21 用心棒 (雄治)
七人か。
無理。逃げよう。
と言ってしまいたい。
大助のとき、俺は、俺一人武器を持って丸腰の相手に向かったんだ。相手が大勢だったとは言え、そこにあったもので応戦されたとは言え、俺は、大助を取り返せると信じてた。余裕があったんだ。
それは俺の独りよがりで、大助はそんなこと望んでもいなくて、結局暴力で無理やり引き剥がしても大助を取り戻したことにはならなかった。
大助は、でも、感謝してくれた。
俺の気持ちを分かってくれた。
ウォルターは?
俺はウォルターのことは知らない。どんな奴かよく分からない。
だけど友達に裏切られるのをやたら怖がる奴だってのは知ってる。
いじめられて孤立してたからなんだろうな。
メサージェが助けに行きたいと思うなら、助けに行った方がいい奴なんだろう。
ライアン一人でも勝てるかどうか分からない。他に六人もいるんじゃ勝負にならない。
とりあえず、脅かしてジムから出てきてもらって、そのスキにメサージェとアリスンでウォルターを助け出す。
それから逃げる。
そううまくいくかな。
うまくいかないと、警察が来て、ウォルターもメサージェも捕まっちまう。覚せい剤売ってたらどれぐらいの罪なんだろうこの国じゃ。軽くは無いだろうな。
ああ、ごまかすな俺。怖ぇのは自分のことのくせに。
クスリやってる奴相手だと、命まではとらないだろうと腹くくれないんだよな。
怖ぇ。おい、マジ怖ぇよ。誰か助けてくれよ。
俺はジムの出入り口の横に立った。
来やがれ。
ガラスの割れた音が聞こえた。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10・・・
くそっ、出てきてくれ!
心臓が痛ぇ!
ガンッ! と鉄の扉を中から叩く音がした。来た。
そして扉が内側から開いた。
ゲーッとのどの奥から変な音をさせながら出てきたのは、ライアンの取り巻きの一人・・・二人・・・三人・・・よに・・・、全部かよ! 一気に出て来るんじゃねぇ!
時間が命だ。外の空気を二回吸わせちゃ落ち着かせちまう。俺は一番近くの奴の耳を竹刀の先でひっぱたいた。
ギャーッ! というアンギラスの鳴き声のような悲鳴が聞こえた。
アンギラスは名前しか知らないけどたぶんこんな鳴き声のはずだ。
耳にあたるとものすごく痛い。頭爆発したように痛い。しばらく動けないだろう。
当然他の連中はそいつに視線を取られた。そのすきにもう一人の後頭部を大上段から打ち下ろす。
ぐえっ、と変な声を出して前のめりに倒れてゆく。
サムライだ! おお、しっ。と声がする。
良くない言葉を使ってはいけません。
三人ともナイフを出した。でかい。そんなもん持ち歩いてたら転ぶと自分にささって死ぬぞ。
やめて。ほんとに。
わあっ。
一人の手からナイフをたたきおとす。同時に、背中に衝撃。蹴られた。つんのめる。やべぇ。体を落として振り返りざま、足切り。切る。切る。切ってやる。
地稽古万歳。
ぶった、切る。
突然、背中に火がふったような熱い衝撃があった。今度は何だ。
ふりかえると、テッドが妙なものを持っていた。
手が触手? じゃないな、ムチ? ムチか? テッド変態? じゃなくてなんか動物に使うやつか? 馬か? 牛か? 俺人間なんだけど。痛いんだけど。
「カタナよりこっちの方が長ぇだろうがよ! けっ、けっ、けっ」
テッドが変だ。そうか、こいつクスリやってんだな。
俺なんも悪いことしてないのになんでだよ。
これが人生なんだな。うん。
背中、なんか、じわっと出てくる。血? 裂けたのか? なんか三人地面でのたうってて、テッドがムチ持って前に立ってて、横に一人、後ろに一人。
