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聞き上手のキッテ様 ~追放監禁された私に青い小鳥が舞い降りて気づけば王都の情報通 だから白いフィクサーになりますね~

作者: 原雷火

聞き上手のキッテ様 ~そのあとのこぼれ話~

https://ncode.syosetu.com/n3274ji/

後日談も掲載しました。本編を読み終わって続きが気になる方はこちらもお楽しみくださいませ~♪

「キッテ・スクライブ。君との婚約を破棄し、この王都から追放する」


 金髪碧眼の美男子の声が、夜会の広間に響く。

 壇上に立たされた私に宣告したのは王太子のレイモンドだ。


「理由を……お教えくださいレイモンド様」

「占術師シェオルの予言に君がいずれこの国を滅ぼすと出てしまったんだ……」


 原因は国王陛下のお気に入りの占い師だった。


「そんな……あんまりです」

「僕だって……だがシェオルの予言は陛下の命を幾度も救ってきた本物だ。君にそのつもりはなくとも、王都に置いておくわけにはいかないんだ」


 レイモンドは拳を握ると下を向いた。

 伯爵家の私は家のために王太子と婚約を結んだけど、それも白紙。


 青年の口から聞こえないくらい小さな声で「すまない」と謝罪の言葉が述べられた。


 夜会に集まった貴婦人たちが眉をひそめて私を見る。各々(おのおの)噂をさえずり合う。


「キッテ様……ううん、キッテってダンスが下手で殿方を振り回してしまうのよね」

「令嬢らしい華がまったくございませんわ」

「エレガントさにも欠けていますよね」

「すぐに走り出したりして落ち着きがない。マナーがなってないったらありませんね」

「正直、家柄だけでした」

「教養が感じられない人です」

「ファッションセンスが二周半遅れ」

「口下手」

「あがり症」

「話を聞くばかりで自分からは全然喋らないのって、正直どうかと思ってたの」

「殿下と婚約して調子に乗った罰ね」

「いつかやらかすと思っていましたわ」


 ざわざわざわざわ。


 一斉に手のひら返し。冴えない私が王太子と婚約した途端に、まるで旧知の仲だったみたいに親しげにしてきた人たちだ。


 離れるのも一瞬。しかも後ろ足で砂を掛けてくる。


 まるで私を汚物扱い。まだ何もしていないし、事件が起こったわけでもないのに、私のせいなの?


 元々、社交の場は苦手だった。あがり症なのは本当。別にお高くとまっているつもりはないけど、どうしても自分から話すのが苦手。


 ついたあだ名は氷の女。


 裏でどう呼ばれていたかくらい、疎い私の耳にも入ってくる。


 王太子レイモンドが言う。


「君には悪いが、陛下のご意志だ」

「そうですか。わかりました」


 さようなら殿下。悲しい顔をされても困る。謝られたところで、私にはどうすることもできないのだもの。


 私はダンスホールをあとにした。もう王城に戻ることはないだろう。



 馬車に乗せられると、王都の城壁外に出て連れて行かれたのは郊外の森の中。

 暗い木々のアーチを抜けた先に、ぽつんと屋敷が建っていた。


 昔、流行病があった。病気になってしまった王族を住まわせたという屋敷だ。


 婚約を破棄され、王都から追放にはなったけど、レイモンド王太子の計らいでここに住むことになったみたい。


 ただし――


 屋敷の敷地から出てはいけない。死ぬまでここで暮らすように……だって。


 予言か何かしらないけど、何も起こる前から何もしていない私を死罪にすることはできない。


 なので、軟禁。屋敷を囲む塀の外に一歩でも出れば、その罪で裁かれる。


 実家のスクライブ伯爵家も王命には背けない。


 屋敷の外観はお世辞にも綺麗とは言えなかった。庭も雑草園になっているし、壁も屋根も補修痕だらけ。


 中は外見ほどもなくて、古いながらも掃除が行き届いていた。


 私の他は、警備の衛兵と通いの使用人に住み込みの老執事がいるだけだ。


 二階の一番大きな部屋が、今夜から私の世界のすべてになった。


 大きな窓と突き出たテラス。遠く月明かりに照らされて、王城の尖塔が見えた。


 疲れた。なにもかも。


 私は着替えてベッドに横になる。月が雲に隠れると、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。



 小鳥のさえずりで目を覚ます。

 朝食を済ませる。

 ひとしきり泣いて、頭がスッキリした。食事も喉を通る。むしろ美味しいまであった。


 執事が片付ける。「ありがとう」と声をかけてみたけど、小さく一礼して無言だった。


 使用人にも衛兵にも話しかけると「申し訳ありません。勤務中ですので」と、素っ気ない。


 元々、自分から話すのが苦手な私が話題を広げられるわけもなく。


 文句なんて言っちゃだめね。衣食住、お世話してくれるのだもの。


 自然と自室に戻っていた。テラス付きの大きな観音開きの窓を開けて、外の風を部屋に取り込む。


 今日から何をしよう。


 部屋には書棚と筆記机にベッドとクローゼット。ミニテーブルに……それと鏡台もあった。


 誰にも会いに行けないし、誰も面会にこないのに、化粧品が一通り揃っている。ドレスまである。


 逆に嫌味よね、こんなの。


 もう夜会に行かなくていいんだ……私。


 それだけは本当に、心から良かったと思う。伯爵家に生まれたのに、あのきらびやかさが苦手だったから。


 筆記机の引き出しを開ける。


 便せんと封筒にインクとペンがあった。手紙が書ける。けど、出すことはできないみたい。


 老執事曰く「外に出るのはもちろん、この屋敷に誰かを招くことも、手紙を出すこともいけません」ですって。


 まあ、出したいと思う人もいないけど。両親とも、元々そんなに仲が良いわけじゃないもの。子供は全部政治の道具で、王太子に婚約破棄をされた私は、前代未聞の失敗作なのだ。


 唯一の希望は「読みたい本がございましたら、お取り寄せいたします」と老執事が教えてくれたこと。


 せめてどんな本が手に入るか目録でもあればいいのに。あっ……まずは書店の目録を頼めばいいのね!


