イザナん家
「わぁ、今月の装騎マガジン、機甲装武特集だぁ!」
「本当ね」
機甲装武――――それは東洋で使われる人型兵器の総称だ。
機甲装騎とよく似た兵器ではあるが、装甲素材や動力が微妙に違う。
イザナのチームメイトである2年生レインフォール・トーコの装騎ニューウェイがマルクトでは数少ない装騎と装武との混成であることを記憶している方もおられるだろうか。
「機甲装武ってどんな感じなんですかねぇ……1度くらい乗ってみたいです」
「それなら――ウチくる?」
「え?」
不意のイザナの提案に、スズメは首を傾げる。
「ウチってルーツが東洋だから、1騎だけだけど機甲装武があるのよ。だから――」
「本当に!? 見に行っても良いの?」
「何なら乗っても良いわよ」
「わぁ……!」
と、言う事でスズメはイザナの家に行くことになった。
「イザナちゃんの家って行くの初めてだなぁ……」
「家の前までは来た事あるわよね。ナギを送るって」
そう、以前みんなで遊園地に行ったとき、イザナの弟ナギを送るためにイザナの家の前まで来たことがある。
イザナの家は、神都カナンの東側――若干ステラソフィア学園都市寄りの位置に存在する東洋風の木造建築の屋敷だった。
東洋の華國と極東の我国の意匠を盛り込まれた屋敷だというが、スズメにはイマイチ違いが分からない。
「お、お姉ちゃん!」
不意に、そう声がかけられた。
声の主は、ヒラサカ・イザナの弟ヒラサカ・ナギ。
ナギは両サイドに結んだ髪を揺らしながら駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん久しぶりだなー!」
そして、スズメにそう挨拶をした。
「実の姉をスルーするなんて良い根性してるわね」
「んだよ、イザナ帰ってきたのかよ」
言いあう2人だったが、何だかんだ言って感じられる親しさに、スズメは思わず笑みがこぼれる。
「それで、お姉ちゃんはどーしてウチに来たんだ?」
「装武を見せるつもりで連れてきたのよ」
「イザナには聞いてねーし! そうなんだ、お姉ちゃん装武が見たいの? よっしゃあ、じゃあボクが案内するよ!」
ナギはそういうと、スズメの手を引いて屋敷の奥へと足を進める。
「クソナギァ……!」
その後をイライラが隠せない様子のイザナが追いかけた。
「ナギくんも夏休みなの?」
「お姉ちゃんも――? ああ、だからイザナも帰ってきたのか」
そんな会話をしながら、辿り着いたのはヒラサカ家の地下室。
機甲装騎の格納庫を兼ねるその場所に、1騎の装騎――――いや、装武が鎮座していた。
「これがヒラサカ家の保有装武。その名も――」
「伊弉冉尊一二型、比良坂だぜぇ!!」
「おい」
機甲装武ヒラサカ。
イザナミノミコトと言う我国の伝承に伝わる女神の名を冠する機動性の高い機甲装武を型として、ヒラサカ家の特注として建造された過去のある機甲装武だ。
型を指名して、それに個人による特別注文をすることが装武の伝統であり、更にその名には家名が使われるのが一般的なため、ヒラサカ家のイザナミノミコトは比良坂と呼ばれる。
「これが機甲装武――――!」
やや赤みを帯びた装甲は、複数の装甲板を繋ぎ合わせているようで段々となっていた。
その為、機甲装騎と比べると純粋な防御力は低いように見えるが、装甲に使われる素材である緋色鋼の強度からその実、かなりの防御力を誇る。
「この装武ヒラサカはトーコの雑種装騎と違って、ほぼ純粋な機甲装武よ。まぁ、オイロパに来てから操縦方式をOSに積み替えたから“ほぼ”だけどね」
「この装武はOSで動かせるんですか……!」
「一応、装武本来の操縦方法――神経伝達操縦も出来るんだけど……」
「アレは個人差出んだよなー」
神経伝達操縦システムも含め、機甲装武のシステムの多くは兵器として運用するには不安定な側面も多い。
その為マルクトでも参考程度に留められ、神経伝達操縦であったり、人の意思をダイレクトに性能反映するカーマインシステムなどの正式採用はなされていないのだ。
「それじゃあ、スズメ。乗ってみる?」
「乗ってみても良いんですか!?」
「当たり前じゃない。そのつもりで連れてきたのよ」
「おっ、お姉ちゃんヒラサカに乗るの!?」
胸の高鳴りを抑えられないスズメは、イザナのレクチャーを受け装武ヒラサカへと乗り込む。
機甲装騎は一般的に、人間でいう肩甲骨の当たりにコックピットハッチが存在するのだが、機甲装武は胸部が解放され、そこから乗り込むような形になっていた。
その中には、機甲装武のコックピットハッチに合わせた改良がされたOS式の操縦席が備わっており、椅子へと腰かけるようにスズメは座り、装武の中へと手足を滑り込ませる。
