Fケース観察報告:個体A・T
記録形式:医療観察施設内記録抄録(再生医療管理区画・非開示案件)
記録番号:F−AT/ファイル更新日:2043年1月11日
【摘要】
観察対象:個体A・T(推定年齢:17〜19歳/性別:不明確)
来所経緯:第三地域保護官による一時収容申請(記録文書欠落)
身元記録:未確定(仮名「アユム」使用)
——記録担当:D974−ミナト
本個体は、日常生活における認知能力、判断能力において異常所見は見られず、
記憶の整合性も一見安定しているように見える。
しかし、観察中、以下のような行動が確認された:
・自己記述の際に「名乗らない」ことが習慣化している
・夢の記録を断片的に“詩”として残す(記録例あり)
・会話中、他人の名前を避ける傾向あり(意識的と思われる)
本日付で、記録帳から以下の一節が抜粋された:
——
昨日見た夢を、また書く。書かないと忘れる。
誰かに呼ばれた。
でも名前は、違った。
誰かが誰かを名乗っていた。
声だけが、誰のものかわからなかった。
だから僕は、名乗らなかった。
——
担当医は一時的解離性記憶症との判断を示すが、
記録担当者としては、本件が他のF群症例と構造的に異なることを強く記しておく。
当該個体が、“記録を残しながら自己を保とうとしている”点において、
通常の症状者とは異なる方向性を示していると考えられる。
——観察は継続中。
ファイルF−AT:定期更新扱い。