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第2話 我らは神話になる

 王都を囲うようにして張り巡らせた城壁の上では、連合軍の兵士が襲い掛かる魔物の軍勢に対して弓や魔法と言った遠距離攻撃で応戦していた。



 城壁南部――第三師団。


 この最後の決戦には、ある老将も参戦していた。


 彫の深い顔に白いヒゲをはやした白髪の男、 王都の城壁南部を防衛している第三師団の師団長であるモルトケ中将である。


 彼の生まれは貴族ではなかった。だが、平民として一兵卒からここまで上り詰めた実力者であり、経験も知識も豊富であった。


 そんな実力者のモルトケだから、戦況が絶望的だということは十分に理解している。

 それでも逃げるわけにはいかない。彼の軍人としてのプライドがそれを許さなかった。


「報告します。現在、城壁の防衛には成功していますが、それも時間の問題かと。矢の消費量もそうですが、特に魔力消費が激しく、中には魔力欠乏症になっている者も出ているようです」


 現状、防衛はギリギリのところではあるが成功している。しかし、問題は魔導士の魔力損耗が激しいことである。


 基本的に城壁からの防衛は弓での遠距離攻撃だが、相手が魔物だと中には弓が効かないヤツもいる。


 そんな魔物に対抗する手段は魔法くらいしかない。


 しかし、相手が魔王軍ともなると弓で倒せない強力な魔物もかなりの数がいる。


 しかもそれ以外に、数万もの魔物どもが一挙に攻めてくる為、定期的に範囲魔法も使わなくては攻撃を防ぎきれない。


 すると必然的に魔導士たちの魔力損耗も激しくなってしまうのだ。


「くそッ、魔王軍め。ワシはいったいどうすればいいと言うんだ」


 しゃがれた低い声が、師団司令部のテントに響き渡る。


 モルトケは過去、ここまでの(いきどお)りを覚えたことはなかった。


「モルトケ中将、ここは司令本部に魔導士の増援を要請して……」

「そんなことが出来るかッ!我々の戦力は今戦っている兵士でほとんどだ。ましてや魔導士の予備戦力なんてあるわけないだろ」


 増援は期待できない、だが刻一刻と戦況は悪い方向へ傾いている。いつ城壁を突破されるかもわからない状況だ。


 それでも魔王軍の攻撃は一向に留まる気配すらない。


 倒しても倒しても、まるで無限に湧いて出るかのように、次から次へと魔物の大群が押し寄せてくる。


「モルトケ中将、守っているばかりではこの戦況を覆すことはかないません。私がわずかばかりの手勢を率いて打って出ましょう。必ずや敵将を打ち取ってごらんに入れます」


 そうモルトケに進言したのはフランツ少佐であった。


「フランツ少佐、君は死ぬ気か?」


 あまりにも無謀に思える進言に拳を震わせながらも、淡々とした声でモルトケは問う。


「ご安心ください。死んででも私がこの戦局を覆して見せます」


 若きフランツ少佐は、どこか得意げにそんなことを言ってみたが、彼に返ってきた言葉は、彼の勇敢さを称えるものではなく、モルトケ中将の怒号であった。


「バカ野郎!」


 たったそれだけの言葉しか発してはいない。


 しかし、その場にいた全員がモルトケ中将の気迫に圧倒された。


 そして自分達の目の前に立っている老将は、紛れもない――最底辺から経験と実力だけで死線を潜り抜けてきた真の軍人なのだと理解させた。


「若いもんが自ら死地に行っていったいどうする」

「しかしそれでは戦況は覆りません!」


 その言葉を聞いて、モルトケ中将はそのシワの多い顔に不敵な笑みを浮かべる。


「そうだ。だからその役割、このワシが引き受けた」


 師団長が自ら打って出るなんてありえない。

 しばらくの間、場は凍ったように静寂に包まれた。


「何を言ってるんですか!」


 段々と冷静さを取り戻してきた者たちが、その静寂を破るように次々と反対の声が上げる。

 しかし、モルトケは拳を机にたたきつけ、場を静める。


「君たち、ワシがそんなに信用ならんかね。だったら余計にワシが行くしかないのぉ」


 モルトケの体に残る無数の古傷のせいか、彼ならこの戦況を覆すことが出来るかもしれない。

 その場にいた者たちは皆、どこかそう感じた。


 しかし、当のモルトケはそうは思っていなかった。

 だが、それでもモルトケの石は変わらなかったのだ。


「フランツ中将、ワシは三十の手勢を率いて打って出る。あとのことは頼んだ」


 モルトケはそれだけ告げると、彼らに背を向けテントを後にした。

 しかし、老将の最後の決意を止めようとするものは、もはや誰もいなかった。


 ◆ □ ◆ □ ◆


 地獄のような戦場の音が響き渡る中、ゆっくりと王都の南門が開く。


 そこから、馬が地を駆ける足音が意気揚々と響いたのと同時に、三十ばかりの老兵達を率いた老将は、王都から打って出た。


「我らモルトケ軍団は今日、この国の英雄――そして神話となるのだ」


 たったそれだけ。しかし三十人の老兵は皆、老将の言葉に深く頷く。


 その後ろ姿はまさに、真の英雄である。

 彼らを見ていた者なら誰もがそう思ったことであろう。


「逝くぞ!」


 こだまするほどの大きな叫び声が、戦場の隅々まで響き渡る。


 それと共に、彼らは襲い掛かる魔物の大群へと、一直線に突っ込んでいった。


 そのすぐ近くで、何者かが城壁を飛び越えたことに気づかずに……。


その者もやはり、英雄たちと共に魔物の大群の中へと消えていった。

クズ勇者と老将モルトケは戦場で共戦!?次回「英雄とクズ勇者」お楽しみに!

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