クイーンの王子様
「なぁ、知ってるか?」
「ん? エンゲル・ガルテンの天使岩が破壊されたってニュース?」
「ちげーよ!」
「もしかして、クイーンちゃんのことですか?」
他には特にピンと来ることが思い浮かばず宙を仰ぐツバサを傍に、ライユが何かを思い出したように言った。
「そうそう、何でもクイーンに――――彼氏ができたんだってさ!」
「クイーンに彼氏!?」
それは、夏休み明けから機甲科4年生の間に流れている噂の1つだった。
ここ最近、異常に機嫌の良いクイーン。
そんなクイーンに対して「彼氏ができたから機嫌がいいのではないか」と言う噂が飛び交った。
それに、噂の根拠はクイーンが機嫌がいいからというだけではない。
「だってあのクイーンの様子……お前らが付き合ってた時と何か似てるしさ」
「アタシと? そうかぁ?」
「お前はこういうの鈍いからな……」
「確かに。私はクイーンちゃんが見知らぬ男性と一緒に歩いている姿を見た――と言う話を聞いたわ」
「マジで!? どんな男だったのさ」
「へぇ、やっぱり気になるの? クイーンの元カレだもんね」
「そういう訳じゃないけどさぁ……」
「何でも、アッシュブロンドで長髪の方だとか」
噂をすれば影が差す。
そんな話をする3人の背後から、上機嫌な鼻歌が響いてくる。
「おっ、クイーンだぜ」
「よう、クイーン!」
「こんにちは」
「あら、御機嫌よう♪」
「ご機嫌なのはクイーンだろう。今日、何かあんの?」
「少しお出かけするだけよ。それでは」
「おう、気を付けろよ!」
半ば足取りがスキップに近くなっているクイーンを見送りながら3人は顔を見合わせ――頷いた。
「アレはぜってー何かあるぜ」
「こればっかりは認めないといけないかもなぁ」
「さすがに機嫌が良すぎるものね」
どう見ても怪しさのあるクイーンの様子。
彼氏ができたというのもあながち嘘ではなさそうだった。
「これは……尾行してみるべきだぜ」
「確かに気になりますね……」
「んー、確かに……それじゃあ、こっそり尾行してようか……」
と、いうことでソレイユ、ツバサ、ライユの3人は上機嫌でどこかへ出かけるクイーンの後をつけることになった。
やけに上機嫌な“彼女”の傍で、ワタシは内心溜息を吐く。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか……。
ことの発端は、諜報活動と言うことでこのマルクト神国へと侵入した時のことだ。
ショッピングに興じていたいのか、大量の荷物を1人で抱えた彼女――マーキュリアス・クイーンが体勢を崩し倒れかけたところをワタシが抱き留めた。
それがきっかけだった。
それから荷物を持ってあげて、ステラソフィア学園都市まで送ってあげた――それだけ。
たったそれだけだ。
なのに、なぜ!
気付いたら彼女に猛アタックされた結果、彼氏に仕立て上げられてしまった。
「ねぇアル、私はクレープが食べたいわ」
「クレープか、良いんじゃないかな……」
彼女はワタシが女だということに気付いていない。
それどころか、以前に1度会ったことがあるということにも気付いていない。
まぁそれは顔は合わせていないから当たり前だけど、チェンシュトハウで敵として、そしてある意味、味方として。
「アル、美味しい?」
「お、美味しいよ」
どうしてこんなことになってるの!
ワタシ、ピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタは頭を抱えたい現状の中、必死で笑顔を絞り出した。
そして、そんな様子を後方から見守る3人の影。
「マジでアレは彼氏っぽいぜ」
「本当ね……しかも、かなりのイケメン!」
「男? アレ男なの?」
どこか自分と同じものを感じたのかツバサが“彼氏”の性別に対して疑問を覚える。
だが、そこはどうでも良いのかソレイユとライユには軽く無視された。
アルジュビェタが無理をしているということを知る由もない3人は、
「かなりいい雰囲気だぜ……」
「ええ、なかなかお似合いですね」
「……確かにぃ」
などと2人の間にある空気に目を奪われている。
「お、移動するぜ!」
「追いかけましょう」
「ああ」
クイーンと2人歩きながら、アルジュビェタは奇妙な視線を感じていた。
(もしかして、ワタシがスパイだってバレた……?)