 こうなると監禁暮らしも悪くないと思えてきた。


 今日はやることがないから、部屋で体操をして過ごす。

 昼食。体操。三時のおやつ。


 焼きたてのスコーンにベリーのジャムとクリームを添えて。紅茶もちゃんとしたものだ。


 老執事が部屋まで届けてくれた。


 一人きりで紅茶タイム。寂しくは感じなかった。相手に気を遣わなくていいのだし。


 チッチッチッチと、甲高い音色が開け放たれた窓から飛び込んでくる。


 綺麗な青い小鳥だ。人慣れしているのかテーブルの縁に着地した。


「あら、私にお客さんかしら。こんにちは。貴方も一人?」


 ピーピーピーと、お喋りするみたいに小鳥は歌う。


「一緒に紅茶はいかがかしら。あら、カップの中で水浴びしてしまいそうね。それだと私が紅茶を飲めないから……スコーンをどうぞ」


 ジャムとクリームって小鳥に食べさせて大丈夫なのかしら? ちょっとわからないので、それらがかかっていないスコーンの端っこをフォークで崩して、テーブルの上にそっと置く。


 ピピピピチッチッチと、青い小鳥はスコーンをクチバシでつついて食べ始めた。

 

 尾羽をくいくい左右に振って上機嫌に見える。


 食べ終えるまで、なんとなく見守ってしまった。


「スコーンのおかわりはいかがかしら?」


 話しかけると、パッと翼を開いて小鳥は飛んでいってしまった。


 寂しくなった。


 と、思ったら、青い小鳥はすぐに戻ってきた。


 小さな赤い実の軸を咥えて私の前に降りたつ。さくらんぼ? それともサンザシかしら?

 スコーンのお礼といわんばかりに、赤い実をテーブルに置くと青い小鳥はすぐまた、外に飛んでいった。


「これ、どうしましょう」


 軸をつまんでみる。赤い実をぷらぷら揺らす。


「せっかくのお礼の品……いただきます」


 口に運んだ。酸っぱあああああい! なにこれ。無茶苦茶酸っぱくて涙が出そう。


 悪戯? それとも嫌がらせ? はたまた鳥にはこれが一番美味しいのかしら?


 そういえば唐辛子って人間には辛いけど、渡り鳥なんかは辛さを感じないみたいで食べちゃうって、本で読んだのを思い出した。


 紅茶で無理矢理流し込む。


「ふぅ……驚いた」


 自由に青空を飛ぶ小鳥の気持ちなんて、囚われの私には理解できなくて当然か。



 翌日――


 三時のおやつタイムにまた、あの青い子が遊びに来てくれた。


「昨日は不思議な赤い実をごちそうさまでした。けど、あれはとっても酸っぱくて、私は苦手なの。ごめんなさいね。だからお礼なんてしないでいいのよ」


 青い鳥はクリックリの愛くるしい眼差しを私に向けると、首を傾げる。


 言葉が通じなくても、ニュアンスが伝わればいい。


「今日のおやつはパウンドケーキね。さあ、召し上がれ」


 レーズン入りだ。端っこを小さくちぎってテーブルの上にそっと置く。


 ぴょんぴょん跳ねるように近づいて、青い小鳥はついばむと。


「おいしー! すっごーい!」


 小鳥は嬉しそうに小躍りし……はああああああああああああ!?


「しゃ、しゃべったあああああああああああああああああああああ!!」


 青い小鳥は「うああああああああああああああ!」って、私の悲鳴に合わせて声を上げた。


 なに、これ。なんなの!?

