海路を往け!
「すごい! これがアルビオン海賊団の海賊船……!」
マスドライヴァー・ロト基地のあるブリュッセル市から北西へ、マスティマ連邦とブリタイキングダムの国境に程近い港にその船は停泊していた。
スズメ、イザナ、サリナ、イヴァ、そしてリエラ。
4人が見上げる船の上に、ふと1つの人影が姿を見せる。
「ようこそ、ステラソフィア女学園の諸君!」
そう船の甲板から声をかけてきたのはスズメ達とそう年の変わらない1人の少女。
「あたしはアルビオン海賊団の“女王”マーリカだ。さ、さっさとあんたらの装騎を積み込みな!」
アルビオン海賊団とは――ブリタイキングダムとマスティマ連邦を隔つ海峡周辺をテリトリーとしている海賊団である。
彼女らは海賊団であり、マルクト神国にとっては敵でも味方でも無い存在。
しかし、その私掠目標は専らブリタイキングダムの船舶であることから、マルクト神国は彼女らアルビオン海賊団への支援を行い、ブリタイキングダムとの国境防衛の戦力として利用している。
「全く、驚いたよ。まさかマルクト神国の方からあたしらに直接仕事が来るなんてね」
「わたし達だって驚いてるわよ……なんだって海賊なんかに…………」
マーリカの言葉に、サリナがポツリと呟いた。
今回の任務は、「旅行人リエラの母国までの護衛」――つまり、ミリエライシュト姫のエーテルリヒト王国までの護衛である。
今回は、カラスバ・リンからの指令と言うことで、実地戦とは違い、スズメ、イザナ、サリナ、イヴァの4人グループで護衛任務を担当することになった。
「最近、マスティマ連邦もブリタイキングダムも動きがアヤシイからね。中々骨の折れるお仕事になりそうですよ。なぁ、ヤロー共!」
「「「うぉーい!!!!」」」
「そんじゃ、早速出港するぞぉ! ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン号、出港!!」
「「「アイアイマム!!!!!」」」
「ったく、暑苦しいわ……」
「私は結構こういうの好きです!」
辟易したようにため息をつくイザナに、目を輝かせるスズメ。
こんな感じで、エーテルリヒト王国への船旅は始まった。
「だから、あたし達アルビオン海賊団は赤い竜の正統なる子孫――ブリタイキングダムから追い出された真の王族の血を引いているのよ」
「いやそれさっき聞いたから」
それからかれこれ何時間経つだろうか……今のところ何も起きる様子もなく、穏やかな航海が続いている。
そんな中ひたすら続くのはマーリカのアルビオン海賊団のルーツとなる話と、マーリカらアルビオン海賊団に伝わる言い伝えの話。
最初のうちは興味津々で聞いていたスズメやイヴァも、その話が何度目かとなると飽きたようにテキトーに相槌を繰り返すだけ。
「リエラさんは大丈夫? こういう船旅って疲れないかしら?」
「ありがとうございます、サリナちゃん。ですけど、大丈夫です!」
そういうリエラだが、その表情にはやや疲れが出ていた。
その時だ。
「女王! 進路上の海域で所属不明の船舶とブリタイキングダムの海軍が何やら揉めているようですぜ!」
「ブリタイ海軍が? 数は?」
「戦艦が3隻、艦上に“蝿”が3騎ずつ止まってるぜ」
「ベルゼビュートか……! 迂回路を取ることもできるけど――――」
そう呟きながら、マーリカはチラリとスズメ達護衛グループへと目を向ける。
「よっしゃ。おい、あんた等! 戦闘の準備をしな!!」
「え?」
「敵襲?」
「どういうこと?」
「だからよー」
「つべこべ言うんじゃないよ。彼女を安全に国まで送り届けるんでしょ? ならば少しくらい働いて貰わないと」
「……分かりました。私は行きます!」
「なら私も行くわ」
「スズメちゃん、ヒラサカさん、待ってわたしも!」
「りかりかー!」
今回の戦闘は海上――――と、言うことでそれぞれの装騎にもそれに合わせた調整がなされていた。
水中を航行出来るよう、フィンや簡易なウォータージェット機構を備えた追加兵装――海中戦闘用のS型追加兵装をそれぞれ装備したイザナの装騎アイロニィ、サリナの装騎ラピスラズリ、イヴァの装騎ゴア=ブースが海へと飛び込む。
ソレに続き、
「サエズリ・スズメ、シー・スパロー行きます!」
スズメの装騎シー・スパローが掛け声と共に海へと飛び込んだ。
スズメ達4人に続き、更に1騎の機甲装騎が海へと飛び込んでくる。
「アレは――?」
