第9話 再審一日目:患者→方法、鳴りで裁く
王都広場の朝は粉の匂い。石は冷たい。
壁は三枚。紙は上質。けれど鳴らない。
砂時計を返す。白い砂が落ちる。
「順番は“患者→方法→記録→金”。今日は二まで。逆流は、死ぬ」
ヴォルク侯が来る。怒って、座る。
セルジュは隣で拍を合わせる。十から逆。十、九、八――。
◆
「一、患者。部屋単位で、症状と日付を」
最初は祈りの場の掃除人。
「祭の夜から胸がつかえる。朝は頭が重い」
次はパン屋の妻。
「子どもが夜だけ静かすぎる。敷物が甘い」
続けて三件。四件。十件。
私は**“患者欄”**に移す。
部屋/日付/症状。短文。太字。空欄を作らない。
書くたび、白石が鳴る。拍が揃う。群衆の背が伸びる。
「まだ“一”。続けて」
侯爵の眉が動く。だが座る。
息が入るほうを、選んだ。
◆
「二、方法。“祈りの香”の投与を診る」
押収瓶を持ち上げ、封蝋を弾く。
――濁り。短い、死んだ音。
壁に**“鳴り検査”**の欄を増やす。濁×/澄○。印ではなく、音で残す。
配合表の“生の図”を重ねる。赤糸で改訂矢印を辿る。
「ここ。鎮静の根香が“ひと目盛り濃い”。揮発=再投与の計算が抜けてる。
敷物・天蓋・衣に“香染め”。夜に燃え、朝に残る」
役所の男が口を挟む。
「香染めは慣習だ」
「慣習は投薬じゃない。投与量が無限の慣習は、毒」
私は小鍋を出す。王都の水を二系統(硬・中)。灰針一滴+生姜ひとかけ。
湯気が旗。鍋が鳴る。
「香を止めても症状が続く家は、敷物と天蓋を“湿る撤去”。叩かない。
祈りは続けていい。拍を数える祈りに。拍=吐く」
学院の香術師が前へ。
「香は文化だ。慰めだ」
「文化も投薬。量を間違えた文化は毒。慰めは、呼吸を壊さない量で」
ライサ教授が補足する。
「香を薬典へ戻す。文化は残す。投与論に置き直す」
香術師は頷く。目は悔しがり、理屈は飲む。良い現場だ。
◆
砂時計が半ば。
油の匂い。広場の端。
火打ち石が鳴る前に、カイの手が鳴る。
男が転がり、油壺が割れ、濡れ布で押さえ込み。
「判決前は火が寄る」とカイ。
「今日は水と記録」
私は淡々と壁の**“小事案欄”**に書く。短い事実。太字。所見は斜体で一行。
◆
患者の列が尽きる。
私は砂時計を指さす。
「“一”完了。“二”も大枠は出た。――“三 記録”は明日、三倉同時で」
寺院倉。商会倉。学院倉。
私は空の枠だけを先に晒す。
〈納入経路〉〈配合改訂の決裁者〉〈納戸瓶の由来〉
空欄は薬。恥の副作用が、いちばん早い。
役所の男が視線を逸らす。僧は唇を噛む。タミは肩だけ頷く。
音のない場所が、いちばんうるさい。
◆
侯爵が立つ。重い外套。声だけが強い。
「王都の権を守る。だが、息が入ることも守る。――再審を受ける」
セルジュが白石を一つ、“再審”へ置く。
高く澄んだ音。広場の空気が一歩、軽い。
私は侯爵と正面から一拍だけ目を合わせる。
「今日の配合、苦すぎませんでした?」
「苦い。だが、息が入る」
「なら、効いてます」
◆
解散前。広場の隅で咳の連鎖。
外れ区・南東。薄い焦げの匂い。
壁の余白に細く書く。
〈外れ区・南東、咳の群れ。水と熱源の見回り。患者が先〉
砂時計を返す。
落ちる砂は、辺境と同じ速度。
薬は体に。処方は世界に。
壁は鳴り、拍は吐くから始める。
本日の処方メモ(3行)
・文化=投薬。量を間違えた文化は毒。慰めは呼吸を壊さない量で。
・空欄は薬。晒す→恥が副作用→記録が生まれる。
・逆流厳禁:患者→方法→記録→金。順番は拍。
次回予告
#10「監査ログ:三倉同時公開」――寺・商・学の封を鳴りで開く。空欄はそのまま晒す。