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5 人殺しにはむいてない     (雄治)

 しまった!

 やっちまった。

 走ってゆくアメリカ人たちの背中を見ながら、ぞおっとする寒気が足元からのぼってくるのを感じた。

 絶対に絶対に絶対に二度とやらないって誓っていたのに。

 二人にケガをさせた。血も出ていた。父さんが敵視されている街で。俺はいったいどういうろくでなしなんだ。

「やったわ!」

メサージェが顔を輝かせて俺に抱きつこうとした。そして俺という奴はまたも反射的に合衆国国旗でガードしてしまった。

 ああくそっ、もったいない、じゃなくて失礼なことをしちまった。

 が、メサージェは気にしなかった様子で竿を触って、

「どうしてこれが曲がったの? どこも折れてないのに? いったい何をやったの?」

と変なことを言った。曲がったってなんだ。

 うん? そういえば、剣道を見慣れてない奴が大会の応援に来て、早すぎて竹刀が曲がって見えたと言ってたな。あれか。あの錯覚を起こしたんだろう。細いからよけいに曲がって見えたのかもな。

 気のせいか拍手の音が聞こえる。大会会場でもないのに。ないのに・・・。

 俺ははっとして拍手の方を見た。道路の反対側の歩道からばらばらと拍手しながらアメリカ人たちが集まってこようとしていた。口笛の音まで聞こえる。

 やっべぇ!

 俺は急いで旗をもとのところにつきさすと、人に顔を見られないようにそむけながらその場を逃げ出した。

 「待ってよ!」

メサージェの声が聞こえたが待ってられるもんか。

 全速力で走って銀行の駐車場に逃げ込んだ。

 まったく。まいった。

 ぜえぜえと息を整えていたら、メサージェも息を切らして走ってきた。

「何なのよ! どうしたのいったい!」

「暴力をふるった・・・」

「はあ?」

「人にケガさせた。それを見られた」

メサージェはものすごくあきれた顔をした。どうしてこう白人って奴は表情が演技くさいんだろう。大ステージの上じゃなくて二十センチ向こうなんだからもう少し控えめでもちゃんと分かるのに。

 二十センチ向こう・・・?

 近い。

 俺は体をひいたが、メサージェは上体を前に倒して追いつめてきた。

「何言ってるの? ああしなきゃあなた殺されるところだったのよ? そうでなくても大ケガさせられてたわよ。あいつらは本当にやるから。この街で一番危ない連中なのよ。ええっと、正確に言うと二番目から六番目」

なんだそりゃ。

「だけどこれがバレたら俺はもう学校にいられなくなるかもしれない。入ったばっかりなのに。もう入れてくれるところなんかない」

「もう! あなたは英雄なのよ! 英雄よ! どうしてそう卑屈になるの! あなたは私を助けてくれたのよ。私のためにしてくれたのよ。第一あいつらにケガさせたからってだぁれもあなたに文句なんか言わないし、あいつらだって、あなたにケガさせられたなんて絶対誰にも言わない、言えないわよ。二度と街歩けなくなるもの」

「しかし父さんの立場もあって・・・」

「ウジウジしないの!」

メサージェは俺の頬をペチッとたたいた。ひっぱたかれたかと思ったがそうじゃないようだ。手をそのまま頬に置いている。

「大丈夫。変なこと言う奴がいたら、あなたはこの私を守ってくれただけなんだって、絶対に言ってあげるから。わかった? わかったらもう心配しないのよ!」

 う・・・。

 父さんの会社のことや、毎日増えている家の前の看板のことを思うと、心配しないわけにもいかなかったけれど、メサージェの緑色の瞳を見ていると、ともあれこの人が感謝してくれているのは間違いなくて、それなら、それでいいような気がしてきた。

「分かった。ありがとう」

「そう? 分かればいいのよ。心配しないで」

メサージェはにっこり笑った。

「それにしても、雄治ってサムライだったんだ。びっくりしたぁ」

「サムライ?」

 おいおい、アメリカ人は日本にまだサムライがいると思っているのか?

「サムライじゃないよ俺は」

「え? どうして? だってさっき竿をカタナにしたじゃない。カタナを使うのはサムライなんでしょ。サムライしかカタナ使わないんでしょ。じゃあなたサムライじゃないの」

「いや、そうじゃなくて・・・」

俺は、全英語力を駆使して俺がサムライじゃないことを説明しようとした。説明しようと思いはした。しかし、それを解説しようとすると、日本の歴史から、何故か現在でも剣道が残っている理由まで説明しなければならない。

