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補欠は異世界でも甲子園の夢をみるか  作者: クリオアサト


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第7.1話 帰り道 森の中ほど、ギルドの夕暮れ

第7.1話 帰り道 森の中ほど、ギルドの夕暮れ


サクは休みも取らず、森の中ほどにある中継の岩場まで一気に歩いた。


町との往復を重ねるうちに見つけた場所だ。岩壁が浅くえぐれ、雨露はしのげる。夜を越すだけなら十分だった。

背の背負子を外した瞬間、思わず「ああっ」と声が漏れる。肩と腰に、熱を持ったような痛みが走った。


荷は40kgを超えていた。

中身の大半は塩である。


岩に腰を下ろし、しばらく息を整える。

それからいつものように細いワイヤーを張って簡易の結界を作り、火を起こし、寝場所と荷の位置を決めていく。


手を動かしながら、サクはもう一度、足元の荷を見た。


白布に包まれた塩袋が、無言で積まれている。

これだけ運んでも、村で配ればたかが知れている。


「やっぱりきつい……」


誰に言うでもなく、声が漏れた。


「きつい。それでも足らん。帰ったら、もういっぺん村長らと相談せんとあかん」


火が小さく鳴る。

橙色の明かりを見つめながら、サクは少し前の話し合いを思い出していた。


サジは長く村の交易を担ってきた。


もとは先代村長に頼まれて引き受けた役目だった。

西大国の町まで、馬一頭立ての馬車で片道十日以上。年に四度、多い年には六度。荷をまとめ、道を見、向こうの商人と話をつけ、無事に戻る。それだけで一年のかなりの時間が潰れる。ほとんど専任の仕事だった。


それでも、サジが運んでくる塩と鉄と油で、村はどうにか冬を越してきた。


だが、そのサジももう衰えを隠せなくなっている。


戦で息子を失ったことが大きかった。

そのうえ親友であった先代村長が先に逝き、気力の張りも目に見えて落ちた。


このままでは、自分も村も立ちゆかない。


そう判断したサジが今の村長に相談し、そこで白羽の矢が立ったのがサクだった。


森を抜ける近道を知り、危険にも対処できる。いざという時は荷を守って戦える。

そういう役を任せられる男が、村にはもうほとんど残っていなかった。


とはいえ、サクは狩猟でも村の大事な手足である。

交易に専任で回すわけにもいかない。


そこで決まったのが、月に数日、できる範囲で町と村をつなぐ折衷案だった。


だが、やってみればすぐに分かった。


一人で背負える量など知れている。

こうして肩と腰を潰すような荷を運んでも、村全体を支えるには到底足りない。


「……サジさんには、もう少し頑張ってもらうしかないやろな」


サクは苦くつぶやいた。


言っていて気が重い。

もう十分に頑張ってきた人に、まだ頼るしかないのだから。


火のそばに腰をずらし、塩袋に布を掛け直す。

夜の森は静かだった。


同じころ、日が傾き始めた町では、冒険者ギルドが夕方の忙しさを迎えつつあった。


討伐や採取を終えた冒険者たちが、三々五々帰ってくる。

受付には報告待ちの列ができ、酒場の方でも椅子を引く音や笑い声が増え始めていた。


ギルドの受付は、いま二人で回している。


三年前、ギルドが開いたばかりのころはヘレナひとりでどうにかなっていた。

だが冒険者の数がじわじわ増え、朝夕の繁忙時だけは応援を入れなければ回らなくなったのだ。


それでも、ギルドマスター兼解体係を入れて、たった三人。

受付、依頼人対応、帳簿、報告、物品の確認。それに加えて、最近は領主から押しつけられた流通窓口の仕事まである。


当初は名ばかりで、ほとんど動いていなかった。

ところが一昨年あたりから、この町を通る荷が少しずつ増え始めると、書類も人も物も、雪玉みたいに膨れだした。


当然、ヘレナの機嫌も荒れやすくなる。


冒険者をからかって遊ぶのは、半分くらいは性分だが、もう半分くらいはきっとそのせいだった。


「エンゾ、ちょっとこっち来な」


呼ばれたエンゾは、あからさまに嫌そうな顔をした。

わざわざヘレナの窓口を避けて、隣の女に報告していたのだが、無駄だったらしい。


ヘレナはもう一人の受付に後を任せると、エンゾを奥の仕切りのそばまで引っ張っていった。


「寺院でしゃべったんだってねぇ。B級冒険者のこと」


エンゾの肩がびくっと跳ねる。


「子どもらの耳にまで入ってるじゃないの。あんた、あれに恨まれたらどうすんの。腕はあるよ、あいつ。命がどうなっても知らないよ」


エンゾの顔がみるみる青くなった。

ヘレナは心配そうな顔を作っていたが、胸の内では半分ほど面白がっていた。


こんな小さい町で、あんな騒ぎが広まらないわけがない。エンゾが黙っていたところで、時間の問題だった。

とはいえ、少し脅しておけば、今後は軽口も慎むだろう。


「ど、どうしよぉ……ヘレナよぉ、助けてくれよぉ」


「私にどうしろっての。これに懲りたら、ぺらぺら言いふらすのはやめることだね」


さも同情しているふうに言ってやる。


それから、ヘレナはふと思い出したように声を落とした。


「……ところでさ。これから酒場で肉を出すのよ」


「肉?」


「サクから回ってきたやつ。あんた味見、手伝ったんだろ。感想も聞いときたいんだけど――トカゲ肉だってことは言うんじゃないよ」


エンゾはこくこくと頷いた。

その顔はまだ少し青いままである。


しばらくすると、酒場の方に冒険者がたまり始めた。

ヘレナはその中から、先日の騒ぎでしばらく出入り禁止にしていた連中を呼び集める。


「ちょっと試食に付き合いな。うまくいけば、これから酒場で出すつもりのやつだよ」


皿に盛られたのは、香辛料を利かせたトカゲ肉の付け焼きだった。

脂の匂いに、胡椒めいた刺激が混ざっている。


「あんたら、これに付き合ったら出入り禁止を解いてやる」


その一言で、連中は遠慮なく手を伸ばした。


一切れ食って、酒をあおり、また一切れ。

すぐにあれこれと勝手な意見が飛び出す。


「もうちょい塩気があってもいいな」


「辛みをもう少し立たせた方が酒には合う」


「燻したら面白そうだ」


「いや、油で揚げるのもありだろ」


「部位によって分けた方がいいんじゃねえか」


ヘレナは小さな板に、その意見を手早く書き留めていく。


「それねぇ、サクが取ってきたトカゲなのよ」


ついでのように、少しいたずらっぽく言ってみる。

これで、もう少し面白い反応を期待したのだが。


「ふーん」


「まぁ、あいつなら取るだろ」


「悪くないんじゃないか」


返ってきたのはその程度だった。


ヘレナは一瞬だけ固まった。

それから、そっとエンゾを睨む。


エンゾは、ぶんぶんと首を振って見せた。

自分は何もしゃべっていない、という顔だ。


ヘレナは心の中で舌打ちした。


(こいつらのこと、なめてた)


もっと騒ぐと思っていた。

サクの名を出せば、余計なことまで言い始めると思っていた。

だが、酒の入った冒険者どもに繊細な反応など期待したのが間違いだったらしい。


「……ほんと、雑だねぇ」


呆れたように言いながら、ヘレナはもう一切れ皿からつまんだ。

味そのものは、悪くない。


店の奥では、いつのまにかいつもの喧騒が戻っていた。

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