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第2話 物語のはじまり 町に入る

第2話 物語のはじまり 町に入る

――これは、あの王都からの薬の一件より一年ほど前の話だ。


町の向こうの森を抜けたあたりから、黒い小山のような影が左右に揺れながら近づいてくる。

門番兼門扉の見張り台に座り、ひなたぼっこをしているおっさんは、タバコをくわえたままぼんやりと影を眺めていた。

「ありゃなんだ……」

だんだんと輪郭がはっきりしてくると、腰がわずかに浮く。

「熊……か?」

しかし、その揺れる影は、普通の熊ではなかった。

近づくにつれ、影の先頭に立った男が、荷物の上に熊の首をのせて運んでいるのが見えた。

門番のおっさんは口をあんぐり開け、思わず椅子から半ば立ち上がる。

「やぁ、こんにちは。ギルドにいきたいんや、どう行ったらええ?」

挨拶もそこそこに、男は用件を告げる。

「あぁ、これか。途中でとれたんで、とりあえず首と手ぇだけもってきた」

その豪快さと異様さに、門番は返す言葉を失った。背筋にぞくりと寒気が走る。

黒い小山は、町に入ろうとしながらも、町の常識を一気に揺るがせているようだった。

森を単独で踏破してきた青年、サクは町の入口にたどり着いていた。

広大な森を、野生動物や難所を乗り越え、必要最低限の物資だけを背負ってここまで来たのだ。


「……無事に着いたか」

村長からの依頼は、辺境町への新規ルート開拓。

運ぶのは最小限の物資で、頻度を上げて村の生活を支える。

辺境町には、この地域にはそぐわないほど立派な冒険者ギルドの支部があった。

町の中心には、寺院兼孤児院もある。

行商人からの依頼で、ここを宿泊先として使うことになっていた。


門番のおっさんや町の人々が黒い小山の話でざわつく中、男は静かに歩を進める。

右に曲がると、木造家屋の隙間に小ぶりな建物が見えてきた。

看板には古びた文字で「冒険者ギルド」と記されている。

扉を押して中に入ると、すぐに受付カウンターと掲示板が目に入り。

その奥には小さな酒場スペースが併設されている。

辺境町としては、必要最小限の機能をそろえた実用的な作りだ。

ギルドマスターはここにはおらず、普段は解体職を兼ねて別の場所に出ているらしい。


受付の女性が、サクに気付いて声をかける。

「なに用だい?新人か、それとも依頼の相談か?」


サクは荷物が大きく、中に持ち込めなかったため、扉の横にそっと置く。

30歳手前の受付は、美人ではある。

が、眉を吊り上げ、声も大きく、やや、やかましそうな印象を受ける。

サクは軽く礼を返し、掲示板に貼られた依頼一覧に目を通す。

彼はここでの任務に備え心を整える。

「ここが……辺境町のギルドか。小さいけど、十分に機能しとるな」


サクは扉の横に荷物を置き、肩の重みを落ち着かせながら受付に告げた。

「熊は、他の品物が多いので首と腕だけ持ってきた……。引き取ってもらえるなら、狩った場所まで戻って残りを取って……きます」

サクの口調は硬い。

「敬語は苦手やけど……」


受付の女性は目を丸くする。

首は、彼女の想像の二倍ほどもある大物で、まさに圧倒的な存在感を放っていた。

「……頭の大きさだけで二倍はあるわね……?」

思わず声が漏れた彼女に、サクは淡々と肩をすくめる。

「まあ、まずはこれを処理してもらって、その後で残りを回収すればいい」

サクは森を単独で踏破してきた、道を思い返し、現実的な段取りを考えながら、辺境町での初仕事に臨む。

受付の女性も、その巨大さに少しひるみつつ、手際よく処理の準備を進める。


受付の女性は首と腕を見下ろしながら、手にしていた薬と糸を差し出して言った。

「あんた、どこから来たね? 薬だね。なんの薬だい?」


「解熱剤と痛み止め。それとこれは傷薬、化膿どめ……です」


受付が言う。

「どれも今、町では不足しているものだよ。」

「それとこの糸。サジの知り合いかい?」


