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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

救国の英雄を追放したら国王が清掃員になった。

作者: 直木直
掲載日:2026/10/09

「ディーンよ、お前を追放処分とする」


 謁見の間に王の声が重々しく響いた。




 ウェストランド、ノースランド、イーストランドの三か国はここ数十年緊張状態にある。


 ウェストランドは三国の南西側にあり、北側でノースランド、東側でイーストランドと国境を接している。


 北の大国ノースランドとは十年前から相互不可侵条約を結んでいる。


 代わりのように東のイーストランドと戦争状態にあった。

 イーストランドは東方騎馬民族が興した国で、ウェストランド国民たちは野蛮人の国と見下していた。


 ディーン将軍はイーストランドとの国境を争う東部戦線で頭角を現した軍人である。

 年齢もまだ三十歳前と若く、また平民でありファミリーネームも持たない彼は本来なら出世できるような身分ではないが、抜群の功績と現場兵士たちからの厚い信任のために「東部戦線に限る」という条件付きで将軍の地位にあった。


 戦士としても指揮官としても獅子奮迅の活躍を果たした彼は特に守勢に強い。

 『王国の盾』と称されるその働きは敵国からも賞賛されるほどだったが、しかし王宮での評判は芳しいものではなかった。


 単純に比較できるものではないとはいえ、なにしろ将軍は大臣に匹敵する高官である。

 貴族であってもほとんどはなることができない、なりたくてもなれない地位だ。

 彼らにしてみれば「庶民ごときの成り上がり者が分不相応な地位に就き、戦功までも独占している」のである。

 焼けつくような嫉妬が貴族たちを狂わせた。




 ある日突然ディーンは逮捕された。

 軍事費着服の疑いを掛けられたのである。

 結局のところ証拠不十分とされたが疑いを晴らすには及ばず、冒頭の王の宣告に至った。


 王城から放り出されてディーンは途方に暮れた。

 どこにも行き場がない。

 軍に捧げた青春だった。

 戦場にいる間に父母は死んでしまった。

 結婚もしていない。

 ディーンの居場所は東の国境の前線だった。


「将軍!」


 声をかけてきたのは部下たちだった。

 何とか二人だけ休暇を取って前線から戻ることができたのである。


「おかしいですよ!」

「誰かにはめられたに違いありません!」


 実際、これは部下の功績を妬んだ総司令官の陰謀だった。

 そして共謀というより主導したのは宮廷貴族たちである。

 総司令官は中央の貴族たちの支持を得て気に食わない部下を陥れたのだ。


「将軍がいなくなってしまったら、これからどうなってしまうのか……」

「しばらくお待ちください。我々が真相を解明してみせます!」


 しかし部下たちの運動は間に合わなかった。

 ディーンは早くもその夜貴族の私兵に拉致されて連行された。

 そして国境まで連れていかれて仇敵イーストランドに引き渡されてしまった。

 貴族たちはイーストランドはディーンを殺すものと期待していた。


 姿を消したディーンは軍からの報告で追放された後敵軍に寝返ったとされた。

 宮廷貴族たちは欣喜雀躍してディーンの軍籍を剥奪した。

 資産は没収され、これまでに授与された勲章・褒章などすべて褫奪(ちだつ)された。


「散々引き立てられてきた恩を忘れて敵に寝返るとは、何たる卑怯者よ」

「今までの功績も敵軍と通じていたからできていたことに違いあるまい」


 ウェストランドの王都ベールでは貴族たちが口を極めてののしり、あざけった。

 彼らは真相を知っていたにもかかわらず。


 貴族の令嬢たちもディーンを嘲笑した。


「あの人、いつも冴えない姿だったわよね」


 ディーンは参内する時にはいつも黒を基調とした軍服だった。

 軍人である以上これが本来の姿だが、この頃は軍人のコートも金糸でかがられ、さらにレースのリボンタイで決めるのが洗練されたスタイルとされていた。

 昔ながらの軍服は彼女たちの目にはいかにも野暮ったく映った。


「もう二度とあの姿を見ないで済むかと思うとほっとするわ」


 ウェストランドの上流階級の腐敗は行きつくところまで行っていた。




 ディーンはイーストランド国王と廷臣たちの前に引き出されていた。

 本人は処刑を覚悟していたのだが、案に相違して囚人ではなく賓客の扱いである。


 実のところ彼はイーストランドでは大変に尊敬されていた。

 敵ながらあっぱれ、一度話をしてみたいと思う軍人も多い。


 好奇心と敬意の入り混じった視線にさらされてディーンは戸惑った。

 さらに国王の意外な言葉にますます困惑した。


「どうだ、余に仕えぬか」


 そうは言われてもディーンはウェストランドの禄を食(は)んで将軍にまでなった男である。

 他国の王に誘われたからと言って急に宗旨替えをする気にはならない。


「お前の国はお前の名誉をすべて汚したそうだぞ」


 国王はディーンが追放された後のウェストランドの仕打ちを語った。

 ディーンは心の底から落胆した。

 自分はそこまで憎まれていたのかと肩を落とした。


 そんなディーンに国王はさらに寛大な誘いをかけた。


「なに、祖国と戦えとは言わぬ。我が国が脅威と直面しているのは西側国境だけではない。ノースランドとの国境にも火種を抱えているのだ。どうだ、お前さえよければ力を貸してくれぬか」

