脅威の駆逐装騎
9月20日木曜日。
チーム・ブローウィングは以前の実地戦で侵攻したヴァルシャヴァの北東にある町ヴィアウィシュトックへの侵攻作戦を任されていた。
新型の長距離アズル砲を持つ機甲装騎に苦戦はしたが、マルクト神国軍は無事にヴァルシャヴァを攻略したようだ。
そのまま進路は北東――――ルシリアーナ帝国を目指しているのは明らかであった。
実際問題、今の一番の脅威はP-3500ベロボーグを開発したルシリアーナ帝国と、ARM B1ベルゼビュートを開発したマスティマ連邦であることは自明。
もちろん、このルシリアーナ帝国を目指す部隊群に対して、マスティマ連邦への侵攻作戦も予定されている。
「行くぞ、スーパーセル……突貫斬り!!」
強烈なブースターに、ワイヤーアンカーによる周囲の障害物を利用した変則機動。
その動きで敵の装騎を翻弄し、速度の乗ったところでチェーンブレードによる刺突――その1撃で、ツバサの装騎スーパーセルが1騎の敵装騎を撃破した。
「オラオラオラオラオラオラオラァ!! マハも行くんですよォォォオオオオオオ!!!!」
そのスーパーセルの脇をすり抜けてくるのは、マッハの装騎チリペッパー・カップの極み。
マッハのランニングフォームに合わせて吹かされるブースターの加速によってその素早さはさらに増す。
「キックブレードなんですよォ!!」
そして、脛部キックレーザーブレードがベロボーグを一刀両断。
勝ち誇る装騎チリペッパー・カップの極み――だが、少しばかり先行しすぎた。
偽装迷彩を施し、隠れていた1騎のベロボーグが超振動ナギナタを振りかざし、装騎チリペッパー・カップの極みへと斬りかかってくる。
「油断大敵ですわ――――魔旋銃撃!」
チャイカの言葉は誰へと言ったものなのか。
チリペッパー・カップの極みへと斬りかかってくるベロボーグに、装騎スネグーラチカが、魔力を纏い、そしてその魔力によって激しく回転した弾丸を放つ。
その1撃で、ベロボーグの攻撃はチリペッパー・カップの極みへは届かないままその機能を停止した。
「マッハ先輩、出すぎですよ!」
そこに、チリペッパー・カップの極みの肩を踏み台に、スズメの装騎スパローが空へと跳躍。
中空で体を捻りながら、さらに他のベロボーグの元へと体を向ける。
「スィクルムーン・ストライクっ!!」
鋭いナイフの一撃が、ベロボーグの頭上から閃いた。
鎌の刃のような軌道で、光を照り返すナイフはベロボーグの機能を停止させる。
やがて、市街地を攻略するとやや開けた場所へとマルクト神国軍は到達した。
「おかしいですわね……」
「どうしたチャイカ?」
思いの外、とんとん拍子でヴィアウィシュトックを攻略できたことにチャイカが首をかしげる。
「今回の戦闘――相手はこの都市の防衛をしているように見えないのですわ」
「確かに――ヴァルシャヴァの時よりも手薄――――なんてレベルじゃないですし、敵の装騎も結構あっさり退きますよね」
チャイカの言葉に同意したのはスズメ。
「どーせビビってるだけなんですよォ!!」
そこにマッハがそう叫んだ。
『そろそろシャダイコンピュータとの通信強度がCに落ちる。もし、ヤツらがそのことを知っているのなら――何か仕掛けてくるかもしれんな』
フラン先生も何か感じるものがあるのだろうか。
チャイカとスズメの言葉を通信で聞いていたフラン先生がブローウィングにそう忠告する。
「諒解! それならマッハちゃんを縛っとくかぁ……」
さすがにこの不安のある状態で、マッハを先行させるのは気が引ける。
ツバサはそう呟くと、左腕のワイヤーアンカーをマッハの装騎チリペッパー・カップの極みへと絡ませた。
「何しやがるんですかァ!」
「念のためだよ念のため!」
ワイヤーアンカーで掴まれながらも、広野を一直線に駆ける装騎チリペッパー・カップの極み。
だが、そこに――――
「!! リーダー、敵騎の反応と――――“視線”アリですわ!」
「っ! マッハちゃん!!」
チャイカの言葉に、慌ててツバサが装騎スーパーセルの左腕と――その先につながれた装騎チリペッパー・カップの極みを引き寄せる。
「うおぉおおぉおお!?」
急に体勢を崩され、叫び声をあげるマッハ――装騎チリペッパー・カップの極みの頭上を魔電霊子の輝きが通り過ぎて行った。
「コレは――――狙撃騎?」
『いや、駆逐装騎だ……!』
そう、その広野には大量の“駆逐装騎”が配備されていた。
駆逐装騎――それは、マルクト神国製機甲装騎に対抗して作られた、対マルクト装騎用装騎。
その一番の特徴は、大型の魔電霊子砲にある。
