観察者報告書:F−AT/第5日目
記録形式:互助会派遣観察者による報告文書(ヒア・アクティヴァ所属)
担当記録者コード:R−09(新人記録者)
報告対象:F−AT(仮名「アユム」)
記録日:2043年1月15日
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■第5日目・観察報告(抜粋)
本日も対象F−ATは、午前中は静読、午後は記録室にて文書整理を行った。
行動パターンは落ち着いており、他者との接触は最低限。
ただし、以下の点について若干の報告を要する:
1)呼称の回避について
他者に対して“名前を呼ばず”に会話を行う傾向が継続している。
(例:「それ、どう思う?」といった指示語優先の対話構造)
本人に問いただしても「癖です」とだけ返答。
記憶障害や恐怖によるものではない印象。
2)記録の密度と形式
観察ノートの記載量が平均症例の4倍を超えており、
内容の多くが“日付や場所に基づかない出来事”を記述している。
例文:
「何かが遠くでほどけたとき、それが“わたし”じゃないと誰が言えただろう」
文章は詩的で、時折一人称が「私」「僕」「ぼく」「わたし」と揺れている。
3)他者記録への執着
収容施設内で失踪者が出た際、その部屋のメモ類を無断で持ち帰っていた。
職員による是正指導後も、「捨てられる前に見ておきたかった」と述べていた。
■補足:
記録者個人の主観として、本個体には“記録の意味を理解している”というより、
“記録すること自体が存在の条件である”かのような行動原理が感じられる。
本人は極めて素直で、観察対象として扱われていることも受け入れているが、
時折、こちらが見ていないタイミングで記録者(私)を観察している。
視線が重いわけではない。むしろ“観察することが礼儀”のような態度。
これまでの症状者とは方向性が異なる可能性。
ただし、発症の兆候は現時点で未検出。
次回報告予定:第10日目
——記録者R−09