「……お役に立てるかはわかりませんが」


 とうとうディーンは受諾した。


 ノースランドとの国境に客将として迎えられたディーンはそこでも敵をよく防ぎ、またも救国の英雄となった。

 そして後に国王の娘と結婚し、王族として遇されることとなる。




 ウェストランドは以前からノースランドと接触していたのだが、この度さらに新しい提案を持ちかけた。

 不可侵条約をさらに推し進めて同盟を組み、一緒にイーストランドに攻め込もうというのだ。

 ディーンが将軍を解任された今が手柄を挙げるチャンスである。


 ノースランドはこれに乗った。

 両国は軍を動員し、時を同じくしてイーストランドに攻め込んだ。


 ところが、ノースランドは思わぬ抵抗を受けた。

 二正面作戦を余儀なくされたイーストランドの国境を守備する兵士の数はノースランド軍と比較すればわずかだ。

 本来なら物の数日で突破できるはずである。

 しかし今その国境を守っているのは守勢に長けたディーンであった。

 ノースランド軍は一城も抜くことができなかった。


 一方その頃、ウェストランド軍の半分はノースランドとの国境付近に集合していた。

 イーストランドと戦っているのは動員できる兵の半分に過ぎなかった。

 ノースランドの全軍がイーストランドに侵入している隙にがら空きのノースランドへと攻め込むつもりなのだ。


 彼らが国境を破ったとして、その知らせがイーストランドに侵攻中のノースランド軍に届くまで数日は掛かる。

 退却しようにも目の前のイーストランド軍を放置するわけにはいかないだろう。

 さらに反転して戻るのにまた五日はかかる。

 それまでにノースランドの王都は陥落しているだろう。


 侵攻軍の総司令官は王太子である。

 側近はニヤリと笑いながら王太子に告げた。


「これが最上の策というものです」

「なるほどな」


 王太子は王城を陥落させたら財宝はすべて奪い国王は処刑しよう、王女は妾にでもしてやろう、などと舌なめずりしていた。

 彼らはノースランド軍がまだ国境に釘付けとなっていることを知らない。


「では行くぞ! 全軍前進!」


 翌日、イーストランドと戦闘中のノースランド軍にウェストランド軍が国境を侵したとの知らせが届いた。

 明らかな違約である。

 先般結んだばかりの協定を破っただけではなく以前からの不可侵条約までも犯している。

 卑怯卑劣の振る舞いである。


 ノースランドの国民たちは怒った。

 国王から一村民に至るまで国を挙げて激怒した。


 ノースランドはすぐさまイーストランドと講和した。

 かなり不利な条件を飲むこととなったがこの際仕方がない。

 それもまた怒りに変えて、全軍を挙げて反攻に移った。


 王都目指して進軍しつつノースランド国内を荒らしまわっていたウェストランド軍は突如として大軍に取り囲まれて驚愕した。

 地形をよく知るノースランド軍に先回りされたのである。


「なっ……」

「馬鹿な、何故ノースランドがここにいるのだ!」


 包囲殲滅戦となった。

 ウェストランド軍は半数が死亡、残りは降伏して捕虜となった。

 その中には王太子も含まれていた。


 ノースランド軍は余勢をかって国境を越え、一点突破で王都へ向けて進撃した。

 惰弱化した軍人貴族たちでは勢いに乗るノースランド軍を止めることはかなわず、開戦からわずか一か月で王都ベールは陥落した。

