スズメのファン イザナのファン
「あの――サエズリ・スズメさん、ですか?」
「そうですけど……」
「そうですよね! わぁ、私、サエズリさんのファンなんです! 握手してもらっていいですか!?」
ある放課後、ちょっとした用事があったのでステラソフィア技術科を訪れていたスズメに技術科指定のジャージ姿をした少女が声を掛けてきた。
差し出された少女の手を握り返すと、その少女は瞳を輝かせる。
「私、サポートチーム第4班所属の1年生、ハジム・イカラって言います!」
「サポートチーム第4班って……」
「チーム・ミステリオーソのサポート班なんです!」
「それじゃあ、イザナちゃんのパートナーなんだ!」
「そうです!」
そう、彼女ハジム・イカラはヒラサカ・イザナの担当だった。
そんなイカラは、スズメの姿を足の先からアホ毛の先まで見つめると、
「わぁ――本当に話通りの人ですね……感激です!」
と言った。
「は、話――?」
「はい! 本当に話通りに可愛くてキラキラしてて、少し細身の体ががキュートでもうキュートでそしてまた髪の毛の癖の感じとか最高に堪らなくてもう本当」
「ちょ、ちょっと待って! ちょっと待ってッ!」
突然、饒舌に語りだすイカラの姿を見て、スズメは少し不安な物を感じる。
「それ――誰が言ってるの……?」
「ヒラサカさんですよ!」
真面目な表情でそういうイカラ。
「何となく予想は出来てたけど、イザナちゃんっていつもそんな事言ってるの……?」
「はい! と言うか、装騎のこと以外だとサエズリさんのことしか話しません!」
「そうなんだ……」
大体予想はしていたものの、直接そう言われると不思議な気持ちがスズメの中を吹き抜けていった。
とりあえず、その感覚が恐怖や嫌悪感では無い――とスズメは自分に言い聞かせる。
「それで、サエズリさんの話とか、今までの新歓の映像だとか、実地戦の映像だとか、ヒラサカさんと一緒に見てたら私もなんか好きになっちゃって……」
「なるほど……」
「この前、ついにサエズリ・スズメ研究会にも入っちゃいました!」
「何その研究会!?」
「御存じ無いのですか!?」
「存じ上げませんよ!」
今までも、稀に名前の出てきたサエズリ・スズメ研究会――だが、スズメ自身がその存在を知ったのは今日が初めてだった。
「1種のファンクラブみたいなものですよ! 私、なんと4番なんですよ4番! 会員番号4番!」
「イザナちゃんとアナタと――――あと2人居るんですか!?」
そう言ったものの、スズメの脳裏にふと1人の顔が思い浮かぶ。
チーム・ウィリアムバトラー2年モード・ヘレネ。
だが、もう1人の心当たりが無い。
「えっと、機甲科の3年生で、長身で無口な先輩が居るじゃないですか。壊し屋――でしたっけ?」
「サツキ先輩――――!?」
「そうそう、その人です!」
「ま、まぁ、クラブ活動? ――はまだしも、2人きりの時くらい互いの話をした方が良いんじゃない?」
少し自分が足を踏み入れてはいけない領域に足を突っ込んでしまいそうだと感じたスズメは、少し話題を逸らそうとそんなことをイカラに言う。
「そう、ですね……」
スズメの言葉にイカラは言った。
「でも、私は良いと思ってます! サエズリさんの素晴らしさも知る事ができましたし、ヒラサカさんとも共通の話題ができて話しやすくなりましたし! 正直、サエズリさんの話題が無かったら、私達やって行けてなかったかもしれないですし」
「そんな大げさな――」
「大げさなんかじゃないですよ! サエズリさんも実感していると思いますけど、ここに入学してきたばかりの頃のヒラサカさんって本当に無口で冷たかったんですよ」
「あ――――」
イカラの言葉に、少しだけスズメは気づいた。
彼女の心の内に。
「初めてヒラサカさんに挨拶した時、ヒラサカさん私に何て言ったと思います?」
「――――こう言っちゃなんだけど、酷い事言われたでしょう」
「はい。“整備くらい1人でできるわ。メカニックなんて邪魔なだけよ”って言われちゃいましたよ」
笑いながらそういうイカラに、つられてスズメも笑みを浮かべてしまうが、それを言われた当時のイカラの心中を察するにその笑みも苦い物となっていた。
だが、対してイカラの笑みは本当に柔らかい物で、そこから今の関係がどれだけ彼女にとって優しい物であるのか察する事もできる。
「でも、サエズリさんに負けてから、何か憑き物が落ちたみたいにどんどん話しかけてくれるようになって――――本当に、嬉しかったです……って変な話しちゃってすみません! 迷惑でしたよね……こんな話!」
「ううん――そんなこと無いよ。こう言っちゃなんだけど――結構面白かったし」
「サエズリさんも何か用事があるから技術科まで来たんですよね。長々と引き止めてしまってすみません!!」
「そんなこと無いって!」
「すみません……あの、それじゃあアイロニィの定期メンテナンスがあるので」
「うん、わかった。また、イザナちゃんの話を聞かせて欲しいな」
「は、はい!」
そう言うと、スズメへと背を向け、技術科の校舎の方へと向かっていくイカラ。
「あ、そうだ――イカラちゃん!」
「何、ですか――?」
不意にスズメに声を掛けられ、少し驚いたような様子を見せるイカラに、スズメは言った。
「今度から私の事は“スズメ”って呼んでよ!」
「は、はい――――!」
「それと――――イザナちゃんも、ヒラサカさん、じゃなくてイザナちゃんって呼んであげたら良いと思うよ!」
「――――!! ええ!? いやでもそれはさすがに失礼じゃ――――」
「イザナちゃん、絶対喜ぶと思うんだけどなぁ」
「――――頑張って、みます!」
「あと、最初に暴言を吐かれたって事実は消えないですし、今の内に蒸し返してイザナちゃんに土下座させといた方が良いですよ!」
「ふふっ、ですね! ありがとうございました!」
イカラの後ろ姿を見送ったスズメは、装騎スパローの新装備について相談する為、サポートチーム第3班の寮室へと足を向けた。
「実はこの前、サエズリ・スズメさんとお話しできたんですよ!」
「そうなの――すっごく可愛かったでしょ?」
「はい! ――――イザナさんの言うとおり、すごく素敵な人でした!」
「――――!? あー、スズメの差し金……? スズメに何て言われたのよ」
「イザナさんと初めて会ったときに言われたことをイザナさんに謝らせろって言われましたよ」
「その話したの……? まぁ、正直、悪かったと思ってるわよ……」
「土下座で!」
「土下座で!?」