ユウレイちゃんの幽鬱
「そういえば、皆さんに相談したいことがあったんです!」
ある日の放課後、スズメとイザナ、サリナ、イヴァ、ユウレイの5人が雑談をしていた時だ。
ユウレイがふとそんな事を口にした。
「相談ですか?」
「またろくでもない事じゃないでしょうね……?」
「ろくでもない事って何ですか!」
イザナの言葉に、ユウレイは頬を膨らませながる。
「まぁまぁ、それで相談したいことって?」
サリナの言葉に、ユウレイは頷くと話をし出した。
「実は最近、夜の校舎に変な声が響き渡るんです……」
「変な声――?」
「はい。何か、呪文を唱えてるような――意味不明な言葉なんですけど、それが夜の校舎に木霊して、それがすごく怖くて怖くて……」
「妖怪かなんかの所為じゃないの?」
「イザナちゃん、妖怪だなんて恐ろしいこと言わないでくださいっ! わたし結構本気で困ってるんですよ!」
身を震わせながらそういうユウレイにイザナは目を伏せて、
「アンタだって幽霊じゃん……」
と呟く。
「幽霊にだって怖いものはあるんですよぉ!?」
「ヒラサカさん。ユウレイちゃんも困っているみたいだしなんとかしてあげましょうよ」
「だからよー」
「でもサリナちゃん。何とかするってどうする? 夜にここまで来るってこと?」
「そうなるわね」
スズメの疑問に、サリナは頷いた。
「何、スズメも行く気なの?」
「当たり前じゃないですか! 楽しそうだし」
「夜の学校、ワクテカするさー!」
「……仕様が無いわね。それでユウレイ。変な声が聞こえるのって何時くらいなのよ」
「おぉ、わったーらの番長先生がやる気になったさー!」
「誰が番長よ」
そして、時刻は夜8時。
スズメたちはユウレイちゃんの住むトイレに集まっていた。
「大体、2030時頃から2100時くらいに声が聞こえてくるのよね?」
「はい、そーです!」
「それまで静かに待っときましょう!」
「そうね……」
トイレの中で待つこと暫く、8時半を超えたあたりで外から微かな空気の震えが聞こえてきた。
「これは――――」
その震えに気付いたイザナがポツリと呟く。
「これです! この変な声っ!」
全員が耳を澄ますと、それは確かに聞こえた。
数人が発するように重なった呻き声。
だが、よく聞くとその呻き声は一定の調子を持っているのが感じられる。
「歌? 呪文?? 呪いの儀式!?」
「これはオカルト臭するさー!」
謎にテンションが上がってるスズメとイヴァ。
「それじゃあ、確認しに行きましょうか」
イザナが静かに立ち上がると、個室から外へと出た。
「行きましょう――!」
「レッツらゴーさ!」
「さ、ユウレイちゃんも行きましょう」
「わ、わたしは一番後ろから着いていきます……」
「何一丁前に怖がってんのよアンタ」
イザナを先頭に、スズメとイヴァが横に並び、その後ろからサリナとユウレイが続くという形で、声がする方へ向かって歩き出す。
どんどん声が近くなっていくにつれて、その言葉の内容も――
「何、コレ――? 何語なのかしら?」
「どう考えても呪文ですね!」
「でも聖霊言語とかとは全然違うさー」
「東洋系? お経とか?」
「な、何なんでしょ……」
はっきりとはして来なかった。
声に導かれるまま辿り着いたのは、校舎の中ほどに開かれた中庭。
そこで、奇妙な魔方陣を描き、漆黒のフードを被ったまま呪文を唱える4つの影があった。
「あれよね――声の主って」
「うわぁ……これは酷い」
「あいえなー、ヤバげな4人組さ」
「よ、妖怪、では無いんですかね? ででで、でも何か、アタマがイってそうで怖いですぅ!」
「行くわよ」
「ええっ!? イザナちゃー!」
ユウレイが呼び止めるのも聞かずに、ズカズカとその輪の中へと入っていくイザナ。
そして、
「ちょっと、アンタたち何してんのよ!」
と叫んだ。
突然のイザナの声に、フードを被った4人組はビクリと肩を震わせると、イザナの方へと顔を向ける。
「何って、見て分かるだろう」
そのフードの内の1人がそういった。
「いや、分かんないから」
「呪いの儀式ですか――ッ!?」
「召喚の儀式だば?」
「――――バカっぽいけどダンスかしら?」
「へ、ヘンタイです――――!」
「チッガーゥ!!」
口々にそんな事を言い出す5人に対して、フードの1人、リーダー格と思しき人物が声を上げて否定する。
「我々は、最近ウワサになっている怪異を取り払いに来たのだ!」
「いや、アンタ等みたいな存在こそ怪異じゃん」
「シャーラーップ!」
「ていうか、アンタら誰よ? ウチの学生?」
イザナの言葉に、フードを被った4人組は頷くと、そのフードを取り払った。
そこにあったのは――――
「アンタたち誰? ウチの学生?」
「ウチの学生だ! しかもお前らと同じ機甲科だッ!!」
顔を知らないイザナの言葉に、リーダー格のやや茶色がかった黒髪で釣り目の女性が声を上げた。
「この子たちは1年生だね」
その背後に居た、黒髪を結った少し大人しげな雰囲気の女性が口を開く。
「うむ、拙者と同学年でござる」
そう言いながら、非常に長い茶髪で、パッと見袴にも見える上着を羽織った少女が前に歩み出た。
「あ、アナタは――顔は見たことありますっ!」
「アンタ誰?」
「絡みが無いと忘れがちさー」