 と、ともかく落ち着きましょう。


「え、ええと……貴方、人間の言葉、解る?」

「どうしてカタコトになってるのお嬢様?」


 青い小鳥は流暢に返した。小さな男の子みたいな口ぶりと声で。

 世にも珍しい、喋る小鳥さん。


 ううん、もしかしてだけど、婚約破棄と追放のショックで私の頭がおかしくなってしまったのかも。


「あ、あの、ごめんなさい」

「それよりお嬢様のお名前教えて?」

「私はキッテよ」

「キッテ様かぁ素敵な名前だなぁ」

「貴方のお名前は?」

「名前? うーん……無いんだ。人間には名前があって羨ましいなぁ」


 普通にお話しできてる。なら、せっかくだし。これからも遊びに来てほしいし。


「私が貴方のお名前、考えてもいいかしら?」

「本当!? キッテ様が名前をくれるの?」

「ええ、もし良ければだけど」


 青い小鳥。瑠璃色の羽の子だから……。


「ルリハなんてどうかしら?」

「ルリハ!? すっごくいい感じ! 今日から僕はルリハだ! よろしくねキッテ様!」


 翼をぱたぱたさせて青い小鳥――ルリハは机の上でジャンプした。


 直後――


 バサバサドサドサバッサー


 開いた窓に青い絨毯(?)が押し寄せた。


 小鳥の大群だ。


 一羽二羽ならかわいいけど、十羽百羽と集まると、背中がぞわぞわっとなる。


 あっという間に部屋は青い小鳥だらけになった。


 紅茶と焼き菓子の載ったテーブルの上も、王都の繁華街みたいな賑わいだ。


 小鳥たちがさえずる。というか、一斉に喋り始めた。


 渋いオッサン声もいれば、甲高い金切り声だったり、滑舌ふにゃふにゃだったりと、なんとも個性的な声、声、声。


 ちょっと格好いい青年っぽい声もあるし、歌劇場の歌姫みたいな透き通った声もある。


「おいここが美味いもの食わせてくれるお姫様の屋敷か?」

「お姫様じゃねぇよお嬢様だろ?」

「つーかこの屋敷の窓って開くことあるんだ」

「中こんなんなってるんッスか初めて入った」

「ねえねえお化粧品よ! ほらこっちには香水の瓶! やだぁもう王都でも人気のやつじゃない?」

「パウンドケーキ食べたい。はよ、はよせい」


 もうどれが元のルリハかわからない。


「あ、あの、ルリハ……くん?」


「「「「「はい! なんでしょうかキッテお嬢様!?」」」」」


 青い小鳥たちが一斉に声を揃えて返事をすると、私を見た。


 え? なに? どういうことなの!?

 鳥が喋ったと思ったら、なんかだかしらないけど群れが大挙してきて、名付けたのは一羽なのにみんなして返事して。


 まだ私、他の子には名乗ってないのに。


「あ、あの、最初にお話しした子、どこかしら?」


 一羽がちょんっと私の肩口に乗った。


「僕かな? 僕かも! なぁに? キッテ様」


 良かった。幼い男の子の口ぶりと声にほっとする。


「あのね、色々と聞きたいんだけど」

「その前に、みんなパウンドケーキに興味しんしんなんだ」

「ええと、じゃあ……みなさん、私はいいから召し上がってください」


 瞬間――


 群がる肉食魚のように、小鳥たちがパウンドケーキに殺到してお皿の上から跡形も無く、ケーキが消え去った。


 怖い。見た目が愛らしいのに食欲旺盛すぎる。


 小鳥たちは目を輝かせる。


「うめー! まじかー!」

「こんなに素晴らしい食事をくださるって、キッテ様は女神様の生まれ変わりに違いありません」

「レーズンさ、ちょっとお酒利いてた? 酔っ払い飛行しちゃいそう」

「千鳥でも無いのに千鳥足だなオメェ」


 口々にお喋りしだすと、止まらなくなった。


 これじゃあルリハに話を訊けない。


「ちょ、ちょっとみなさんお静かに」


 ピタッと小鳥たちは喋るのを止めて私を見つめた。


「あ、あ、あの……ルリハくん?」


「「「「「はい!」」」」」


 みんなで返事をしてくる。


「最初にお話ししたルリハくん?」

「はーい」


 肩の上の子が片方の羽を開いて挙手した素振りを見せた。


「あなたたちが何者なのか、教えてくれるかしら?」

「うん! えっとね……」


 ルリハ一号(仮名)は語り出した。



 彼ら(女の子もいるっぽいけど)は、森の固有種だという。

 不思議な絆をもっていて、それぞれが見たり聞いたりしたことを共有するらしい。


 捕食者の情報を拡散して避難したり、危険が迫れば逃げたりだそうな。


 私がスコーンをごちそうしたのが知れ渡って、押し寄せた。

 しかも名前を付けたことまで共有している。


 青い小鳥たちが喧嘩を始めた。


「ワシがルリハじゃ」

「あたちがルリハなの~!」

「俺ちゃんの名前勝手に使うなや」

「うちうち! うちがルリハだし!」


 ああもう、収拾がつかない。

 見た目がみんな一緒で愛らしいから、声とかしゃべり方で聞き分けるしかなさそう。


「はいはい、みんなルリハだから喧嘩しないの」

「「「「「はい! キッテ様!」」」」」


 返事だけは良い。あと、揃ってる。


「ところでどうして、キッテ様なの? 私、尊敬されるようなことしてないのに」


 最初の子が肩の上で跳ねた。


「だってスコーンをごちそうしてくれたし! 僕、嬉しかったんだぁ」


 単純な理由でホッとした。


 それからというもの――


 毎日、お茶の時間に入れ替わり立ち替わり、青い小鳥たちが遊びに来るようになった。


 ルリハ一同で話し合いをした結果、全員で押しかけないよう当番制にしたとのことだ。


 私は老執事に「三時のおやつのお菓子は多めにしてください」とお願いした。


 小鳥たちと過ごす夕暮れまでのお喋りの時間。


 話題は森での出来事が主で、カラスが今、どの辺を縄張りにしているかとか、美味しい木の実がなっているホットなスポット紹介とか、猫とのタイマンに勝った話とか。


 ルリハたちは見た目が小柄だけど、けっこう力持ちみたいね。あれだけ食欲旺盛なのもパワーをつけるため、だったりして。


 そのうち身体が重くなって飛べなくなるんじゃないか、少し心配。


 私の役割はさえずりの声に耳を傾けて、うんうんとか、そうなのね。と、相づちを打つこと。


 ルリハたちは話を聞いてもらえるのが嬉しいみたい。ルリハ同士だとお互いが主張しあって、言葉をぶつけ合ってしまいがち。


 とある一羽が私に訊いた。


「そーだ、キッテ様はお喋りしないのですか?」

「私からはみんなを楽しませるような話題は出ないから。みんなお喋りが上手でとっても楽しいわ。ええと、聞いてばかりでごめんなさいね」

「いえいえいえいえ! 聞き上手なキッテ様こそ我らの女神ですよ! けど、キッテ様のこともっと知りたいです! どうしてこのお屋敷に来てくださったのでしょう?」


 丁寧な口ぶりで好奇心旺盛なルリハが首を傾げる。と、別のルリハが横入りした。


「キッテ様が屋敷に引っ越したのも、んなもん決まってんだろ! きっと国の偉い人がよぉ! 優しいキッテ様がゆったりのんびり森で暮らせるようにって、してくれたんだって!」


