奇跡の人(元信徒による報告)
記録形式:元教団信徒による自発記述メモ/提出日不明/互助会経由で回収
【文面抜粋/一部判読不能箇所あり】
——彼は、本当に奇跡を起こした。
それは疑いようのない事実で、私たちの誰もがそれを見た。
目が見えなかった少女が、彼の言葉で笑って、歩いた。
誰にも届かなかった思いが、ひとつの声になった。
ありえない花が、手のひらで咲いた。
でも、それが“顕現”だったと知ったのは、あとになってから。
互助会の女の人が来たのは、その翌日だった。
教祖は笑っていた。
「もう、私には神はいない」と言っていた。
それでも、あの人は本物だったと思う。
だって、消えたのはその人じゃない。
消えたのは——“あのとき奇跡を受け取った私たち”の方だった。
その後、記録はなかったことにされた。
新聞にもテレビにも、名前は載らなかった。
彼の声を覚えている人は、もう私しかいないらしい。
だから、これを書いておきます。
私が間違っていなかったと思うために。
——奇跡は、確かにあった。
でも、それは“見られてはいけない種類のもの”だった。
名前も記録も奪われて、
私たちはただ、元に戻っただけだと、皆は言う。
でも私は知っている。
本当は“少しだけ神に触れてしまった”ことを。
(署名なし)