サエズリ・スズメの怠惰な休日
スズメは、自分の部屋で目を覚ました。
アブディエル型装騎のプラモやフィギュア、騎使サクレ・マリアのポスターが貼られ、たくさんのナイフが飾られた部屋だ。
若干チョコレートのような、シンナーのような臭いがするこの部屋にいると、自分の部屋にいるのだと言う事を実感する。
「うー、体が動かないー」
実家に帰ってきて、特に何もやる事の無い日々。
授業などがある訳でも、友達と連絡を取るでもなく、カーテンの隙間から漏れる光に照らされながら、ベッドに横になっている。
とりあえず、枕元に置かれているSIDパッドへと手を伸ばし、今の時間を確認。
「6時かぁ……」
朝ランの日課があるスズメは、その日課に合わせていつも通りの時間に目が覚めたようだった。
「とりあえず、朝ランはしよ……」
ベッドから身を起こすと、装騎用のパイロットスーツであるツナギを着込む。
いつも走っているステラソフィアではないが、見知った土地。
どこを走ろうか考えながら、とりあえず体の赴くままに足を進める。
「おはよう、スズメちゃん! ジョギング?」
「おはようございます、お姉さん! そんなもんです!」
まず向かったのはプラモ屋ヒンメルの前。
そこではレミュールが起きだして掃き掃除をしていた。
2人は挨拶を交わすと、スズメは更に前へ前へと走り出す。
「あ……」
暫く走っていると、スズメはふと気づいた。
「ここ――通学路だ」
プラヴダ中学へと向かう通学路。
そのことに気付いたスズメは、不意に進路を変えた。
別に、変えようと思って変えたという訳では無いが何となく気が進まなかったのだ。
だが、スズメの中にどこかプラヴダ中を避けているような部分があるのも確か。
スズメは中学の近くにある公園を経て、家へと帰ってきた。
「やっぱりアレは目立つよね……」
家で出迎えるスズメ人形を見てスズメは改めて苦笑する。
家に入ると、スズメに女性が声をかけてきた。
「おかえりスズメ」
そう言って出迎えてくれたのは、スズメの母サエズリ・ツグミ。
ツバメと同じような黒髪だが、スズメみたいな癖毛だ。
「ただいま!」
にこやかに笑顔を向けるツグミは優しそうな母親だが、怒らせると怖い。
(そういえばお母さんとチャイカ先輩ってちょっと似てるかも)
なんて思いながら、スズメは尋ねる。
「ご飯は?」
「用意してありますよ」
「やった、食べて良いよね」
「手を洗ってきてからね」
そんなやり取りをしながら、スズメは洗面台で手を洗うと、ダイニングの椅子へと腰を掛けた。
久々の実家だが、よく覚えているスズメの定位置――隣にツバメ、正面に母親、その隣に父親だ。
「あれ、そういえばお父さんは?」
朝ごはんのサニーサイドアップとトーストを食べながら、ふと、父親の姿どころか気配も感じないことを疑問に思い、母親へとそう尋ねる。
「数日前から姿が見えないけど――どうせまた玩具でも買いに行ってるんでしょ」
「ああ……」
スズメの父親、サエズリ・シュパチェクはいい年でありながらかなりの玩具好き。
数日前から、何らかの商品の発売日に備えて神都カナンの大きなお店に張り付いているらしい。
「スズメに会いたがってたのに入れ違いになっちゃったわね」
「もしかして、私がお金を入れたから蒐集癖が更に酷くなってるんじゃ……」
「というよりも、スズメがステラソフィアに入ってからスズメのグッズを集めてるみたいなのよ」
「グッズ!?」
「この前も出たじゃない。スズメの機甲装騎の模型だっけ?」
「そういえば」
そういえば、PS-R-H1ハラリエルのプラモデルと、そのスパロー仕様が出るとか出ないとかそういう話を聞いた覚えがあるなとスズメは思う。
新歓で優勝していると言うこともあり、装騎スパローのプラモが出るのも早かった。
ちなみに、スズメの父親が今買いに行ってるのは完全再現ステラソフィアシリーズと言う完成品フィギュアのシリーズで、ステラソフィアの機甲装騎をリアルに再現した1/15スケールのフィギュア。
今度、装騎スパローのモデルが出るということで買いに行ってるようなのだが、そんなことを知る由もない。
「ごちそうさまー」
朝食を食べ終わり、食器を片づけると2階にある自室へと戻る。
