第3話 トカゲを持ち帰った日
第3話 トカゲを持ち帰った日
――この話は最初の訪問から半年ほどたった時のこと。
門番兼見張り台に座ってのんびりタバコを吸うおっさんがぼんやり森の方向を眺めていた。
若い男がやってくるのが見える。サクだ。
これでひと月ぶりくらいで何度目かの訪問だ。
なにか後ろに引き連れ、引っ張っている。
「よぉ、おはようさん。ええ天気やね」
サクは挨拶もそこそこにおっさんの横を通り過ぎる。
後ろには車輪のついた板の上に大きなケモノをのせて引っ張っている。
死んでいるようだ。
「なんだありゃ」
門番のおっさんは口をあんぐり開け、思わず椅子から半ば立ち上がる。
サクが通り過ぎても口があいたままである。
……門番の仕事、しとるんやろか。
そもそも門番なんやろか。
サクは率直な疑問を感じながら、ギルドに向かっていった。
サクはまた町を騒がせながらギルドの前までやってきた。
ふぅ。やっとついたで......。
ギルドの中ではヘレナが数人の冒険者になにか言っているようであった。
「あんたら、朝からなにだべってんのよ。日も上がってみんな働いてんのよ。
食べ物まで持ち込んで。あっ酒まで持ち込んでいる!」
このギルドの付属の酒場はこの時間帯は飲食の提供をしていない。
だが、持ち込んではいけないという決まりがあるわけでもない。
サクはケモノを乗せた車を入口の横に置き、ギルドの扉を開いた。
鱗が、板の上で鈍く光っている。
荷物の周りには町の人々が集まってきている。
サクはヘレナの方を向いて聞いた。
「おはようさん。ギルドマスターおる? たのみがあるんやけど」
「おぅ、なんだ?」
ギルドマスターが受付の奥から顔を出した。
「トカゲ狩ってきたんやけど、解体の仕方がよぉわかれへんねん」
「下手に刃物入れて素材を悪うしてもかなわんし、教えてもらおう思って、そのままもってきたんや」
サクはギルドマスターに向かっていった。
「おぅ、どれだ?」
ギルドマスターは受付の扉を開けて近づいてきた。
この男は大きい、決して小さくはないサクでさえ小柄に見える。
「入口の横に置いてる。邪魔んならんように。」
サクは入口に向かうと、ギルドマスターだけでなく他の冒険者とヘレナもぞろぞろとついてきた。
荷物の前にはちょっとした人だかりができていた。
それをかき分け、トカゲの前に立つ。
「よく、こんなの運んできたな。一人で?」
「村の大工のおっちゃんに車輪と車軸作ってもろて、森で木の枝集めて組み立てたんや」
……ふーん。
ギルドマスターはそちらの方も興味があるようだった。
「ただ、途中でバラバラになるし、ちゃんと台は本職にたのまなあかんわ」
サクはげんなりした顔で言う。
「まぁなんだ、解体小屋まで運ぼう」
ギルドマスターとサクは解体小屋まで車を引っ張って向かった。
その後ろを先ほどの冒険者の半分がついてきて、ヘレナともう半分はギルドに戻っていった。
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しばらくしてギルドに静寂が戻ってきた。
すると腰に剣を刺した大柄な男が扉を開けた。
男は入ってくるなり周囲を睥睨した。
掲示板を一瞥し、酒を飲む冒険者たちに視線を走らせる。
値踏みする目だった。
ヘレナは受付で書類仕事をしている手を止め、顔を上げた。
そこに男が言った。
「王都から来た。B級だ」
ヘレナは答える。
「ようこそ、この町へ。ギルドカードを承ります」
男はギルドカードを首から外し、ヘレナに渡した。
ヘレナはギルドカードをあらため、台帳に記帳し、男に返した。
男は首に戻しながら
「討伐依頼とかないか?」
ヘレナは簡潔に答える。
「今は出ていませんね。いまは狩りの関係でしたら掲示されているのがすべてです」
「いま出ているのは、薬草と果実、それと食料関係の獲物ですね」
男は「では、大物の狩りの常設依頼などないか?」
ヘレナ
「狩りの獲物は食料関係以外でも買い取れるものがあります」
「大物は森の奥でしか取れないものが多いのですね。ただ新規の方はご遠慮願ってます」
「なぜだ」
「この地になじみのない方には危険だからです」
「この土地の森は深く、未踏破のところが多いのです」
「またベテランでも不慮の事故が多発していますのでご協力ください」
「B級でもか?」
「B級でもA級でもです。森に入るには手続きが必要になります」
「手順としては、当ギルドが斡旋する経験者と同行していただき、一定の評価と経験を積んでいただくことになります」
「……」
「森に入った場合は?」
「はい、獲物は買い取れませんし、冒険者の実績にもなりません」
「また遭難時に救援隊を向けられません」
……王都のB級を、なめるな。
男はいきなり周囲を見渡した。
「ここで一番強い奴は誰だ? 森の一番奥まで入れるのは?」
空気が、わずかに止まった。
男はたむろしている冒険者に顔を向ける。
冒険者たちは顔を見合わせた。
誰もすぐには答えなかった。
「……なんの話だ?」
誰かが小さく肩をすくめた。
「森の奥か? ああ、サクなら行くな」
「あぁ、行って突き抜けて向こうの村まで行って帰ってくるし」
「でも強いか?あいつのランクなんだ?」
「あんな獲物狩ってくるし、弱いってことないだろ……」
男は聞いた。
「今、そいつはどこにいる?」
冒険者の一人が言った。
「あぁ、ちょうど獲物の解体で解体小屋にきてたなぁ」
