忍び寄る惨禍
同じ頃、ダミア帝国レトナーク空軍基地は、ウーフェン共和国へと夜間爆撃に向かう戦略爆撃機を全て離陸させて、整備兵たちや管制官が一息ついているところだった。
全体的に、のんびりとした雰囲気が漂っている。
そしてそれは、基地防衛を担う空軍警備隊も同じだった。
レトナーク空軍基地には第七警備中隊を主力に、緊急事態の際に臨時で組み込まれる増強要員を含めて五〇〇人ほどの警備隊員が存在している。
もちろん基地防衛の重要度は高いのだが、現在、ダミア帝国軍は圧倒的な優勢にあり、基地が襲撃を受ける可能性はゼロに等しい。
警備隊員たちは、毎日の巡回と訓練以外は、ただのんびりとしていた。
「暇ですね」
兵舎の並んでいる区画に存在する警備棟の、ソファーやテレビが置かれた休憩室で、ミッチェル伍長は呟く。
彼は灰色の迷彩服を着てこそいたものの、防弾ベストやヘルメットは脱いでおり、銃も持っていなかった。
「それでいいんだよ。俺たちが暇ってことは、つまり平和ってことだからな」
彼の上司である分隊長が、テレビのチャンネルをニュースからバラエティ番組に変えながら、そう言った。
彼らが今行なっている仕事は待機、つまり緊急事態に備えて待つことだ。
トラブル発生時に対応できるならば何をしていてもいい仕事ではあるが、さすがに防弾ベストも来ていないのは問題だろう。
だが、それを咎めるような人間は、この場に一人もいなかった。
敵の襲撃という、一度も発生したことがない事態に実感を持って備えるということは難しい。
だが、彼らは数分としないうちに、その事を後悔することになるのだった。
「巡回に行った連中、なかなか帰ってきませんね」
ミッチェル伍長がそう呟く。
「さぁ。酔った整備兵でも暴れてんのかもな」
分隊長はテレビから目を離す事なく、適当に答える。
他の警備隊員たちも、コーラを飲んだりスマホを眺めたりで暇を潰しており、巡回に行った連中がなかなか帰ってこない事を心配している者は、ミッチェル伍長を除き一人もいなかった。
「ちょっと様子を見に行ってきます」
なぜか耐え難いほどの不安を感じたミッチェル伍長は、そう言って立ち上がると素早く防弾ベストを着用し、ヘルメットを被る。
二脚銃架で床に立ててあった自動小銃を持ち上げた。
自動小銃に弾倉は装填されていない。実弾は防弾ベストの弾薬ポーチに収納されており、必要に応じて取り付けることになっている。
「別に必要ないと思うぞ。この雨なんだし、別に気にしなくてもいいんじゃないか?」
分隊長は面倒臭そうに言った。
ミッチェル伍長は窓の外を見る。
強風が生垣を殴り、豪雨がアスファルトの上を駆けていく。
この中を歩くのは相当に大変そうだ。
「やっぱり……」
ミッチェルが外に出るのを止めようとした次の瞬間、基地内に警報が鳴り響いた。
警備隊員たちが、一斉に立ち上がる。
「何だ? こんな時に訓練かよ」
〈赤警報。赤警報。本基地は現在、ゲリラ部隊による攻撃を受けている。全警備隊員、並びに増強要員は直ちに戦闘用意を整えて所定の位置に向かい、警備を実行せよ。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない!〉
緊張感を帯びた放送。
雨音に混じって遠くから聞こえる発砲音が、その現実味のない放送にリアリティを与えてくれた。
「お前ら急げ! 俺たちの小隊は本部棟の警備だ!」
分隊長の怒号に、休憩室でくつろいでいた隊員たちは一斉に動き出す。
発砲音は、徐々に近づいてくる。
警備棟にいた警備隊員たちは大慌てで装備を整え、走り出した。
全速力で廊下を駆け抜け、一斉に外へと飛び出した隊員たちは、豪雨に晒されながらも必死で本部棟を目指す。
遠くから爆発音が聞こえた。
見ると、格納庫の方から煙が上がっている。
ミッチェルはたじろぐ。
「ミッチェル伍長! 走れ!」
分隊長が怒号を飛ばし、ミッチェルは再び走り出した。
一応は毎日の訓練が功を奏したのか、多くの警備隊員が、本格的な襲撃の開始よりも先に展開を完了することができた。




