その声の通りに
記録形式:音声記録の書き起こし/対象死亡後に回収された遺言
記録媒体:ポータブルレコーダー(再生回数制限付き)
対象:民間団体「霊環の塔」元信徒・女性(30代)
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(音声冒頭、微弱なハミング/宗教歌と思われる旋律)
「……聞こえるでしょうか。
これは、私の言葉ではありません。
でも、私が話します」
「教団は嘘をついていたわけじゃない。
ほんとうに、向こうに“何か”はあった。
ただ、たどり着く方法が、違っていたの」
「わたしたちは、名前を捨てていった。
一文字ずつ、儀式で削っていった。
名がなくなれば、かたちも要らなくなるって言われたから」
「最後の儀式の夜……“あれ”が来たの。
塔のてっぺんに、誰かが立っていた。
顔はなかったけど、私たちは知ってた。
だって、それは、全員の顔を合わせたみたいだったから」
(約9秒の無音)
「“それ”が、私たちを見て、言ったの。
“戻らなくていい”って。
うれしかった。はじめて、肯定された気がした」
「でも、みんな、泣いていた。
だって、誰も、もう“自分”じゃなかったから」
「私は……声を録る係だった。
忘れられないようにって。
でも、もう忘れてもいい気がする」
「この声が、誰かに届くなら。
どうか、“選ばれないで”ください」
(音声ここで終了。以降のファイルは消去されていた)