階段の奥のもの
記録形式:管理庁施設警備員・業務日誌より抜粋(改ざん痕あり)
2042年7月22日(木) 記録担当:広瀬(三係)
05:31 巡回ルートA-6(東側搬入口)異常なし。
05:49 ルートB-3(中央階段上層)にて異音報告。
——異音、というか、“誰かの足音”だった。
だが、中央階段は今月から閉鎖区画のはずで、使用申請もなかった。
無人のはずなのに、階段を下りる“複数の足音”が、しばらく続いていた。
静かに。淡々と。まるで、列になって降りていくようなリズムだった。
06:04 応援要請。主任立会のもと、階段下層の扉を開錠。
照明は自動点灯せず、内部は完全に闇だった。
懐中電灯を照らして数段下りたが、視界が異様に浅い。
埃やガスの類は感知されず、照度も十分だったのに、
まるで光そのものが“奥に届いていない”ような感覚。
主任が「聞こえるか?」と声を出した瞬間、
階下から、“ひとつ”だけ、返事があった。
女の子のような声だった。
でも、それは……言葉になっていなかった。
音なのに意味がなかった。意味がないのに、こちらの脳に直接、
「来るな」と書き込まれたような感覚。
主任が突然、吐いた。
私も右耳が一時的に聞こえなくなった。
階段はその後、完全封鎖された。
あれが“どこに続いていたのか”、私は今でも知りたくない。
でも、毎月22日の明け方になると、
あの階段の前に、小さな足跡だけが現れる。
跡は数時間で消える。
下に降りていったはずなのに、誰も戻ってこないのに。
——記録ここまで。