夢の記録:F−270
記録形式:睡眠解析デバイス記録+覚醒後自己申告メモ(互助会保管)
■対象:F−270(仮名未登録)
■記録日:2041年3月9日
■夢記録開始時刻:02:11
■覚醒時刻:02:13
■記録者コメント:「この2分が、私の人生のすべてだった気がします」
【記録された夢の内容(抜粋)】
——私は木の根元に立っていた。
幹は空よりも高く、葉は揺れていなかった。
——誰かが歌っていた。
言葉ではなかった。でも私は意味を知っていた。
——「いつからそこにいるの?」と訊かれた。
私は答えようとしたが、声が自分の中に戻ってきて、咳き込んだ。
——空に“線”が引かれ、誰かが歩いていた。一本の線の上を、何も持たずに。
——「名前が先だったの」と彼女(?)が言った。
「かたちの前に、言葉があった」とも。
——私は、そのとき自分が“他人だった”ことを思い出した。
でも、誰の? 私ではない誰かが、私の中にいて、夢を見ていた。
——目が覚めた時、涙が出ていた。
なぜか、笑っていた。
【補足メモ:記録者F−270の供述】
・“木”の形状が他の症例者との共通項を持つ可能性あり(内部報告A群参照)
・「名前が先だった」という言葉、他夢記録にも頻出。発症の初期兆候か?
・当該人物は翌週、記憶の混濁を訴え、現在は観察対象Bに分類
【備考】
本記録は互助会において低リスク扱いとされていたが、構文類似性と記憶影響の進行により保留対象に再分類。
「夢を通じて構造的な“共通空間”が形成されている可能性がある」との指摘あり。