 まぁいい。男はあきらめが肝心だ。そのうち英語がペラペラしゃべれるようになったら本当のことを説明しよう。

「うん・・・。俺は、剣術が使えるんだよ。まぁ、サムライだよ」

「やっぱり。隠すことないのに。まさか正体を隠してひそかにUSに侵入してスパイしようってんじゃ・・・」

それは忍者だ。

「俺のことはどうでもいいよ。それより君だけど、どうしてあの連中は君を連れていこうとしたんだ? 最初は俺を憎んでいる連中だと思ったのに」

「う〜ん、話せば長いんだけどねぇ」

「なら、言わないでもいい」

メサ−ジェはムッとした。

「じゃ言わない!」

「・・・・・」

「・・・・・」

「いや、やっぱり聞きたいかな」

「そう?」

メサ−ジェはニカッと笑った。アメリカ人には遠慮が通じないな。いや、それとも女というのが難しいのか。

「あのね、私の兄さん、ウォルタ−って名前でうちの学校の四年生(スノラ・ハイスク−ルは四学年制)なんだけど、ライアンって奴とすっごく仲悪いの。ライアンってケンカが強くってゴリラみたいな奴なんだけど、ああやって強そうな奴集めてグル−プを作って悪いことばっかりやってるの。暴力ふるったり、金をおどし取ったり、麻薬売ったり」

「麻薬?」

思わず顔をしかめていたらしい。メサ−ジェも真顔になった。

「何? ずいぶん麻薬が嫌いみたいね」

「好きな奴がいるか!」

と言ってしまってから、好きな奴がいるから麻薬商売がなりたつのだと気づいた。メサ−ジェは、でも笑わなかった。

「ウォルタ−もグル−プ作って対抗してるんだけど、おかげで仲が悪くなる一方でね。今日は私を捕まえてウォルタ−をおびきよせようと思ったみたいよ」

そんなことしたら日本じゃ卑怯ものだよ。

「ウエストサイドスト−リ−みたいだな」

と言ったら、メサ−ジェがふきだした。なぜ?

「雄治ってすっごく古い映画知ってんのね。でもほんと、嬉しかった助けてくれて。私がどれだけ嬉しく思っているかわかってもらえるといいんだけど」

瞳が輝く、という言葉があるが、あれは絶対に西洋で発生した言い回しに違いない。俺は、人間の瞳が本当にキラキラ輝く様をこの目で見た。

「君が無事でよかった」

日本でなら絶対に言わない台詞だが、英語で言おうとすると、事実そのまま単刀直入に言うしかしかたがない。

「君は俺を助けてくれた。おかえしができて嬉しい」

「助けた? 私が? いつ?」

わかってねぇな。

「それに、君は俺を逃がそうとしてくれた。アメリカの人は勇気があって、優しいな」

と言ったら、メサ−ジェの瞳からふいにキラキラが消えた。なんだよ。せっかくほめたのに。

「優しくなんかないよ私。それにしても、ほんと雄治ってカッコよかったぁ。特に最後、『逃げろ』って言ったところなんかぞくぞくしちゃった。普通言わないよね、敵に向かって『逃げろ』だなんて。あれでもう、あいつらも絶対勝てないって思ったみたいだったもん」

逃げろ(ラン アウェイ)?

 そんなことを言った覚えはないが。

 俺はよくよく思い出して、気づいた。

 そうか、行っちまえ(ゴ− アウェイ)を言い間違えたんだ。

 このことは黙っておこうと俺は思った。


 びくびくしながら家に帰ったが、母さんの様子にはいつもと変わったところは無かった。ダウンタウンでのことは知らないらしい。とりあえず助かった。今この瞬間助かっただけだが。

 まだ知り合いもいないだろうからそうそう母さんの耳には入らないかもしれない。と思いながらも電話が鳴るたびヒヤリとした。

 父さんは毎日会議で帰りが遅い。まさかとは思うけれど、会社で俺のしでかしたことを聞かないとも限らない。母さんは父さんが帰ってくるまで晩飯を食わないんで、今日も俺だけ飯を食って、母さんは茶ばっかり飲んだ。話は野菜と肉が安いことと、菓子などの加工品が高いことにつきた。

 街に出ると風あたりも強いはずだってのに、母さんは会社がつけてくれた家政婦を断った。断れば断ったで、雇用を大切にしない、非情に人を切るのだ、と批判されるのだが、家政婦をつけていると、労働者の気持ちが分からない、と言われるだろうから、母さんは自分にとって楽なほうにするのだ、と言った。

 そんなおえらいさんにはなれないわよ、私、というのが母さんの理由だ。

 

 母さんが風呂に入っている間に、玄関のチャイムが鳴った。ドアの鍵は絶対に閉めて置くように、内側からもチェーンを二重につけておくように、と児玉さんに念をおされたので父さんは帰ってくるといつもチャイムを押さなきゃならない。

 なんだか早いな。今日は。

 嫌な予感がして、玄関に走った。知らされたんだろうか。

 俺がまた剣道を暴力に使ってしまったことを。

 「父さん?」

が、外に立っていたのは別な人だった。

「雄治君? 児玉だけど」

鍵をはずしてはずしてはずしてやっとドアを開けると、児玉さんは満面の笑顔で俺の手をギュッと握った。

「聞いたよ! すごい活躍だったそうじゃないか! さすが剣道高校日本一! 社長は帰っていらっしゃる? もう話した?」

げげっ!

