第13話 反撃の書状:訴訟と妨害を壁で迎える
朝。
扉に書状が五通、釘で打たれていた。
――誹謗の訴え、営業妨害、違法診療、“白石”の商標登録出願、そして仮差止。
紙は上質。字は強気。鳴りは、ない。
私は全部はがして、壁へ運んだ。
「公開から始める。紙は燃えるからね」
◆
書状公開板を一枚、増設した。枠は五つ。
〈請求〉〈根拠〉〈事実〉〈差分〉〈鳴り〉
長文は入れない。入らない主張は、だいたい効かない。
一通目:営業妨害
請求:「万能回復水」の名誉回復と損害金
根拠:市場での比較掲示が虚偽
事実:公開試験の拍データと返品数(日次差分)を掲示済
差分:返品 32→7(白石合流以降)
鳴り:瓶=濁/白石=澄
所見:数字の嘘は“差分”で死ぬ。鳴りは“はい/いいえ”しか言わない。
二通目:違法診療
請求:診療行為停止
根拠:追放処分者による医療
事実:公開調合・適合鑑定は王都広場で実施、検分隊・教授の立会済
差分:咳の線 27→12(外れ区)
鳴り:封蝋記録(動画)添付
所見:暗所の違法は明所で溶ける。手順=法の呼吸。
三通目:“白石”の商標
請求:白石の名称使用差止
根拠:商会別派の出願
事実:拍石として五年前の辺境記録あり(板に写し)
差分:白石→拍石へ名称統一(誤認防止)
鳴り:真石=澄/石灰玉=濁
所見:名前は薬ではない。拍が中身。呼び方は誤投与を減らすために変える。
四通目:誹謗
請求:儀礼用香への謝罪文
根拠:「毒」と断じた
事実:過量の指摘。配合公開、決裁印+鳴り記録の合意済
差分:祭翌日の倦怠訴え 41→9
鳴り:無銘瓶=濁(長)
所見:言葉は量に従う。過量を“毒”と言うのは、薬典の言葉。
五通目:仮差止
請求:壁の掲示を停止
根拠:市の秩序を乱す
事実:広場の救急呼吸導入後、倒れ込み 7→1
差分:通報平均時間 16分→9分
鳴り:板四隅=澄
所見:秩序=拍。壁は拍を合わせる装置。止める根拠が薄い。
人垣が集まる。
私は砂時計を返し、公開弁論のルールを宣言した。
「はい/いいえで答えられる質問のみ。時間は白砂一回転。
証拠は“差分”と“鳴り”。印はおまけ」
外套の弁務官が口を開きかけて、口を閉じた。長文は入らない。
◆
彼らの反撃その二は、供給妨害だった。
粥素の箱に赤い印を押し、倉で足止め。理由は「検査」。
私は倉の壁に新しい枠を足す。
〈入出庫〉〈検査〉〈理由〉〈遅延分の賠償〉
理由が空欄のままなら、翌日に“遅延”が白石に換算されて“出”へ落ちる。
タミが無言で親指を立てた。
「遅延はコスト。見える化したら、誰も抱えたがらない」
◆
その昼、第一回・公開弁論。
相手側代表は、寺院関係の書記官。
彼は紙束を掲げ、言葉で攻めるつもりだった。
私は鍋を掲げた。
「弁論の間、公開調合を続けます。言葉は湯気に混ぜる」
質疑は短く、痛い。
「“香染め”の布は、今も天蓋に?」
「……はい」
「夜に叩いた?」
「……はい」
「再投与になったね。湿る撤去は?」
「……いいえ」
砂が落ちる。湯気が立つ。
人々は**自分の“はい/いいえ”**を胸の中で繰り返した。
◆
裏の手も来た。
ミーナが持つ板の足元に、細い縄。転ばせるやつ。
カイが踏んで、静かにちぎった。
「派手な護衛は要らない。見える化が護衛だ」
私はミーナの手を握る。
「字が武器。転ばない字で書こう」
◆
午後、王都支店(仮)を開いた。
広場の端に屋台+小板。
看板は簡単――〈拍石が使えます〉
受け口は三つ。粥素/救急の香/“壁の写し”の持ち帰り。
店番はミーナ。護衛と運搬はカイ。
私は柱に適合鑑定の簡易プロトコルを貼る。
〈水の硬度→塩の順→生姜の量→灰針の“活性”〉
読むだけで試せる手順。
客は“共同調合者”になる。それが最強の護衛。
◆
夕刻。
仮差止の結果が出た。
――却下。
理由は短い。「公共の安全に資する掲示は原状維持」
私は判を壁に貼り、鳴りを添えた。
澄。
外套たちは第二の紙を出した。名誉回復の広告の強制。
私は白石合流の欄へ線を引く。
〈広告費〉→“恥の掲示”で代替。三日で消える。
「恥は広告より効く。期間限定で十分」
◆
夜前。
最後の反撃が来た。
“拍石は偽装可能”だと主張し、偽の白石(石灰玉)をばらまく。
私は広場の真ん中で鳴り試験を公開した。
木棚に三種を落とす。本物/石灰玉/鉛玉。
澄/濁/死。
子どもでも聞き分けられる。
――耳は帳簿より厳しい。
偽の白石をばらまいた男は、自分の耳で負けた。
私は但し書きを板に挿す。
《但し書き:拍石の試験は誰でも可。落として、聞く。濁ったら返上。返上は恥ではない――訂正の薬。》
◆
解散の直前。
セルジュが一歩前へ。
「父上は、“広告”ではなく**“壁のうらばなし”**の掲示で詫びたいと言う。
過量の香で母が倒れた夜の話を、自分の字で」
広場が静かになり、鐘が一打、遠くで鳴った。
私は頷く。
「泣きながらでも書ける。その字は、よく効く」
ライサ教授が肩越しに言う。
「訴状を処方箋に変えたね」
「紙を壁に溶かすだけです」
「それを世間は、“制度”と呼ぶ」
風が一本、板を撫でる。鳴りは澄む。
湯気は旗。旗は、明日も風を見る。
本日の処方メモ(3行)
・証拠=差分+鳴り。印はおまけ。はい/いいえで詰めると嘘が減る。
・遅延はコスト。壁で可視化→翌日“出”へ自動落ち。
・偽の白石は耳が暴く。返上は恥じゃない、訂正の薬。
次回予告
#14「共同体薬局:王都支店(仮)を骨にする」――“拍石が使える店”を増やし、供給妨害の余地を詰める。