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ブロバオ+レグ

作者: mg

ブロバオ絵欲しい

より適切な表現でもって彼を表現するために、「血湧き肉躍る」の後ろへ「肉湧き血躍る」という語の加わることをお許し願いたい。要は沸点を超越したるすさまじい興奮が皮膚の下において盛んに煮えたぎる様を、なるたけ正確に文字へ直した結果である。件の彼とは、とある6月のパリの大行列におけるバオレルを指す。パリが大きく動かんと身震いするとき、それによる何らかの作用を大いに期待して同じく身を震わすのが、パリーっ子の常である。つまるところ、バオレルにはそういう娯楽があった。




活気づいてきた列を抜け、通りの隅に佇むある男の背へせんせ、と呼び掛けたがいっこうに受け付けない。人違いでもしているだろうかと疑うほどの無反応に首を傾げ、しかし確かに見覚えのあるやや猫背気味の背中と、彼の好かない色形の帽子とが見受けられる。彼はつまらない講義の最もつまらないときに、それを教授たちがかぶり直す仕草の、幾らか仰々しく誇張した模倣を何度もやったものである。とは言え、いよいよパリ激動を迎えようというこの日にそのいけ好かない帽子を見かけ、完全なる有頂天のうちに一筋苦いものの走ったことが、まさしく陽気に塗り固められたようなこの男にとって快く思われるわけもない。しかし名を呼んで応じられず終るのは尚更不快を呼ぶ。せんせ、せんせと、今度は力強い調子で訴える。振り向いた。眉の機嫌はおそらく悪い。無論構うことはない。


「君はきわめて図々しい男にあり、たった今私のことを三度呼んだろう」


「ええ」


「振り向かなければ、私の名を消すつもりでもあったのかね」


馬鹿なことを言うものだと笑い飛ばせど、眉間のしわがますます深くなるばかりでなんともつまらない。元来教師なるものの習性として、つまらないものばかり食うというのがある。それも、むやみにつまる、つまると頷いては美味そうにむしゃむしゃ食う。弁護士になることを欲さぬこの彷徨者においては、世俗的の興、つまりは偏食の彼らの真相心理に立ち入り、あれやこれやの鑑定を行うさえ、余程の酔狂と感ずる。しかしただ詰まらない挨拶では最期として味気なく、また意味を成さん。街路にて気まぐれに、無目的に教授を呼び止める趣味は到底持ち合わせない。


「先生、先生も列に加われては如何です」


「まさか!」


ハハハハと今度は教授の嘲笑を聞いたが、バオレルもまた大口を開けて笑っていた。自分はまったくつまらないことを口にしたものだと半分呆れていたので、尚更気楽な心持であった。


「見たところ、君が辛うじてぶら下げておった大学生の看板を破棄するという噂は、どうやら誠であったらしい。君というのはまったく、私の講義より、警官の銃で胸に風穴をあけられるほうを有り難く思うのかね」


「ええ」


「有意義の語意は辞書をひいたのかね」


「まさか!」


厳格な調子の尋問と快活で盛大な笑い声は実に相反するものであり、双方が同時にまた同所に存するのは、人の見たところ一寸滑稽である。しかし、行列、バリケード、即ち革命と呼ばるる非日常へ繋がるべき今日に、おそらく大衆の常識を論ずるはあまりに無粋であろう。


「バオレル君、きみはやはり死ぬであろう」


「ええ先生」


「しかし飽くまで、仮定ではあるが、死に損なった君が妙な気を起こし亡霊として蘇ってでもみなさい、またくだらん悪戯をけしかけられるなどわたしはごめんだ。顔を突き合わせるのはこれきりと願いたい」


勿論です先生と、真面目を装って返したところ、フンと鼻をならされた。ヘンと返してやりたくなるのをぐぐと堪える。無反応に気を良くした教授はさらに続ける。


「君、帰ってきたところで首には何もかからんぞ、何しろ首がないのだから」


「仰る通りです先生」


「まあ要らぬ世話だろうが。君がしきりに崇める革命とやらを、実現せんがため努力し尽くし、結果甘んじて殺されるようならばきっと本望に違いない。それがいかに無益で、無意味で、愚かであるかというのを、私は十一年ほどかけて君に説いてきたつもりだというのに、全く、それこそが本当の愚行であった。今もっておそろしく気分が悪い、君どうしてくれる」


そうしているうちにも革命の足音がぐんぐん遠ざっていく。戻らなければいよいよ置いてきぼりをくうと悟ったとき、彼は踵を返し、足を列に向け、では失敬というような手軽の挨拶を言おうとした。しかしそれぎりではあまりよくないだろうと思い直す。次に出かかったさよならのさの音もまた飲み込まれる。教授に目をやると、明後日のほうを向いていた。光とも闇ともつかぬ、善とも悪ともつかぬ、情とも無情ともつかぬ、果ては有とも無ともつかぬ方向を向いている。何か呟いた、ごくごく微かな声で確かにバオレル君と聞こえた、怒鳴るような調子ではない、蔑むような調子でもなかった、教授は別れを惜しむ言葉を述べるだろうかと思考する。バオレル君と再び、今度ははっきりと聞こえたので、もう一度踝をくるりとやり、彼の方へ向き直る。目が合った。眉は相も変わらず機嫌が悪い。或いは泣いているのかも知れない。


「バオレル君!」


「はい」


「聞こえているなら、名を呼ばれて一度で返事をしたまえ」


「分かりました」


「バオレル君!」


「はい!」


「死ぬなよ」


自分の耳をうたぐっているうち、教授の姿はいつしか見えなくなった。




おうい、おういと間延びした声が、いやに近くで聞こえるのも無理なく、実際それは耳元にあった。にやにやとレーグルが笑っている。なんだ、どうしたと問われる。そっくりそのまま此方が問いたい。


「どうも仮眠をとっているふうには見えなかったんでね。どこか具合が悪いかい、ただ瞑想にふけっていたのなら邪魔して悪かったが」


「ああ、ああボシュエ、何でもないさ。何でもないことだと思えば万事何でもなくなる。君はそれが判るだろう」


「判るね、しかしわからないな、君が何に足を引っ掛かけたままでいるのか」


またにやにやと笑う。バオレルは随分前から、彼のこの顔を知っていた。この顔はたちが悪い。この笑顔はたちが悪い。この顔は返答におおよその見当をつけた上であれこれ尋ねてくる。この顔を上手くすり抜けられた試しがない。よって彼は項垂れたままじっと黙りこくった。沈黙は時に大きな武器であり、不動は時に大きな脅威である。その二つをもってすれば、絶大なる雄弁を獲得せしむる。これは哲人の術である。


「分かった、分かった、分かったったら!」





ブロンドーは、講義が始まってすぐ、出欠をとるだろう、そこで必ず君の名を三度呼ぶんだ、いつでもね。バオレル君、バオレル君、バオレル君!と呼んだあと、ぶつくさと悪態をつくんだ。他の聴講者が返事をしないものなら、たいてい目玉の飛び出るくらいには喜ぶんだがね。そしてちょっと帽子をかぶり直すんだ。思うに彼は、少し君が寂しいような気を起こしているんじゃないかな。僕はあいつが大嫌いだけどね!



ブロバオ絵欲しい mgです!読んでいただきどうもです!ありがとうございました!

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