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第10話 監査ログ:三倉同時公開

――鐘が三つ。空気は粉と灰。広場の鳴りは澄み。

本日の順番は「三 記録」。寺院倉・商会倉・学院倉を同時に開く。

形式は監査ログ。太字=事実、斜体=所見、地の文は合間の酸素。


監査ログ/王都広場・記録板写し(抄)


時刻:午前八時一二分

対象:寺院倉(第一門)

手順:封蝋“鳴り検査”→棚卸→納入経路の壁貼付


封蝋音:濁り×7、澄み×19


棚奥の木箱3に“安眠香粉”残留(淡黄色)


納品伝票:寄進扱い多数。商会印の上に寺院印を重ね押し

所見:“寄進”は善意の顔をした非価格。投与量が市場の外へ逃げている。祈りの器が投薬倉庫になっている。


時刻:午前八時二六分

対象:商会倉(北門)

手順:封蝋検査→出入庫表と突合→返品処理の実地確認


封蝋音:濁り×4、澄み×31


出庫表:寺院宛“無償”の増加(祭日前後に偏在)


返品:万能回復水の戻り多。『胃が重い』メモ多数

所見:“無償”は値付け責任の逃げ道。返品は胃袋の投票。数字は冷たいが、嘘を薄める。


時刻:午前八時四一分

対象:学院倉(実験棟)

手順:封蝋検査→配合改訂履歴の整合→鍵管理簿の筆致確認


封蝋音:澄み×28、濁り×1


改訂履歴:鎮静根香“仮増量”メモに決裁印なし


鍵簿:“臨時貸出”の署名が同一人物の書き癖

所見:学の名で“暫定”が常態化。印より拍。拍がない紙は、よく燃える。


時刻:午前九時〇四分(横断)


三倉の“空欄”が一致:〈納戸瓶の由来〉〈配合変更の決裁者〉〈祭前後の供給凸〉

所見:空欄は薬。晒すと恥が副作用として効き、記録が生まれる。今日は壁がよく効く。


 ここで一度、砂時計を返す。白砂は細く落ちる。

 私は群衆に向け、短く言う。


「今日の裁きは音。印ではなく、鳴りで見ます」


 役所の男が鼻で笑い、僧が眉を寄せ、タミは肩で合図。

 カイは視線だけで四隅を巡回。火の匂いは、まだ来ない。


監査ログ(続)


時刻:午前九時二九分(小事案)

事象:商会倉の裏で油壺/火打石を所持の者1名


処置:湿布で回収、砂撒布、動機『命令された』

所見:判決前は火が集まる。今日は水と記録。怒りは手へ。手は道具。


時刻:午前九時五八分(重要)

事象:寺院倉・二重底から“無銘瓶”12


封蝋音:濁り(長)×12


嗅覚:甘い揮発+微苦味、色は淡琥珀


掲示:〈無銘瓶=“香の兄弟”〉由来欄は空白のまま貼付

所見:善意の来路は、善意の手順で出ない。だから手順へ戻す。まず晒す。


時刻:午前十時二三分(公開質疑 抄)


僧「寄進は信徒の心。毒とは言い過ぎ」


薬師(私)「量を間違えた心は毒。祈りは拍。香で拍を壊さない」


学院香術師「文化の尊厳は?」


教授「香を薬典に戻す。文化は残す。投与論に置き直せ」

所見:言葉は冷たいが、救うための温度がある。


時刻:午前十時五五分(現場試験)

手順:王都水(硬/中)ד灰針一滴+生姜微量”の公開調合


結果:硬水群は拍の立ち上がり遅→“塩遅らせ”で補正


観察:祈り場清掃班、頭痛の訴え減

所見:家の水で仕上げると、治りが根づく。観衆が“共同調合者”になる瞬間。


時刻:午前十一時一八分(合意)

合意:三倉の“壁”恒常設置


寺院:被害記録板(部屋単位)/納入掲示


商会:出入庫の日次差分掲示/“無償”の根拠欄


学院:配合改訂プロトコル(決裁印+鳴り検査の記録添付)


署名:侯爵/僧正代理/商会代表タミ/学院香術師/立会・薬師リゼ

所見:紙は燃える。壁は鳴る。二重でだいたい勝つ。


 正午、湯気は旗。鍋は心臓。

 私は広場の端で“公開粥”。価格札は拍値で固定。〈白石三/銅貨二/労働一刻=大石一〉

 役人がぼそり。「慈善だな」

「投資です。拍に。慈善は短い。拍は長い」

 二口目で彼は少し笑った。今日の砂糖は少なめだ。


 鐘が二つ。風向きが変わる。

 広場の向こうで、乾いた咳の連鎖。外れ区・南東。

 順番は守る。けれど、患者が先。

 私は記録板の足元に臨時の小板を刺す。

〈南東外れ区:水路図貼付/井戸硬度印/“家の水で仕上げる粥素”臨時配布〉


監査ログ(締)


時刻:午後一時二〇分(告示)


明日より:“香の販売”暫定停止/三倉の壁稼働開始/“無銘瓶”鑑定公募


再審進行:明日は「四 金」へ。補償基金は白石合流で一本化。

所見:金は最後。患者→方法→記録→金の順を壊すと死ぬ。今日は生きた。


 解散のざわめき。

 ヴォルク侯が近づく。怒りはまだ熱い。だが、座ることを覚えた熱だ。

「薬師。苦いな」

「息が入る苦味は、主作用です」


 セルジュは自分の札に白石を二つ載せる。

 一つは“再審に同意”。もう一つは“家令の壁”。

 泣きながら書いた字は、よく効く。


 カイが顎で南東を示す。

「行くのか」

「行く。壁を移植する。王都は手順の街。手順の外では、湯気の旗が先」


 砂時計を返す。

 落ちる砂は、辺境と同じ速度。

 薬は体に。処方は世界に。

 壁は今日も鳴った。明日は、金を正す。


本日の処方メモ(3行)

・寄進=非価格は投与量の盲点。善意は手順に戻すと効く。

・家の水で仕上げると、治りが根づく。客は“共同調合者”。

・紙は燃える、壁は鳴る。二重化でだいたい勝つ。


次回予告

#11「外れ区の小疫:水と熱源の現場診断」――三倉の壁を回しながら、咳の群れに先手の処方。

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