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夏休み  作者: 増田朋美
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中編

又少し経って、懍が風呂から出たのか、「直人、あんたも早く御風呂に入りなさいよ。」と、母ちゃんが命じました。直人は懍のすぐ後に風呂に入るのは嫌でしたが、母ちゃんには逆らえないので、仕方なく風呂に入りました。いつもなら長風呂なのに、今日は体を洗って直ぐ出ました。そして、自分の部屋へ直行しました。すると、机の上が、鉛筆やらノートやらで、滅茶苦茶になっていました。

 直人は激怒して、客間に飛び込み、「あんたの仕業でしょ!あたしが怒られるところが、面白いからなの!?どうなのよ!」と、叫びました。

「直人さんはなんてだらしないのじゃろうね。」と、懍は言いました。

「どうしてあたしに嫌なことばっかりするの!」

「僕に押し付けてもしょうがないじゃろ。僕は手を触れてはおらん。」

「手を触れてなかったのなら、どうしてあたしの机が滅茶苦茶なのよ!あんたよ!」

「直人さんは、日ごろだらしがなくてしょうがないって君の御母さんはそうおっしゃっとったよ。いつも片付けないのに、片付けたつもりになって適当に誤魔化しとるんじゃろ、それはいけんよ。それでも、しらを切るつもりなら、これを機に、何にもしていないのに怒られるって事がどんなに辛いか、勉強してみんさい。そしてなんでも人のせいにするのをやめるんじゃね。」

「自分だって悪いことしてるくせに!」と、直人は底を突いたつもりで叫びました。

「どんなこと?」

「あんたの体にくっつけてるものは何なのよ!」

「ぶんしんのこと?」と、懍は何にもたじろぎませんでした。「そうだね、覗いたね。君が見てたのはちゃんと知っていたよ。みんな縁起のいいものなんじゃ。国語の時間に習わんかった?四代方位神、青龍、朱雀、白虎、玄武。方位を守護する神々じゃ。次に瑞鳥、瑞獣と、呼ばれている動物、鳳凰と麒麟。京都はこれらの動物達が、集まってくる場所とされて、だからそこに平安京を建てたんじゃ。まだ小学校では教わらんか。なら今覚えて置け。大鏡なんかやると出てくるけん。ただね、彫るときは痛いんよ。鋭い剣で刺されてるみたいに痛いんよ。でも、終わったらずっと体にくっ付けていられるじゃろ、だから我慢したんよ。大昔は、顔とか胸に文身をして、痛みに耐えることで大人になる、そう言う風に解釈されてたんよ。今だって同じじゃ。だから何にも悪いことなんかじゃないんよ。」

「もう、どっかおかしいよ!空想の動物を体にくっ付けて、分身だなんて!そういうおかしな人は、うちにこないで!」

「あんしんさい、明日の朝、広島へ帰るけんね。」

「ぜひそうして頂戴!」

 ちょうどそのとき、母ちゃんが懍の「あんしんさい、」と言う言葉と、直人の「ぜひそうして頂戴!」と言う言葉を小耳に挟んで、直人を叱りました。懍は母ちゃんに「ごめんなさいね、直人はもうどうしようもない子で…。」と、言われても、何にも言いませんでした。

 直人は憤慨しながら寝ました。「ドラゴンが家にいるのは後少し!明日になったら新幹線で広島に帰るわ!」それだけが、救いでした。

 次の日、直人達は時間通りに朝食を摂りましたが、直人と懍は、全く言葉を交わしませんでした。朝食が終わると、懍が母親への土産としてシラスを一箱買いたいと言いました。じゃあノブにシラス屋を案内してもらうと良いと、母ちゃんは提案し、二人は連れ立って出かけていきました。

 ところが、いつまでたっても二人は帰ってきませんでした。直人は段段不安になってきて、「ねえ母ちゃん、何かおかしくない?」と聞いてみました。「まあ、懍ちゃんは、足が悪いから、ずっと歩くスピードも遅いし、時間がかかるのよ。」と、母ちゃんは呑気なままでした。

 しかし、二時間以上たっても帰ってこないので、段段怪しくなり始めました。「信幸が何か寄り道をさせているのかしら?」と、母ちゃんが言いました。「携帯電話を持たせた方がよかったかしら。」

「違うわよ!母ちゃん!ノブじゃなくて、ドラゴンの仕業なの!ドラゴンがノブを広島に連れていって、食べちゃうきなのよ!」と、直人が叫びました。

「直人、馬鹿も休み休み言いなさい、ドラゴンって誰の事よ、そんなもの現実にいるわけがないでしょう?」と、母ちゃんが言いました。

「一昨日家に来たじゃない!あれは見かけはあたし達と変わらないけど、服を脱いだら恐ろしい怪物なの!」と、直人はこれまでされたことをすっかり話しました。「みんなあれの仕業だったのよ!」

 母ちゃんは、一瞬狼狽したようでしたが、直ぐ決断をして、「直ぐ追いかけましょう!足が悪いことは事実だから、まだそんなに遠くには行かない筈よ!」と、直ぐ車に飛び乗り、制限速度を超えて車を飛ばし、駅に向かいました。駅員さんに話を聞くと、少し前にそう言う特徴の二人連れが改札をしたと言うので、直人と母ちゃんは、許可をもらって改札口を蹴破り、下り線のホームへ駆け上がりました。

 二人連れは、階段を上がってかなり離れた乗り場に立っていました。ドラゴンがノブの手を握っていて、二人とも楽しそうに笑っていました。

「ここで待ってなさい!」と、母ちゃんは直人を階段に残すと、自分は、−母ちゃんのどこにそんな力があったのでしょうか。−ドラゴンに突っ込んでいきました。ドラゴンは、跛であることは事実ですから、ぱっと身をかわす事ができず、母ちゃんはノブをとりかえすことに成功しました。

直人にはよく聞こえませんでしたが、母ちゃんは懍をすごい剣幕で叱りつけ、ノブを抱きしめました。懍は床に突っ伏して泣きました。何か叫びながら、まるで狼の遠吠えのように泣きました。何を言っているかはよくわかりませんが、「憎い、憎い、あんた達が、、、そうやって大事にしてくれる人がいるから、、、!」と、言う文句だけよく聞こえました。母ちゃんが懍に近づいて、ハンカチを差し出し何か言おうとしました。しかし、懍はそれを受け取らず、直ぐ平静な顔になって、「御世話になりました。最後に、ご迷惑をおかけしてしまって本当にごめんなさい。」と、最敬礼しました。足が悪いため、座礼すべきなのに座礼ができないのでした。

 ちょうどそのとき、新幹線がやってきました。懍はドアの方を向き、「では、ごめんあそばせ。」といって、新幹線に乗っていきました。座席に座ると、すぐカーテンを閉めてしまいました。ので、直人たちはさよならを言うこともできませんでした。


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