表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

22  祭りの後

 ウォルターの体は二つに折れたまま膝をついた。

 ヒーッと薬缶がたぎるような声をあげて、サミーがしりもちをついた。

 誰も動けなかった。動かなければならないと分かっていながら、体が動かなかった。雄治は地面に転がったまま、倒れたウォルターを見つめていた。

 長い時間か、そうでもなかったのか、過ぎた時、ゆらりと動いたのはライアンだった。どしり、どしり、と足を進めると、ウォルターの前のしゃがみこみ、目を見開いて動かなくなっているウォルターの手を、曲げられた体の間から引っ張り出した。手の先には銃。

 ライアンはこわばった指を、一本一本もぎはなし、銃を取り上げた。

「弾は入ってねぇんだ」

ライアンは言った。

「ウォルターよ、聞け。おまえは抜けられる。俺とは違うんだ。自首して警察に守ってもらえ。サムライにボコボコにやられてサツにつきだされたんだって組織にゃ言っといてやるからよ」

ウォルターはライアンを見上げた。

「一人じゃ嫌だ」

「おまえにゃ家族も友達だっているだろうが。メソメソすんな。笑え」

「ライアンが・・・」

「ああ?」

「君が一人なのが嫌なんだ」

パタパタパタッとウォルターの目から涙が落ちた。うぇっ、うぇっ、としゃくりあげる音が、ジムの壁に響いた。

 ライアンは何も言わなかった。眉一つ動かさなかった。そしてウォルターの胸倉を掴み、持ち上げながら立ち上がった。

 ハッとしてメサージェが走り出した。雄治も両手に力をこめて最後の力をふりしぼろうとした。しかしその前に、ライアンは軽々とウォルターを担ぎ上げた。

「じゃあ一緒に行ってやる」

それからライアンは振り返って取り巻き立ちをぐるりと見渡した。

「俺とウォルターがサムライに半殺しにされて警察につきだされたって言っとけ」

 なんで俺のせいなんだ。

 のしのし歩いてゆくライアンの背を地面に再び倒れつくして見上げながら雄治は思った。

 半殺しにされてるのは俺の方なのに。

 ウォルターが無事で、後のしまつもどうやらライアンがつけてくれそうだとなって、雄治は体が急激に熱くなっているのを感じた。さっきからずっと熱かったのかもしれなかった。

 熱さは体中にふくれあがり、焼いて、爆発した。

 雄治は気を失ったのだ。


 眼を覚まして雄治は驚いた。ベッドらしい所に横に寝かせられており、しかも体がそのまま固定されていた。発砲スチロールの枠にはめられた買ったばかりのパソコンみたいだと思った。

 「左肩と背中を縫って、ヒビの入ったあばら骨に負担をかけないようにするとそうなるのよ」

母親の声が言った。

「へ? 母さん?」

母親が枕元に立っていた。母親はため息をついた。

「普通こういう時はメサージェちゃんがベッドに頭を置いて眠ってるもんだけどね。おまえときたらほんっとに甲斐性なしだねぇ」

雄治は、その状況を想像した。箱づめパソコン状態じゃなきゃそれもいいかもしれないけどね、という言葉を考えて、口に出さなかった。嘘だ。それでもメサージェにいてほしかった。

「メサージェちゃんは警察よ」

「警察? あ、じゃあ、ウォルターたちは本当に自首したんだね」

結局俺は役にたたなかったんだ。こんなことなら最初から警察を呼べばよかった。馬鹿みたいだ。

「着いたパトカーにそのまま乗って行ったらしいわよ。私はちょうどすれちがったみたいで会わなかったけど」

「すれ違った? 母さん学校に来たの?」

「行ったわよ。あんなあからさまにケンカになりそうな話よ、全部おまえに始末つけさせるわけにいかないでしょ。おまえが出て行った後すぐに校長先生に連絡とったの。ミスターブラウンはもしものことを考えて警察の知り合いの方に連絡をとって、私たちはみんな警察の車で学校に向かうことになったんだけど、時間がかかってしまって、学校についた時銃声が聞こえてね。銃声なんてまさかと思ったけど。警察の人が銃声だって言ったの。それで、学校の中を探したら、体育館の前でおまえがメサージェちゃんに抱き上げれてて、メサージェちゃんは泣き叫んでいてね。死んだと思ったわー。母さん今からもう一人産まなきゃならないのかと心配しちゃったわ」