 あっ……うう。偉い人の命令はその通り。

 もう一羽、割り込んでくる。


「けどさーキッテ様って全然お外に出ないじゃん? 本ばっかり読んでるし。たまにはオイラたちと一緒に水浴びいかね? 良い湖畔知ってんだけど」


 普段はバラバラなルリハたちが「「「「「いーねー」」」」」」と声を揃えた。


 ランチボックスを入れたバスケットを片手に、ピクニック。この子たちとなら、きっと楽しそう。


 だけど――


「ごめんなさい。私はこのお屋敷の敷地から出ちゃいけないのよ」


 最初の子が私の手の甲に飛び乗った。


「どうしてなのキッテ様? 僕らとじゃお出かけしたくない?」


 心配そうに首を傾げる子の背中を指でなぞるように撫でる。


「ううん。違うの」

「じゃあ行こうよキッテ様!」


 これはちゃんと説明しないといけないかも。


 自分から話すのは得意ではないけれど。


「少しだけ、私に話させてちょうだい」


 みんな良い子なので、黙って最後までいきさつを聞いてくれた。



「キッテ様悪くないのに酷い!」

「死ぬまで鳥かご暮らしかよ!」

「こんな人生あんまりすぎるじゃん俺らでなんとかできんか?」


 ルリハの中に過激派というか、強火な子たちが集まって会議を始めてしまった。


「まあ鳥かごはさ、ご飯の心配はいらんし、毎日のおやつは美味しい。それは認める。けど外に出られんのはありえんて。伸び伸び羽ものばせんし、友達んとこにも遊びにいけんし」

「おかわいそうすぎますキッテ様が。そうだ! みんなで王太子様に抗議しましょ! 抗議活動よ!」


 わーわーと議論が紛糾ふんきゅうした。止めないと本当に、王都に向かって突撃しちゃいそう。


「みんな落ち着いて」


 ルリハの一羽が胸を張った。


「王太子様への抗議はダメでっか? キッテ様」

「え、ええ。私との婚約破棄をしたのは彼だけど、それを命じたのは……」

「ほな王様襲撃か」

「もっとダメになってるわよ!」

「んならアレや。王様にタレコミしたけったいな占い師のあんちゃんか」


 占術師シェオルは仮面にフード付きマントで声も魔法でいじっている、男か女かもわからない謎の多い人物だった。


 宮廷で私は一度だけ、すれ違って挨拶したことがあるけど、ただただ不気味。


「みんな落ち着いて。もう、済んだことだもの。それに王都に行くのは危ないわ」

「ワシら所詮しょせん小鳥ですけんチュンチュン言うときゃスズメと間違われるくらいじゃけ、問題なかね」


 スズメの振りをすればいいというものなのかしら。


 別の一羽が両翼をパタパタさせる。


「キッテ様だけ我慢するのおかしくないですか?」


 魅惑のバリトンボイスだった。


 気持ちは嬉しい。けど、ダメ。ルリハたちは良い子だもの。私の厄介事に巻き込みたくない。


 一同がテーブルの上に寄り添って私をじっと見る。


「キッテ様はなにもしてない! 悪くない! 冤罪ですらない!」

「俺らいつでも動けますぜ。なんならこのクチバシで、チュンッ! ってな」


 いったい何をチュンッ! するつもりなのよ。害鳥に指定されたら大変なんだから。


 このままだと過激派が暴発してしまう。


 私が止めなきゃいけない。でも、なんて言えば矛を収めてくれるのかしら。


 最初の子が私の肩に飛び乗った。


「みんな落ち着いて。キッテ様困らせちゃだめだよ。僕らはキッテ様に笑顔でいてほしい。だよね?」


「「「「「おう!」」」」」


 全員の意思統一を図ると、最初の子が私の肩から降りて振り向いた。


「キッテ様が外に出られないなら、僕らが代わりに目と耳になるよ! 聴きたい歌とか物語とか秘密とか噂話とか、なんでも集めるのでリクエストして!」


 別に今まで通りで良いのだけど、この子たちに役割を与えてあげた方が過激な子も無茶しないか。


「それじゃあ……もし、王都に行くなら困っている人を助けてあげて」

「キッテ様! 僕らじゃ助けたりは無理かも」

「なら、わたしに町で困っている人のことを教えてちょうだい」


 何羽かが首を傾げた。


「いや今一番困ってんのってキッテ様じゃん」

「町の知らん連中のことなんて、いくら困ってようと関係なくね?」

「キッテ様を助けたいのに!」


 私は咳払いを挟んだ。


「おっほん。えーとね、あなたたちがいてくれるおかげで、わたしは孤独を感じず幸せ。だからみんなが危険な目にあってしまうのが、とっても恐ろしいわ。町でみんなが大暴れなんてしたら、害鳥として捕まって殺されちゃう。そんなの絶対よくないの」


 何羽かがブルリと震え上がった。


「ご、ごめんなさい。脅かすつもりはなかったの。だから、町の人たちに愛される小鳥さんでいて欲しいの。困ってる人のためにみんなががんばれば、きっと受け入れてもらえる……と、思うのよ」