 それもイーストランドに攻め込むのに十日、国境から撤収するのに三日、国内に侵入したウェストランド軍を撃退して後始末するのに七日、侵攻に六日、戦後処理に三日である。

 実質の戦闘は一日に満たなかった。


 戦後処理として行われたのは次の三点である。

 ① 王都にいたすべての貴族を逮捕。そのうち男性であるものは国王と王子を除いて処刑。

 ② 国王と王子、貴族女性はノースランドへ連行。

 ③ 王族と貴族の財産を接収。


 計画性のない無茶な出兵である。

 ノースランドとしても占領を続けるような余力はない。

 これだけの処理をするとすぐに撤収した。


 都民たちは侵略者を呆然と見送った。

 ノースランド軍はわき目も振らず王城と貴族の邸宅に殺到したので民間地はほとんど損なわれていない。

 変わった事と言えば三点だけだ。


 城門は破壊されて立ち去る軍勢の後ろ姿が見えている。

 見上げれば王城は焼け落ちている。

 そして町の辻という辻に貴族であったものが吊るされている。


 つい先日まで威張り腐って市民を追い回していた貴族が、今日は長い舌をだらんと垂らしてぶら下がっている。

 風に揺れる首吊り死体を見て都民たちは途方に暮れた。


「これからどうしたらいいんだ……」

「とりあえず、これ、片付けるか……」

「そうだな……」


 町の男たちは黙々と死体を下ろし、城壁の外に穴を掘って埋めた。




 貴族の女性たちは最初は歩かされていたものの、足腰が弱くてすぐに座り込んでしまった。

 ノースランド軍は仕方なく荷馬車を徴発して荷物のように積み込んだ。

 おかげで元国王も女性たちも尻の皮が擦り切れてしまった。


 連行された者たちのうち、元国王と捕まった元王太子、そして残りの元王子たちには掃除夫の役割が与えられた。

 最初は拒否したのだが掃除しない限り水も食事も与えられなかったので、最後には音を上げた。

 服を着ることを禁止された元国王親子はズタボロの腰布一枚を纏うだけで城の門前を掃いていた。


 ノースランドの国民たちはそれが貴族であれ平民であれウェストランド人と会うと「あなたの国の王様はこんなことをしていますよ」と笑いながら教えるので、皆恥ずかしさと怒りではらわたが煮えくり返るようだった。

 元国王は新国王からも残された国民たちからも「早く死んでくれ」と願われていた。


 ある日のことである。

 この日は裏通りを掃除するように命じられた一家は見張り番の監視の下で自分たちの仕事に精を出していた。

 日の翳る裏通りは寂しいほどに人の気配がなく、代わりのように表通りの方が何だか騒がしい。

 元国王はその音に耳を止め、「何があるんだろうなあ」とぼんやり呟いた。

 本当にただの独り言だったのだが、耳に留めた見張り番は親切に教えてあげた。


「なんだ、知らないのか? 王女様がイーストランドにお輿入れされるんだよ。今日はそのご出立の日だ」


 先の戦争で敗北したノースランドは改めてイーストランドと友好条約を結んだ。

 両国の和平の証明としてあちらの王太子とこちらの王女が結婚することになったのである。


「皆それを祝っているのさ」

「ほう、それはめでたいことだ」


 元国王はこの頃はすっかり気力を失っていて、どこか遠い世界のことのように答えた。

 しかし、傍で聞いていた元王太子はカッと頭に血が昇って一瞬で顔が赤くなった。


(イーストランドの野蛮人ごときが王女と結婚だと? その女は俺のものだ!)