悲しいかな、スズメもイザナもイヴァも相手のことを覚えていなかった。
「おいおい、忘れられてるぞ」
「同学年でござるのに……」
その反応に落ち込む長い茶髪の少女。
それを、更にもう1人、金髪の女性が慰める。
だが、こんな中にも1人の良心が存在した。
「あなたは確か、チーム・ヴァイスシュヴェールトの――カリウ」
「そう、拙者はチーム・ヴァイスシュヴェールト所属の一番槍トリュウでござる!」
「トリュウ――――?」
「龍を屠ると書いて屠龍!! カッコイイでござろう!?」
「なにそれカッコイイです!!」
「ドラゴンスレイヤーさー!」
「あの、失礼だけど――――」
勝手に盛り上がる自称トリュウとスズメとイヴァの3人。
そこに、サリナがこう言った。
「あなたの名前って確か、カリウス・ハンナだったはずじゃ」
「カリウス・ハンナは仮の名前、ドラゴンスレイヤー・トリュウは魂の名前でござる!」
「そうだそうだ! 1年の分際で何勝手な事を言ってるのだ!」
「私達の仲間を傷つけるようなこと言うとタダじゃ置かないです!」
「まぁまぁ、まだこの子達は初心者なんだから、これからちゃんと教えてあげれば良いじゃないか」
非難轟々の状況に、イマイチ納得行かないという表情を浮かべるサリナ。
「スレイヤーだかイレイザーだかなんだか知らないけど、ってことはほかの3人もお仲間ってこと?」
イザナの言葉に、トリュウ以外の3人も頷くと、各々が自己紹介を始める。
最初に前に出たのは、結った黒髪の少女。
「私はチーム・ヴァイスシュヴェールト2年の懐刀、ランマです」
本名はナウマン・イザベル。
静かな笑みと共に恭しい1礼をすると、1歩下がる。
次は金髪の女性が1歩前に出ると口を開いた。
「アタシはヴァイスシュヴェールト3年。鞘のクライス」
本名はバイエルライン・アンゲリカ。
最後に茶色がかった黒髪の少女がクライスを抜き去り、颯爽とトップに立つ。
「そしてボクがこのチーム・ヴァイスシュヴェールトの頂点ッ! フューラー・ツィタデレだ!!」
本名はフィッシャー・ミア。
彼女達4人がチーム・ヴァイスシュヴェールトだった。
「なるほど、つまり頭のアブない集団ってことね……」
イザナの言葉通りだった。
「危ないとは何だ!」
「私達は永遠の仲間と誓い合ってこの名で呼び合っているんです」
「そうでござるよ!」
「まぁまぁ3人とも。袖振り合うも他生の縁って言うじゃないか。ここは一つ、彼女達にもソウルネームをつけて上げるべきではないか?」
「「「それだ!」」」
「やめろ」
クライスの言葉に、3人が乗っかろうとしたその瞬間。
イザナはそう言うや否や、チーム・ヴァイスシュヴェールトの4人をぶん殴っていた。
「暴力は、いけない……!」
「「「フューラー!!!」」」
イザナの1撃をクリティカルに受けたフューラー・ツィタデレはその言葉を最後に気絶した。
「ヒラサカさん、さすがに殴ったのは謝るべきじゃない……?」
「? ――そうね。悪かったわ。超ゴメン」
「超テキトーでござるのですが」
「私が悪かったって。ほらゴメンゴメン」
「謝る気無いですよね……」
「もう――――でも、こんな時間にこんな所でこんな事してたら怖がる人も居ますから、やめてくれませんか?」
「そーですよ! わたし、ずっと怖くて怖くて、夜も眠れなかったんですよぉ!」
サリナとユウレイちゃんの言葉に、クライスは静かに首を垂れる。
「それは済まなかった。フューラーにはアタシから言っておくよ。どうやらモノノケも居ないようだしな」
「と言うか、なんでヴァイシュシュヴェールトの人たちが怪異を取り除こうと儀式をしていたわけよー?」
ふとイヴァが発した疑問に、ランマが言った。
「実はこの前、私達がここで召喚の儀式を行ったのですが、その頃から変な声が聞こえるって噂が立ち始めてて……」
「そうでござる。故に、拙者達の所為で変な怪異が召喚されてしまったのでは、と思ったのでござるよ」
「なるほどねぇ……」
「でも、ソレってアレよ。最初の噂の時点でアンタ達の所為っていうオチでしょ。どうせ最初もあんな風に変な呪文唱えながら儀式やったんでしょ?」
「言われてみればそうだな! アタシ達が必死に呪文を唱えても、噂話は消えなかったしな!」
「なるほどです。最初から最後まで、私達の仕業だったってことですね」
「それはうっかりしてたでござる! アッハッハッハ」
「まぁ、何はともあれ解決して良かったですよ! これでわたしも今日からグッスリ寝られます!」
なんだかんだで仲良くなった9人は談笑しながら中庭を後にする。
それ以来、奇妙な声が夜の校舎に響くことは無かったという。
「そういえば、1年生達と一緒に居たあの長髪の女の子って誰だ?」
「あの眼鏡の? 拙者の学年にはあのような少女は居らぬでござる。先輩方の盟友ではござらんのか?」
「2年生には居りませんよ? フューラー、4年生には――?」
「いや、見た事無い。他の学科――いや、しかし機甲科の制服を着ていたな……。だが、全く見覚えは……」
「まさか、幽、霊……?」
ゾッとした空気がチーム・ヴァイスシュヴェールトの4人の背中を吹き抜ける。
その頃、噂話をされていた所為なのか、ユウレイはくしゃみをした。