 過激派の一羽がうんうんとうなずく。


「おーやっぱりキッテ様は俺らの慈愛の女神様じゃん。いっちょやるか! 人助け!」


 誘導成功……かな? みんな私の言葉を待っていた。


「え、ええと……町には見えないところで困っている人がいるわ。辛そうな人には歌を聴かせてあげて。困っている人の声に耳を傾けて、それを私に伝えて」


 教えてもらってなにができるわけでもないけれど。


 ともかくルリハはお喋り好きだから、報告を聞いてあげれば「やった感」に満足してくれる……はず。


「「「「「わかった!」」」」」


 青い小鳥たちは一斉に片翼をあげた。本当にわかってくれたのかしら。ちょっと……ううん、結構心配。



 翌日から、王都の目に見えない問題点が私の元にたくさん集まってきた。


 人が転ぶ道がたくさんある。どうやら細い裏路地で石畳の敷石が外れてしまったままのところが、点在していたみたい。


 箇所を私はメモにしてまとめると――


「ねえルリハたち。お手紙を届けることってできるかしら?」

「んなら俺っちにお任せあれ! 便せん一枚ならギリいけるぜ!」


 力自慢の一羽に手紙を届けてもらうことになった。封筒さえも重たいから使えない。


 便せん半分。書ける文字数も限られる。その中で、王都の町を隅々まで見て回ったルリハたちの情報を記して、メッセージを飛ばす。


 手紙を丸めた枝に見立てて、両足で掴むと窓の外に飛ぶ。


 空を駆けた差出人の名もない手紙は、王城の大臣執務室へと届けられた。


 グラハム大臣は質実剛健かつ聡明な人物として、国王陛下の鉄の右腕と言われている御方だ。夜会のような華やかな場には挨拶程度しか顔を出さず、日夜政務に励まれている。


 私の手紙をグラハム大臣が見るかどうかわからないけど、戻ってきた力自慢の子の背中と頭を撫でてあげた。


 翌日からルリハたちに筋トレブームが起こる。みんな手紙を届けるのを名誉ある仕事だと思ったみたい。



 町の石畳の補修工事が始まった。これもルリハたちが町で拾ってきた情報だ。

 三日で仕事にかかるなんて、グラハム大臣は本当に優秀な人のようだった。


 王都の西の村で村民が突然倒れた。

 それを見たルリハが言うには、手足にまだら模様が出ていた……って。


 この屋敷に隔離された王族もわずらった、たちの悪い流行病だ。


「お願いねルリハ。手紙を大臣の下へ」

「がってん承知!」


 匿名の投函その2である。

 すぐに魔法医療団が西の村へと赴き、発症した患者さんをすぐに治療した。

 爆発的な感染拡大は未然に収まったみたい。


 村から使者が王都に助けを求めに行ってたら、今頃、大混乱になっていたかも。


 それから王都の劇場街へ。歌うのが好きなルリハたちのオススメスポットになったみたい。

 劇場に上手いこと忍び込んで、歌を覚えて帰ってくるとみんなで合唱してくれた。


 とってもかわいい。幸せな気分。


 演劇も見て、物語の概要を教えてくれた。ああ、もし自由なら劇場に足を運んでみたいな。素直にそう思った。


「チョーおもしろいのにお客さんいなくてガラッガラなの! 劇団潰れちゃうってさ! 次の公演がダメならおしまいなんてもったいなーい!」


 キャピッとしたルリハが見たのは、小さな舞台小屋のお芝居だった。

 新人ばかりの劇団で、知名度もなくて、演目がいいのにさっぱりなのだとか。


「っぱイケメン足りないっしょ」

「いや磨けばチョー光るって」


 二羽で見てきたルリハの女の子ペア。二人ともいくつも演劇を見てきての推しっぷりだ。

 チケット代が掛からないのをいいことに、国立劇場の大舞台で名優たちの夢の共演も観てきたのに、舞台小屋の新人の方が良かった。なんていう。


 私は手紙を書いた。宛先はレイモンド王太子の妹の王女アリア様。婚約を破棄される前は、よく一緒にお茶をご一緒させてもらった。


 アリアは演劇好きで、新しい出会いを求めてお忍びで色々な舞台を渡り鳥していると。そんな話を思い出した。


 さすがに新人ばかりの舞台小屋はチェックしてないわよね。


 匿名でオススメの内容をまとめて、アリアに手紙を飛ばした。


 自分で観てないのに無責任かもしれないけれど、観劇が趣味なルリハたちの臨場感たっぷりな語りが面白かったから、きっと実物はもっと面白いに違いない。


 数日後――


 アリアは新人劇団を大いに気に入って、大々的に宣伝し国立劇場に立たせてしまった。


 ダイヤの原石を発掘したとして、アリアの評判はうなぎ登り。新人劇団員も一気にスターの階段を駆け上がり始めた。


 よかったわね。幸運の青い小鳥たちに感謝なさい。


 それから王都の夜を騒がせる大規模窃盗団のアジトを、ルリハの調査チームが昼夜交替のシフトを組んで捜索し、ついに曝いてしまった。


 私は詳細を記した手紙を王国騎士団長ギルバートに匿名で送る。


 治安維持の部隊が酒場の地下にあるアジトになだれ込み、窃盗団は青天の霹靂だ。


 聖教会で行われた不正と腐敗もルリハたちはただした。

