9 お姫さまにはなれない (メサージェ)
テッドは、なんとたんかで医務室に運ばれて行った。うなり声をあげながら。
どうして? UGが悪いんじゃないのに。
あの笑い方って何? なんであんな笑い方するの? 何を諦めてるの? 世の中ってそんなもんなの? それをUGは分かっててあたしが分かってないっての?
肩を叩かれてヒヤリとした。ウォルターだった。
へらへら笑ってる。
「あっぶなぁ。見つかるとこだったよ、これ」
何かと思ったらカタナのことだ。
「UGってYAMADAの社長の息子? 嫌われてんのねぇ。カタナ持って来たのもUGだってことに出来るかな」
「・・・・・」
あたしはウォルターの顔を見つめてしまった。
「なぁによ。どうせUGは退学になるんじゃん。だったらいいっしょお、一つ二つ罪が増えても。お前も口裏あわせろよね、な?」
あたしの頭が真っ白になっている間に、アリスンが言った。
「ウォルター、あんたさっきUGのこと友達だって言ってなかった?」
「友達だからさぁ、俺のこと守ってくれてもいいじゃん」
「って言うかさ、自業自得なんだよ」
ライオットが言った。
「ほっときゃテッドが勝手に恥かいてケガするだけなのによ。なんで止めに行くかねぇ。ああいうさ、僕は正義の味方ですー、僕を嫌ってる奴でも助けますーってのを見るとさ、胸悪くならねぇ? ああいう自分に酔った奴はさ、カタナのことも隠すよ。僕が持ってきました〜なんて言って気持ち良くなるんじゃねえの」
ウォルターは、だったらいがな、と言って肩をすくめた。なんだか涙があふれそうになって、空を見上げた。
あたしはこういう連中の仲間なんだ。
UGは、違う。あたしとUGは、すごくすごくすごく違ったんだ。
「なんだよ、泣いてんの?」
ウォルターがあたしの肩に手を置いた。心配そうな目であたしの顔をのぞく。本気で、あたしが情けなく思ってるの分からないんだ。
「アリスン、こいつを授業に連れてってやってくれよ。こいつ俺と違って頭いんだからさ。ちゃんと勉強しないと、ね」
「OK」
アリスンが肩を抱いてくれた。
頭の上をミスター・スミスの声が通り過ぎてゆく。アメリカ史?
アメリカなんか滅亡しちまえ。
UGはたぶん校長先生のオフィスに連れて行かれたはず。
ちゃんと説明できてるかな。
UGの英語ってかなり特殊だから、あたし以外の人が理解するの難しいかも。ううん、だいたい本当のことを言うだろうか。言うだろうか。言うよねいくらなんでも。言わないかも。
あたしはそっとオフィスの方を見やった。アメリカ史の教室は中庭をはさんでオフィスのまん前。様子がすぐわかる。
玄関に大きな白い車が横付けされた。男の人と女の人がおりてきた。日本人だ。UGのパパとママ? 呼びだされたってこと? テッドの親は呼ばれてないのに? どういうことよこれ!
腕時計を見てもまだ授業の終わりまで十五分もある。
そう考えて、あたしはシャツの胸のあたりを握りしめた。
あと十五分たったらどうしようっての? オフィスに乗り込む? まさか。あたしの言うことを聞いてもらえるくらいなら授業に出ないで最初からあっちに行ってる。乗り込んでどうすんの。何て言う? テッドが悪いんですって? そんなことしたらテッドの仲間たちから、あたしずっと恨まれるよね。この学校の生徒って、ほとんど家族がYAMADAに勤めてるのに。あたしのパパだってそうだったし。それに、ウォルタ−は? 本当のこと言おうと思ったら、ウォルタ−がカタナ持ってきたことまで言わなきゃいけないじゃん。言えるわけないよ。
言えるわけない?
