって、装騎は手足を動かしたり、腰を捻ったりと言った人間のような動きを可能としているのだ。
最新型装騎であれば、ナノマシンによる保護、修復によってある程度長時間の使用が可能ではあるが、旧型装騎であるスニェフルカにはそう言った処置は行われていない。
「中の方は、ちゃんと目で見とかないと分かりづらいんだよねぇ」
スズメはそう呟きながら、今度は装騎スニェフルカの外部装甲を取り外し始めると、アズルリアクターをむき出しにした。
アズルリアクターがあるのはコックピットの座席――その直下。
騎使はアズルリアクターの上に座るような形で装騎に搭乗している。
取り出されたアズルリアクターは意外と小型であり、コックピット下に収納できるように椅子のような形をしている。
「あ、ちょっとへこんでる」
取り出したアズルリアクター一式は、1か所だけダメージを受けたのだろう――へこんでいる場所があった。
それはちょうど装騎の背中に当たる部分――スズメは装騎スニェフルカの背へと目をやる。
その装甲に異常はない――しかし、よく見ると背部の装甲だけ他と比べて新しいような気がした。
恐らく、そこだけ後で交換したのだろう。
「それじゃ、ちょっと開けまーす」
スズメはそう言うと、自ら作業道具を持ちアズルリアクターの解体を始めた。
整備用のマシンにやらせても良いのだが、スズメは自分の手で開けるのが好きなのだ。
「やっぱり、へこんでいる所為で自駆動発電用タービンが中に当たっちゃってるなぁ」
機甲装騎には、自身の動きに寄ってタービンを回し、ささやかながら発電、そして充電するという機能がある。
少量の電力から、莫大なアズルを生み出せるアズルリアクターでは、たとえ少量と言えどもあるのと無いのとではその差は大きい。
「スズメ、調子はどう?」
ある程度、修理の目処が付いたところで、イザナが差し入れを持って現れた。
「イザナちゃん! うんと、リアクターの外装にへこみがあってその所為でタービンが当たっちゃってたみたい」
イザナからひのきの林を受け取ると、作業の状況を報告する。
「へこみがあったの……?」
「だから、リアクターは全部交換しちゃおうかなと思ってるんだ」
「駆動繊維はどう?」
「腕部の消耗が激しいから、交換しちゃおうかと思ったけど、ナノマシンでコーティングしちゃった方がいいかも」
「ナノマシンコーティングって結構お金かかるんじゃないの? リアクターも載せ替えるんだったら70万じゃ足りなくない?」
イザナの言葉にスズメは首を横に振るった。
「たしかにナノコートは高いけど、リアクターの載せ替えは自分でやれば結構安くつくんだよ」
普通に業者にリアクターの載せ替えを頼んだ場合、下手をすれば100万程度かかることもあるのだが、リアクター自体は10万もあれば購入が可能で、自分で載せ替えができれば大幅に費用を節約できる。
これも、ステラソフィアの設備があってこそではあるが。
「ナノコートが60万くらいで、リアクターで10万……これで70万きっかりだよ」
「って言っても、見た目とかどうするのよ。リアクターを買っても、この装騎じゃあ規格とか違って変換が必要じゃないの?」
いくらこの装騎スニェフルカが再設計型で今でも一部の国家で使用されているとは言え、マルクト装騎の仕様とは多少差異がある。
「ナノコートもリアクターも、高めに見積もってるから安いところで買えばちょっとは余るし、その残りから変換アダプターとか買うつもりなんだ」
そう言いながら、スズメはSIDパッドで誰かに連絡を取っていた。
「なんか当てがあるの?」
「うん。やっぱり、こういう技術面は専門の人に聞くのが1番だからね」
それはスズメのサポートパートナーである技術科1年コクテンシ・ヒバリだ。
スズメはナノコートをするのに良い業者が無いかヒバリに尋ねていた。
そしてもう1人。
スズメの親友でありメカニックであるフニーズド・ロコヴィシュカ。
「ロコちんはレストアとか好きらしいから、スニェフルカに合うリアクターとか教えてくれるかもしれないし」
あわよくば、変換作業なしでスニェフルカにリアクターを搭載できるのではないかとスズメは考えたのだ。
どうでもいい情報でもあるが、ロコヴィシュカがレストアにハマったきっかけが、スズメは元々スニェフルカなどの初期装騎好きだったからという。
結果、ヒバリから紹介してもらったナノコート業者と、ロコヴィシュカが個人販売しているというレストアしたリアクターを割安で紹介してもらった。
「ナノコート費用が45万、ロコちんから買ったリアクターが7万で52万……」
「残りの18万で傷の修復を?」
「これだけ傷だらけだと、傷を直して再塗装するのでも18万じゃ足りないよ。とりあえず、腕の駆動繊維は取りかえるつもりだけど」
傷を直す……だけならまだしも、装騎の全身塗装は以外にも費用がかかる。
