最強の工作員
ミッチェル伍長は、なぜかひどく冷静な気分でいた。
目の前で、次々と仲間が射殺されていく。
たった一人の敵兵を前に、数十人もの警備隊員が、なすすべなく壊滅しようとしていた。
ここまで侵入されているということは、本部棟に配備されていた二〇〇人もの警備隊員も、その大半が既に戦死しているのだろう。
基地司令部は、もう守り切れない。
だがミッチェルは、次々と仲間たちを殺すレーナの姿を、ただ見ていた。
綺麗な銀髪がサラサラと流れ、マリンブルーの瞳が煌めく。
飛び交う弾丸を躱しながら次々と隊員を殺害していくレーナの姿は、思わず見惚れるほどに美しかった。
「来るぞ! 総員射撃開始!」
分隊長の怒号で我に帰ったミッチェル伍長は、自動小銃を構え射撃を開始する。
しかし、舞い踊るように駆け回り、警備隊員を盾にしながら戦うレーナを前に、誤射を恐れたミッチェルの弾丸は床や壁を穿っただけだった。
「クソっ」
ミッチェルは悪態をついて弾倉を交換する。
直後、一発の弾丸がミッチェルの胸に直撃した。
「がっ!」
ミッチェルは痛みに呻いて倒れる。
防弾ベストのおかげで死は免れたが、ライフル弾の直撃による激痛が、ミッチェルの動きを止める。
次の瞬間、レーナは地面に倒れたミッチェルの体を踏みつけて、自動小銃を連射した。やかましい発砲音が鳴り響く。
ミッチェルの周囲にいた警備隊員たちは、一瞬にして撃ち倒された。
沈黙。
「生き残ったのは貴様だけか」
レーナは、ミッチェルの額に熱くなった銃口を押し当てて、そう言った。
マリンブルーの美しい瞳が、辺りの血を映して紅に染まる。
ミッチェルは、その光景に思わず見惚れた。
「何か言い残すことは?」
どんな状況に置かれても、ミッチェルは兵士だ。
彼は地面に転がっていた自身の自動小銃に手を伸ばした。
レーナは、即座にその腕を足で踏みつけた。
「それで終わりか」
レーナはそう言って、引き金にかけた指に力を入れる。
次の瞬間、ミッチェルは全身に力を入れて、レーナを弾き飛ばした。
「なっ!」
驚くレーナをよそに、ミッチェルは腰の銃剣を抜いて構え、一気に切り掛かる。
レーナはそれを躱すと、近くに転がっていた死体から銃剣を奪い、優雅な所作で構えた。
ミッチェルは深く踏み込んで、レーナの首筋へと銃剣を振り下ろす。
レーナは後ろに大きく跳躍してそれを躱すと、逆にミッチェルの手首を掴み、捻りあげる。
ミッチェルの手から銃剣が落ちた。
だが、武器を失っても、ミッチェルは一切慌てることなくレーナの肩を殴りつけ、隙をついて素早く後ろに後退する。
彼は地面に倒れた死体の一つから銃剣を回収すると、構えた。
「やるな」
レーナは、軽く腕を振りながら言う。
「美しい戦い方をしますね」
ミッチェルはそう感想を述べる。
「初めて言われたよ。ありがとう」
レーナはそう言った。
次の瞬間、ミッチェルは地面に転がっている自身の自動小銃を掴み、構える。
レーナも、即座に自動小銃の一つを持ち上げると、柱の裏へと隠れた。
ミッチェルは引き金を引く。
弾丸は柱の裏へと隠れる寸前のレーナの体を掠めたが、致命傷を与えることはできなかった。
ミッチェルは自動小銃を構えたまま、レーナの隠れている柱へと接近していく。
緊張に胸が高鳴るのを感じながら、ミッチェルは一気に踏み込んで柱の裏側へと銃口を向けた。
直後、柱の影に隠れて機会をうかがっていたレーナは、ミッチェルの自動小銃を掴むと、その銃口を無理やり上へと向ける。
ミッチェルは数発ほど発砲したが、放たれた弾丸は全て天井に突き刺さった。
ついでに、ミッチェルの両腕は銃と共に上へと押し上げられ、彼の姿勢は大きく崩れる。
その隙を見逃すレーナではない。
レーナは片腕で銃剣を構えると、その刃をミッチェルの腹部へと突き立てた。
艶消しの黒で塗られた刃が、防弾ベストの隙間からミッチェルの腹部に深々と突き刺さる。
激痛で、ミッチェルは地面に膝をついた。
急激に力が抜けていく。ミッチェルは、自身の死を実感した。
「終わりだ」
レーナは銃剣を振り上げて、ミッチェルの肩へと突き刺そうとした。
「伏せろ! 伏せろ!」
そんな怒号が聞こえ、レーナは即座に地面へと伏せた。
小銃の発砲音が鳴り響く。
薄茶色を基調とした迷彩服の兵士たち。
ダミア陸軍の歩兵たちだ。
どうやら、増援が到着したらしい。
「チッ」
レーナは軽く舌打ちをして、ミッチェルの方を見る。
彼女はうっすらと微笑んだ。
「貴様、才能あるぞ。また会えるのを楽しみにしている。まあ、その傷から生還すればの話だがな」
レーナはそう言い残し、全速力で走り去る。
「工作員の生き残りだ!」
「撃て! 撃て!」
陸軍兵たちの怒号を最後に、ミッチェルは意識を失った。