サジは森と山のむこうまで足を延ばしている行商人で、今回サクが辺境の町まで出向くきっかけをつくった男だった。

糸は村の特産品だった。


サクは深く礼をして応える。

「はい。山向こうの村から来ました。サクっていいます。ギルドカードはこれ」

首からギルドカードをはずす。

サクはつづけて、

「薬や特産品は、村の人々が生活に必要なもんとの交易の相談も兼ねて持ってきました」

「サジさんには以前からよくしてもらってる。…ます」

サクは、森を踏破し、辺境町までたどり着いた経緯と、村での任務の背景をたどたどしく説明する。


受付の女性は、耳をそばだてて熱心に聞き、時折頷きながら、掲示板の依頼やギルドの手続きの準備を進めていった。

「なるほど……なるほどね。村と町をつなぐ運び屋としての仕事か。よし、引き受けてやろう。」

「あぁ、普通にしゃべってもらっていいからね。」

そしてヘレナは簡単に自己紹介した。


サクはヘニャっと口元をゆるめた。


受付の女性は首と腕の熊を見下ろしながら、手早く帳簿や掲示板の整理をしつつ言った。

「とりあえず、うちで引き取るよ。相場はサジさんから聞いてる。手数料はもらうからね、一割」


サクはうなずいた。


「熊の肉や皮も引き取れるよ。そのほかも使い道はある」

「外の掲示板に貼っておくから、必要な人がいれば取引するといい。手数料はもらうよ」

彼女の目は真剣だが、どこか楽しげでもあった。


サクは落ち着いて応える。

「まぁ、日の出にでも出られれば、明日中にはもってこれると思うわ」


受付の女性は短く頷き、掲示板にメモを貼りながら言った。

「よし、じゃあその手順で進めよう」

「まずはギルドの手続きと掲示板への登録を済ませてから、森に戻るんだね」


サクとヘレナは一通り、交易品の値段交渉や買取品の列記、手配の段取りを決め終えた。

話題を変え、ヘレナが声をかける。

「さて、今晩はどこに泊まるね。ここの二階でも宿泊できるよ。どうする?」


サクは肩をすくめ、ため口で答える。

「サジさんから、寺院に泊まれって言われてんねん。場所、教えてぇ」


ヘレナは小さく笑いながら、地図を指さす。

「ほら、この道をまっすぐ行って、二つ目の角を左に曲がると寺院だよ。

「小さいけど、宿泊もできるし、孤児院も兼ねてるから安心だ」


サクは地図に目を通した。

「なるほど、すぐ分かりそうやな」


日が傾きはじめ、影が長く伸びている。

遅くなると、食事にありつけないかもしれない。

サクは足早に寺院を目指した。

扉の前に立ち、力を込めてノックする。


すると、わずかに扉が開き、若い女性――シスターのような恰好――の顔が見えた。

目をぱちぱちさせ、なかなか言葉が出てこない様子だ。


サクは落ち着いた声で告げる。

「サジさんから教わってきました。」

「山の村のサクっていうモン(者)です。今晩、食事と宿泊をお願いしたくて……」


か細い声で女性は答える。

「どうぞ、こちらへ。サジさんからも聞いております」


扉がゆっくりと開き、柔らかい明かりが差し込む。

サクは荷物を抱えたまま、中へ招き入れられた。

寺院の中は想像より広く、静かで、どこか温かい空気が漂っている。

久しぶりの屋内、そして人の温もりに、わずかに肩の力が抜けた。

天井が高く、礼拝堂めいた空間かと思ったが、辺境の寺院らしく、質素で実用的な作りだった。


広い部屋を抜け、厨房へ通されたサク。

「来客用の部屋を整えて参ります。少しこちらでお待ちください」

若い女性はそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。

サクは肩の荷を少し下ろし、ため息をつく。

「サジさんから話はあったけど……急に来たから仕方ないか」

ふと窓に目を向けると、外から男の子と女の子2人の顔がのぞいていた。

こちらの視線に気づくと、子どもたちは慌てて首を引っ込める。

「部屋に戻りなさい!」

先ほどの女性が窓の外に向かって強めの口調で声を張る。

子どもたちは、しかたなく小さな影のように立ち去った。