あたしは顔をあげた。気がつくとシャツが手の形にしわがよってる。
きっとUGも言わない。
ウォルターを守るから、とか、友情だから、とか、そういうことじゃなくて、あの妙な遠慮・・・あたしには分からない日本人の遠慮の気配、そのためにUGは言わない。自分がやったことだけ言って、他人がやったことは言わないだろう。
人をかばうとか、そういうことじゃなくて。
それがUGの生き方のような気がする。
そしてきっとあきらめてる。それで自分がトラブルの中に落ちてもしょうがないんだって。世の中は善人のためにできてはいないって。
ザワザワとあたりがざわめき始めた。
あ? 授業終わった? でも、まだ十分ある。
隣のアリスンが話しかけてきた。
「レポ−ト発表のグル−プ今日のうちに作れって。一緒にやるでしょ」
「あ、うん」
「それとミスタ−・サムライも」
アリスンはウィンクした。
一緒にレポート作り・・・。できるだろうか。
「ねぇ、サムライに守られた気分はどう? お姫様」
「え?」
「あのぬ〜ぼ〜として何考えてるかわからないUGがさ。あんたが蹴られたとたんに顔色変わったじゃない。腹がたつほど無抵抗主義だったのがいきなりテッドをぶん投げてさ。いいなー、あこがれるなー、あたしもそんなサムライ欲しい」
ああ・・・・・・。
あたしは立ち上がっていた。
「メサージェ?」
そのままドアを開けて、オフィスに向かって走った。
サムライに守られる価値なんてあたしには無い。あたしはお姫様じゃない。
あたしは汚れた人間だから、UGを守る。
あきらめるのが日本人の生き方なのかもしれない。
でも、あたしの生き方じゃない。
校長室の前では、クリ−ム色のジャケットを着た、若い、人のよさそうな日本人がポケットに手をつっこんでうろうろしていた。
さっきUGのパパとママを乗せた車を運転してた人だ。なんか・・・前にも見たことある気がするけど、このタレ目。まぁ、東洋人はみんな同じに見えるからなのかも、いいや、気にしない・・・、と決めたのに、向こうから話しかけてきた。
「校長室に用事? 校長先生は今お話中なんだ」
上手な英語だ。優しい話し方。
ああ、そうだ、思い出した。この人、以前YAMADAで会った。
「あたしはUGを助けに行くんです」
男の人は、驚いたようにあたしを見つめて、それから道をあけてくれた。
あたしはノックをしてドアを開けた。
中にいたミスター・ブラウン、ミズ・ホランド、UG、UGのパパ、ママが一斉にあたしの方を見た。UGは、困ったような目をした。
「メサージェ? 呼んだ覚えはないよ」
ミスター・ブラウンがやんわりと出て行けと言った。
出て行くもんか。
「その人たちはUGのパパとママでしょう?」
「メサージェ、失礼だよ。話があるならあとで聞こう。今は・・・」
「あたし! UGのパパに文句があるんです」
「あら!」
ミズ・ホランドがニマッと笑った。
「いいじゃありませんか。この子はUGのチューターなんですもの。いろいろ困らせられてることもあるんですよ。今回の件もすぐそばで見ていたんだし、証人ですわよ」
「しかし・・・」
ミスター・ブラウンはまだ迷ってるみたいだったけど、UGのパパ、AG・シマタニが覚悟を決めるように口をはさんだ。
「聞かせてください。息子のやったことは私の責任です。本当のことを全部知りたいのです」
よし、今だ。
あたしは、ミスター・ブラウンが何も言わないうちに、おもいっきり息を吸った。途中で止められてたまるもんか。
「UGのパパ! あなたってひどい人です! UGが暴力を振るったらすっごく怒るんでしょう。UGが暴力嫌いになったのはあなたのせいなんでしょ? おかげでUGは追い掛け回されても蹴られても全然やりかえせない情けない男になっちゃってるんですよ。
そんな男USじゃちっともかっこよくありません。
こないだだって、ダウンタウンであたしがさらわれそうになった時、あたしの手をつかんで街中走り回ってただ逃げたんです。逃げたんですよ。立ち向かいもせずに。だらしないでしょ!
本当は強いくせに、追いつめられてどうしようもなくなって、あたしを守らなきゃならなくなって、やっと、そこにあった軽いプラスチックの棒をふりまわしたんです。あたしを守るためじゃなかったら、絶対UGはやりかえさずに、ナイフで刺されて大ケガしてましたよ。相手は五人でナイフを出したんですからね!
今日だってそう! UGがおもちゃのカタナでほっそい木の枝を切って見せたら、テッドが真似しようとしたんですけど、UGが危ないからよせって止めたんです。そしたらテッドがUGを蹴ったんです。何度も何度も。でも、それでもUGは我慢して、テッドが危ないことしないように止めてあげてたんです。
テッドを投げ飛ばしたのは、テッドがあたしを蹴ったからです。ほら、このあご、すりむけてアザになってるでしょ。あたしを守ってくれたんです。UGは何も悪くないのに、どうしてUGを怒るんですか! そんなの間違ってます。正しい人間が責められて、嘘つきのずるい人間が許されるのって、悲しいです!」
一息で言い切った。
息が切れてちょっとげほげほむせた。
言えた。もうあとはどうなっても知るもんか。
UGを見るときょとんとしている。
分かってんの? 本当のことを言ってやったんだよ?
