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4   サムライ    (メサージェ)

 編入してきてから三日たって、UGも授業の場所がわかってきたみたいだ。

 時々すれ違いざまに嫌味を言われてるってアリスンから聞いたけど、UGは無視してるみたいだし(分からないんだったりして)、大騒ぎになって危害を加えられたりするようなこともなさそうだし、まぁ落ち着いていると言ってもいいみたい。

 話を聞いてみたら、UGのお父さんはYAMADAの新しく来た社長で、工場で働いてるこの町の人を半数も解雇するつもりでいるらしい。それじゃ恨まれてもしょうがないのかもしれないけれど、社長だって好きで解雇するわけじゃないだろうし、だいたい子どもには関係ないとやっぱり思う。

 でも、あたしも余計なことに首つっこまないようにしないと。気の短さが命とりだな。学校中敵にまわすことになると面倒くさいし。

 あんまりもうUGにはかかわないようにしよう。

 と思ってたのに、六時間目の後、放課になったら話しかけられてしまった。六時間目は同じ数学の授業だからまっずい。

「郵便局に行きたいでちゅ。道、教えてくだちゃい」

「郵便局? ダウンタウン行ったことある?」

「車で一度通りまちたでちゅ」

まったく。それでどうやって道順説明しろっての−っ!

 い、いや、落ち着いてあたし。この子はまだ合衆国に来たばかり、何もわからなくて当然なんだから。そう、あたしはチュ−タ−。保護者。この子のママよ。

「じゃあ途中まで一緒に行きましょ。あたしの帰り道だから」

「ありがとでちゅ−っ」

言葉づかいは赤ん坊だけれど、ニコリともしなくて可愛げない。東洋人の表情のなさって、ついていけないな。


 スノラはゴールドラッシュの街だから、ダウンタウンは観光地としてその当時の風土を残してある。ところどころには一輪車も置いてあるし、石灰岩だって転がしてある。コンビニだって、入口は全部木でできてるぐらい徹底してるのだ。

 レトロなんだけど、あたしこのダウンタウンは大好き。

 UGもそんな街並みが珍しいらしくてあちこちキョロキョロしている。表情は無いけど喜んでいるらしい。

 ふうん。それならもっと喜ばせてあげてもいいかな。

 なんたって、西部劇風の街並みなんだから、日本じゃ見られないものを見せてあげなきゃ。

 「UG、こっちに上がってきなよ。面白いものあるから見せてあげる」

あたしはガンショップの階段に立って手招きした。UGは忠実な小犬のように、黙ってかけあがってくる。

 それなのに、一歩店の中に入ったとたん、眉をしかめた。

 ガンショップが気に入らないの?

 銃、ライフル、ナイフ。男ってみんなこういうの好きなんじゃないの? 

 UGは拳で自分の額を二度軽く殴ると、くるりと背を向けて階段を降りていった。

 なんなのよ!

「ちょっと、何? あなた銃の所持反対派?」

「いや・・・、ただ、暴力的なことは苦手なんでちゅ」

「ええっ!」

驚いちゃったなぁ。日本人ってそんなこと平気で言っちゃうんだ。

合衆国で男がそんなこと言ったら腰抜け扱いで表を歩けなくなるよ。

 「なんで? 以前すっごく殴られたとか? 死にかかって、それ以来暴力が怖くてたまらないとか?」

「・・・そうなんでちゅ、恐いんでちゅ」

「ははぁ・・・」

こりゃあだめだぁ。

 UGがちらりと私を責めるような目つきで見た。

 えっ、ちょっと待って。腰抜けにあたしが責められるの。

「あのね! 言っておくけど、あたしだって銃とかナイフとか嫌いだから! ただあんたが喜ぶかと思って見せたの! 勘違いしないでね! あんたが人の思いやりをふみにじったの!」

と、あたしが一生懸命怒ってるのに! UGときたらあたしの後ろに視線をやったのだ。

 むかつきながらふりかえり、ふりかえらなければよかったと思った。

 うちの生徒たち五人が立っていた。立ちふさがっていた。一瞬、どうしてこんなところまで来てUGに嫌味が言いたいの! と腹をたてかけたけど、違った。この顔ぶれは、あたしだ。あたしに用なんだ。

 「メサ−ジェ、来てもらうぜ」

サミ−が言った。でかい順に、サミ−、ダニエル、ジャン、ジル、チャック。みんなライアンのとりまきたちだ。

 全身がぞっとすくみあがった。けど、弱みを見せたらおしまいだ。なんとかしないと。

 幸いライアンはいないし、強気に出れば逃げるチャンスもあるかも。

「嫌よ。あたしこれから郵便局行くんだから」

「郵便局は無いよ。昨日俺が食った」

サミーは自分の下手な冗談にニタニタ笑っている。

 逃がしてくれる気はぜんぜん無いみたいだ。

 あたしを捕まえてウォルターをおびきだそうっていうんだろうな。

今までこんなこと一度も無かったのに。ウォルターのばか。いったい何やってライアンを怒らせたのよ!