サクはその様子を静かに見つめる。


「お部屋が用意できました。こちらへどうぞ」

若い女性がそう言い、部屋へ案内しようとする。


サクは肩の荷を下ろし、荷物の中から布を取り出しながら答える。

「その前に体を拭きたいんやけど、水場を教えてくれる?」


女性は厨房の裏手にある井戸まで案内した。

その横には小さな鏡が立てかけてある。

サクはふと鏡を覗き込み、映った自分の姿に目を見張る。

髭面に伸び放題の髪……まるで森で暮らしていたおっさんのようだ。


「これは……子どもや初めて会う人には、怖がられるな」

思わず独りごちる。

サクは、少し笑いを噛み殺しながらも、まずは身を清めるために布を手に取った。

そして荷物から小さなナイフを取り出し、髭を丁寧に剃り始める。

髪もぼうぼうに伸び放題だったため、ざっと梳き、紐でまとめて肩にかけた。

鏡に映った自分を見て、少しだけ笑みが漏れる。

「これやったら、初対面でもあまり怖がらんやろ」

これで森での単独踏破生活の名残は残っているが、人前に出る最低限の身だしなみを整えた。

サクは、再び荷物を背負い直し、部屋へ向かった。


女は相変わらず無愛想で、ほとんど言葉を発しない。


サクは荷物を置きながら、軽く訊ねる。

「食事はこの部屋でとるんか?それとも食堂で?」


女は最低限の言葉で答える。

「どちらでも」


「じゃあ、食堂で」

サクは簡単にうなずき、肩の荷を調整しながら歩き出す。


言葉少なめのやり取りだった。

辺境の寺院での初めての夜が、こうして始まろうとしている。


食堂に入ると、先ほど外で見かけた子どもたちが別の大きなテーブルについていた。

男の子と女の子を含めて、全部で八人。

多いのか少ないのか、サクにはよく分からない。

先ほどの若い女性――シスターのような格好――と、中年の女性が、子どもたちのテーブルに座っていた。

テーブルには丸いパンと野菜スープが置かれ、子どもたちは静かに食事を取っている。

そして、サクの方をちらりと何度も見る。

サクが目を合わすとサッと顔を避ける。


サクが座ったテーブルには、まだ何も置かれていなかった。

しばらくすると、老齢の女性がトレイを手に現れ、サクの前に食事を置く。

「シアと申します。今回のご来訪、お疲れ様でした。」

「サジさんからお話を伺っており、どのような方がいらっしゃるか、楽しみにしておりました」

サクは軽く礼を返す。

「ありがとう、シアさん。森を抜けてきたから、かなり腹が減っとる」

老齢の女性はにっこり微笑み、静かにうなずいた。

辺境の寺院の落ち着いた雰囲気と、穏やかな食事の時間が、肩の力を少しずつ解きほぐしていく。

シアはゆっくりと語り続けた。

「ご領主様のご寄進で、この寺院ができたのが三年前です。サジさんのように、他の皆様からも多くの寄付をいただき、こうして毎日の食事を提供させていただいております」


聞きようによっては、寄付を迫られているようにも思えるが、サクは特に何も言わず頷いた。


「山の村も、戦争の影響で多くの子どもたちが親を亡くしていると、サジさんから伺っています」


「それは西の国も同じことです。首都では橋の下や下水道、トンネルで寝泊まりする子どもまでいると聞きます」


「……そうですね。山の村でも、親を亡くした子どもはたくさんいました。」

「でも、子どもは国の宝です。村長や村役がそれぞれ立ち回り、村民に面倒を見させる仕組みを作っています」

サクは食器に目を落としながら、頭の中で考えた。

これは村民一人ひとりとの関係が深いから可能な仕組みなのかもしれない。

そして、たとえ子どもであっても、数年も経てば村にとって貴重な労働力になる。

――現実の厳しさを、彼は無言のまま理解した。

寺院の穏やかな雰囲気の中に、戦争の影が色濃く落ちている。


スープとパンを前に、サクは口に運ぶ。

スープには野菜の種類も量も十分にある。パンも少し硬いが、味は悪くない。

だが、青年サクはすぐに気づいた。

……タンパク質が全然足りないな