・・・早口で聞き取れなかったんだろうな。
AG・シマタニの方を見ると、わずかに微笑んでいた。日本人ってホント表情わからない。笑ってるのと怒ってるのと口の端0.001ミリの上げ下げ差しかないんじゃない。日本人が微笑んだと見抜くなんて私も日本人のプロになってきたものね。
AG・シマタニは静かに言った。
「ありがとうお嬢さん。私が間違っていたようだ」
「バカなことを!」
どなったのはミズ・ホランドだ。
「テッドはUGがカタナを振り回していたので危険だから注意したのよーっ! それなのにUGはジュードーを使ってテッドを投げとばして! テッドは大ケガをして病院に運ばれたんですよ! UGがカタナをふりまわしていたのは大勢が見てるんです。UGはそのカタナをどこから持ってきたかも言おうとしない。心がねじ曲がっています!」
やっぱり言わなかったんだ。
あたしは覚悟を決めた。もうこれしかない。
「そのカタナ持ってきたのあたしです」
UGがギョッとした。ミスタ−・ブラウンも。
「君が? まさか」
「だってあたしUGがカタナ使うとこ見たかったんです。もちろん本物じゃありませんけど」
「しかし、UG、本当かね? どうして君はそのことを私に・・・」
とミスター・ブラウンがUGに確かめようとするけれど確かめられてたまるもんか。
「UGはあたしをかばおうとしたのよね。ごめんなさいミスタ−・ブラウン。あたしが好奇心で変なことしちゃって。カタナはもう捨てました。二度と学校に持ってきたりしません。UGに小枝切ってなんておねだりしません」
「ミスタ−・ブラウン! この子の言うことを信じるおつもりですか! こんな子の言うことを! この子はウォルターの妹だし、母親はヒッピーですよ!」
UGとUGのママがよく似た目でミズ・ホランドをにらんだ。
ありがとうUG、ありがとうUGのママ。あたしは平気だから。慣れてるから。でもUGは本当にいい人なんです。
あたしは二歩でUGにかけよってUGのシャツをめくりあげようとした。UGが押さえようとするのを力づくでひっぱりあげる。
「これが証拠っ!」
UGの腹部は、テッドにおもいきり蹴り上げられた内出血で紫色になりかかっていた。ひざでやられたんだもん、普通の人なら死んでるかもしれなかったところ。
「テッドがやったって言うつもり!? 嘘つき!」
ミズ・ホランドが叫ぶ。
「どこかでケンカしてきたあとなんでしょ! 野蛮なんだから! テッドは骨が折れたかもしれない大ケガをして病院に運ばれたのよ!」
「まぁ落ち着いて」
ミスタ−・ブラウンは卓上の電話を取り上げた。
「ああ、保健室? ミセス・ミナハン?(養護の先生の名前)テッドを病院に連れてってくれたよね。どうだった? ふん? なに、そう、それはよかった。かすり傷一つなかったって。何よりだったね。ああ、どうもありがとう」
ミスタ−・ブラウンは受話器を置いた。
「さて? どう思うねミズ・ホランド?」
彼女は顔をこわばらせたが、黙ってはいなかった。
「投げ飛ばすなんて! ひどすぎます。この子にとっては暴力が日常なんです。カタナというものは人殺しの道具でしょう。それにあたし知ってるんです、この子は日本でもカタナで複数の人間に大ケガをさせてるじゃありませんか!」
あたしは反射的にUGを見た。UGがあたしを見たのと目があった。UGはすぐに目をそらした。あたしを見るのを怖がっている。
大けがをさせた? 日本で? UGが、まさか!
「大丈夫よUG、信じるわけないじゃない」
と言ったあたしの声をさえぎるようにAG・シマタニが言った。
「おっしゃる通りですよ、ミズ・ホランド」
UGがびくりとふるえたのがわかった。あたしもふるえた。たぶん。
「私の息子は未熟なくせに自分の力を過信していつもやりすぎてしまうのです。他人様にいつも迷惑をかけています。しかし、だからと言って、私はこの子に人を守れない程弱くなれと言うこともできません。
あなたがたの国の神様は、右の頬を打たれたら左の頬もさしだせと言われました。しかし、弱い者が石を投げつけられている時、それを見過ごせとはおっしゃらなかったはずです。真実は、これから調べられて、わかっていくと思います。このお嬢さんの言うことだけを信じるのもまた間違いです。どちらにも言い分があるでしょう。テッドという少年の話もよく聞いてください。
しかし、今は貴重な授業時間です。どうでしょう、ミスタ−・ブラウン。UGは私がよくしかっておきます。今日はこのまま勉強をつづけさせてくださいませんか」
「どうして!」
あたしは思わず叫んでいた。
「どうしてUGをしかるの!? そんなの許せない! テッドをここに連れてきてどっちが本当なのかとことん問いつめてよ。テッドに謝らせて。それからUGに、おまえは私たちの誇りだと言って抱きしめてよ! UGを愛してないの?!」
「メサ−ジェ!」
それなのに、大声を出して私をとめたのは、UGだった。
「黙れ」
あたしは立ちすくんだ。
黙れ? 黙れって言った?
なに? なんなの? あたしのしたことはよけいなことなの?
あたしはUGをひっぱたこうかと思った。だけどできなかった。
あたしはできるだけ急いで部屋からとびだした。
この作品、昔書いたものですが、完結させてなかったことに気づきました。やばい。