 ジルとチャックが後ろにまわってゆく。やばいよ逃げられない。歩いている人たちもいるけど、助けてくれるわけないし。どうしよう。

 冷や汗が背中をつたう。こいつらどっか頭のネジおかしいし。捕まったら何されるか分からない。

 それに、おびきよせようったってウォルターがおびきよせられてくれるか分からない。そしたらあたし使い捨てだー。

 「で、そいつはなんだよ」

サミーが言った。

「え?」

「そのガキだよ。おまえが産んだのか」

「あ・・・」

いっけない。UGのこと忘れてた。

UGは、私がただ友達と話してるだけと思ってるらしくて、のんびりサミーの方を見ている。

「ああ、この子ね。日本人なの。何も分からないし関係ないからほっといて」

「おまえがおとなしく来ればな。そんなガキに用はねぇし、つれてったって邪魔になるだけだ。だがおまえがガタガタ騒ぐんならそいつも半殺しにするぞ」

「・・・分かったわよ。行くから」

あたしはUGの背中を押した。

「?」

「行って。まっすぐ」

「?」

「あなたに関係ないことだから! 行くの! GO!」

UGはやっとわかったらしく、コクコクとうなづくと、サミ−の方に歩き出した。前をふさいでいたサミ−がひょいとよけた。とたんに! UGが体を低くしたかと思うと、肩からおもいっきりサミ−に突進した。

「うわっ!」

サミーはバランスをくずして尻から倒れた。

 驚く間もなかった。UGはあたしの腕をつかんで走り出したのだ。

「待って! 待ってUG! 腕を放して! あんた殺されるよ!」

UGはよけいあたしの腕を強く握って、あたしの方を見もせずに走る。

 なんで? わかってるの? わかってないの? あたしを助けるつもりなの?

「つかまえろっ!」 

「ブチ殺せ!」

後ろの声が近づいてくる。

UGにひきずられるようにして必死で走った。何度も横道に入り、曲がって曲がって曲がって後ろをまこうとした。それなのに、何度ふりかえってもしつこく追ってくる。息が苦しくて目がまわってきた。

「UG! あんた関係ないんだから逃げなって。一人でさっ! 私は平気なんだからーっ」

UGは言葉の意味がわからないのか黙々走る。

 信じられない。何やってんの。暴力は恐いんじゃなかったの? ゲームだと勘違いしてるの? 捕まったらどんな目にあうかわかってんの? あたしはまだ女だから殴られはしないかも。でもあんたはやばいよ。

どうしよう。それでなくても暴力が恐いのに、銃見ただけであんなに怯えるのに、もしリンチにでもあったらUGに一生忘れらない恐怖の記憶を植えつけてしまうかも。

あたしと一緒にいたせいで。

 あたしたちはグルグルまわって、裏道からもとのメインストリ−トに出てきた。と、突然UGが立ち止まったので、私は鼻をUGの背中にぶつけてしまった。

「UG! 止まったら・・・」

 あ・・・・!

 メインストリ−トで、ダニエルとジャンが待ち構えていた。後ろからは、サミ−、ジル、チャック。

 挟まれた。もうだめだ。

「はいご苦労さん」

ダニエルがニタッと笑った。

 ちくしょう・・・。

 もうUGだけ逃がしてくれるってのも無理かな。

 あたしは大きくため息をついた。

「OK,OK。言うこと聞くよ。だからさ−、この子はもう行かせてやってくれない? 全然関係無いっつうか、状況わからずに恐くて逃げ出しただけなんだからさぁ」

「だめだね」

と言ったのは、後ろから追いついたサミ−だ。

「そいつは、俺がじきじきにぶっ殺す」

「なによ。ちょっとぶつかられたぐらいで、サミ−ともあろうものが怒るわけ? 大人げないんじゃない。ほら、それに国際問題なんかなっちゃったりしたら面倒だし、ね?」

サミ−たちは全然聞いてなかった。UGを囲んでにらみおろしている。さぞやUGがおびえているだろうと思ってひょいと見たら、なんと、やっぱりわけがわかっていないのか無表情のままでサミーたちを見上げている。

