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追放令嬢は辺境の薬師として復讐を処方する――毒にも薬にもならないと言われましたが、処方箋は“ざまぁ”入りです。  作者: 妙原奇天


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第5話 公開謝罪は砂糖少なめで

 朝一番、峡谷の入口で角笛が二度。

 王都からの使い馬車が埃を曳き、薄墨色の封蝋と、白布で包まれた木箱を積んで停まった。

 ――“公開謝罪”と“配合公開”。壁に貼るための板だ。


 私は釘の本数を数え、ミーナに読み上げさせる。

「謝罪文、一。配合表、三。納品経路図、一。補償基金案、草案一」

「草案は柔らかい紙。よく燃える」

「だから、壁にも写す。硬い板に、固い字で」


 村人が自然に輪を作る。カイが板を支え、私が文を読み上げ、ライサ教授の送ってくれた“王都式の読み上げ手順”に沿って、冷たく、公平に、淡々と進める。

「――『儀礼用香の配合に過量があり、呼吸抑制の事例が認められた。以後、配合変更は公開の場で行う。監査責任は学院と商会が負う』」

 ざわめきが湯気に似た温度で広がり、やがて静まる。


「無料粥、開始」

 ミーナの声は澄んでいた。白石の箱には、昨日よりも白が多い。

 私は生姜を増やし、甘味を控え、塩を一つまみ遅らせて入れる。

「今日は“謝罪の粥”。甘すぎると、傷が見えなくなるからね」

「砂糖は短期の鎮静」とカイ。

「うん。今日は“長く効く”ほう」


 最初に椀を受け取ったのは、祈りの香で倒れた家の祖母だった。

「壁に書いてあると、胸の石が軽くなるねえ」

「石は外に出すと乾くから」

 祖母は白石をそっと棚に置き、私の手を握った。手は冷たく、拍は強い。



 昼近く、商会の女・タミが再び現れた。

 硬い靴、硬い眼、でも声は昨日より柔らかい。

「配合図、もう一枚。王都では貼れない“生の図”よ。名前は消してある。でも、線は残した」

 私は図を壁に重ね、透明な板で覆う。

「ありがとう。重ね貼りは“改訂の歴史”が見える。歴史が見えると、嘘が迷子になる」


 その時、背後の人垣の端で、紙が破れる音。

 ――“謝罪文”を剥がそうとする手。

 私は振り返らない。壁を指さすだけで十分だ。

「ミーナ、“鳴り検査”」

 ミーナが小槌で板の四隅を軽く叩く。澄んだ音。

 人垣が自然に崩れて、剥がそうとした男の手が空を掴む。

 彼の袖口には、あの小さな刺繍――商会の手先。昨日の放火未遂の男ではない、別の一人。

 タミが一歩前に出る。

「その手、商会の手じゃない。私の敵。壁は、私の味方」

 男は俯き、逃げ出した。

 村人は追わない。代わりに、白石が一つ増える。――“剥がさなかった”拍。



 午後、王都からもう一通。

 封蝋の色は、家の色。ヴォルク侯爵家。

 元婚約者セルジュの父――つまり、あの“王都の権威”の文字。


『辺境の薬師リゼ・アルトリア殿

 本領内で発熱・昏倒者が散発的に発生。儀礼に伴う香の使用は停止したが、症状は継続。ついては治療および原因究明の“助言”を乞う。

 侯爵家の名誉に配慮し、来訪は秘匿にて。謝礼は相応に』


 私は書面を畳み、壁の“予告欄”に一行。

〈ヴォルク侯領で“説明のつかない熱”。助言依頼。条件交渉中〉

 ダイル村長が肩を鳴らす。

「行くのか」

「条件が揃えば。――“但し書き”は強め」

 私は昨日書いた束から一枚を抜き、濃い字で書き直す。

《但し書き:公開謝罪の王都掲示/被害家庭の基金合流/配合の事前公開/“適合鑑定”の王都標準採用検討/そして、追放処分の再審》

 ミーナが顔を上げる。

「さいしんって?」

「過去の処方を、今の知恵で読み直すこと」

「読めば、変わる?」

「変わらないこともある。でも、読む。読むのは薬」


 私は返書を短く書いた。

「助言は壁で行う。条件を満たせば、現地へ。――『秘匿』は無効。透明でなければ効かない」

 封をする前に、ほんの一拍だけ迷う。

 ――復讐か、是正か。

 ふと、鍋から上がる生姜の匂いに助けられる。

 熱は道具だ。方向づければ、暖を取れる。



 日が傾くころ、行列の最後尾に、場違いなほど整った衣の青年が並んだ。

 顔は伏せているが、喉仏の動きと、姿勢の“教科書感”。

 ――セルジュ。

 元婚約者は、粥の椀を受け取る直前で立ち止まり、私に目を上げた。

「……味が、変わったな」

「謝罪の日の配合。砂糖少なめ」

「お前はいつも、余白に但し書きを書く」

「読めば、効くから」

 セルジュの頬がわずかに強張り、次いで緩む。

「領のことで来た。……父は、君に“内密”を望んだ。私は、内密ではなく“公開”がいいと思う。怒られるけど」

「珍しい意見の一致。――拍、触っていい?」

 私は彼の手首に指を当てる。早い。焦りの拍。

「領の井戸、場所ごとに硬度が違う。香を止めても、塩の摂り過ぎと水の重さで熱は続く。鍋は土鍋。灰針一滴。窓は北側を少し開ける。祈りはやめないで。ただ、拍を数える祈りに」

「……指示、もらってばかりだな」

「王都の人は、最初は指示で動く。自分で動けるようになったら、壁に書いて」

 セルジュは小さく頷き、椀を受け取った。

「美味い」

「生姜が、怒りに効く」

「怒ってない」

「怒りは、熱。熱は、そこで湯気になってる」


 彼は行列の最後尾へ戻り、村の老人に席を譲った。拍が、少し整う。



 夕暮れ、タミが持ち込んだ“生の図”の前に、若い薬師たちが集う。王都から付いてきた書記見習いも、いつの間にか混ざっていた。

「改訂履歴が見えるの、すごい……」

「次に変えるとき、嘘がつけない」

「嘘がつけないと、腕が上がる」

 私は背後から聞こえるそんな声に、肩の力が少し抜ける。

 ――“透明”は、育てる。


 カイが静かに近寄り、低く言った。

「お前の壁、王都に届いたぞ」

「どうしてわかるの」

「風向きが変わった。峡谷の音が少し軽い」

 私は笑って頷く。

「じゃあ明日は“壁のうらばなし”を増やす。数字が嫌いな人に、物語で伝える」

「任せろ。運ぶのは得意だ」

「知ってる」



 夜、最後の鍋を洗いながら、私は“公開謝罪”の板を指先でなぞった。紙の冷たさと、木のあたたかさ。

 過去の私なら、ここで“ざまぁ”を太字にしたかもしれない。

 今は、但し書きを太字にする。

《副作用:腐敗した権力に効きます/効果時間:壁が立つ限り/用法用量:毎日、読む》


 扉に鍵をかけると、遠くで角笛が一つ。王都の夜回り。

 峡谷の風は針のように細く、でも、頬に優しい。

 ――復讐は、処方に混ぜる。甘すぎず、苦すぎず。効く濃度で。


本日の処方メモ(3行)

・“公開謝罪”は砂糖少なめで。甘さは傷を隠す。

・“秘密の依頼”は効きにくい。透明は濃度を均す。

・復讐は副作用に。主作用は“是正”。長く効かせるなら、壁に書く。

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