 一部の司教たちが貴族に寄付ではない個人献金を受けていて、教会が賄賂貴族に色々と便宜を図っていたみたい。


 教皇庁へお手紙させてもらったところ、腐敗司教たちは破門追放。教皇猊下が緊急集会を行った。その際、どうも私の出した手紙が取り上げられたみたい。


 差出人のないそれは「神の導き」として、聖遺物認定されちゃった。


 この一件がきっかけで――


 王都の悪人たちは眠れない夜を過ごし、人知れずがんばっている人々には思いがけない幸運が訪れるようになる。


 軒並み手紙を受け取った人の社会的評価と信用はアップ。神の手紙とまで言われてしまったものだから、受け取ったことを公言する者も出始めた。


 そういう人には二度目は送らないようにしないと。貴方の売名のためじゃなく、困ってる人を助けてほしいだけなのだから。


 その点、グラハム大臣も騎士団長ギルバートも、送った手紙の諸問題を黙々と解決していってくれた。


 もう送ったその日に対処するくらい、信用された模様。


 逆に、王女アリアは手紙を受け取ったことを公言した。自分が劇団を見つけたのではないとも。

 また、良い劇団の話が舞い込んできたら、教えてあげよう。あの方は演劇を愛しているのだもの。自分の功績にしてしまってもいいのに。

 ちゃんと新人劇団の後見人をしているのだし。


 ええと、うんとね。


 王宮に飛んだルリハたちが、それはもうこれでもかというくらいのゴシップを持ち帰ってきた。

 誰が誰と浮気をしているとか、不倫の証拠とか。


 挙がる名前は、私が人生最後の夜会で王太子レイモンドから婚約破棄と追放をされた時に、手のひらを返したお歴々のものばかり。


 私は手紙を十二通書いて、一斉に送った。それぞれの恋人や伴侶に向けて。


 しばらくすると――


「大変でちゅ大変でちゅ! 王宮の貴族たちが夜会で殴り合いの大乱闘でちゅわ! もうめちゃくちゃで婚約破棄とか離婚とかやりまくりのでまくりでちゅわ!」


 その日の夜、催された夜会を見物に行ったルリハが大騒ぎ。

 人の婚約破棄と追放を笑っていいのは、笑われる覚悟がある人だけよね。


 王宮は無茶苦茶になった。大混乱だ。困らせるつもりはなかったけど、胸がスカッとした。


 そしてついには――


 この混乱に乗じて、ある人物が動き出したとルリハ諜報部のチームから報告が上がった。


 正体不明の占術師シェオルが、夜半に王城を抜け出して王都の裏通りで得体の知れない連中と密会しているのを目撃したそうな。


 どうやら東方の異国の間者らしく、使っている言葉が違った。

 ルリハの何羽かが東方に飛んだ。三日で言葉を覚えて戻ってきた。


 この子たち、もしかして……やばい? 今頃気づく私も私だと思う。


 ルリハたちが調べを進めたところ――


 どうやら、占術師シェオルが国王陛下暗殺を三度未遂で止めたのは自作自演だったみたい。


 国王陛下の信頼を勝ち取り、王宮内で数々の予言じみた占いをして地位を固めたシェオル。

 だけど、裏で暗躍する異国の者たちによるものだ。


 彼らの真の目的は……王太子レイモンドだった。すでに婚約していた彼から私を引き剥がし、闇に蠢く者たちの息が掛かった別の貴族の娘を新たな婚約者にしようとしていた。


 だから私を排斥しておく必要があったのね。


 そうやって最終的に国を乗っ取る算段だ。


 だけどレイモンドはかたくなに、新しい恋人候補になびかなかった。


 業を煮やした占術師シェオルは、二人を結ばせるため最後は恋占いをして、国王陛下に「今すぐお二人婚約させねば国が滅びます」と、圧力をかける。


 急ぎだしたのは多分、神の手紙を黒幕たちが恐れたから。


 レイモンド王太子の新たな婚約が成立した暁には――


 国王陛下を今度こそ本当に暗殺し、王権をレイモンドに継がせる。あとは骨抜きにするという寸法みたい。


 背筋が凍る陰謀を、首謀者以外で知るのは王国の中で私たちだけだった。


 レイモンド……。

 貴男のためじゃないのよ。アリア王女や騎士団長ギルバートにグラハム大臣みたいな、ちゃんとした人たちのためなんだから。


 この国を悪い奴らから守って。貴男のお父様の……陛下の目を覚まさせて。


 だから……手紙……書くわね。



 王宮では神の手紙で大きな騒動があったばかり。


 みんなが手紙に戦々恐々とする中――


 私の書いた告発文は、ちゃんとレイモンドの元に届けられた。


 彼は「そんなわけない!」って、驚いてたみたいだけど、王太子を説得した面子が揃いすぎていた。


 王女に騎士団長に大臣に教皇猊下。それと、密告文を受け取った不倫被害者の貴族の面々。


 手紙の真実性を一同に訴えられた王太子。全員分の手紙を見せられて、筆跡が全部一致しているのも彼自身が確認した。


 レイモンド宛の手紙だけが偽物ということは無い。手紙は同一人物から送られたもの。配送方法は不明。女性の文字と文体なので、教皇猊下は「匿名の聖女」と、レイモンドを説得するために、私のことを聖人認定までしてしまった。