 俺はあわてて児玉さんを俺の部屋に連れ込んだ。母さんが風呂に入ってて良かった!

「なに? どうしたの、悪いけど俺そういう趣味ないよ」

「冗談ごとじゃねぇよ! 何聞いたんだ」

児玉さんはぱちぱちぱちとまばたきをした。

「うん、俺のアメリカ人の友達が今日ダウンタウンで君を見たってさ。なんでも細っこい竿でナイフ野郎をやっつけたっていうじゃないか。そいつ工場に勤めてるけど君のこと褒めてたからさ。一つポイントあげたよ。グッドジョブ!」

「まずいよ、まずいんだよ。まったく、児玉さん、お願い、父さんと母さんには黙ってて」

「OH・・・?」

よくわかってないようだ。

「・・・ご両親も喜ばれると思うんだがなぁ。あ、そういえば奥様は?」

「風呂。・・・児玉さん、あの・・・、ああもう、しょうがないから言っちまうけど、俺、日本で他人にケガさせたんだ。剣道で。俺たちがこっちに来なきゃならなくなったのはそのせいなんだよ」

児玉さんは真顔になった。

「・・・何か事情があったんだろ?」

「俺はもう剣道はやめたんだ。ああ、やめるとかなんとかじゃなくて、もう、嫌なんだ。なんだってあんな人殺しの技を毎日毎日みがいてたんだか今になっちゃ信じられないよ。剣道だの柔道だの空手だの弓道だの日本のスポーツは人殺しばっかりじゃないか」

「アメリカにゃ射撃もあるんだよ。オリンピック競技種目だ」

「・・・ううむ」

「雄治君。君を見てるととうてい他人をケガさせるようなタイプに見えないんだけど、わけがあったんじゃないの? いったい・・・」

「わけがあったらケガさせていいわけじゃないだろ。それに・・・ケガだけじゃすまなかった。人の人生と、家族を・・・」

めちゃくちゃにしたんだ、という言葉は出なかった。

 まだ言葉にすることができない。俺がやったことなのに、加害者なのに、まるで被害者のようにおびえてるなんて、俺は・・・。

「どうしたの? 家族を・・・?」

「いや・・・。・・・今日は二人にケガさせた。剣道は強けりゃいいってもんじゃない、俺の剣は荒々しすぎる、ただ勝つことしか考えてないって先生に言われてさ、勝ちゃいいじゃねぇか、俺が勝ちゃ学校の名誉にだってなるし先生の名誉にだってなるじゃねぇかって、うぬぼれて、結局学校にも先生にもひどい迷惑かけたよ・・・。こんなとこまで逃げてきて、また、同じことしてるって、俺って馬鹿じゃねぇ!?」

俺はベッドを思い切り殴った。もう消えてしまいたい。

児玉さんはじっと俺を見た。たれ目で人のよさそうな顔してる。

「なに児玉さん。俺を愛してしまった?」

「すごい美人が一緒だったらしいじゃないか」

「・・・・!」

なんでよけいなことまで知ってるんだ! 

「あ、あれは、その、俺のチュ−タ−。世話してくれる人。メサ−ジェ・イ−デンっつって。郵便局まで道を聞いてたんだ。切手買おうと思って、それで」

「ワーオ」

児玉さんは変なのけぞりかたをした。

「な、なんだよ」

「君、純情なんだなぁ」

「・・・・・」

俺は思わず枕許の目覚し時計をふりあげた。

「ぼ、暴力反対! 人を傷つけるの嫌だって言ったじゃないか!」

「俺はもう二人やってるんだ、二人も三人も同じことだぜぇ」

「殺人犯か! だからさ、君がナイフ野郎を追っ払わなけりゃならなかったのはその美人のためだったんだろう?」

「・・・・・」

話は誰も聞いてなかったはずだってのに。なんでわかるんだぁ。

「図星だろ。じゃないとわけがわからないもんな。それで、どうしてその美人が五人もの大男に襲われるはめになったのか、は、教えてくれないな、その顔じゃ」

 学校にバレるとメサ−ジェもただじゃすまない。

「頼むからさ、この話絶対誰にもしないでくれよ。父さんと母さんに知られたくない。俺が悪かったんだけど、もうこれ以上俺のことで悲しませたくないんだよ。とにかくもう二度とはしないつもりだから、今度だけは内緒にしててよ。お願いだから」

「・・・・OK」

児玉さんは立ちあがった。

「だけど君がやったことは悪いことじゃないんだって俺が思うのは勝手だろ」

「悪いに決まってるだろ!」

「だから俺が勝手に思うんだって。アメリカには思想の自由がある」

日本にだってあるよ。

 幸いなことに、母さんが風呂からあがったのは児玉さんが玄関を出てった直後だった。俺はこっそりと冷汗をぬぐった。


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