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2、日本人は変    (メサージェ)

「メサ−ジェ・イ−デン。ミスタ−・ブラウンがお呼びだよ」

アメリカ史の先生が授業の前にあたしに言った。ミスタ−・ブラウンはわがスノラ・ハイスク−ルの校長。

 今度はなにやらかしたのって隣に座ってるアリスンから声がかかったし、あたしも思わずヤバいと思ったけど、先生は続けて言った。

「なんだか留学生が来ているらしいがね。君、チュ−タ−なんだって?」

「あ、あれかぁ!」

めんどくさいけど、ちょっとでも授業をサボれるんならまぁいいか。ドアを押し開けて中庭に出て、校長室に向かった。

チュ−タ−ってのは、留学生の指導係のこと。こんな田舎のガッコだけど、それでも大合衆国の学校だもんね。うちで学びたい人間がアジアや南アメリカから大勢やってくる。そういった留学生は何も知らなくってとても一人にはしておけないから、指導係がつく。そして、指導係にはお金がもらえる。

なんたって年間300ドルは魅力だもの。年間と言っても手間がかかるのは最初の数週間だけで、あとはほったらかしといても誰も文句言わないし、こんなボロい金儲けないっしょ。

というわけで、大勢の候補者がくじ引きに群がって、あたったのが私だったってわけ。

あたしに決まったこと、先生はあんまりいい顔しなかったけど、そんなの知ったことじゃないもんね。

 「入りま〜す」

校長室の中にはミスター・ブラウンと男の子が一人座っていた。

 うわぁ、スノラじゃ珍しい東洋系の男の子だ。

 ・・・って、待って、男の子? まさか、待ってよ、この子が・・・。

「ああ、待っていたよメサージェ」

ミスタ−・ブラウンがいつものニコニコ顔で立ち上がった。

「紹介しよう。メサ−ジェ、彼はユ−ジ・シマタニ、日本から来た留学生だ。ユ−ジ、彼女はメサ−ジェ・イ−デン。君のチュ−タ−だよ」

嫌な予感は的中した。

 冗談! あたしがお世話するのって、同じ年の高校生じゃなかったの! 中学生の面倒みるってどういうこと!?

 UGという変な名前の男の子は、わざわざ立ち上がると、あたしに向かってペコッと頭を下げ、言った。

「よろしくお願いちまちゅ」

 ・・・言葉が赤ん坊並だよぉ。

 ま、しかたないか。300ドルはただじゃもらえない。

「こっちもよろしく」

と私は近づいていって、UGをハグしようとした。

 それなのに、

「うわあああっ!」

UGは何がどうしたのか奇妙な悲鳴をあげてあたしをつきとばし、その反動でソファに足をひっかけると、ソファを倒しながらひっくりかえったのだ。

「ちょっ、どういうこと!」

あたしはやっと倒れずにすんで、はミスタ−・ブラウンをにらんだ。

「あたし、こんな侮辱をうけたのは初めてです! いったい何考えてるのこの子!」

「まぁまぁ待ちなさい」

ミスタ−・ブラウンはいつでも表情の変わらないニコニコ笑いをした。

「日本ではハッグ(挨拶の為に抱き合うこと)の習慣が無いんだよ。日本は仏教国だ。仏教徒では男性が女性にふれるのはタブ−とされている。彼が驚いたのも無理はないね。君は宗教学の授業でAをとっていたろう? 君なら配慮してあげられたんじゃないか?」

「男性が女性にふれないんなら今頃日本人は根絶やしになってるはずでしょ」

ミスタ−・ブラウンはポッと頬をそめた。

「そこが東洋の神秘なんだね」

そんなはずがあるもんか。

「いやまぁ、一生触れないというわけではなくて、まず七歳になったら男女は席を同じにしない、という取り決めがあるんだ。それで、男女は別々の家に住み、別々の学校に通うんだ。学生の間中それは続く。だから、UG君が女性を見たのは七歳以来、十年ぶりということになるね」

「ふうん。・・・十年ぶり?」

「ああ、彼は十七歳だから」

「・・・・・」

東洋人って、なんで成長遅いの。だからやたらと長生きするのね。

あたしは、起したソファに手を置いて怯えたようにこっちを見ているUGをもう一度見た。

あたしは化け物じゃないっての。

「じゃ、いいねメサ−ジェ。さっそく今日から彼も授業に参加することになる。時間割を決めなければならないよ。手伝ってあげてくれるね。隣の事務室に準備はしてあるから。頼んだよ」

「は〜い。・・・UG、行こ」

UGに手招きすると、おとなしくついてきた。こうやって並んでみると、意外と背は私より高い。5フィ−ト7インチってとこかな。肩幅はまぁまぁ。でもなんて言うか、厚みがね、絶望的に薄いわ。Tシャツ着てるのに胸の筋肉がわからないなんて信じられない。そんなの男じゃないわよね。

 事務室に行って、カリキュラム表を見せながら、聞いてみた。

「何を勉強したいの?」

「何をって、何をでちゅか?」

「だから、ほら、数学とか、化学とか、歴史とか、いろいろあるでしょ。どれを勉強する? あ、体育は必修科目だから、絶対とってね。何がいい? フットボ−ル? 陸上? アウトドアアドベンチャ−?」

それなのに、UGは真っ黒いつぶらな瞳で私の顔を見てるだけ。

「もうっ! わかんないの! 時間割! 勉強したいものを、選ぶ! わかった?」

「選ぶ? ボクが選ぶんでちゅか」

「あたりまえでしょ!」

「学校で決まってるんじゃないんでちゅか」

「はあ? なによ、日本じゃあなたの勉強する科目、学校が決めるとでも言うの?」

自分で言っててあまりのありえなさに笑ってしまったのに、UGは表情を変えなかった。これは、言葉がわからなくて冗談が通じなかったのか。それとも、冗談は通じたけれど、日本人の感情って顔にあらわれにくいのか。それとも冗談で言ったことが図星だった、とか、・・・まさかね。

「選べるんなら、やりたいものあるでちゅ。日本で好きだったでちゅ」

「へぇ、何?」

「ええと、英語で何て言いまちゅか」

と言って、何か日本語をつぶやいた。

「そんなの私が知るわけないじゃない!」

「ええと、メ、メンデル、ワトソン、クリック」

「あ、遺伝学?」

「ちがうでちゅ。え〜と、たとえば・・・」

U・Gは両手を横でバタバタさせた。

「? 鳥?」

U・Gは右手でOKマ−クを作った。それから床に手をついてピョコンとはねた。

「ああ、蛙? あ! わかった! バイオロジ−! 生物ね!」

U・GはOKマ−クを作って力いっぱいうなづいた。

 ああっ、科目一つ説明するのにこの大騒ぎ! この調子がずっと続くの−っ!

 これで300ドルぽっちなんて。ああ、失敗したなぁ。


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