しかし、傷だけを直しても塗装をしなければ装甲に継ぎはぎがあるようになり不格好。
そこで、スズメが考えたのはこれだった。
「逆にこの傷を生かしてダメージモデルにするつもりなんだ」
特にコレクション用の装騎だったり、ヒストリカルプレイが好きな人々の間では常識的な手法だ。
「できれば、チェスク共和国の第15装騎隊を再現したいなぁ」
ついぞ、ノリノリでダメージ塗装のプランを立て始めるスズメ。
モチロン、簡単な塗装でも業者の頼むと良い値段がかかるため、スズメは自分自身で塗装する。
とりあえず、スズメはまずリアクターをスニェフルカに載せる作業から始めることにした。
リアクターは小型とはいえ、スズメは当然、大の大人の男の力でも持ち上げることは不可能。
なので、整備マシンに運んでもらい、そこからスズメ自身の手でリアクターの取り付けをする。
戦場での交換が容易なように、基本的にな取り付け作業は難しくない。
ただ、前述の通り質量があるのでリアクター丸ごとを交換するのは難しいのだが。
ちなみに戦場では、リアクター内の部品部品を1つ1つ取り外して交換する。
「機甲装騎のリアクターは重量のある機器を運べるだけの機材があれば、プラモデルみたいに簡単に組み立てができるよ!」
リアクターを積み替えた後は、まずは起動チェックを行う。
アズルリアクターは機甲装騎の心臓部分。
これが上手に接続され、装騎に電源が入らなければ意味がないのは言うまでもないだろう。
「うん。リアクター良好! …………ってあれ?」
装騎スニェフルカは問題なく起動し、手足を動かす感覚も問題はない。
だが、ディスプレイに装騎情報が正確に表示されていない。
「もしかしたら、コンピュータがリアクターを認識できてないのかも……今は大丈夫だと思うけど、これから使っていくなら情報がきちんと出ないのは不安だなぁ」
ここからコンピュータにリアクターを認識させる必要があるのだが、スズメはそんな面倒な作業をすることを放棄。
「この前組んだオペレーションシステムをインストールしちゃお」
と、いうことで自前のOSをインストールし、バージョンアップすることを考える。
「でも、スニェフルカの仕様に合わせたいから調整しなくちゃ……OSを弄ってる間に腕の駆動繊維を取り換えて、ナノコートさせちゃお」
スズメは装騎スニェフルカ腕部の駆動繊維を整備マシンに任せ交換した後、ナノコートをヒバリから紹介してもらった業者に頼んだ。
ナノコートの作業が行われている間に、機甲装騎のオペレーションシステムをあらかじめバックアップを取っていた装騎スニェフルカのオペレーションシステムの仕様に合わせて調整する。
旧型装騎のクラシックな起動画面などのデザインを踏襲しながらも、今風で使いやすいインターフェイスに変更し、最新の情報にも対応できるようにする。
ナノコートから戻ってきた装騎スニェフルカは、ナノマシンの簡易修復効果で、装甲の小さい傷や、ちょっとした駆動繊維の摩耗は修復ができていた。
そんな装騎スニェフルカに最新型のOSを積み込んだことで、あっけなく装騎スニェフルカは新しいアズルリアクターを認識した。
「これで問題なしっと。ナノマシンの修復機能でも、ナノマシン自体が把握していない装騎だと完全には修復できないから……とりあえず、塗装した後に装騎をナノマシンにしっかりと調教しなくちゃ」
そして、スズメは塗装を始める。
綺麗にする塗装というよりは、塗料などを用いてわざと汚すような塗装を装騎に施す。
「これだけでもお金がかかりそうですね……スローガンを施したかったですけど、今はあきらめるしかないかなぁ」
結果、戦場で数多の修羅場を潜り抜けてきたような勇壮な装騎スニェフルカが完成。
「おお、すごいわね」
完成をイザナに伝え、それを目にしたイザナが一言。
「せっかく直したんだし乗ってみる? 快適だよ」
「そうね」
ということで、修復した装騎スニェフルカに乗り込んだイザナ。
「起動が早くなってるわね。バージョンアップしたの?」
「積み替えたんだよー」
「そうなの? ディスプレイの見た目は前と一緒みたいだけど」
「そこは初期装騎の味だからね。できるだけ再現するようにしたんだ」
「ふーん」
それから、装騎スニェフルカで一連の動作をするイザナ。
「音も聞こえないし、動作も早くなってるわね。コンピュータをアップデートして、駆動繊維を新しくしただけでこんなに動きが変わるのね」
「繊維を変えたのは両腕だけだけどね。それ以外はナノコートの修復機能任せだし」
「へぇ。いいじゃない。それじゃあレポートを纏めてサヤカ先生に提出しましょうか」
「うん! ちょっと変な授業だったけど、意外と楽しかったね」
「……まぁ、そうね」
こうして、スズメとイザナの課題は無事に終わりを迎えた。