第12話 白石合流:金の審理
王都広場の朝。
壁は四枚。三倉の写し板が増え、外れ区の小板が合流している。
――今日は「四 金」。
補償基金を一本にする。白石合流。
砂時計を返す。白砂が落ちる。
「順番は守る。“金”は最後。だが、最後は強い」
◆
開会告示。
署名の列は短く、目は固い。
ヴォルク侯。商会代表タミ。寺の僧正代理。学院香術師。市の会計。
それぞれが、自分の恥を握って並ぶ。
「審理の枠は三つ」
私は板に太字で刻む。
〈被害の額〉〈負担の配分〉〈運用の透明〉
「数字は冷たい。だから、鳴りを添える。白石は拍。金は約束」
◆
一、被害の額。
私は外れ区の写し板を開き、咳の線と“湿る撤去”の数を読み上げた。
ミーナが白石の箱を押し出す。
「被害家は白石三を自動付与。重症は五。――まず“息”を守る」
会計官が眉を上げる。
「白石は金ではない」
「速さが金。白石は速い。息の速度に間に合う」
私は銅貨の皿を指し、次に白石の箱を叩く。
銅貨は重く鳴り、白石は高く鳴る。
「主作用が違う。銅貨は遅い補償。白石は先手の拍」
会計官は短く頷き、書記が“先手補償”の欄を増やした。
◆
二、負担の配分。
私は三倉の板を横並びにし、赤糸で線を引く。
〈寺院寄進→外れ区〉〈商会無償→祭前後〉〈学院暫定→香増量〉
「加害の“意図”は問わない。投与量の失敗を問う。
だから、負担は“量に比例”。拍で割る」
侯爵が口を開く。
「領主として、私財から出す。だが、どれほど」
「三つの鳴りで決める」
私は封蝋を弾く(倉の濁り)。
行商の樽を弾く(濁り)。
白石の箱を弾く(澄み)。
「濁り一つにつき、白石十。寺は七、商会は四、学院は一。侯は**“広場の壁三年分”**を受け持つ。私は“管理手間”を負担。人の時間で払う」
僧正代理が目を伏せ、やがて顔を上げる。
「受ける。寄進は止めない。だが寄進の壁を立てる」
タミが肩を回し、帳面に**“無償の根拠欄”**を増やす。
「やる。数字の恥は、次で取り返す」
学院香術師は静かに言う。
「暫定を減らす。決裁印+鳴り記録を義務化」
◆
三、運用の透明。
私は新しい板を出した。
〈白石合流(統合基金)〉
枠は四つ。
〈入〉〈出〉〈残〉〈理由〉
「“理由”の枠が肝。空欄で晒す。
白石は鳴りで確認。銅貨は日次差分。
“寄せ”は寺の壁、“出し”は商会の壁、“改訂”は学院の壁。三重で回す」
会計官が手を挙げる。
「管理は誰が?」
「みんな」
ざわめく。
私は笑って首を振る。
「壁が管理。人は鳴りを聞く。
でも、署名は必要。――“壁番”を置く」
カイが一歩出る。
「運ぶのは得意だ。壁番、やる」
ミーナが手を挙げる。
「数えるの得意。白石、毎日数える」
会計官は短く笑って、頷いた。
「なら、回る」
◆
ここで異議。
外套の紋章は、王都帳簿局。
「“白石”は任意だ。偽装ができる」
「だから、鳴り」
私は白石を一つ、木棚に落とす。澄む。
次に偽の白石(石灰玉)を落とす。――濁る。
広場が笑い、外套が赤くなる。
「耳は帳簿より厳しい。
それでも不安なら、“空欄晒し”で詰める。理由なき白石は、翌日には恥になる」
帳簿局は口を結び、やがて肩を落とした。
「……記録の写しを、局の壁にも貼りたい」
「歓迎。壁は増えるほど強い」
◆
補助線。
“金”の話を“息”から離さないため、私は鍋を出す。
今日の粥は砂糖少なめ、生姜多め。
価格札は拍値で固定。〈白石三/銅貨二/労働一刻=大石一〉
祈りの場の清掃人が一口飲んで頷く。
「金の話なのに、息が入る」
「金は拍。拍は吐く。吐ければ、入る」
◆
合意の刻。
私は板の下段に、署名の枠を並べる。
侯爵。タミ。僧正代理。学院香術師。会計官。帳簿局。セルジュ。ライサ教授。
それぞれが書き、最後に私がひと拍遅れて書く。
――壁番・薬師リゼ。
砂時計の砂が尽きる。
私は白石を三つ、**統合基金の“入”**に落とす。
澄んだ音が三つ。
広場の背が伸び、息が入る。
「白石合流、開始」
私は短く告げ、板に但し書きを挿す。
《但し書き:白石の“偽”は濁りで判別。理由欄が空欄のまま翌日を越えた場合、恥の掲示。恥の掲示は三日で“出”へ転記(返上扱い)。》
タミが小声で笑う。
「経済ざまぁが静かに始まる」
「静かなほうが、長く効く」
◆
解散の前。
僧正代理が近寄り、掌を見せる。白い粉。
「祭の布に残っていた“香”。燃やさずに語りへ戻す方法を、教えてほしい」
「壁に文様の写しを貼って、声で拍を刻む。
布は箱に寝かせる。風の日に開かない。再投与になるから」
僧は深く頭を下げた。
「文化=投薬。……覚えた」
セルジュが私の横で砂時計を裏返す。
「父上は、恥を受ける選択をした。怒鳴る、が、座る」
「座る怒りは仕事になる」
◆
夕刻。
壁の足元で、子どもが拍石を数えている。
“入”が増え、“出”が動き、“残”が鳴る。
私は疲れを記録板に書く。
〈壁番の疲労:中。生姜と休み。〉
ライサ教授が肩で笑う。
「自分を診るようになったね」
「先生に言われたから」
「言われて、やったからだ」
風が一度だけ強く吹き、透明板の面が鳴る。
甘さは少ないが、良い音だ。
◆
最後の小事案。
帳簿局の若い吏員が駆け寄る。
「“白石”の換金は?」
「しない。拍は拍。銅貨に変えると、主作用が変わる」
「では貧しい家は?」
「白石で買える店を増やす。商会の露店、寺の炊き出し、学院の実験食。三方で受ける」
タミが親指を立てる。
「やるわ。回ったほうが儲かる」
吏員は顔を赤らめ、でも、笑った。
「壁の写し方を教えてください」
「線は太く。空欄は空欄で晒す。字は、泣きながらでも書ける」
夜が落ち、鐘が一度。
私は封蝋台の火を消し、今日の最後の一行を書く。
《副作用:“無償”の言い訳に効く可能性。用法用量:毎夕“差分”を見ること。》
薬は体に。処方は世界に。
金は最後。最後は、長く効く。
本日の処方メモ(3行)
・白石=拍。銅貨=遅い補償。両方いるが、先手は白石。
・負担は“意図”ではなく量で割る。濁り一つ=白石十。
・理由欄が肝。空欄晒しは恥という薬を作る。長く効く。
次回予告
#13「反撃の書状:訴訟と妨害を壁で迎える」――“無償の根拠欄”に噛みつく者たち。返答は鳴り+差分。