それは、全く見たことのない機甲装騎だった。
マルクト神国内でも、他国の装騎とも違う――どこか独特な機甲装騎。
「ペンドラゴン、行くよ!!」
それは、マーリカが駆るアルビオン海賊団保有の装騎ペンドラゴン。
アルビオン海賊団が私掠したブリタイキングダムの装備や、マルクト神国からの援助品を使い、常に改良を続けている為、もはやベースとなった装騎の影も見えないほどに独特の形状となったどこか龍を思わせる装騎。
その性能も思いの外高く、マーリカ曰く「コイツとあたしの力が合わさればマルクト装騎にも負けはしない。海なら!」とか。
彼女がそう豪語するのも、この姿を見れば納得できた。
「それじゃ、お先に!」
装騎ペンドラゴンは、海水を巻き上げ放出しながら、すいすいと海中を突き進み、スズメ達の装騎を抜き去っていく。
「速い! 私達も負けてられませんね!」
突き進む装騎ペンドラゴンの後を追うように装騎シー・スパローも加速。
「スズメったらやる気マンマンね」
「海戦は初めてなのにぃ……!」
「シミュレーターとは全然違うさぁ」
「砲撃騎! あんた、海上に顔出して1発お見舞いしてやりなさい!」
「なんでぇー!」
「いいからやりなさい!」
「諒解さー」
マーリカの命令に逆らえず、イヴァの装騎ゴア=ブースは海面へと急上昇。
そのまま、上半身を海上へと出すと20mmフュンフトマティ砲の銃口を、1隻のブリタイ戦艦へと向ける。
「フォイアー!」
そして、徹甲弾を撃ち込んだ。
20mmフュンフトマティ砲の1撃が、ブリタイ戦艦の1隻に穴を穿つ。
それは大きな傷では無かったが、相手と――艦上にいる装騎ベルゼビュートに動揺が見えた。
「さぁって、一気に叩くよ野郎ども!」
「わたし達はアナタの部下じゃありません!」
そう言いながらも、サリナの装騎ラピスラズリもマーリカの装騎ペンドラゴンに続く。
「抜刀、一閃!!」
海中から勢い良く飛び上がった装騎ラピスラズリは装騎ゴア=ブースがフュンフトマティ砲を放ったブリタイ戦艦の甲板に飛び乗ると、勢い良くその手に持ったウェーブシャムシールを抜刀の構えから抜き放った。
「私達も行くわよ――」
「うん!」
同じく海中から飛び出し、勢い良く海水を巻き上げながら、側転をするように横回転をするのは装騎アイロニィ。
その両手に持ったサブマシンガン・レッカの銃撃が、装騎ベルゼビュートに14mmの弾丸を撃ち込む。
そのまま、イザナは装騎アイロニィの持つサブマシンガン・レッカの銃口をブリタイ戦艦の機関部へと狙いを定めた。
だが、その銃撃は機関部にはさすがに通らない――――そこでイザナの装騎アイロニィに蒼い光が灯る。
「限界駆動――――アタノカゼ……っ」
その蒼い光は装騎アイロニィの持つサブマシンガン・レッカに飛び火した。
強力なアズルの供給を受けたサブマシンガン・レッカが自身の破壊をも招くほど激しく銃撃を始める。
ガガガガガガガガと普段以上に激しく、強烈に叩きつけるその弾丸――――だがそこでサブマシンガン・レッカが自らの挙動に耐えられなくなったのか、煙とアズルを吐き出しながら、爆散。
だが、イザナはすぐに背部アタッチメントから9mmシールドナインライフルを手に持ち構え直す。
そして、同じように強烈な銃撃をブリタイ戦艦の機関部を狙い集中射撃。
結果――――ゴォウン!!! と激しい爆炎を上げ、ブリタイ戦艦の一隻を撃破した。
「さすがイザナちゃん!! 私も――――レイ・エッジソード、ハーフムーン・スラッシャー!!」
イザナが吹き上がらせた爆炎を見ながら、スズメの装騎シー・スパローは別のブリタイ戦艦目指して駆ける。
そして限界駆動を発動し長く伸びたレイ・エッジソードの刃で、半円を描きながらブリタイ戦艦の一隻を切断した。
「やっぱり限界駆動が使えるならアズル武器もあったほうが便利ね」
「イザナちゃんもブレードエッジとか使ってみる?」
「考えておくわ」
「へぇ、面白い技使うなぁ! でも、あたしもさ――」
「まさか、限界駆動を――――!?」
装騎ペンドラゴンが手に持った赤い竜の姿が刃に描かれた長柄の太刀――赤竜偃月刀を構える。
「ウラァ!!」
装騎ペンドラゴンは勢い良く、最後のブリタイ戦艦の真下から、その船底の一部を突き刺した。
その場所は、丁度機関部の真下――――マーリカは幾度と無くブリタイ戦艦と戦っていることからその構造を完全に熟知していた。
「狙いはココ――――いっけぇ……」
