第14話 共同体薬局:拍の店を増やす
王都支店(仮)は、屋台と小板の組み合わせにしてはよく働いた。――けれど、妨害に弱い。
そこで私は、**“共同体薬局(コミュ薬)”**の骨を広場の三方に埋めることにした。
看板は短い。〈拍石つかえます〉〈家の水で仕上げます〉
受け口は三つ。粥素/救急の香(恐れ薄め)/壁の写し。
支払いは拍石優先、銅貨は差分。
寺の炊き出し口、商会の常設露店、学院の実験食。三方で同じ枠を使う。
開店の鐘は一つ。鳴りの検査は三回。
偽の白石は、今日も自分で負けた。澄/濁/死。子どもの耳が裁く。
昼、供給妨害の第二波。倉口の検査印が“無期限”。
タミは肩で笑い、遅延=白石自動落ちの板を指で叩く。
「遅延はコスト。抱えた人から負ける」
翌刻、赤い印は消え、在庫は流れた。
私は**簡易“適合鑑定”**を各店に貼る。
〈水の硬→塩遅/生姜多/灰針一滴“活性後”〉
〈水の中→塩ふつう/生姜ふつう〉
〈水の軟→塩早/生姜少/灰針“控え”〉
読むだけで試せる。客が共同調合者になる。店は荒れない。
夕刻、寺院の“うらばなし”が壁に付いた。
僧自筆。祭夜に“安眠香”を叩き込んだ経緯。過量の自白。
泣きながらの字は、よく効く。
ヴォルク侯の母の夜も、短く、太く。
広場の空気から、言い訳の匂いが減った。
セルジュが来る。
「再審の票は足りる。だが“称号の回復”は最後に回す。先に制度だ」
「賛成。個人より順番。順番が人を守る」
私は板の余白に一行。
〈明日:再審の判。個人より制度。称号は副作用〉
本日の処方メモ(3行)
・拍石が使える店を三方に。枠を同じにすると妨害は詰む。
・遅延=白石自動落ち。コストを“見える化”すると誰も抱えたがらない。
・泣き字は薬。うらばなしは過量を解毒する。
次回予告
#15「再審の判:個人は副作用、制度が主作用」
第15話 再審の判:個人は副作用、制度が主作用
鐘が四つ。人の輪は厚い。
私は砂時計を返し、要点だけを板に刻む。
〈再審の枠〉
一、違法性(手順)/二、損益(差分)/三、帰結(制度)
――個人の名誉は最後。主作用は制度。
◆
一、違法性。
検分隊と教授立会いの公開調合、監査ログ、鳴り検査。
追放処分時の「密室の証言」を公開の記録で上書き。
外套の弁務官は紙束を持って立つが、長文は枠に入らない。
「はい/いいえで」
「……はい」
終わる。短いほど強い。
二、損益。
外れ区の咳線 27→7。返品 32→5。通報 16分→9分。
差分だけを貼る。
会計官が言う。「金は最後だが、差分は先に効いている」
白石合流の“入出残”は今日も鳴る。澄/澄/澄。
三、帰結。
私は新しい板を出した。
〈共同体薬局の恒常化〉〈配合公開の恒常化〉〈寄進の壁〉
侯爵、僧正代理、商会、学院、帳簿局、会計――六者署名。
セルジュが最後に自分の名を書く。
「父上は、恥を受ける選択をした。だから制度が生きる」
広場の空気が、一歩軽くなる。
◆
判は短い。
追放処分、再審により撤回。
ただし――称号の回復は猶予。
「制度の稼働を見届け、三十日後に自動回復」
私は頷く。
「個人は副作用。制度が主作用。三十日かけて効かせる」
群衆から小さな拍手。うるさくない音が、いちばん強い。
そこへ、最後の妨害。
広場端の倉口に火の手。赤い。
カイが走り、私は湿る撤去の布を投げ、僧と商会の若い衆が挟み込む。