「がんばって今度はいい子を産んでくれよ」

「おまえほどいい子はいない」

雄治は母親の顔を見なおした。母親は真面目だった。

 母親の真面目な顔は以前にも見た事があった。日本で事件をおこして最終的に退学するまでの間、こんな顔をしていた。

 「俺、スノラも退学なんだね」

「勉強はどこでもできるでしょ。しなければいけない時に正しい事をするというのは何より優先されることよ。それができる人はそういないでしょ。さすが私ねぇ、子育ての天才」

母は自分自身に感動しているのだった。

 もしかして・・・。

 雄治は横目で母親を見上げた。

 あの時も、日本でも、この母親は自分に感動してあんな顔をしていたのかもしれない。

 親ばかだ。俺の母さん世界一の親ばかだ。

 俺は家族を不幸にしていなかった。

「あ・・・」

と声がするのを見るとドアの向こうの暗がりにメサージェが立っていた。

 箱に入った冷凍マグロのような自分を再び意識して、雄治は嬉しさと気まずさの強烈な混乱を味わって心臓がかゆくなった。

 その雄治の表情をどう受け取ったのか、メサージェは顔をくしゃっとゆがめて逃げようとした。

「メサージェ!」

追いかけたいが動けない!

 メサージェの背をぐっと掴んで振り向かせたのは母親だった。

「よく来てくれたわ。遅くなったら雄治が寂しくて死んじゃうところだった」

「母さん!」

ウサギじゃねぇ!

「・・・私のせいです」

メサージェは言った。

「私のせいでケガを・・・」

「いいじゃないの。女の為にケガするのは男の勲章よ。雄治をいい男にしてくれてありがとう」

「・・・・・」

メサージェは笑わなかったが、それでも勇気が出たのか、ゆっくり中に入ってきた。母親はそのまま外に出て行った。

 「ごめんなさい」

メサージェは言った。

「いや、俺こそ、役にたたなくて、ウォルターは結局警察に行くことになって・・・」

「えっ? あのままじゃ殺されてたかもしれなかったのよ? だいいち、ずっと自首して欲しいと思っていたの。ウォルターにとっては最高の結果よ」

メサージェは本心からそう言っているようだった。雄治はほっとした。自分のやったことで不幸になる人間が出たわけではないのだ。

「あなたのおかげよ」

メサージェは言った。

「あなたがこの国に来てくれたおかげ」

「・・・・・」

雄治はまばたきして視線を下げた。

 本当にそうなんだろうか。でもメサージェは感謝してくれている。

「それなのに、あなたをひどい目にあわせてばかりで・・・。どうしよう、ウォルターたちが、ケガしたのはあなたのせいだって警察で言ったら。どうしよう・・・。ごめんなさい。ウォルターに会わせてもらえないの。今はママが待ってるんだけど、二、三日は会えないかも。私の話も聞いてって言ったんだけど、二人を調べてからだって言われて・・・。ごめんなさい。でも、絶対、絶対、雄治はあたしが守るから。警察からも組織からも」