そして、ベッドの上に横になると、その上に置かれたニャンニャーぬいぐるみを抱き寄せ天井を仰いだ。
やることが無いと、目が冴えていたはずなのにどこか眠気を感じてくる。
次第にうつらうつらとして来て、スズメの意識は落ちた。
「ぐふふふふ。幼気な少女を襲っちゃうぞー!」
「あきさみよー! 誰か助けてほしいさ!」
人々の悲鳴の中、黒髪を揺らしながら少女を襲おうとするのは怪人ヨモツイザナ。
逃げ惑う人々の中に、人込みをかき分けて颯爽と1人の少女が姿を現した。
「待てぃ!」
「誰だ!?」
不意に響いたその声に、怪人ヨモツイザナは周囲を見回す。
怪人ヨモツイザナの視界に人影が目に入る。
太陽の輝きを背に受けて、一段高くなった塀の上にビシッと立つ1人の少女。
「時代に闇、世界に嘆き、人々に混沌来たりし時、悪を滅する陽が昇る!」
その少女はポーズを付けながら、よく通る声で口上を述べる。
「冥府の闇から来しモノよ、光に阻まれ滅びなさい! 参上、スズメニャンニャー!」
「キサマはスズメニャンニャー! 今日こそは我らが野望の元にひれ伏させてやるわ!」
「来なさい、怪人ヨモツイザナ! とぉっ!」
スズメニャンニャーは塀の上から飛び上がると、怪人ヨモツイザナに強烈なパンチを繰り出した。
「ええい、スズメニャンニャー、小癪なヤツめ……! こうなったら」
暫くはスズメニャンニャーの優勢で進んだ戦いだったが、不意に怪人ヨモツイザナが近くに居た少女を人質にする。
「あい、捕まってしまったさぁ!」
「どうだ、スズメニャンニャー! コレで手出しは出来まい……!」
「……くっ」
少女を人質にされて手出しができないスズメニャンニャー。
「くらえ!」
「うわぁぁああああ!!!」
そこへ、怪人ヨモツイザナが不思議光線を放つ。
その一撃で、スズメニャンニャーは爆風に煽られ地面に倒れ伏した。
「ぐふふ、スズメニャンニャー! 今日がキサマの命日となるなぁ!!」
「それはどうでしょう!」
「何っ!? ぐわぁぁああああ!!」
「あいっ!」
不意に、怪人ヨモツイザナの背後から強烈な衝撃。
その衝撃で、怪人ヨモツイザナは捕まえていた少女を離してしまう。
少女は、すぐにその場から逃げた。
「さっきの爆風に紛れて鼠型自走突撃機を向かわせていたんです!」
「ぐ、ぐぐぐ、キサマぁ!」
「これで止めです……!」
そういうと、スズメニャンニャーの右手にエネルギーの渦が巻きあがる。
「行きます、必殺……」
そのエネルギーは圧縮されるように拳に集まり――
「スズメニャンニャー・ネコパーンチ!!!!」
強烈な閃光と共に、怪人ヨモツイザナを貫いた。
爆発が起こり、怪人ヨモツイザナが弾け飛んだかと思ったその瞬間――
「まだまだ負けてたまるかァ!!!」
怪人ヨモツイザナが巨大化をする。
「2回戦、行きます! 来い、大型決戦兵器ネコ・サリナァァァアアアアアア!!!」
「いやいやいやいや、何であたしロボットなの!?」
「――――はっ!」
そこでスズメの目が覚める。
「…………何か変な夢を見ていたような、気のせいのような」
ボーっとする頭でそんなことを呟きながら、スズメはSIDパッドで時間を確認する。
「げ、3時……!」
あれからかなりの時間を寝てしまっていたらしい。
気付けばもう午後3時…………スズメの中に複雑な気持ちが湧き上がるが、この時間まで寝てしまったのなら仕方ない。
「とりあえず、何かおやつでも食べて……」
スズメはそう呟きながら、1階に降りるとおやつを探し始める。
「あら、スズメ」
「お母さんー、何か食べたいー」
「ケーキ買ってきたから食べる?」
「うん!」
ケーキと一緒に紅茶を飲みながら、他愛のない会話を母親とする。
(そうだ、ニャオニャンニャーのビデオを見よ)
ケーキを食べ終わると、スズメは部屋へと戻り、ニャオニャンニャーのビデオの視聴を始めた。
それから、夕飯の準備が出来て母親に呼ばれるまで1日中ニャオニャンニャーのビデオを見、夕飯を食べてからも寝るまでニャオニャンニャーのビデオを見る。
そして、時刻が午前3時を回った頃、スズメは気付きベッドに潜り込むと、目を閉じた。
ちなみに、そんな感じでスズメの里帰りの日々は過ぎ去って行った。