そして、グンと体を前に倒すと、竜の尾のようなものが背中越しに首をもたげる。
「アクアパッツァ!!」
刹那、その龍尾へと海水が一気に流れ込み――龍尾の先から高圧の海水が発射された。
その海水はただの海水ではない――水中の為よくわからないが、微妙に青白い揺らめきを――アズルをまとっている。
「アズルを纏った高圧水流のウォーターカッターよ!! たらふく喰らいな!」
強烈な海水の放射が、赤竜偃月刀の突き立てられた傷へと追い打ちをかけた。
アズルを纏っていることから、その威力はちょっとしたアズル砲を凌駕する。
それでいて、アズルの消耗は少ない、海に特化した装騎ペンドラゴンが海にいるからこそ使用できる武器だ。
強烈なアズルウォーターカッター・アクアパッツァはやがてブリタイ戦艦の機関部を貫き、その戦艦を轟沈させた。
破壊したブリタイ戦艦やその積み荷、水没したベルゼビュートをアルビオン海賊団員が回収する傍ら、ブリタイ軍と何やら揉めていた所属不明の船をマーリカとスズメ達は訪ねていた。
「すみません、助かりました……」
「驚いたよねぇ、まさかブリタイ軍に絡まれちゃうだなんて」
その船に乗っていたのは2人の少女。
片や、黒髪でどこか優しさと気品を感じる少女クロノ・ユーリア。
片や、竜人村の出身と思われる白肌に微かに鱗が照る元気な少女ウールカルトゥ・フラジリア。
2人共、身軽な鎧にユーリアは弓、フラジリアはシミターを持ち狩人の出で立ち。
「あんた達って竜人村の猟師?」
マーリカの言葉に、2人の少女は頷いた。
竜人村とはエーテルリヒト王国の外れにある竜人と通称される亜人族の村である。
竜人の特徴は体の一部が鱗で覆われ、人よりも身体能力が高いのが特徴。
フラジリアは間違いなく竜人と言う風貌だが、ユーリアは訳あって竜人村で暮らす普通の人間らしい。
「はい、マルクト神国の方まで渡りたく、船を出したのですけど……」
「なんか怪しい船ってことですっごい威嚇射撃とか勧告とかされちゃったね!」
「当たり前よ。今、マルクト包囲網が敷かれてるんだから、マルクト方面に向かう所属不明の船なんて最悪無勧告で沈められてもおかしくない」
マルクト包囲網。
それはマスティマ連邦、ブリタイキングダム、ルシリアーナ帝国の反マルクト3国主導で行われている作戦のことだった。
「だあるば!?」
「もしかしてイヴァちゃん知らなかったの……?」
「だから陸路だと危険ってことで、海賊の力を借りてまで海路を行ってるんじゃない」
声を上げたイヴァに、サリナとイザナがそう言う。
「マルクトまで行きたいなら、あんた達ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン号に乗ってく?」
「よろしいのですか?」
「わー、海賊船。海賊船だぁ!」
旅は道連れ世は情け。
こういうきっかけで、さらにアルビオン海賊団の海賊船ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン号にクロノ・ユーリア、ウールカルトゥ・フラジリアの2人が新たに加わった。
「どうでしたか……?」
戻ってきたスズメたちを船室で待っていたリエラが心配そうな面持ちで迎える。
「ちょっと色々あったけど大丈夫だよ!」
スズメの言葉に少し安堵したような表情を浮かべたリエラだったが、その後、不意に表情が変わった。
「2人にはコッチの部屋で待ってもらうわ。先客もいるけどまぁ、仲良くね~」
「わぁ、広そうな部屋だね! この部屋しか無いのかな」
「リアちゃん、あまりそう言うことは……」
そう言うマーリカに案内され、船室へと通されたユーリアとフラジリア。
ふと、ユーリアとリエラの視線が合う。
「ユーリエ……?」
「お姉さま……!」
瞬間、スズメ達の間に緊張が走った。
その傍で、リエラとユーリアが抱き合う。
「えっとユーリア、ユーリエ……ユーリエライヒ? エーテルリヒト王国の??」
「エーテルリヒト・ユーリエライヒと行ったらモンスターに浚われて行方不明になったとか言うあの?」
混乱するサリナに、そう首を傾げるスズメ。
「ユーリエ――やっぱり生きてたのですね!」
「はい、お姉さま。私は死にませんよ」
そう言いながらユーリアに抱きつくリエラの表情は、妹を心から心配していた姉の表情だった。
「ど、どどど、どーして行方不明になったはずのお姫様が、竜人村で猟師なんか!?」
