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第9話 再審一日目:患者→方法、鳴りで裁く

 王都広場の朝は粉の匂い。石は冷たい。

 壁は三枚。紙は上質。けれど鳴らない。


 砂時計を返す。白い砂が落ちる。

「順番は“患者→方法→記録→金”。今日は二まで。逆流は、死ぬ」


 ヴォルク侯が来る。怒って、座る。

 セルジュは隣で拍を合わせる。十から逆。十、九、八――。



「一、患者。部屋単位で、症状と日付を」


 最初は祈りの場の掃除人。

「祭の夜から胸がつかえる。朝は頭が重い」

 次はパン屋の妻。

「子どもが夜だけ静かすぎる。敷物が甘い」

 続けて三件。四件。十件。


 私は**“患者欄”**に移す。

 部屋/日付/症状。短文。太字。空欄を作らない。

 書くたび、白石が鳴る。拍が揃う。群衆の背が伸びる。


「まだ“一”。続けて」

 侯爵の眉が動く。だが座る。

 息が入るほうを、選んだ。



「二、方法。“祈りの香”の投与を診る」


 押収瓶を持ち上げ、封蝋を弾く。

 ――濁り。短い、死んだ音。

 壁に**“鳴り検査”**の欄を増やす。濁×/澄○。印ではなく、音で残す。


 配合表の“生の図”を重ねる。赤糸で改訂矢印を辿る。

「ここ。鎮静の根香が“ひと目盛り濃い”。揮発=再投与の計算が抜けてる。

 敷物・天蓋・衣に“香染め”。夜に燃え、朝に残る」


 役所の男が口を挟む。

「香染めは慣習だ」

「慣習は投薬じゃない。投与量が無限の慣習は、毒」


 私は小鍋を出す。王都の水を二系統(硬・中)。灰針一滴+生姜ひとかけ。

 湯気が旗。鍋が鳴る。

「香を止めても症状が続く家は、敷物と天蓋を“湿る撤去”。叩かない。

 祈りは続けていい。拍を数える祈りに。拍=吐く」


 学院の香術師が前へ。

「香は文化だ。慰めだ」

「文化も投薬。量を間違えた文化は毒。慰めは、呼吸を壊さない量で」


 ライサ教授が補足する。

「香を薬典へ戻す。文化は残す。投与論に置き直す」


 香術師は頷く。目は悔しがり、理屈は飲む。良い現場だ。



 砂時計が半ば。

 油の匂い。広場の端。

 火打ち石が鳴る前に、カイの手が鳴る。

 男が転がり、油壺が割れ、濡れ布で押さえ込み。

「判決前は火が寄る」とカイ。

「今日は水と記録」

 私は淡々と壁の**“小事案欄”**に書く。短い事実。太字。所見は斜体で一行。



 患者の列が尽きる。

 私は砂時計を指さす。

「“一”完了。“二”も大枠は出た。――“三 記録”は明日、三倉同時で」


 寺院倉。商会倉。学院倉。

 私は空の枠だけを先に晒す。

〈納入経路〉〈配合改訂の決裁者〉〈納戸瓶の由来〉

 空欄は薬。恥の副作用が、いちばん早い。


 役所の男が視線を逸らす。僧は唇を噛む。タミは肩だけ頷く。

 音のない場所が、いちばんうるさい。



 侯爵が立つ。重い外套。声だけが強い。

「王都の権を守る。だが、息が入ることも守る。――再審を受ける」

 セルジュが白石を一つ、“再審”へ置く。

 高く澄んだ音。広場の空気が一歩、軽い。


 私は侯爵と正面から一拍だけ目を合わせる。

「今日の配合、苦すぎませんでした?」

「苦い。だが、息が入る」

「なら、効いてます」



 解散前。広場の隅で咳の連鎖。

 外れ区・南東。薄い焦げの匂い。

 壁の余白に細く書く。

〈外れ区・南東、咳の群れ。水と熱源の見回り。患者が先〉


 砂時計を返す。

 落ちる砂は、辺境と同じ速度。

 薬は体に。処方は世界に。

 壁は鳴り、拍は吐くから始める。


本日の処方メモ(3行)

・文化=投薬。量を間違えた文化は毒。慰めは呼吸を壊さない量で。

・空欄は薬。晒す→恥が副作用→記録が生まれる。

・逆流厳禁:患者→方法→記録→金。順番は拍。


次回予告

#10「監査ログ:三倉同時公開」――寺・商・学の封を鳴りで開く。空欄はそのまま晒す。

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