「組織?」

「そうよ。ライアンとウォルターを警察送りにしたのがあなただって、本当に広まったら、あなたが狙われるのよ」

「ははぁ・・・」

生きたままコンクリートで足をかためられて海に沈められるわけだな。

「でも俺はさ、もしそうなったら日本に戻ればいいから・・・」

その瞬間、サッとメサージェの顔が曇った。それから、こわばった筋肉を動かして不自然な笑顔になった。

「あ、そうよね、UG日本人なんだもの。組織の人たちだって日本までは追っていかないし、あ、だいたい、ああいう人たちってパスポートとれないよね」

ドキン、と雄治の心臓がはねて胸が熱くなってきた。

 メサージェは俺が日本に帰ることを寂しく思ってくれてる。

 雄治はうろたえて口ばしった。

「そうだ。君も日本に来ればいいよ。俺の家があるんだ。一緒に住めばいい」

そのとたん、メサージェは今度は真っ赤になった。色白の頬に朱がさして、緑の瞳が鮮やかに濡れた。

「UG・・・それって・・・、あの・・・・」

メサージェの唇が、プの形のまま止まったのを見て、雄治はさらに動揺した。こういう状況がほぼありえない日本人男子17歳。

「い、いやっ、あのっ、そうだ、ウォルターやライアンも一緒にどうかな。ほとぼりがさめるまで」

「あ・・・」

メサージェは自分の勘違いに気づいたようだった。もっともっと真っ赤になって、ベッドのわきにしゃがみこんでしまった。

「ば、ばかっ、あたし・・・」

こうなるともう雄治にはどうしていいか分からない。しかしもしかしてこれは、これは、つまり、いいってことか?

 えへん、と雄治はおちつくために咳払いをした。それから言った。

「日本の法律では男がプロポーズできるのは18歳からなんだ。だからもう少し待ってて」

メサージェはベッドのへりから目だけだした。目のふちまで赤い。

 なんてきれいなんだろう。

 雄治はこの国に来てから一万回以上感動したことをまた感動した。感動している間に、緑の目が近づいてきた。近づきすぎて見えなくなった。すごくいいにおいがして、唇にやわらかい感触があって、離れていった。

 何かすばらしくいいことが起こったのだった。世界が自分に向かって流れ込んできた。雄治は箱づめの中から出ようとした。

 スパーン!

「出なさんな」

「母さん! って、何そのハリセン。どっから持ってきたの!」

「おまえたちを二人きりにさせてやろうという親心で、ハリセン作る用事を見つけたのよ。ナースステーションで紙もらったの」

「ジュースとかプリン買ってくる用事でよかったんじゃないの!?」

「こっちのほうが必要性高いという正しい予想をしたのよ」

 あまりのことに、見られたかもしれないと恥ずかしがる意欲が失せた。が、メサージェの方はそうではなかったようで、もうこれ以上は無理というほど赤くなって、部屋から飛び出そうとした、ところを、入ってきた父親のためにもう一度部屋に戻ることになった。

「ああ、メサージェさんもここにいたのか。ちょうどよかった。今校長先生と警察に行って来たところだよ」

メサージェはとたんに青ざめた。

「ごめんなさい、私のせいで・・・」

「え? 何が? 事情はだいたいアリソンさんに聞いたよ」

「じゃあ、UGは大丈夫なんですか? ライアンやウォルターにケガさせたって警察に呼ばれることは無いんですね!?」

「ああ、そのことね」

島谷栄治はうっすらと笑った。

「雄治は罪にならないよ。ウォルター君が、雄治は全く関係無いと言ってるからね」

雄治は目を見張った。メサージェと目を見合わせる。

「雄治は助けに来てくれただけで、全然暴力なんかふるってないし、カタナも使ってないって言ってるよ」

メサージェの目から涙が落ちた。

 ウォルターは雄治をかばったのだ。あのウォルターが。

 雄治も思わず涙が出そうになった。全てが報われたような気がした。ウォルターは結局、雄治が思っているよりも雄治のことを友達だと思っているのかもしれない。

「それに、病院に運ばれるほどケガしたのがおまえの方なんじゃ、誰もおまえが加害者だと思うわけがないだろう」

そうかもしれないけれど、誰かが白を黒だと噂を広めれば、白は黒になってしまうのだ。

「ライアンは何て言ってるの?」

「ああ・・・」

島谷栄治はわずかに眉をひそめた。

「彼はほとんど何も言っていない。警察が強く調べているのも彼の方だ。彼は組織に深くくいこんでいるらしい。・・・お父さんが、組織にいるんだね」

雄治は父親の顔を見た。

 おまえは抜けられる、とライアンは言った。それは、自分は抜けられない、という意味でもあったのだ。ライアンはウォルターを抜けさせるために自首したのだ。

「ライアンはどうなるの」

「・・・彼を本当に助けようと思ったら、組織はもちろん、家族からも離さなければならない。カリフォルニアとは別の、遠くの州の少年員に、秘密裏に移動させて保護したほうがいいんじゃないかというのが校長先生の考えだ。どうなるかわからないがね」

