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6  ボディガード     (メサージェ)

 UGがサムライだってことは数日のうちに学校中に知られることになった。

 この私が人脈をフルに使って広めたんだから。

 これで少しでもUGが白い目で見られなくなるといいんだけど。


 そして金曜日の朝。

 単位のためのギリギリの出席日数しか学校に出てこないウォルターに、学校前の路上で呼び止められた。もちろんウォルターがかけよってきた、なんてわけではなくて、ウォルターのばかたれは黒いベンツの後部座席に座ったままあたしを呼びつけやがったんだ。

 この厚いのに相変わらずブラックジーンのジャンパーを着込んで、

目には黒い縁取りのメイクを入れている。伸ばした髪を黒く染めてるけど目が青いから全然似あってないよ。

 ベンツを運転してるのはウォルターの取り巻きの一人、ジェフリーだった。ウォルターはあまり大柄じゃなくって私より少し高いぐらい、そう、ちょうどUGぐらいだけど、取り巻き立ちはライアンに対抗してみんなでっかい。

 「よう、メサージェ。相変わらず真面目に学校行っちゃってんの。いやぁねぇ。がんばったってどうせ俺たちなんか教師は相手にしちゃくれないのよ」

「あんたが相手にされないのは自業自得! いい子にしてりゃどんな先生だって可愛がり可愛がりしてくれるわよ。あたしなんか結構Aくれる先生だっているんだから」

「いやぁん。Aだって、こわぁい。ボク苦手。それより話あるんだ。乗ってよ」

「もう・・・」

断れない。乗り込む。

「おまえさぁ、こないだライアンのとこの奴らにダウンタウンで何かされちゃったんだって?」

あ、そうだ、思い出した!

「それよ! 文句言ってやろうと思って待ってたのよ! あんたのせいでひどい目にあったんだから。あんた夏のうちに何かやらかしたんじゃないの。ライアンを怒らせるようなこと!」

「ん〜。ライアンを怒らせるのボクの仕事だし〜」

「ウォルタ−!」

「怒っちゃダメダメ。美人がだいなし♪ ちょっとね、元締めからビッツをよけいにまわしてもらっただけよ。連中がトロトロしてっからさぁ」

ビッツってのは最近ハイスクールで人気のドラッグのことだ。この町じゃウォルタ−とライアンの二人で売買を取りしきってるんだけど、問題はその卸屋が同じ人間だってことだよね。ウォルタ−とライアンのライバル意識をあおって競争させてる。そして量は一定しかおりてこないから、ウォルタ−がよけいに取ってしまうとその分ライアンにまわらないってことになる。

「もうっ! わかってんの? あんたがそうやって刺激するたんびに向こうのやることも過激になってくんだからね。騒ぎでもおこったら警察が出てきてあんたの人生おしまいだよっ!」

「上手くやるよ〜ん」

ウォルタ−はニヤッと笑った。

「捕まるのはライアンだけで十分」

「ばあか。ライアンが捕まったらあんたのこともしゃべるに決まってるでしょ。あんたたちは結局同じ穴のむじななの」

「わかったわかった。ううるさいねぇおまえって。そんな話したいんじゃねぇのよ。その襲われたとき、おまえ日本人に助けられたんだって? 誰よそいつ」

ははぁん、UGのことが聞きたかったのか。

「UG・シマタニっていってね。サムライよ」

「ナイフ持ってたサミ−たち五人を倒したってのは本当?」

「そりゃあもう! 細い竿がムチみたいにしなってね、ダニエルなんか顔中血だらけ。ホントすごかったんだから。五人かたづけるのに三十秒かからなかったね、あれは」

ウォルタ−の目がキラリと光ったので、私はハッと我に帰った。ヤバイ。ウォルタ−がこんな目付きをした時は・・・。

「そいつ俺のにしてぇなぁ」

「絶対だめ!」

思わず叫んでいた。

「なぁんでよ」

「UGはあんたの取り巻きになるような人じゃないの! なんてったってサムライなんだから」

「サムライってのは領主につかえるんだろ? ボクにつかえさせるんだよ」

「彼はロ−ニンなの!」

「おまえさぁ、何ムキになってんの?」

UGをあんたの仲間になんかできるもんかっての! 

