限界の向こう側
ツバサの言葉を受けてスズメは大きく頷くと、カヲリ=ミーカールへと視線を集中する。
「皆さん、ここは私とカヲリの戦場です。手出しはしないでください!」
「まぁ、どうやら手出し出来無さそうだけどな」
「げげげ、て、敵が来ますよカヲリ様ァ!」
ツバサとナオの言葉に、周囲にマジャリナ王国軍の装騎が集まってきていることが分かる。
ここは戦場の最前線――正直な話、悠長にしている暇はない。
しかし、“その程度”のことでカヲリがスズメを見逃すはずは無かった。
「リラフィリア騎、ここはアタシ達6騎で抑えるぞ! あの2人なら――大丈夫なはずだ」
「りょ、諒解です!」
「アイアイマム!」
「御意に」
周囲で、ブローウィングとカヲリチームの6騎が戦闘を開始した最中、スズメとカヲリのぶつかり合いは始まった。
「やっとワタクシと戦う気になったのかしら、サエズリ・スズメ!」
「いいえ、私はアナタとは戦いません。戦いたくありません!」
「どういうことよ!? アンタだってワタクシが嫌いでしょう? ワタクシが許せないんでしょう? ワタクシがアナタを許せないように!」
そう叫ぶカヲリに、だがスズメはきっぱりと言った。
「いいえ、私はアナタを許します」
スズメのその言葉に、しかし、カヲリはキレる。
カヲリ=ミーカールはバヨネットライフルを巧みに操り、スズメへと魔力も込めた強力な連撃を叩き込んだ。
「何が『アナタを許します』よ。アンタのそう言う所大ッ嫌いなのよ! いっつもいっつも涼しい顔で、易々とワタクシの上を歩いていく! 何をやっても、いつもいつもいつもッ!!」
やがて、カヲリのミーカールの体から蒼白い輝きが吹き出してくる。
カヲリの激情が、装騎のアズルリアクターを刺激し、限界駆動の域へと達したのだ。
「“あの大会”の時だってそうよ! アンタを蹴落として、色々手を巡らせてやっとリーダーになったのに、あの大会でアンタはマルクト国内トップのステラソフィアへの推薦を決めて、一方ワタクシはこんな2番手3番手の底辺高校! 随分差が付いて――――」
カヲリ=ミーカールの執拗な攻撃にも関わらず、装騎スパローは何も抵抗をしないためカヲリがスズメをリンチしているような形に見える。
(そういえば、昔もこんなことがあったなぁ)
カヲリ=ミーカールから放たれる衝撃に耐えながら、スズメは中学時代のことを思い出していた。
それは、中学入学当初――カヲリが魔術を行使した機甲装騎の実力を校内に轟かせ、一躍人気者となっていた時のことだ。
突破不可能と言われたカヲリの魔力障壁を打ち破り、学内のトップへと躍り出た非魔術使のサエズリ・スズメーーその存在は一気に学内でカヲリを超える人気を手に入れる。
それが、スズメとカヲリが敵対しあう一番最初のキッカケだった。
そのことを快く思わなかったカヲリは、持ち前の人を引っ張る力でスズメをクラスから孤立させる。
ちょっとしたいじめはやがてどんどんエスカレートしていく。
そして……
(もう、本当酷かったなぁ。あの時は)
それはとても辛い記憶のはずだったが、なぜかスズメの口元に笑みが浮かんだ。
「どうして、どうしてやり返してこないよッ! さっさといつもみたいにやり返せば良いでしょう!? どうして、どうしてどうしてどうしてェ!!」
スズメの心は静かだったが、装騎スパローへのダメージは蓄積していく。
やがて、装騎スパローのコンピュータが警告を発し始めた。
いよいよ、装騎スパローにも致命的なダメージが溜まり始めていたのだ。
そんなスパローの体が、不意に蒼白い輝きを放っていく。
「この光は――――」
その輝きはスズメの体をも包み込み、まるでスズメの体から発せられているかのように装騎の内から湧き上がる。
その光に、スズメは集中力が高まるような感覚を覚えた。
装騎の動きを、空気のざわめきを、周囲の気配をスズメは感じる。
「…………っ!!」
そんな中、スズメは1つの影を見た。
1騎の装騎が周囲で戦闘する6騎の攻撃を掻い潜り接近している。
正確には、ふと違和感を覚えた箇所を素早くサブディスプレイでサードパーソンヴュワーによる俯瞰視点スキャンをしたことでその存在をその目に捕らえたのだ。
それは、改良型のP-3500ベロボーグと思しき装騎で、その背には巨大な弾倉――というよりはタンクのようなモノを背負い、そのタンクから伸びたチューブが手に持った巨大な銃器へと繋がっている。
その銃器の銃口が、スズメを殴りつけるカヲリ=ミーカールの背へと向けられていたのだ。
「カヲリ、危ないっ!」
そして、その銃口から――魔電霊子の迸りが走ったその瞬間……スズメの意思に従うように、蒼白い輝きが装騎から放たれると、カヲリを守るように包み込み、ベロボーグが放った魔電霊子を弾いた。
「っ!!」
その衝撃に気が付いたカヲリが背後を振り返る。
「カヲリっ!」
「ちぃっ!!」
スズメの叫びに、だがカヲリは何かしらの意図を察したようだ。
スズメの放つアズルの波に乗るように、カヲリのミーカールはヒットアンドアウェイで撤退しようとするベロボーグへと急速接近。
「スペルレイン!」
そして、バヨネットライフルの銃口をベロボーグへと向けると、魔力を纏った弾丸をベロボーグへと叩き込んだ。
「さすがカヲリだね!」
スズメにそう言われたカヲリは、
「ふん……」
と鼻を鳴らすと
「礼は言わないから」
とスズメへ告げる。
そんな折、不意にシャダイコンピュータからの撤退命令が全騎へと走った。
「撤退命令ですね」
「ナオ、ミカコ、スミレ、撤退よ」
「「「諒解!」」」
撤退命令を受けて、すぐに撤退しようとするカヲリチーム。
「カヲリ!」
そんなカヲリにスズメが声をかける。
「また今度、話をしようね!」
「誰がアナタなんかと話なんてするのよ」
カヲリはそう吐き捨てるとその背をスズメ達へと向けた。
「まぁ、でも――今度こそ正々堂々正面からアナタをぶっ倒してやるわよ」
そう言うと、リラフィリア機甲学校のカヲリチームはその場から撤退した。
「――――アタシ達も撤退するか!」
「そうですわねぇ」
「まだまだ暴れたりないんですよォ!!」
今回の実地戦――カヲリの私怨による襲撃の所為でブローウィングの実地戦はゴチャゴチャした実地戦になってしまったが、それ以外のマルクト神国軍にも衝撃を与えた事実があった。
それは、最後にスズメとカヲリのコンビネーションで撃破した改良型P-3500ベロボーグ。
そのベロボーグが持っていた、魔電霊子砲だった。
今まで、マルクト以外の国は魔電霊子砲を実用化させるほどの技術は無かった――だが、今回の実地戦でおそらく試作段階ではあると思われるが魔電霊子砲を装備した装騎が確認された。
その試作魔電霊子砲によって、死傷者こそは出てないようだが、マルクト神国の侵攻が若干阻まれた結果の一時撤退と言うのが今回の撤退命令の真実。
それは非常に重大な問題だった。