・・・・って待てよ。ライアンは? ライアンの奴、作戦に気づいて出てこなかったのか。これじゃウォルターを助けられないじゃないか。
「おまえは歴史だ」
とテッドが言った。俺は歴史なのか。うわ、なんかすっげぇ褒められたかんじ。俺、そこまで強くないけど。
※おまえは歴史だ。とは、おまえはすでに死んでいる。つまり、
ぶっ殺す、という意味。
「ありがとう」
と言ったら嫌な顔をした。なんだろう。
ムチが来る。すげえ、宙をのたうって来る。俺は左肩でよけた。よけたのかな。左肩が服ごと裂けた。
三人とも勝ち誇ってゲラゲラ笑ってる。
負けたかな。
「どうした。カタナが届かないぞ。ここまで来いや。えさをやるぜ、小猿よ。おまえの父親のケツの穴掘ってやる。ひいひい泣かせてやるからよ」
父さんは痔じゃないぞ。
ムチが飛んできた。見切れなかった。とっさに竹刀でよけた。竹刀にムチが巻きついてしまった。
「やった!!」
「カタナがなきゃただの猿だ!」
ナイフを持った二人が走りよってくる。
馬鹿かこいつら。
俺はムチが使えなくなったテッドの方に走りこみ、ムチを巻きつかせたまま袈裟がけにぶった切った。
「痛-い!」
テッドがムチを離して転げながらわめく。
「痛―い! 痛―い!」
クスリやってても痛いものは痛いんだなぁ。
俺はムチを手にとって、地面を打ってみた。シュルッと先が地を這っただけだった。だめだ。素人には使えない。
「UG!」
叫び声が聞こえた。
ふりかえると銃と、それを持ったライアンが居た。ゴミ箱のアルミの蓋がライアンの足元でウワンウワンウワンと音をたてていた。
ライアンはチラリと右を向いた。右目でライアンを見ながら左目でそちらを向くと(気持ちでは)、メサージェが怯えた顔で、でもライアンを睨みつけていた。
ライアンが俺を撃とうとして、メサージェがアルミの蓋を投げつけたんだ。
死んでたかもしれない。下半身が冷たくなる。
「どいてろ」
ライアンは言った。
無事な二人が離れていく気配がした。俺よりライアンの方が恐ろしいんだろうよ。
銃口。むけられているあたりの細胞が痛む。
「なぁ、サムライよ。カタナの時代は終わったんだ。おまえはおまえの時代に帰れ。銃には勝てん」
ライアンはぼそりぼそりと言う。ドラッグをやってる風でもなさそうだ。
俺の頭のアドレナリンがすうっと冷める感じがした。
勝てない。確かに、こいつには勝てない。
「それじゃ日本はUSに勝てん」
背後の出入り口からアリスンがジムにもぐりこんだのが見えた。
見るな俺。そっちに視線を移すな。気づかれちゃ終わりだ。
「おまえはウォルターの友達か」
「ボディガードだ」
「あいつはろくでなしだ。俺と同じだ。放っといてやれ」
「そうはいかない。メサージェの兄貴だ」
「そうか・・・」
ライアンが銃を構えなおした。眼光が俺の目を突き刺した。
なんだこいつは。
足が震えてるのか俺。ふざけんな俺の足!
確かに竹刀なんか届かねぇ。くそ。
俺は、竹刀を腰にさした。
「UG!」
メサ-ジェの狂ったような悲鳴が聞こえる。取り巻き連中に捕まってるんじゃなければいいが、そっちをふりむく余裕がない。
俺は両の腕をキモノからぬいてふところ手をした。後ろからせせら笑う声が聞こえる。降参したように見えるのか。
左の方でザザッと地面を蹴る音がした。メサージェが動いたらしい。ライアンの三白眼がそっちに向いた。
今だ!
俺はガバッともろ肌ぬいでたもとの石を投げつけた。『用心棒』じゃ包丁だったパクリだ。
日本人が銃知らねぇと思うなよ!