「ユーリエは今猟師をしているの……?」
サリナの言葉に、リエラが少し驚いたような表情を浮かべる。
それにユーリエは、だが穏やかな表情で頷いた。
「はい。リアちゃんに助けられた縁で、竜人村で猟師をしています。これでも結構楽しいですよ」
「わたしの補佐みたいなもんだしね! 危険なことはリアにお任せ!」
「もう、お城には戻れませんし……戻る気もありません」
「ユーリエ――そうね」
「ちょっとあんたら、甲板に出るわよ」
「そうだね!」
そんな中投げかけられた、マーリカの言葉にスズメ達は頷く。
「でも、驚いたね……もう死んだと思われていたお姫様が生きていたなんて」
「そうね……」
「それに、リエラちゃんを見てると、実の妹を貶めたりできなさそうだし……」
「ああ、エーテルリヒト家の不審死・失踪事件の話か」
スズメの言葉にマーリカが口を開いた。
「そうよ! ミリエライシュト姫はすばらしい方なのよっ!!」
「悪かったって」
以前、ミリエライシュト姫のことを疑うような発言をしていたイザナが、サリナに睨まれ謝る。
「あたしが聞いた話だと、あの事件はどうやら第5王女エーテルリヒト・ルスティティーナの仕業だと言われているわ」
「ルスティティーナ姫って言うと確か、今は滅びたボース公国の姫だったあの……?」
「そういえば聞いたことあるわね。今のエーテルリヒト国王が自らの娘として育てている他国の姫がいるって」
「そうそう」
「サリナちゃんもイザナちゃんも物知りだねぇ」
「だからよー」
2人の知識に感心するスズメとイヴァ。
フラジリアもそういうことは知らないのか興味深げに聞いている。
「でも、ルスティティーナ姫は境遇だったり、どこか慎ましい雰囲気で国民にも人気があるわ。そんな事をするとは……」
「そこが人間の怖いところってコトさ。どんだけいい人そうでも、心がドス黒いヤツだっていんのよ」
「そうですね……ルスティティーナとも仲良くできれば良いのですけど……」
不意にそう返された言葉に、スズメたちは声の主へと目を向けた。
そこにいたのは、リエラとユーリアの2人。
どうやらマーリカとスズメたちの会話を聞いていたようだ。
「あんた達もういいの? 募る話もあるでしょ?」
別に聞かれて困る話でもないという風に、マーリカは平然と言う。
「いえ、姿を見て、軽く言葉を交わせばそれだけで十分です」
「はい。お姉さまが元気で居られることはよくわかりました」
「っていうか、やっぱあんた達もルスティティーナ姫が怪しいって思ってるのか?」
マーリカ達の話を聞いても、少し悲しそうな表情ではあるものの全く否定する様子のないリエラにマーリカが尋ねた。
「はい。急進派に賄賂を譲渡し、裏で手を引いているという噂は国内でも流れていますし……」
リエラのその言葉に、ユーリアが付け加える。
「ですけど、噂――と言う話なら、私やお姉さまに関する悪い噂も流れています。結局のところ」
「何が本当か今の時点では分かってないってことねぇー。まぁ、あたしの勘だと犯人は間違いなくルスティティーナ姫だと思うけどねぇ」
どこか自信満々に言うマーリカにイザナが口を開いた。
「でも、海賊がよくそんな情報持ってるわね。本当は何か確信するような情報でも持ってんじゃないの?」
「それはどうかな?」
イザナの言葉にとぼけるように肩を竦めながら否定の言葉を口にするマーリカ。
だが、すぐに、
「ま、蛇の道は蛇とか言うじゃん。いろんな国の弱みを握ってそれを交渉に使う。これはテクニックさ」
とやはり先ほどの言葉に確信を持っていってるような物言い。
「それじゃ、マルクトの弱みも握ってんの?」
「さぁ、どうかなぁ?」
そう微笑むマーリカの表情からはどんなカードを持っているのか読み取れない。
それもまた、彼女の言う“テクニック”というヤツだった。
「ま、今日はもう休むと良いよ。明日にはエーテルリヒト王国に着くからね」
翌日。
「じゃあねリエラちゃん。また!」
「そんじゃあね」
「リエラさん! あのっ、短い間でしたけど楽しかったです!」
「だからよー!!」
「お姉さま――お元気でっ!」
「ばいばーい!!」
アルビオン海賊団のゴッド・セイヴ・ザ・クイーン号はエーテルリヒト王国付近の海岸に、リエラを降ろしし、スズメ達と別れた。
これからまた、リエラの――ミリエライシュトの姫として、エーテルリヒト家としての戦いが始まるのだが、それは別の話。