[弐]話(10)理不尽の始まり(中)
~常葉緋美:???:川霧沙喜~
常葉緋美は冷静だった。
流石は【終焉を喰らう者】の一人――と言うより、常葉にとってこの場において自分の感情を揺さぶることなど何一つとしてなかったからである。
原形もとどめずに滅茶苦茶になりながら倒れている樹里哉夢だったモノ、
その傍らで放心状態になっている逢坂悠子、
“ドォォォォン”
少し上空で爆音が響く。
爆炎から少年が飛び出してくる。
怒りにより殺人鬼となった葉志和慎太である。
もう既にあれを人間とは呼べないだろう。
アパートの階段で倒れている金髪の少女がいた。
川霧沙喜だ。
吸血鬼である彼女は常葉にとっては標的だった。
――だが、
(結局ただの化け物だろう。私には何ら関係がない)
常葉は全く持って気にもとめていなかった。
彼女の中の世界観は簡単だった。
人間。人間以外の動植物。それ以外は化け物。
それだけである。
至極当然のことながら人間が世界の一番頂点に君臨している。
彼女に動物愛護の精神が無いわけではないが、動物のために命を懸けるような自分を犠牲することなどはしない。
化け物なんて当然論外である。
彼女は言ってしまえば人間主義である。
悠子とは真逆に存在してる。
だから人間に害をなすような化け物の存在など彼女は認めていないのだ。
故に彼女は何も感じない。
樹里も、逢坂も、葉志和も、川霧も、彼女にとっては在っていないような存在である。
――だから、
「関係ない」
冷静にそう呟くことができるのだった。
そして今回ばかりはこの残酷なまでの冷静さが役に立った。
「いい加減出てきてくれませんか?此処まで派手にやっておいて高みの見物というモノはいささか虫が良すぎないですか?」
無表情のまま淡々と告げて、
「【夜叉】断絶」
鞘に収めていた刀を居合い切りのように素早く抜刀し水平に薙ぎ払う。
スッ、と何もない空間に切れ目が入る。
「――滅鬼。」
“チン”と刀を鞘にしまう。
その瞬間、開いた/空間から/数多の/斬撃が/降り注いだ。
斬撃は一帯にあった草木を全て薙いでいった。
手入れがされず草が伸び放題だった庭が一瞬で切り刻まれ荒れ地へと変貌した。
何も残らず丸坊主の状態へと変化する。
そこには全てが氷でできたかまくらのようなドーム型の建造物だけが残った。
一番先に別の相手に気づいて飛び出した葉志和はともかく、明らかに戦闘不能の樹里、逢坂、川霧には見つけることはできなかったであろう。
冷静すぎた常葉だけがその建造物を感知できたのである。
「【夜叉】行燈――鬼灯。」
無機質の声で今度は目にも留まらぬ早さで抜刀し、その氷の建造物を切り捨てた。
――否、溶かした。
ほんのりと赤みを帯びた刀が音を立てずに静かに鞘に収まる。
「全く持って何なんだ。どうしてこうも極東の人間は好戦的なんだ。」
と、無気力な声が挙がる。
「面倒だ」
そこに現れたのは蒼い髪をした少年だった。
身長はかなり低かった。
女性である常葉よりも低いぐらいだ。
瞳の色は髪と同じ蒼。
しかし、その瞳は澄んでなくとてつもなく怠そうな、無気力な瞳だった。
垂れ目であるのがそれをさらに印象づけていて、全体的おっとりとした雰囲気を醸し出していた。
服装は春にもかかわらず長袖のセーターとジーパンで、革靴を履いていた。
「……じゃあ、さっさと済ませようか。」
彼が右手を挙げた瞬間に、常葉の頭上に、今度は青い線で描かれた魔法陣が展開される。
「――行け」
その手を振り下ろすとその魔法陣から数本の氷の刃が飛び出す。
「【夜叉】業魔――裂傷」
常葉はその氷の一本一本を的確に切り砕いていく。
粉々になった氷はまるでダイヤモンドダストのように、きらきらと反射し瞬く間に空気中に溶けて消えていった。
「トロいね」
1秒にも満たない僅かな時間で、少年は気づけば常葉の背後をとっていた。
先刻と同じく右腕を挙げると、今度は常葉の周り全方位を囲むように青い魔法陣が出現する。
「――低コストで体への負担も少ないのに強大な威力を誇る魔法陣。異能と比べてタイミングなどを演算する必要もなく、技術を全く必要としない。
ただまぁ、それでも完全ってワケじゃなくいくつかの弱点がある。魔法陣を組むのにそれなりの手間と時間がかかるのと、追尾機能が付けられるワケじゃないから絶対に当たるとは限らないということ。
いろいろと対処法はある。コートやアクセサリーなんかに魔法陣を描いておいて、常時それを展開できるようにするとか。トラップのように相手が触れた瞬間に展開するように仕掛けておくとかね。
――ま、こうやって囲んでしまえばそういったことをする必要は、どこにもないんだけどね。」
少年が右腕を振り下ろす、――と同時に氷の刃が魔法陣から飛び出す。