「基本的な起動は装騎と同じようにできるわ。騎使認証を求められたら“ゲスト・アメツチノハジメノトキ”で起動できるはずよ」
イザナの言う通り起動キーを入力すると、マーダーと呼ばれる赤色の魔電霊子を吹き出し装武ヒラサカが起動した。
「うわっ、なんか赤いのが出ましたっ!?」
「これはマルクトで言う魔電霊子よ」
「でも、赤かったですよ!?」
普通、魔電霊子と言えば蒼白い輝きを放つのが常識。
「機甲装武の動力には赤石魔電力機関が使われているの」
「マーダーリアクター……」
「装騎の放つ蒼色魔電霊子と区別するために赤色魔電霊子って呼ばれるけど」
「魔電霊子機関との違いって何なんですか?」
装武に興味津々なスズメは、イザナの言葉にそう問いかける。
「アズルリアクターは電力と霊力を蒼魔石で結合させるけど、装武はブルエシュトーネじゃなくて赤色魔石を使うのよ。それで赤い魔電霊子が出来るらしいけど、まぁ、詳しいことはよく分からないわ」
「一応、魔石が違うだけなんですね」
「お姉ちゃん、動かしてみてよ!」
そこに、ナギの1声。
スズメはナギの声に従い、OS式で装騎の体を動かしてみる。
「わぁ――――なんか、機甲装騎よりも重厚な感じがします!」
それは事実だった。
機甲装武の中でもイザナミノミコト型は軽量とはいえ、装武に使われる素材であるジェラニウムは装騎に主に用いられるセラドニウム、そしてシアンスティールと比べるとかなり重い。
そんな重厚な甲冑を纏った機甲装武は、重々しくその身を動かした。
「でも意外と可動域ありますね」
パッと見は機甲装騎以上の重量感、装甲感がある機甲装武。
関節の可動域に若干の心配があるように見えたが、実際動かしてみると意外と中々、その装甲は装武の動きの邪魔をしない。
「装武の装甲技術は、メタトロン型のドレスアーマーとかにも生かされてるみたいだしね」
「へぇ~」
「お姉ちゃん、神経伝達操縦もやってみたら?」
「ちょ、ナギ!」
ナギの言葉にイザナが少し戸惑ったような声を上げる。
「何だよイザナ! 良いじゃん!!」
「でも、神経伝達操縦は……」
「あのお姉ちゃんだぜ? 大丈夫だよ!」
「私もスズメなら大丈夫だと思うけど――――どう、スズメやってみる?」
イザナの言葉に、スズメは少し胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「い、良いんですか?」
「良いって良いって!」
「ナギ! 全く、まぁちょっと体験するだけならね」
若干煮え切らないイザナの態度に、スズメはちょっとした不安を感じる。
「あの、その神経伝達操縦って相当ヤバいの?」
「個人差はあるわね。まぁ、死ぬことは無いわ」
「死ぬことは無いって十分怖いんですけど……うー、でもやってみたいような……」
「イザナは考え過ぎだって!! 同化レベルを最低にすれば体感程度ですむし」
「それもそうね――スズメ、神経伝達操縦をオンに、同化レベルを最低にすれば安全に体験できるはずよ」
「分かりました。神経伝達操縦をオン、同化レベル最低っと……」
その瞬間、装騎に乗り込んだ時に感じるような悪寒が身体を奔ると、目を閉じてもいないのに一瞬視界がブラックアウトする。
そして、瞳に光が戻った瞬間――――スズメは自分自身の視点が非常に高い所にあるのを感じた。
「どうスズメ?」
『これは……!』
スズメの発した言葉が、自然に装武のスピーカーから放たれる。
それは、機甲装武とスズメが同化した証拠だった。
自らが装武ヒラサカになった感覚――――手を握ったり開いたりすると、装騎の手が自分の意思に沿った動きをする。
『これが神経伝達操縦!』
「同化レベルは最低のはずだから、素早い動きには着いて来れないかもしれないけど体感するには十分よ」
『本当に自分の手足のように動かせますね……! 何で機甲装騎にはこの操縦方法を使わないんでしょう?』
「神経伝達は自分自身が装武になったような感覚があるから、戦いの恐怖もより身近に感じやすいから――とは聞いたわね」
「ビビったらカーマインシステムの所為で装武も使い物にならねーしね」
逆に、その感覚が身近な為に死を覚悟した時などにはまた異常な性能が発揮できるのも装武の特徴なのだが、如何せんその性能にムラがあり過ぎた。
『私は好きですけどねぇ~。自分用の装騎に搭載したいですよ』
その後暫く機甲装武の操縦を満喫した後、ナギの言葉で夕飯をヒラサカ家でご馳走になることになりスズメは夕飯を美味しく頂いた。
そして、ナギに帰りの挨拶をするとイザナと共にステラソフィア機甲科寮へと帰るのだった。