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緋海皇国奇譚  作者: 名瀬口にぼし


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第1話 戦艦に嫁ぐ皇女

 末端の宮家の三女として生まれた玖常宮(たまとこみや)茜子(あかねこ)は、醜女ではないが美人とも言えない微妙な外見の皇女である。

 だが今日の茜子は、特別に注文した丈長のキュロットスカートの軍服に長身を包み、適切な薄化粧によってそこそこの美しさを引き出されて、列を作って走る黒塗りの公用車の後部座席に座っていた。普段は可愛らしさに欠けると評価される茜子は、今この瞬間は奇跡的な麗しさを持って席に収まっている。


(着物もドレスもなかなか似合うものを見つけられなかったが、この軍服は似合って良かった。私はこれから毎日この服を着て過ごすのだから)


 後部座席に座る茜子は、袖についた装飾のボタンを所在なげに触りながら、車の窓ガラスに自分の姿を映す。

 茜子の乗る公用車は、海沿いのトンネルの多い国道を走っていた。

 空は真っ青に晴れていて、岩場の向こうに見える海は高く昇っていく太陽に照らされ深い色を湛えてきらめいている。

 絵葉書の写真のように絵になるその景色を、茜子は半ば観光気分で見つめた。


 しかし車内の雰囲気は、あまり楽しいものではなかった。

 国章付きの帽子を被った運転手は無口で、時折り無線で入る短い連絡と車の走行音が素晴らしい景色に業務の色を添えている。

 会話はほとんどなく、トンネルの暗さにも海の眩しさにも慣れてからは茜子も退屈を覚えた。


(まあだが仕方がないだろう。この人は客商売ではなく、軍人として働いている運転手なのだから)


 茜子は春らしいと言うには暑さを感じる日差しの中であくびをかみ殺して、背もたれに頭を預ける。


 やがて何台か連なる黒塗りの公用車は、長いトンネルを抜けて目的地である軍港を前方に臨んだ。

 山と海に挟まれた狭い土地にひしめくように赤い煉瓦屋根の建物が立ち並び、工場らしき場所の煙突からは灰色の煙が湧き出て青空に流れる。


 そして様々な工廠や湾岸施設が建てられた埠頭には、いくつかの軍艦が入っていて、その内の一つは特に巨大で皇国の守護者たらんとする威厳をより備えていた。

 見る人が見れば大きさ以外にその軍艦が特別なところを挙げられるであろうが、茜子には巨大な黒鉄の船体の上に、砲門や何やらが載っているということしかわからない。


 運転手はその大きな軍艦を帽子のつばの下から眺めると、中年男性らしい濁声で一言だけ話しかけてきた。


「皇女様。あの真ん中の軍艦が貴方様の嫁ぐ航空戦艦・緋桜(ひざくら)です」


 ただ事実だけを述べながら、運転手の声は弾み、目は輝いている。

 皇国の海軍に属する者にとって、緋桜は誇りでもあり、憧れでもあるのだ。

 しかし軍事に疎い茜子は、その熱意をどうにも受け止められず反応に困る。


「あれが、そうなのだな」


 驚き喜んでいるふりをしながら、茜子は力強く頷いてみせた。


(無感動な態度ではいけない。私は「武闘神の花嫁」として、あの戦艦と結婚するのだから)


 国のために生きて死ぬ手本を見せるべき皇女として、茜子は『武闘神の花嫁』と呼ばれる役職に選ばれた。

 それがまったく軍隊とは縁がないはずの女子である茜子が、軍港に停泊中の戦艦に軍服を着て向かっているすべての理由だった。


 茜子の生まれた皇国には、古の時代に巫女として戦神に嫁ぐ形で軍船に乗り込み、兵を率いて外敵を征伐した皇女・アケヨルヒメの伝説がある。

 アケヨルヒメは戦の女神として広く信仰されており、皇国では彼女の活躍にあやかって軍船に身分の高い女性を乗せて守り神としてもてなす風習が引き継がれてきた。


 その風習は近代化が進んだ現在にも部分的に残っており、皇国の海軍は戦勝を祈願する『武闘神の花嫁』として皇女を軍艦に乗せて戦地に赴く制度を不定期ながら守り続けている。

 だから数年ぶりに選出された『武闘神の花嫁』である茜子は、生身の人間の男ではなく鉄鋼でできた軍艦に嫁がなくてはならないのだ。

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