ガ ア ン ッ !
爆音。
心臓にハンマ-くらったような衝撃だった。足がすくんだら終わりだと思ったが、弾があたって無いのは分かってるのに実際足はすくんでおり、歯をくいしばって動き出すまでが恐ろしく長い時間のように思え、自分の動きもスロ-モ-だが幸い相手の動きもスロ-モ-だったから、いや、そう見えたんだろうが、俺は地を蹴ってライアンに向かって突進した。技も何もあったもんじゃねぇ、抜いた竹刀を力まかせにライアンの腹に突っ込み、さすがに痛いのか体をおりまげたんで低くなった頭を上空にふりあげた竹刀でたたきおろそうとした。が、その竹刀を、掴まれた。
ぞっとした。
ライアンは銃を放ると竹刀をつかみ、一息で真ん中からへし折った。どうしようもなかった。俺は目の前で竹刀が折られるのを見ながら、必死で、せめても足元に落ちた銃を蹴った。取り巻きたちの所にとぶかもしれないがとにかくライアンのところにあるよりましだ。
ドンッ、と腹に鈍痛を感じて俺は宙を飛んだ。信じられない。人間に蹴られて体がすっとぶなんて。マンガみたいだ。
受身なんて取れない。背中からしたたかに落ちた。
痛ぇ・・・っ! 息が、できねぇ。背中が裂けてたんだった。
俺の腹はどうなったんだ。俺の背中は? さっき俺が地面にのたうち回らせた奴と同じように今は俺が海老のように地面でうねっている。
みっともないなんて考えてる余裕も無いほど苦しい。
ライアンが近づいてくる気配がする。人食い熊だ。迫ってくる。
なんかもう早いところ楽にさせてくれってぐらい痛ぇ。さっきの弾当たったんじゃないだろうな。
「ライアン!」
俺じゃない奴が叫んだ。ライアンの敵っぽい声で叫んだ。男だ。誰だ。
ライアンは首をめぐらせた。俺も、霞む目をこらしてそっちを見た。
ウォルターだった。ウォルターがアリスンの前に立っていた。口が切れて顔の下半分が血まみれになっている。殴られたんだな。しかし普通に五体満足で服も乱れてないじゃないか。ずるい。
・・・って待て。手に・・・?
ウォルターは銃を持っていた。ライアンの銃だ。ウォルターが出てきていたのか。
「アハッ アハッ アハッ どうだライアン! こっちに来いよ。いや、待て、逃げろよ。おまえが逃げる所見たいなぁ。怖がって逃げる所見たいなぁ。逃げたら撃たないでやるかもよ? わっかんないけどぉ。どうだいライアン! いっつも俺を虫けらのように見下しやがって! ざまぁみろ! 俺だってなぁ、銃ぐらいありゃ、力さえありゃ、おまえに勝てるんだ! どうだぁっ! アハッ アハッ アハッ」
やべぇ・・・。
人殺しになる。助けに来たのにウォルターが人殺しになっちまう!
ライアンは逃げなかった。首を回した。ゴキリと音がする。それからぼそりと言った。
「・・・そうか。おまえは、俺に勝ちたかったのか」
ウォルターの目が見開かれた。
「・・・そうだったんかよ。 ・・・じゃあ、撃て」
ウォルターは目を見開いたままライアンを睨んだ。見る間に顔がゆがんだ。泣き出しそうだった。ライアンはゆらりと一歩進んで、言った。
「撃ったらなぁ・・・。おまえなぁ、・・・家に帰れ」
「違う。・・・違う! 違う! 違う!」
そして、次の瞬間、ウォルターは銃を自分の胸にあて、体を二つに折り曲げると、引き金を引いた。
「 「 ウォルター !!! 」 」
誰の悲鳴かわからない声が響いた。
銃声が夜の校舎に響き渡った。