 名乗り出るつもりなんて、ないけど。


 王太子はやっと目を覚ましたみたい。


 国王陛下暗殺の日時と方法も、優秀なルリハ諜報部がガッチリ掴んでいたので、手紙にしたためてある。


 計画を逆手に取った王太子は、陛下をお守りした。賊は全員、伏せられた騎士団に捕縛された。

 異国と共謀した悪徳貴族も排斥。国王のお気に入りだった占術師シェオルは即日逮捕。


 騎士団長ギルバートが証拠を固め、裁判ののち、インチキ占い師は処刑された。


 なんのことはない、シェオルはただの詐欺師の男で、東方の異国に金で雇われただけのつまらない男だった。


 王都での大捕物は十日間ほど続き、毎日新しい事実が明るみに出て、私は毎晩ルリハたちの報告を聞いて眠った。


 特に騎士団長ギルバートと異国の間者との一騎打ちなんて、聞き応えが抜群だ。

 国王陛下が息子に命を救われて、すべてを悟った時の「今まで済まなかった」という言葉と「謝るのでしたら僕ではなく、追放してしまったキッテに謝りましょう父上」なんてやりとりがあったみたい。


 遅いわよ。まったく……。


 そして、明くる日の朝――


 森の奥の屋敷に白馬がやってきた。

 王位を譲られ国王の座に就いたレイモンドを乗せて。どうも陛下にレイモンドが退位を迫ったみたい。


 本当に私のことを愛していた。けど、婚約破棄をして追放しなければいけなかった。

 それをずっと悔やんでいた。

 妹のアリアに打ち明けたみたいね。まさかルリハ観劇大好きペアに、聞かれているとも知らないで。


 レイモンドは異国と共謀した悪徳貴族の娘との縁談を拒み続けた。


 もしかして、本当に心から私を……愛してくれていたのかしら。


 彼が今日、私の元にやって来るのは分かっていた。


 だってルリハたちったら、殿下……じゃない、レイモンド陛下が王城で支度をしているところから、逐一伝令してくるのだもの。


 私は身綺麗にして、ちゃんとお化粧もしてドレスを身に纏って屋敷の中庭に降りた。


 荒れ果てていたお庭も、自分同様、綺麗に整えてある。


 会って、何を話すつもりなのか。自分でもまだ、よく分からない。


 レイモンドは馬から降りるなり、頭を下げた。


「本当に済まなかった」

おもてを上げてください陛下」

「ああ、そうか。やはり君なんだねあの手紙は」


 ゆっくり青年は顔を上げる。


「手紙? なんのことですか?」

「僕が父上から王位を継いだことは、まだこの屋敷の関係者には教えていないんだ。なのに君は陛下と口にした」

「今のご立派な姿に王様の風格を感じて、つい間違えてしまいました」

「アリアが演劇好きなのは、君も知っているよね。妹にお勧めの新人劇団を紹介してくれたね?」

「さあ、私は演劇には疎いですから」

「大臣と騎士団長にも話は聞いた。君はこの国をよくしてくれたと」

「お二人とも国の宝です。大切になさってください」

「教皇庁は匿名の聖女として、君を聖人認定したよ」

「私がその聖女という証拠はありません」

「手紙は……君の文字だった。婚約の時に君からもらった挨拶の手紙の文字と一緒だ。文章の書き方も。僕の元に手紙が届いた時に、全部理解した」

「そう……ですか」

「婚約破棄に追放までしたのに、君はこの国を救ってくれたんだ」


 青年は拳を握り込む。


「今更、戻ってきて欲しいなんておこがましい。君が今のままの暮らしを望むなら、今度こそ……生涯をかけて守ると誓うよ。だけど……もう一度、やり直せないかキッテ?」

「私がもし本当に匿名の聖女だとしたら、利用価値がありますものね」

「ちが……ああ、そうだね。君がそう思うのは当然だ。すべて僕が悪いのだから。何か不思議な力があるのかもしれない。けど、言わなくていい。もう使わなくてもいいんだ。お願いだキッテ……君が好きだ。愛している。どうか戻ってくれないか?」


 レイモンドも前国王に命じられていたから、仕方なかったのだと私だって理解してる。

 私がレイモンドとの婚姻を、家族の決めたものだと諦めていたのも事実。


 もしかしたら、この人なら今度こそやり直せるかもしれない。ルリハたちが……レイモンドの肩にとまった。


「あっ……ええと、困ったな。人なつっこい小鳥だね。ええと、今、とても大事な話を彼女としているのに」


 レイモンドは固まってしまった。

 もし、彼が心の冷たい人間なら、ルリハを手で振り払っていてもおかしくない。


 少しだけ、見直してあげる。


「考えさせてください」

「そ、そうだねキッテ。すぐには決められないのに、朝から押しかけてすまなかった。ええと……君の導き出した結論を尊重する。この屋敷は自由に使ってくれて構わないし、もちろん外にも自由に出入りして欲しい。それじゃあ、また来るよ」