マルクト装騎が一般に使用している装甲材セラドニウムは実弾に対する防御力に秀でている反面、魔電霊子武器に対する防御力は低い――――しかし、ルシリアーナをはじめとする他国装騎では魔電霊子武器を実用化させられるほどの技術力がなかった。
しかし、近年の装騎技術の発達――ベロボーグやベルゼビュートと言った既存装騎と比べて大容量のアズル貯蓄量を誇る装騎の開発によって、ついに魔電霊子武器の携行に成功する。
だからと言って、非常に高性能なマルクト装騎と正面からまともに戦ったのでは勝ち目は薄い。
そこで、ルシリアーナをはじめとする対マルクト国家はさらに追加のエネルギーパックと高威力、長射程の魔電霊子砲を開発――それを装備した「駆逐装騎」と呼ばれる新たなカテゴリーの機甲装騎を生み出したのだった。
「どうだ、コレがA-85ペルーンの力だ!」
そう口にしたのは誰だろうか。
だが、駆逐装騎ペルーンが持つ魔電霊子砲の威力はマルクト装騎といえども十分に通用する威力、そして射程。
駆逐装騎ペルーンによる待ち伏せ砲撃により、油断していた一部のマルクト学徒兵は手痛い被害を受けていた。
だが、そんなペルーンにも弱点はある。
「撃ったペルーンは後ろに下がってアズルの供給を済ませろ! 間髪を入れるな! マルクト装騎を近づけるんじゃないぞ!!」
それは、それだけの威力と射程を維持できる魔電霊子砲となれば消費する魔電霊子も膨大――追加のエネルギーパック程度では全くまかなえるものではない。
故に、砲撃時には火器管制以外のほとんどすべてのシステムをオフにし、アズルの全てを魔電霊子砲へと集中――――砲撃後はアズルの殆ど全てを使い果たす。
アズルの殆どを使い果たした装騎ペルーンは、後方へ退避しアズルの供給を待って再び砲撃へと参加する――その間は他のペルーンが砲撃をするというローテーションをとっていた。
「しかし、アズルを全ては使い切るんじゃないぞ!」
「こちら第8部隊。ペルーン1騎がオーバーディスチャージです!!」
しかし、アズルの全てを使うわけにはいかない。
精魔力と電力を結合させて、魔電霊子というエネルギーを生み出すが魔電霊子機関。
一抱えほどのバッテリーに蓄えられた電力――通常その電力だけであれば装騎を動かすことなど全くかなわない。
しかしその程度の電力からでも、精魔力と結合させアズルとすれば理論上は半永久的にアズルエネルギーを取り出せる。
しかしそれにも例外――と言うか、欠点があった。
微量でも装騎にアズルが貯蓄されている場合は良いのだが、アズルの貯蓄量を超えてアズルを使用した場合は、精魔力との結合が間に合わずアズルが生成できる前にバッテリーから電力のみを使用してしまう。
電力バッテリーを使用した場合、そのバッテリーは一瞬で空になり魔電霊子機関が機能しなくなってしまうのだ。
アズルの過剰使用により電力バッテリーが空になることを、過放出と言う。
動作不良、アズルの過放出により、何騎かの装騎ペルーンが離脱しながらも、さすがは数で押すルシリアーナ帝国製装騎。
その数から、被侵攻国であるマジャリナ王国軍だけではなく、ルシリアーナ帝国軍の軍勢も加わっているのだろう。
数の多さ、射程の長さ、魔電霊子砲の威力の高さから、侵攻を阻まれるマルクト神国軍。
そしてそれは、チーム・ブローウィングも例外ではなかった。
「マジャリナ軍め――こんな策を用意していたのか……」
「市街地を捨てて、逆に開けたこの場所で魔電霊子砲を使った波状砲撃……そう来ましたか」
「確かに、魔電霊子砲ならばセラドニウムの装甲であっても打ち破れる……有効な作戦ですわ」
「クッソォ!! 近づけねーんですよォォオオオ!!」
チャイカの装騎スネグーラチカの魔力障壁の防御をもってしても、数発、数十発立て続けに撃ち込まれてあは敵わない。
「ツバサ先輩! 私が限界駆動でレイ・エッジをバリア代わりにします。だから――」
「スパローを盾にしろっていうのか!?」
スズメの提案に戸惑いの声を上げるツバサ。
「相手の魔電霊子砲は強力ですが、限界駆動で発揮できるアズルの量なら押し返すのは訳ないです。それに、相手の懐に飛び込んでしまえば――――」
「そこから切り崩せる、というわけか……だけど、さすがに――――」
スズメの提案――今の突破口はそれしかないとわかっていながらも渋るツバサ。
「リーダー、やりましょう。ウチも魔力障壁で援護しますわ。スズメちゃんのレイ・エッジとウチの魔力障壁、2つ揃えばあんな装騎の攻撃を防ぐのは造作もありませんわ」
その言葉に、ツバサは決心したように頷く。
「分かった。だけど、2人とも無理はするなよ!」
「諒解!」
「諒解ですわ!!」
そして、この駆逐装騎部隊を切り崩すためのチーム・ブローウィングの攻撃が始まった。