 が、ウォルタ−は、あたしの気を変えさえる画期的な台詞を口にした。

「のんびりしてるとさぁ、ライアンに取られちゃうじゃない? 奴はナイフフェチだから、カタナ使うサムライなんてのはよだれたらして欲しがるだろうよ」

あう。

「どうせどっちかの仲間にさせられるんなら、こっちの仲間にしたほうがいいだろ?」

うう。

「こっちの仲間にしておいたらライアンだって手が出せないじゃーん。それともライアンの取り巻きにしたいわけ?」

「・・・わかったわよ」

「そういうもの分かりのいいところが好きよ♪ じゃ、放課後ここで待ってるからそいつ連れてきてねぇ♪」

「あ、私がっ?」

「とうぜんでしょ−。チュ−タ−のおまえの言うことなら断らないんじゃん」

「・・・・・」

間違いなく断らないだろう。最悪なことに。

「だけどさぁ、ボクとおまえの血がつながってないことは早めに言っておいたがいいんじゃ〜ん」

「なんでよ」

「変に期待抱かせるとまずいしぃ」

「また馬鹿馬鹿しいこと! あ、そうだ。早めに言っとくで思い出したけど、UGに絶対言ったらいけないことあるから」

「なによ」

「私たちがビッツ売ってるってこと。UGってドラッグ嫌いみたいで。バレたら絶対に仲間になんかできないよ」

「なぁるほど。さすがメサ−ジェ、悪知恵まわるわ。それじゃ放課後、待ってるねぇ」


 昼休み、UGを捜し回ったのに、いない。走り回って熱くてたまらないから涼しい図書室にとびこんだら、いたいた、こんなところに。

「なぁにUG。昼休みまで勉強?」

「あ・・・」

UGは[英語の基礎]と書いてある参考書を閉じた。

「勉強しようと思っているのではないが、このところ、人にやたらとカタナについて聞かれて困っているのだ。話をそらす話術を身につけたい」

あ〜、サムライだと思ったらたどたどしい話し方が逆に渋く聞こえるから不思議よね。

「そらすことないじゃん。教えてやったらいいのに」

「よけいなトラブルのもとだ。いったい誰が話をひろめたのだか」

UGがわずかに顔をしかめたので、そういえば口どめされていたのを思い出した。

「ほんとねぇ。でもあの時見てた人いっぱいいたし、派手な立ち回りだったから噂が広がらない方がおかしいよ」

「そうだな。困ったよ」

困ること無いのに。

 自慢しないところが奥ゆかしいなぁ。さすがサムライ。

「それよりね、あたしの兄さんのウォルタ−、こないだ話したでしょ。ウォルタ−がUGに会いたいんだって。悪いけど放課後ちょっと話してやってくれない?」

「兄さんが? なぜ俺に会いたいんだろうな」

「あたしが助けてもらったから挨拶しとこうってのよ」

「・・・だったら、気にすることはありません、と言っておいてくれないか。会うのはやめておきたい」

「どうして!」

「恥ずかしいじゃないか」

「・・・・・」

 やばい。きゅんとしちゃった。日本の男ってどうしてこうストイックなの。

「いいから! もう連れていくって約束しちゃったんだもん。行ってくれないとあたしが困るのよ。ね、いいでしょ。心配しないで」

「君も行くのか」

「あたりまえよ」

「そうか。なら行こう」

「えっ・・・」

ストイックかと思ったら、意外。そういうこと言っちゃうんだ。でもあたしはそう簡単に落ちないからね。恩は感じてるけど。それはそれ、これはこれ。

「あたしが行くなら行くってどういう意味?」

「君はゆっくり話してくれるからいいが、ほかの人の言葉はちょっと聞きにくいんだ。君が来てくれるなら会話に困らないだろう」

「・・・・・」

あ、そういうことですか。

 

さて放課後。UGを連れて校門を出ると、ベンツの前にガ−ドマン然としてジェフリ−が立っていて、UGを見てふきだした。

「おいおいこいつかよ! こんなお子ちゃまにサミ−たちがやられたってぇの? 悪い冗談だぜ」

ジェフリ−の顔つきから自分が馬鹿にされてるのがわかるだろうに、UGはまったく表情を変えずにすましている。

 かわりにあたしが言い返した。

「あたしがこの目で見てたのよ。ジェフリ−。あなたあたしのこと信じないってぇの?」

「そ、そうじゃねぇがよ。しかしこいつカタナなけりゃ何の役にもたたないんじゃねぇの。見ろよこの細い腕」

あたしはジェフリ−を無視してUGをベンツの中に押し込んだ。

 ベンツの中でふんぞりかえっていたウォルタ−は、UGをジロリとねめまわして、

「おまえがUGかぁ」

露骨にがっかりした顔をした。もっとサムライ臭い、でっかく無骨な男を想像してたらしい。

「ふうん。おまえさ、『ボディガ−ド』って映画知ってるよね」

UGはこくこくとうなづいた。

「ケビン・コスナ−出てた」

「違う。ミッフ−ネが出てる奴だ」

UGは変な顔をした。

「ミッフ−ネって誰だ?」

「はぁっ!? おまえ日本人のサムライのくせにミッフ−ネを知らんの!? ものすごく強いサムライじゃーん。有名じゃーん!」

 UGはポカンとしている。

信じられない。UGはサムライのくせにクロサワの『ボディガ−ド』を見てないんだろうか。でもあれ映画だし。本物のサムライは見ないものなのかもしれない。

「あ〜ん、まぁいっかぁ。おまえをボクのボディガ−ドにしてあげることにしたよ」

 うっ・・・!