常葉も刀を構えるが、視界を覆い尽くす今までは比べものにならないほどの数の氷刃が全方位から迫り来る。
為す術もない圧倒的な数。
その幾千の刃が彼女を切り裂こうとしたとき――、
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!!!」
突如、
激怒の叫び声とともに飛翔した殺意の塊が、
周囲にある全てのモノを吹き飛ばす威力で、
少年をめがけ突っ込んできた。
圧倒的な破壊が行われ、魔法陣も、その場の地形も、あるいは空間でさえ吹き飛ばしかねないような一撃。
「……ッ、やっと化物さんのお出ましと言うところですか。」
少年が常葉に向けた全ての魔法陣が掻き消され、周囲はまるで隕石でも落ちたように砕かれていた。
「やれやれ、あれだけの魔法陣を組むのに、どれだけの時間がかかると思っているのですか?」
この破壊的な情景を作り出した張本人に向かって、少年は無感情な声で呟いた。
視界を遮っていた砂煙がゆっくりと晴れる。
太陽のように煌めく金髪。
血のように紅い瞳。
全てを圧倒するような冷酷な目線。
異常なほどには快適なその雰囲気は、まさに鬼そのものだった。
怪異の王、吸血鬼。
――川霧沙喜は、君臨した。
「貴様ぁぁぁ!!よくも主を!!」
怒り狂った激情を少年にぶつける川霧だが、少年はやれやれといった表情を見せ、はぁ、と軽くため息をはいて、
「女性が大声を上げるのはどうかと思うよ。というか五月蠅い。君は一応怪異の王であるんだからそれぐらいのマナーは弁えた方がいいよ。さて、やっと目標も出てきたことだし、そろそろ終焉と、いこうかな。あ、一応言っておくけど今更足掻こうが、命乞いをしようが、既に遅いよ。何かをするのは君たちの勝手だし、別に諦めてくれなくてもいいけど、とっくの昔に此処への仕込みは終わらせておいたし、君たちの誰一人にも気付かれずに侵入できて、尚かつ一番の不確定要素だった樹里哉夢も思ったより楽に片づいたしね。目標である吸血鬼のことはもちろん、そこで放心している天使の人も、刀を振り回している夜叉さんも、今爆風が戦って――」
“ドォォォォォン”
少年の言葉の途中で再び爆音が炸裂する。
すると、少年と川霧の間を裂くように黒い何かが飛んできた。
その黒い何かは、地面を二回、三回飛び跳ねたところで木にぶつかりようやくその動きを停止した。
「ッ!!葉志和!!」
川霧が驚愕の声をあげる。
それもそのはずだ、飛び込んできた何かは所々黒く焼き焦げてボロボロになっている葉志和慎太であったからだ。
「ははっ、ざまあみろッてんだこの野郎!!ったく、巫山戯た能力使って時間を掛けさせやがってさぁ。全く、最近の超能力者ってのはこんなにもチート化が激しいんかよ?」
そんな声とともに、今度はバイクのライダースーツのような服と、紺色のコートを羽織った男が現れた。
どうやらその男は葉志和と戦っていたようで、紺色のコートが見るも無惨な形に破られており、体のあちらこちらに傷を負っていた。
「――、そこに吹き飛ばされている少年はどうやら四巡の化け物の一つである刃屍輪家のモノだったから流石に調べきれなかったけど、所詮はこんなモノだ。それにしても爆風。長くて、暑苦しい、あのお気に入りのコートはどうしたんだ?そして何故そんなボロ切れのような布を羽織って、なんかかっこつけたような台詞を喋っているんだい?」
「……お前は無感情な割に結構なサドだよな。つーか吸血鬼一匹誘き寄せるのにどれだけ手間懸けてんだよ!てめぇは!!」
「五月蠅いよ。それにあんまり時間があるワケじゃあないんだしさ、終わりにしようよ」
「あ!この野郎!黙殺しやがったな!自分の失敗サラリと受け流したな!」
「いい加減巫山戯てないで終焉にしようよ。分かってるだろう?任務に関わった邪魔者は全員――」
「――皆殺しだ」
と、蒼い目をした少年が右手を挙げた。
と、紅い目をした少年が右腕を横に薙いだ。
その動作を合図に、このアパートの敷地内全域に、青と赤の線で描かれた魔法陣が展開された。
百、二百、五百、千、五千、一万――今までとは比べものにならないほどの膨大な数の魔法陣がその場を埋め尽くし、その全てが川霧たちの方向を向いていた。
「ああ、厄介事が増えないように空間遮断用の魔法陣をあらかじめこの周りに這っておいたのでご心配せず」
と、無感情な少年が呟き。
「んじゃ、まぁ、快く虐殺されろ」
と、男が無造作に言い放つ。
その声とともに一斉に魔法陣が発動し、終焉へと向かった――
『おいおいおいおいおいおいおい、何を勝手に決めつけてるんだい?
その程度が終焉だって云うのなら、それは{ボク}が喰らってあげるよ。
さて、
そろそろ、
理不尽を始めようか。』
――to be continued.