火はすぐに居場所をなくし、煙だけが残る。
犯人は逃げ、壁が残る。
――紙は燃える。壁は鳴る。
教授が肩で笑う。
「君は“裁判”を処方で終わらせた」
「順番を守っただけ。患者→方法→記録→金。
人→制度→個人。個人は、最後に自然回復」
「医者だね」
「薬師です」
◆
夜。
私は壁に小さく書く。
〈三十日観察。枯れる恥、残る制度。〉
セルジュが横に立ち、拍を一拍合わせる。
「私事を言ってもいいか」
「短く。太字で」
「――好きだ」
私は笑う。
「猶予三十日。制度が主作用、恋は副作用。用法用量を守ること」
彼は額を板に当て、静かに笑った。
泣きながらでも書ける字を、明日また書こう。
本日の処方メモ(3行)
・裁きは枠が短いほど強い。はい/いいえ/差分/鳴り。
・個人は副作用。制度が主作用。称号は自然回復でも遅すぎない。
・火は派手、湿る撤去は地味。でも長く効く。
次回予告(最終回)
#16「最終処方:過去に効く薬」
第16話 最終処方:過去に効く薬(完)
三十日が過ぎた朝。
王都の壁は増え、鳴りは変わらない。
寺の“寄進の壁”には差分が並び、商会の“在庫差分”は恥を越えて日課になり、学院の“配合公開”には拍動画が貼られている。
壁は薬。毎日、決まった時間に飲む薬。
称号の巻紙は、静かに戻った。
私は受け取り、壁の陰に置いた。
主作用じゃないから。
◆
最後の仕事は、過去だった。
追放判決の夜、あの“封蝋の紙”に押された濁った音。
私は教授の古いノートと、ライサ式の筆致解析を合わせ、偽の決裁印を壁に晒した。
――空欄が犯人を連れてきた。
寺の古い書庫、商会の裏帳簿、学院の臨時貸出。
あの夜の線が、一本につながる。
ヴォルク侯は黙って立ち、短く言う。
「私の過去は、私が払う」
白石が十、板に落ちる。澄む。
タミは帳面を閉じる。
「過去の利益は、今の“出”に流す」
僧正代理は頭を垂れ、うらばなしの最後の一枚を貼る。
学院香術師は“暫定”の印を、自分で剥がした。
過去に効く薬は、公開と継続だ。
派手ではない。けれど、戻りが少ない。
◆
辺境へ戻る荷車の上で、ミーナが眠る。
カイは手綱を緩め、空を見上げる。
「王都、静かになったな」
「うるさくない音が増えた」
「お前のざまぁは静かだ」
「主作用が是正だからね。復讐は副作用。量を間違えると毒」
峡谷の風は針のようで、優しい。
私は壁の種をもう一袋、抱き直した。
次に立てる場所は、たぶんどこでもいい。鳴る木なら。
◆
辺境の薬房。
古い秤を弾く。鳴りは、初日と同じ。
私は壁に最後の但し書きを書いた。
《但し書き:
・薬は体に、処方は世界に。
・順番(患者→方法→記録→金)は、誰の村でも効く。
・壁は増えるほど強い。
副作用:隠しごとは鳴らない。
用法用量:一日一回、“差分”を見る。》
セルジュが戸口で立ち止まり、軽く手を上げる。
「猶予、満了」
「うん。個人の回復、副作用として自然発現」
私は笑って、短く、太く言う。
「――好き」
彼は目を閉じ、笑った。鳴りが一つ、増えた気がした。
湯気が旗。旗は風を見る。
風は、いつもどこかで誰かの壁を揺らす。
それで十分。長く効く。
薬は体に。処方は世界に。
――完。
最終日の処方メモ(3行)
・公開+継続=過去に効く薬。派手さより戻りの少なさ。
・復讐は副作用。主作用はいつも“是正”。
・うるさくない音が強い。壁は鳴り、拍は吐くから始める。