 あたしは声をあげそうになった。ウォルタ−のあほ−っ! そんな誘いかたがあるかぁ−っ!

 UGは相変わらずポカンとしている。よかった。言葉がよくわからなかったのかな。

 あたしはあわててフォロ−した。

「ユ、UG。あのさ、ほら、こないだ話したライアン。あいつすっごく悪い奴でね、自分じゃたいした力もないくせにお金で仲間を集めてほかの生徒をおどかしていばってるの。最低な奴だと思わない?」

ウォルタ−が嫌な顔をした。ウォルターへの皮肉になってるってわかったらしい。えらいえらい。

「それにそのお金がどこから出てると思う? ドラッグ! 生徒の間にドラッグ売りさばいてお金もうけしてるのよ」

UGの顔に嫌悪の色が走った。一見無表情に見えるけど、一週間も見てる間にだいたいの感情は読み取れるようになった。えらいあたし。チューターの鏡。

「そんな奴許しておける? ね、UG、あたしたちに手を貸してよ。一緒にライアンをやっつけよう」

「だめだ・・・」

UGはうなった。

「俺は、暴力は嫌いだ」

ウォルタ−が肩をすくめた。

「なぁによこいつ。サムライだなんて言って、腰抜けじゃないの」

運転席に座ったジェフリ−までがげたげたと笑っている。

 ムカッときた。

「UG! 何言ってるのよ! それだけの腕を持ちながら正義の為に使えないなんて! 憶病もの! 卑怯もの!」

UGは困った顔をした。単語が難しくてわからなかったらしい。ええいっ、もう、情けない! あんなにかっこよかったのはなんだったの! 逃げるって単語はあんたの辞書には無いんじゃないの?

 あたしはUGのほっぺたをおもいっきりひっぱたいた。パチイッ! といい音がした。

 あっ!

 血の気がひいた。まずい。あたしどうしちゃったの。人を叩いたことなんか無いのに。

もう遅い。UGが怒る。怒って、あたしを、殴る。

  ────── 殴らなかった。

 UGはわずかに首をかしげただけで、黙ってじっとこっちを見ているだけなのだ。

 あたしは、だんだんと顔が熱くなってくるのがわかった。

 ああ、軽蔑された。

 自分の思い通りにならなかったからってひっぱたくなんて。

 あたしって、ひどい。嘘ばっかり。正義のために戦え、だなんて言って。あげくに殴って。

「出てってよ」

あたしは言った。これ以上UGの目にさらされていたくなかった。

「出てって!」

UGはもっと困ったような顔をしたが、あたしをまたいで、車のドアを開けて、出ていった。あたしが出口をふさいでたんだな。

 くくくっ、とウォルタ−の笑う声がした。

「サイコ−! いいもん見せてもらっちゃった♪ あんなムキになったメサ−ジェ見たの初めてだなぁ。どう? ふってばかりのメサ−ジェが初めてふられた感想は?」

「あたし、口説いてなんかいないわ!」

「口説いてた口説いてた♪ だけどドラッグ売りの悪党を倒そうってのはないんじゃないの? ホントのことバレたら大変よ」

「そうなんだけど・・・」

UGをライアンに取られたくないから・・・。

「俺さぁ、UG気にいっちゃったな。ひっぱたかれてもたたきかえさないところに男の渋さを感じたね」

「腰抜けなんだよ」

ジェフリ−が言った。

「カタナがなけりゃ何もできねぇってこと」

とたんに、ウォルタ−の顔つきがかわった。死神のような酷薄な顔に。そしてジェフリ−の運転席を後ろからドカッと蹴った。

「誰がおまえの意見なんか聞いたよ」

「・・・・おっと」

「おっとじゃねぇっ! すみませんでしたと言え」

「・・・すみませんでした」

「くそったれが。てめぇの立場を考えろ」

そしてまたころっと笑顔にかわる。

「メサ−ジェちゃん。俺さぁあいつやっぱ手に入れたいわぁ。なんとかしてくんない?」

「だって、UGあたしのこと怒ってるもの」

「かえって都合いいだろ。仲直りのおわびの印だって言って、家ん中にひきずりこんでたぶらかせよ」

「無理よそんなの!」

「だぁめだよぉ。それだから十七になってもバ−ジンなのよメサ−ジェってば。いいかげん俺と近親相姦しようよ」

ベチッ! とウォルタ−の頭をたたいておいて、急いで車をとびだした。

 今謝ればまだ間に合うかもしれない。

 それなのに、UGの姿はもうどこにも見えなかった。


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