 これじゃあサミ−たちが逃がしてくれないはずだぁ。

「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ねぇサミ−ってば、待ってよ。この子ガンつけてんじゃないのよ。もともとこういう顔なの。東洋人ってそういうとこあるじゃん」

「うるせえっ!」

サミ−がどなった。残念だけど、生理的に脅えがはしって、口がきけなくなった。

 と、それとは逆に、UGが動き出した。車道の方に歩き出したのだ。

 あまりの怖さにやっと逃げ出す気になったんだろう。

 あたしは、ほっとするべきだったんだと思う。それなのに、なんだか、がっかりした。なんだ、と思った。どうせそんなもんよね。

 ところが、UGは車道にとびだしたりせずに、変なことをした。この街はゴ−ルド・ラッシュの時代の西部に似せてあるから、木でできた手すりがある。そしてそれぞれの店が必ず合衆国の国旗を手すりにくくりつけているんだけれど、その合衆国の国旗をプラスチックの竿ごとひきぬいたのだ。これでおもいっきり叩かれたところで痛くもかゆくもないよーっ。

 あたしはそっとサミーたちの様子をうかがった。

 ああ、だめだ。逃げればよかったのに、踏みとどまったもんだからよけい怒りに火をつけちゃったみたい。

「このクソッ!」

ダニエルたちがまるで津波のようにUGに襲いかかる。

「UG!」

ああ、殺される! どうしたらいいの! 

 そしてあたしの目の前で、UGは涼やかな表情のまま、旗を一回転させて柄の方を上にした。白い光のようなものが空中を駆け抜けた。

 次の瞬間、

「うわあああああっ!」

ダニエルが額をおさえて体をおりまげた。おさえる手の隙間から血があふれだしてくる。

「・・・なんだこれは」

サミ−たちは愕然として立ちすくんだ。

あたしも。

 何がおこったの? レ−ザ−光線? 合衆国国旗にはすべてレ−ザ−光線がしこまれていた? そんなバカな。

 でもとにかくあたしの視界の中ではダニエルが血を流してうずくまっていてそれをUGが涼しいまなざしで見下ろしているのだ。

 これは、なに?

 「こいつ!」

サミ−が殴りかかってきた。UGが竿を握った手を軽く前に出すように動かした。同時に、そのプラスチックの竿が、まるで生き物のようにしなり、サミーの拳を打った。

「うあああああっ!」

のどから搾り出すようなサミーの悲鳴。骨にひびが入ったかもしれない。サミーは拳を押さえて通路にうずくまった。

 UGはすうっと他の三人を見回した。

 まるで機械のようだ。気配が無い。感情の気配がまるで無い。

 サミーたちの方は真っ青だ。

 キャアッッ! と悲鳴が聞こえた。道路の反対側で見物している人たちからだ。

 私は首をめぐらして、チャックがナイフを出しているのに気づいた。

「だめ! UG逃げて!」

 チャックのナイフは、刃渡り5インチのジャックナイフ。

 私は恐怖と緊張で目の前が暗くなってきた。

「ぶっ殺す!」

チャックだけじゃない。残りの二人もナイフを出した。ライアングル−プは武器マニアが多いんだ。

 さっきUGが恐れていたナイフ。

「UG!」

私はふりかえってUGを見た。もうだめ。でも、今なら、三人だけが相手なら、逃げられるかも・・・。

 その時私は、UGの頬に不思議な微笑みが浮かぶのを見た。そしてなぜだかその途端、全身から恐怖がすうっと消えた。

 怖がる必要は何も無い。そんな気がする。

 逆に、ナイフをかまえた三人が後ずさるのがはっきりわかった。顔色が真っ青になっている。

 三人はどうするか攻めあぐねているようだった。三人一斉に行くか、一人ずつ行くか、それとも逃げるか。迷いが三人を動けなくしていた。

 そして三人がとりあえず攻撃してみようという気配を見せた途端、その気配を押しつぶすようにUGがすすっと前に進んだ。空気の上をすべるように。

 そして棒が蛇のようにしなった。

 次の瞬間、チャックのナイフが宙を飛んで後方の床につきささった。いつチャックの手がはじかれたのかわからなかった。

 ジルがつぶやくように言った。

「サ・・・サムライ?」

全員がハッとしてUGを見た。

 私もやっと気づいた。

 そうだ。ああ、そうだったんだ。UGってサムライだったんだ!

 UGは静かに言った。

「逃げなさい」

それが限界だった。五人は恐怖にとりつかれたように、わっと逃げ散った。


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