 青年の肩からルリハたちが飛び立った。ホッと安堵の表情を浮かべると、レイモンドは馬に乗ってとぼとぼと帰っていった。



 その日の午後三時のおやつ時間は、マドレーヌだ。

 老執事にはたくさん焼いてもらった。


 初めてルリハたちがやってきた日のように、部屋が青一色に染まる。


 最初の子が私の肩に乗る。


「おめでとうキッテ様! もう悲しくなくなったね!」


「「「「「おめでとー! キッテ様ー!!」」」」」


 一斉に、盛大にお祝いされちゃった。


「まだ王都に戻るって決めてないのに……みんなして……」


 過激派なルリハたちが少し寂しそうだ。


「やっぱ帰っちゃうのかなぁ」

「お前やめろってしょんぼりすんの! 祝いの席だぞ?」

「けどさぁ……もうこうやって、キッテ様とお茶したりお喋りできないべさ」

「んだなぁ王妃様だもんな。公務で忙しくなっちまうっぺ」


 急に不安が広がって、祝賀会がお通夜ムードだ。


「みんなが望むなら、わたし、ずっとここにいます」


 私の肩から最初の子がぴょんと飛び降りて、テーブルの天板に着地した。


「せっかく名誉を回復したのに!? 良くないよキッテ様!」


 他の子たちも悲しそうにしながらも、うんうんと首を縦に振る。


 最初の子がくりっとした瞳で私を見上げた。


「みんなキッテ様には自由になって欲しいんだ。鳥かごはもう卒業さ」

「でも……みんなのおかげなのに、出て行くなんて……」


 お調子者のルリハが両翼を万歳させる。


「ま、今日は大勝利つーことでぱーっとやりやしょうや! 各チームよくがんばったんで一羽ずつキッテ様に撫でてもらおうぜ!」


「「「「「いーねー!!」」」」」


 というわけで、私は一羽一羽を撫でる作業をすることになった。

 今夜中に終わるかしら。みんなかわいいからいいのだけど。



 翌朝――


 目覚めると森が静かだった。小鳥の声が聞こえない。


 シンと静まりかえっていた。


 窓は開け放たれたままだけど、この時間なら誰か飛んできててもおかしくないのに。


 結局……その日一日、待てど暮らせどルリハは一羽もやってこなかった。


 翌日はバスケットにランチボックスと飲み物を用意して、私は森の中を歩いた。


 湖畔にたどり着くと敷物を広げて、一人ぼんやりサンドイッチを食べる。


 誰かつられてやってこないかしら?


 夕暮れになったので、私は帰ることにした。


 いつも三時のおやつはどっさり用意した。


 誰もこないから余らせてしまって、焼いてくれた老執事に申し訳ない気持ちになった。


 もしかして――


 ルリハは全部、私が見ていた夢か幻だったのかしら。


 明くる日の朝、いつものように窓を開けっぱなしにしていたのだけれど――


 テーブルの上に赤いサンザシの実が一粒、置かれていた。


「誰か来てたんだ」


 もういらないと言ったのにね。赤い実を見ているだけで口が酸っぱくなる。


 これって、もしかして別れの挨拶なのかな。


 あの子たちは越冬する渡りとかしない、この森の固有種だって言っていたけど。


 みんな一斉に居なくなってしまった。


 サンザシの実を見て、思い出す。


 ここに来てからしばらく、空いた時間に費やした読書の記憶が甦る。


 サンザシの花言葉の一つに「希望」があった。それが今、実ったということなのかもしれない。


「そっか……私も……帰る場所があるのね」


 赤い実を頬張る。酸っぱくて……涙が出た。



 私は王都に戻った。両親は大歓迎だ。だって、王妃様なのだものね。生んでくれた二人にこう言いたくはないけど、やっぱりちょっと都合が良すぎると思う。


 レイモンドは膝を折って礼をして迎えてくれた。


 この人はルリハたちにも優しかったし、きっと良い王様になってくれる。


 私も……支えてあげないと。


 玉座の間に迎えられ、彼に「ありがとう。戻ってきてくれて」と言われた。


 いきなり彼にぎゅっと抱きしめられて、心臓が口から飛び出すかと思った。けど、ようやく彼を許して、その愛を迎えられるようになれた。


 王女アリアにグラハム大臣。騎士団長ギルバートも手を叩いて祝福してくれた。


 教皇猊下から婚姻の儀の予定を聞かされた。


 すべてを受け入れよう。あの子たちが望んでくれたのだもの。



 大聖堂で婚姻の儀が執り行われて、私はレイモンドと夫婦になった。

 参列者は大賑わいだ。


 誓いの言葉と指輪の交換。そして彼と口づけを交わした。


 盛大な拍手とともに、バージンロードを歩いて大聖堂の外に出ると――


 青い空に――


 青い小鳥たちの群れがハートマークを描いて編隊飛行をしていた。


「み、みんな……来てくれたの!?」


 一羽が私とレイモンドの元に降りてくる。


 私の肩にとまってクチバシを開いた。


「おめでとうキッテ様! 僕らもこれからは森と王都と両方で暮らすことにしたんだ! だって僕らは自由だからね!」


 レイモンドは「ああ、君の友達かい?」と優しく微笑みかける。どうやらルリハの言葉が解るのは、私だけみたい。


「ええ、とっても綺麗な小鳥さんでしょ」

「名前はあるのかな?」

「ルリハって名付けたの。さあ、みんなの元にお行きなさい」


 肩にとまった最初の子が、ぴょんっと跳ねて空の青に溶けていった。


 祝福の鐘が鳴り響く。


 私は今、幸せだ。



 後にルリハは国鳥に認定され、その群生地の森は王国によって保護の対象となった。


 王妃キッテはその後も不思議な情報収集能力で、王レイモンドを助けて王国を繁栄に導くのだった。

聞き上手のキッテ様【連載版】

https://ncode.syosetu.com/n4964ji/


連載版をご用意いたしました。新録分は10話からとなります。こちらもお楽しみくださいませ~!

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど。マスクに焼き鳥にされた青い鳥たちは異世界転移してたのかw 詐欺師に転がされた元チョロ王は退位だけじゃなく痛い目にあってて欲しいですな。一国の王がちょっとチョロ過ぎんだろって…。
[一言] ルリハ達が個性的でとても可愛かったです。 ちゃんと情報の取捨選択ができて賢い子達ですね。 彼方此方に手紙を出すからキッテ様なのかな? お伽噺の様な素敵なお話ありがとうございました。
[良い点] 聞き上手という特性が上手く出ていました。 [一言] 小鳥の筋トレ! どんな事するんだろ?
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