森や山での野戦食に慣れた自分にとっては腹は満たされるが、成長期の子どもたちには明らかに不十分だ。

子どもたちは黙ってパンをかじり、スープをすすっている。

サクの目には、静かに食事を取るその姿が心配そうに映る。

「野菜はあるけど、肉や魚が少ない……長く続くと体力や成長に影響するな」

……成長期にはしっかりええもん食っとかんとな。ええ選手にはなれんで

寺院の落ち着いた空気と温かい食事に安心はできるが、サクの眼は、ここでも現実の厳しさを見た。

子どもたちの健康と成長のためには、いつか手を打たねば――心の中で、彼は静かに思った。


食事を終え、サクは皿を片付ける必要もないほど静かな食堂のテーブルに腰を下ろした。

子どもたちはまだ黙々とパンをかじり、スープをすすっている。

シアがゆっくりと近づき、椅子に腰を下ろす。

「山の村から来られたそうですね。さぞかし長旅だったでしょう」

サクは肩をすくめ、ため口で答える。

「まあ、森なら毎日こんなもんや。でも、今日はちょっと腹が減った」

子どもたちの食事をちらりと見て、小さく眉をひそめる。

「野菜はあるけど、肉や魚がほとんどあらへんな。成長期の子どもにはちょっと足りないんやない?」


シアは少し考え込むように口をつぐむが、やがて静かに言った。

「確かに、十分とは言えません」

「ですが、寺院では寄付や支援をもとに少しずつ補っていくしかありません」


サクは納得したようにうなずく。

「なるほどな……まあ、今晩はここで休ませてもらうわ」

「そうですか。では、お部屋をご案内します」

シアは立ち上がり、サクを立ち上がらせると、再び広い廊下を通り、来客用の部屋へ案内した。

部屋はシンプルだが清潔で、ベッドには粗めの毛布がかけられている。

窓からは夕暮れの光が差し込み、辺境の町の静けさが伝わってくる。


「荷物はそのままで構いません。ここで休んでください」

シアは低くうなずき、部屋を出ていった。

サクは荷物を壁際に寄せ、ベッドに腰を下ろす。

窓の外に目をやると、辺境の町に日が沈み、空は茜色に染まっていた。

森や山を踏破してきた体は疲れていたが、サクの心には、少しだけ安らぎが戻っていた。

「さて……明日は熊の回収か」

そう独り言をつぶやきながら、サクは布団に体を沈める。

人の手が入った空間は、彼にとって新鮮でありながらも安心感に満ちていた。



翌朝、サクはまずギルドに向かった。

熊肉の残りを回収し、登録品として受け取ってもらうためだ。

ヘレナには登録の後、裏に回って解体小屋に向かうように言われる。


「ギルドマスター、熊肉の残りを回収してくれ」

サクは荷物を下ろしつつ整理する。


ギルドマスターは奥から現れ、熊肉の大きさに目を細める。

「おお、これはまた……大物だな」


サクは少し考え、口を開いた。

「……この熊肉の一部、寺院に寄付しようと思う。子どもたちにちょっとでも栄養が回るように」


ギルドマスターは軽くうなずき、目を細めた。

「そうか、よし、それで行こう」



サクは熊肉の一部を袋に分け、再び寺院へ向かう。

「シアさん、少しだけど、子どもたちのために使ってくれ」


シアは微笑み、深くうなずく。

「ありがとうございます、サクさん。子どもたちも喜ぶことでしょう」

その後、サクはむかし教わった料理のコツを活かし、野菜スープに熊肉を加える方法をシアに伝える。

「こうすると肉の旨味がスープ全体に回る。栄養も取れるし、子どもたちも喜ぶはずだ」

若いシスターが熱心にメモを取り、手を動かす。

「なるほど……ありがとうございます。これで少しは子どもたちの体力もつくでしょう」

サクは微かに笑みを浮かべた。


そして少なくない金額の寄付をし、寺院をあとにする。

寺院の扉では子供たちが鈴なりになってこちらを見ていた。

サクはそこに布で巻かれた玉を下から放り投げた。

玉は小さい女の子のおなかにあたり、手前にころころと転がった。




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