その視線がツバサ達だとは気付かないアルジュはそう考える。
しかし、その視線はクイーンにも向けられているようにも感じる。
(あるいは、彼女に対する私怨……とりあえずは……)
アルジュビェタは何かを決心した。
クイーンを無理やり引き寄せると、腕を組みクイーンを早足で連れ立つ。
「ど、どうしたの!?」
アルジュビェタの行動にクイーンは驚きの声を上げた。
そんな彼女の耳元で、アルジュビェタは囁く。
「誰かにつけられてるみたいなんだ」
「え?」
「ボクが何とかする。少しだけボクの言うとおりにしてほしい」
「分かったわ」
そう小声で呟くクイーンは、アルジュビェタの横顔を間近にしてうっとりした表情で頬を染めていた。
そんなクイーンを引き連れて、アルジュビェタは裏道へと入っていく。
「裏に入ったぞ……!」
「路地裏で、2人きり……!」
「マジか……」
「追いかけましょう」
2人を追いかけてツバサ達3人も裏道へと足を進める。
付かず離れずの距離で先を行く2人と後をつける3人。
意外と足早に進む2人に、必死で追いつこうとする3人だったが、何とか見失うことは無い。
いや、アルジュビェタがわざとツバサ達3人がアルジュビェタ達を見失わないように進んでいた。
「ねぇ、アル。こんな奥まで来ちゃって大丈夫、なの……?」
「大丈夫。ボクに任せて」
そう余裕の表情を浮かべるアルジュビェタ。
(事前に裏道を調べといて良かったわぁ)
内心、そんなことを考えながら歩き、そしてついにとある一角へとたどり着いた。
「ここは――行き止まりか!」
「あら、これはマズいわね」
「何で楽しそうなんだよ」
「動くな!」
不意にツバサ達の背後からかけられた声に、3人は振り向く。
そこに居たのはもちろん、アルジュビェタとクイーンの2人。
「って、ツバサ!?」
最初はアルジュビェタにくっついてどこか怯えているような表情をしていたが、追跡者の正体が露わになると、声を上げた。
「クイーンの知り合い?」
「ええ、ステラソフィアの同級生よ……全く誰かと思ったら貴女達だなんて」
(マーキュリアス・クイーンの知り合い……ワタシの諜報活動がバレた訳じゃなかったようね)
緊張が解けて表情が崩れるクイーンの傍で、アルジュビェタも内心安堵していた。
「全く、何よツバサ! コソコソ後をつけるような真似をしてくれて! ディアマン・ソレイユもナガトキヤ・ライユも!」
「クイーン、ゴメン!」
ツバサが謝る傍で、ソレイユとライユが、
「だって面白そうで、ついつい」
「ね。興味深かったんだもの」
等と若干反省している様子が見られない。
「もうバカバカバカ! ツバサのバカぁ!」
「だからゴメンて! っていうか何でアタシだけ!?」
緊張が解けた――と言うよりは、デートをしている場面を見られた恥ずかしさが爆発したという感じだろう。
ポカポカとツバサを叩くクイーンを見て、アルジュビェタは何かを察した。
「クイーン……」
「アル?」
急に口を開いたアルジュビェタ――その表情に、クイーンは何か不安なものを感じる。
「どうやらボクはクイーンの1番にはなれなさそうだな」
「……え」
唐突に告げられたその言葉に、クイーンは言葉を失う。
そんなクイーンを尻目に、アルジュビェタは演技がかった口調で言った。
「ボクはまだまだキミに相応しくないみたいだ」
「そんなことは!」
「ボクは、これから旅に出ようと思う――どこか、どこか遠くの地へ」
「どうして……」
「キミに相応しい男になるためだよ」
「今でも十分に、私に相応しい男性――――いえ、寧ろ不釣合いなのは私の方よ!」
急に始まった劇のような展開に、呆気にとられる3人。
一方、クイーンはその世界に引きずり込まれているのか、必死で声を上げた。
「お願いだ、ボクを止めないでくれ――男にはどうしてもやらないといけないことがあるんだ!」
「嫌よ、私は貴方のことを本当に――――」
「ボクもさ! だからこそ、旅に出たい。キミの本当の王子様になれるように……」
「本当の、王子様――――!」
「勘違いしないでくれ。ボクはキミへの愛があるが故に、旅に出ないといけないということを! キミがステラソフィアを卒業するころにはきっとキミの元へ帰ってくる」
「本当に、帰ってくるの……?」
「帰ってくるさ! だからそれまで――彼女を、クイーンをよろしく頼むよ」
「ってアタシ!?」
急にそう声をかけられ、状況がつかめないツバサ。
「それじゃあ、クイーン……早速ボクは旅に出るよ」
「こんなに、すぐ――?」
「ああ、ボクは男だからね」
正直、何を言っているのかよく分からないが、クイーンは何か納得したように頷く。
「じゃあ、また会おう。ボクのお姫様」
「ええ、御機嫌よう。私の王子様……」
クイーンに背を向け、スタスタと路地裏を後にするアルジュビェタ。
「ロマンティストで助かったァ……」
その呟くと脱力した溜息は、瞳を潤ませたクイーンには届かなかった。