 そして激情に駆られて走り出した。

 どこに行ったらいいのか、何をするつもりなのかもわからないまま。


「あっ、コラ!」


 横をすり抜けた元王太子を見張り番は慌てて捕まえようとしたが届かなかった。

 最近ではすっかり大人しかったので油断していた。

 ところがその先にはもう一人の見張り番がいた。

 見張り番はとっさに元王太子めがけて警棒を振り抜いた。


「グアッ!」


 顔の真ん中を痛打されて元王太子はひっくり返った。

 激痛のあまり動けなくなった元王太子は全身から滝のような汗を流し、鼻を押さえた姿で動けなくなった。


 元王太子は鼻骨を骨折していた。

 満足な外科手術のない世界である。

 元王太子の鼻は潰れた形のままで固定され、鼻で呼吸することが著しく困難になった。

 以後元王太子は口呼吸を余儀なくされ、一生フゴフゴ言いながら過ごした。




 今回の戦争で多少なりとも得をしたのはイーストランドくらいなものである。

 ウェストランドもノースランドも戦争を続ける余裕がなくなり、しばしの平和が訪れたのだから。


 ウェストランドでは地方に左遷されていた王族から推挙されて新国王が立った。

 中央貴族は消滅してしまったが、残っていた地方貴族たちが団結したのである。

 おかげで国としては存続したものの政治的にも軍事的にも弱体化してしまった。

 二重の条約破りで国家として信用も面目もない。

 またノースランド侵攻軍が敗北しただけではなく、呼応してイーストランドに侵攻した東部戦線もディーン将軍が不在では精彩を欠いていた。

 東部軍は強烈な反撃を受けて総司令官以下首脳部が戦死という壊滅的な打撃を受けた。

 国を立て直すには相当の年月と努力が必要だろう。


 ノースランドもまた、有り体に言えば大赤字だった。

 ウェストランド城の宝物庫から収奪した財宝はイーストランドへの賠償金の支払いに使われた。

 戦費は自前である。

 出征に掛かった費用だけではなく負傷者への見舞金、戦死者遺族への弔慰金も払わなければならない。

 ウェストランドの貴族の邸宅から回収した財宝を足してもまだ足りず、国庫から相当量を放出することとなった。


 おかげで出征した兵士への特別褒賞を出す余力がなかった。

 仕方なく、足りない分は現物で支給されることとなった。

 王妃、王女、王族の妻、娘、その他王都にいた貴族の女性はすべて各兵舎に配分して支給されたのである。


 と言っても彼女たちは貴族の女性、下働きをさせようにも料理のひとつもできない。

 使い道は一つしかなかった。


 今回動員された兵士一万二千人に対して連れ帰られた貴族の女性は六百人。

 およそ二十人に一人の割合である。

 と言ってもこれは老婆や幼女も含めての数字であり、実際には適齢の女性に負担が掛かっていた。


 苛酷な初日が終わり、元王女は両手で顔を覆って泣きじゃくった。


「ど、どうして私がこんな目に……」


 つい先日まで誰からもかしずかれてチヤホヤと育てられていたというのに、今は娼婦以下の扱いを受けている。

 その辛さ悲しさからつい漏れた言葉だったが、それを聞きつけた兵士たちの額に青筋が走った。


「あぁ?」

「テメェらの国がいきなり攻め込んできたんだろがっ!」

「自覚ねぇのかよクズが!」

「俺の村焼きやがって、絶対に許さねぇからな!」

「ひぃぃっ!」


 激烈な怒りの波動を浴びせられてすくんだ元王女は思わず尿を漏らした。


 それからは凌辱に虐待が加わった。

 雨の日でも雪の日でも服を着ることは許されず、排泄は庭の隅でさせられた。

 食事は元々小便用に与えられた桶に残飯を盛られ、犬のように這いつくばって食べることを強要された。

 この兵舎の女たちは連帯責任ということで全員同じ扱いを受けた。

 女たちの元王女に向ける憎悪は激しく、彼女は孤独の中でひたすら耐えるだけの余生を送った。


 その後ウェストランドは捕虜変換の交渉を試みた。

 ウェストランド軍の兵士たちは身代金と引き換えに帰国がかなったが、貴族女性たちはこの交渉では結局祖国に戻ることはできなかった。

 代わりに元王女が産んだという『王子』が送られてきたことに閉口し、以後交渉は打ち切られた。


 貴族女性というのは本来着替えすら自分ではしないし、できない。

 日常生活においては心底役立たずである。

 やがて年を取って需要がなくなった女たちは順次祖国へと送り返された。


 しかし送りつけられたウェストランドは困ってしまった。

 彼女たちが連れ去られたのは何年も昔の話だ。

 一家全滅している者も多く、顔を覚えている者もいない。

 何より新体制の下で昔の領地は既に分配されてしまっている。

 相続の火種が増えただけだ。


 結果として彼女たちの存在は完全に無視された。

 王城から門前払いを食って締め出されたのである。

 国の保護を受けることもできず頼る者もなく、彼女たちは浮浪者に混じって一生を終えた。




 前述の『王子』だけではなく、一年も経つと各地の兵舎で子供が産まれてくるようになった。

 子供たちは乳離れすると親から引き離されて国に養育された。


 男子であった者はそれなりの教育を与えられてウェストランドに送られた──つまり、ウェストランドはノースランドに無限の賠償責任があるという思想教育を施されて。

 しかしこれは手間も費用も掛かる上にただの品のない嫌がらせに過ぎなかったので十年ほどで打ち切られた。

 それ以降の彼らは鉱山労働者として採用されることになる。

 狭い坑道を行き来するには子供の方が向いていたし、いくらでも供給され使い捨てが効く存在は都合が良かったのだ。


 女子であった者は下働きの技能を仕込まれ、備品として兵舎に再配布された。

 そして彼女たちの子供もまた親と同じように扱われた。


 こうしてノースランドでは奴隷の下に『ウェストランド貴族』という新しい階級が生まれ、女系でのみ受け継がれた。

 そしてこの階級はノースランドが滅ぶ日まで存続したのである。

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