その瞬間、ヘレナが聞こえないように小さく舌打ちをし、腰を浮かせた。
……まぁギルマスもいるし、サクなら、なんとかあしらうでしょ。
と、腰を下ろした。
男は踵を返し、扉に向かっていった。
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ギルドの裏 解体小屋
サクとギルドマスターは解体小屋で思案している。
通常の獲物の場合、天井から吊り下げて解体を進めていく場合が多いのだが、
トカゲが大きすぎて高さが足りない。
「しょうがない。地面に下ろそうか」
ギルドマスターは小屋の真ん中にある大きな机を横にずらし始めた。
サクはそれを手伝いながら
「下にひくものは……ないか。
地面に直接やな」
「ところでどう下ろすよ。ってかこの大きさの獲物どうやって車に乗せた?」
ギルドマスターは疑問を投げかける。
サクは両開きの入口を全開にし、そして引き車を180度反転させて
小屋の真ん中に後ろ向きに入れた。
「こうすんねん。」
台車の下に太めの板を差し込む。
その横にも、同じ高さの板を並べた。
太めの板をかませ、杖を差し込む。
テコの原理だ。
杖の端を持って体重をのせて引き倒し、
「よいしょ!」と重い台車を上げ、板とか台のあいだにかませの木片を差し込んだ。
これで車輪が浮いた。
「そんでな、車輪を外すねん。」
言葉どおり、作業をする。
そして、次に板とかませを足で“カツン”と弾き飛ばした。
車輪を外された台車は斜めに傾き、トカゲの死体がゴロゴロと転がった。
ギルドマスターは目を丸くして言った。
「考えたな。では積み込みはどうするんだ」
「積み込むのはこの逆やな。
地べたに台、置いてそこにゴロゴロと転がしてのせて、
ちょっとづつ上げて、この要領で浮かして車輪を付けるねん」
ギルドマスターは腕を組んで少し考えてから
「……この車、この町の大工に作らせてみんか。
結構これは優れモンだぞ。いろんな仕事に役立つぞ。
どこでこんなもの覚えた?」
サクはそっけなく答える。
「町で作らすんはええで、でもその金、どっから出んねん。
まぁ、その話はあとやな。先にトカゲの解体の方を……」
言葉が終わらないうちに後ろから声をかけられた。
B級冒険者だ。
「お前がサクとかいうやつか、ちょっと付き合ってもらおう」
サクは振り向き、怪訝そうな顔で。
「後にしてほしいな。いま大事な話、してんねん」
「なめんなよ、なんだったらここでやっても……」
B級冒険者は凄もうとした時だった。
「後にしてくれと言ったのを聞かなかったか?」
ギルドマスターがサクの後ろから言った。
凄みがある。
……なにモンやろ、このおっさん。
怒らせたらアカンやつや……。
サクはギルドマスターにビビりながら言った。
「トカゲの解体の話、すすめてくれるか」
B級冒険者は口をつぐみ、少し後づさりした。
ギルドマスターが言う。
「了解。まず解体の前にどの部位が価値あるか。そっから話をしよう。」
指でその位置を指しながら
「まず背中の皮、ここは非常に頑丈だ、ケモノの牙は通さないだろうし、矢もそうだろう。
それでいて軽量だ。革鎧なんかにすると最適かもしれん」
「腹側もよさそうだな。柔軟性があり、それでいて丈夫そうだ。
小道具なんかの素材にはいいかもしれない。例えばベルトとかカバンとか」
サクは言う。
「ということは狩りするときに、ここをキズつけんようにせなアカンといことやな」
「そういうことだ」
「肉はどうなん?」
サクは質問する。
「食べる地方はあると聞く。
鶏肉に近いということだが、ここでは食べるところを見たことはない。
王都でもな。」
「ないんか~」サクは少し肩を落とす。
「内臓は?」
「わからん」
「薬効とかある部位は?」
「わからん」
「まぁ、そのへんは村のばぁさんに聞けばええか」
ギルドマスターとサクの会話が熱を帯び始めていた。
「これまで、こんなもの、ここまで持ち込む奴なんかいなかったからな。
さて、それでは解体といくか」
とギルドマスターが解体ナイフを握ったとき、B級冒険者が前に出てきた。
「おいっ! いい加減に……!」
と言いかけた時に、ギルドマスターとサクの両方から“ギリッ”と睨まれる。
「……邪魔スンナ”」声に出さずに威圧。
「っ!」
思わずB級冒険者は後ずさる。
解体小屋の入口では6,7人の冒険者という野次馬がたむろしていた。
B級冒険者は「チッ!」と舌打ちをし、その間をかき分け、外に出た。
そして小屋を後にし始めると、冒険者たちは少し肩透かしを食らったかのように、
バラバラになり始めた。
B級冒険者はその足でギルドに入り、酒場の椅子にすわった。
そしてヘレナに向かって言った。
「おい!、酒とつまみだ」
「まだ酒場は空いておりません」
ヘレナはすげなく言う。
……ここのギルドはなにもかもがバカにしてやがる。
すると入口から先ほどの野次馬(冒険者)たちが扉から入ってきた。
B級冒険者は立ち上がり、その男たちに近づいた。
「あのサクって男は普段どこにいる?」
その言葉とともに視線を向けられた一人が「ひっ!」と首をすくめ、
「あぁ、寺院に寝泊まりしているときく……」
B級冒険者はその言葉をきくや否やギルドから出ていった。
すると受付からヘレナが出てきて。
「あんたら! なんでそんな口が軽いの! 」
冒険者たちは一時間説教をくらい。一週間の酒場の出入り禁止を食らった。