「ウォルターは?」

とメサージェ。

「ウォルター君は、まずはドラッグから抜けるために入院だ。ウォルター君には家族のフォローが必要だよ」

島谷栄治は微笑んだ。

「でも、あたしもドラッグを売っていたんです。同じように罪になるはずです」

「うーん。その辺は何とも言えない」

「待ってる」

と雄治は言った。アメリカではこういう時何て言うのかわからない。だから日本映画の真似をする。

「ずっと待ってるから」

「UG・・・」

スパーン、とハリセンがとんだ。

「って、何すんだよ!」

「わが子のラブシーンは恥ずかしい」

「ラブシーンじゃねぇだろ!」

しかし、メサージェが笑ってくれたので、雄治は満足だった。



 

 結局のところ、ライアングループとウォルターグループは、それぞれのトップをのぞいて全員保護観察処分ということになった。学校長のミスター・ブラウンと、カリフォルニアYAMADAの社長がフォローにつくというので裁判官も安心したらしい。

 ただし、ライアングループはライアンを除いて全員、ウォルターグループはメサージェをのぞいて全員がドラッグをやっていたので入院することになった。ドラッグはほんの数回で常習化する、恐ろしいものなのだ。

 そして、ついでのようだが、テッドも入院した。父親が気づいて入院させたのだ。被害妄想的な心境に陥っていたのはドラッグの常習化も原因だったようだ。

 メサージェは毎日ウォルターに励ましの手紙を書き、ママと一緒に週末に会いにでかけるが、何故かたいていアリソンもついてくるそうだ。メサージェに言わせると、アリソンに自分たちがつきそっているような気がしてくるらしい。ウォルターも気づいたろう。自分がどれほど愛されていたかと言うことに。

 ある日雄治のところにもウォルターから手紙が来た。「あ り が と」とひらがなで四文字。メサージェが書かせたのかと思って見せたが、メサージェには読めなかった。そして意味を聞いて泣き出した。

 ウォルターは日本語の勉強をしてくれたらしい。雄治もその日からウォルターに手紙を書いている。早く戻ってきて欲しいと思う。一緒にピザを食べに行こうと思う。チェリーコークを飲んでもいいと思う。

 ライアンは、校長の思惑通り、本当にカリフォルニア以外の少年員に行った。場所は絶対秘密で校長でさえ知らないらしい。そして時々移動されるのだそうだ。組織から追われないように。

 本当にいつかライアンと日本に行くことがあるかもしれないと雄治は思っている。ライアンは自分の境遇を諦めていたけれど、全く違う場所なら、しがらみもなく、ライアン自身の人生がはじまるかもしれない。

 そう言う雄治は、何事もなくスノラ・ハイスクールに通っている。英語がなかなか読めないので、体育と数学だけが得意だ。日本人だからコンピュータが得意だろうとしょっちゅう言われるが、打ち込む内容が全部英語だから分からない。そうするとメサージェが来て耳元で教えてくれる。

 最初は警察が護衛についていたが、組織から狙われる気配はなさそうで、というより、ライアンが、サムライのせいにしとけ、と言ったのはそもそも冗談だ、というのが仲間たちには分かっていたようで、そんな噂はちらとも広がらなかった。

 カリフォルニアYAMADAは新プロジェクトをたちあげ、スノラは活気づいている。

 

 そういうわけで雄治はスノラ・ハイスクールを卒業することになりそうだ。17歳の誕生日とは大違いになりそうな18歳の誕生日と、ウォルターたちが帰ってくる日をドキドキしながら楽しみに待っているのだ。








 義母が倒れて、小説投稿しようという気にならなかったのですが、最近ようやく車イスに乗れるようになりました。

 小説を終わらせられてほっとしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませて頂きました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