15 パーティの夜 (メサージェ)
パーティ当日を迎えた。
はっきり言って疲れた。
学校にジムの使用許可もらうのも、飲食物を買って持ち込むのも、お皿の用意グラスの用意、音楽のデッキの用意ケーブルの用意音源の用意、何から何まで全部! あたしがやったんだから!
ウォルター! 手伝うっていうのは、もう少し控えめに仕事するものよね!
でもまぁ、そのほうが安心と言えば安心。
学校でのダンパだからアルコールは厳禁。ドラッグなんてとんでもない。守れなかったらウォルターグループは全員退学、参加者は停学になってしまうのに、ウォルターはどうもその辺ピンときてないところあるから、まかせると何するかわからない。
ウォルターは(ライアンもだけど)とっくに警察に目をつけられてるから、未成年者のパーティでアルコールを出した罪で別件逮捕なんてされたら一巻の終わりになってしまう。
午後六時。
そろそろライターの照明が入ってグランドではフットボールの試合の準備が始まっているはず。
いいなぁ。あたしも見に行きたかった。行けないかなぁ。
「メサージェ! ドリンク、カフェインフリーシュガーフリーダイエットライムとパイナップル風味コークが無いって苦情来てるけど準備してる!?」
ああ・・・。行けそうに無い。
ホットドッグもドーナツも売り子に説明終わってないし。
あ~あ。
ま、フットボールに客とられるだろうから忙しくなくていいや。
と気を抜いていたのが甘かった。六時すぎにはジムがいっぱいになってソフトドリンクが足りなくなってきた。しかも仮装パーティだってのに仮装してない客も目立つ。
「ちょっとジェフリー! 仮装してないと入れないんだって言ったでしょ-っ!」
受付はジェフリーだ。大声で叫ばないと声がとどかないぐらいの大音量で音楽が流れている。
「そのはずなんだがなぁっ! フットボ-ルがおもしっくねぇから入れてくれって言うんだよ!」
「おもしろくないったって、まだ始まったばっかりでしょ-っ!」
「さぁねぇ。なんでかねぇ」
ニタッと嫌な笑い方をした。
変だな、とは思ったのだ。
問いつめようとしたのだ。でも、この時ちょうど、UGが入ってきたのだ。
歓声が上がってそちらを見たら、そこにUGがいた。
目立たない、大丈夫って、あたしは言った。けど、嘘になっちゃった。
UGはこないだウォルターの買ってきたキモノを、でもなんだか地味な色の帯で着て来てる。手に持ってるのもこないだのカタナ入り木の棒じゃなくて、なんか木の枝をいくつか重ねて中身は空っぽみたいな軽そうな棒を持っている。
派手じゃない。ジムの中は古いところではスーパーマン。ジム・キャリー演じたマスク、バットマン、スパイダーマン、アラジン、アルマゲドンの宇宙飛行士とカラフルでカラフルでしょうがないぐらいだったんだけど、やっぱりホンモノにはかなわない。
サムライが、来た。
今ではみんなが知っている。ダウンタウンであたしを助ける為に、星条旗のプラスチック竿でナイフと戦ったUG。
ライアンと腕相撲で引き分けたUG。
カタナを目にも留まらぬ早業で抜いて枝を切って戻したUG。
テッドをジュードーで投げ飛ばしたUG。
初めて会った時にはあんなに幼く見えたのに。
「UG!」
「踊ろっ!」
「いやっ、あたしが先よっ!」
女の子たちがワッと群がった。
ああ、もうあたしだけのUGじゃないのね、と感慨にふけりたいところなんだけど、UGの反応はやっぱりUGだった。
「NO! NO! やめてくれ!」
UGは屠殺場に引かれてゆく豚のように必死の抵抗をした。そうだった、女が怖いんだった(注 誤解 踊るのが恥ずかしいだけ)。UGと同じくらいか高い背の女の子たちが群がってるからUGが埋もれてるみたいに見える。
「エキゾチックな服ね! 華やか!」
「この下なんにもはいてないの?」
ミニ-マウスの格好をした女の子が、キモノをひらっとめくろうとした。
「や、やめてくれって言うのに! 俺の言葉が通じないのか!」
「おもしろーい。これどうやって結んでるの?」
帯に手をかけられている。
「やめてくれ!」
UGの叫び声が聞こえる。そしてUGは叫んだ。
「メサージェ! メサージェーッ!」
呼ばれた・・・。お母さんみたいに。
ドッと笑い声が上がった。
「も-っ、メサ-ジェばかりが女じゃないのに」
「ほらっ、メサージェ、呼んでるわよっ」
だーっ、恥ずかしい・・・・。嘘、ちょっと嬉しい。すごく嬉しい。
で、恥ずかしいのに急いでかけよって助けようとしたのに、あたしを見てUGは逃げようとするのだ。
「ちょっと! 何よ、あたしを呼んだでしょ!」
「え?」
UGはあたしをまじまじと見た。つまさきから頭の先の耳まで。
それからはっとしたように目をそらした。
あ、そうか。あたしバニーだった。
バニーは嫌いなんだったっけ。
「なによその態度、自信あんのよ、見てよこの足」
と、いつの間に来たのかアリスンがあたしの肩に腕を置いてささやいた。
「あのね、UGはね、あんたの足に見惚れるのが恥ずかしくて目をそらしてんの。わかってやんなさーい」
「え・・・」
ほかの女の子たちがUGの手を引いて私のそばまで連れてきた。
「ほら、踊んなさいよ」
「チューターなんだから踊り教えてあげなきゃ」
UGはでも必死の抵抗を続けた。
「踊れない! 俺は踊れない! 日本人の男は踊らない!」
あたしは肩をすくめた。
「民族的な風習ならしょうがないでしょ。ほら、そんなにいじめないで、自分たちで踊んなさいよ。さ、UG、ママが迎えに来たから戻りましょ」
あたしはUGの手を引いて売り場に戻ることにした。ジムの中が大笑いになった。確かにバニーに手を引かれてゆくサムライってのは異様だろうなぁ。
それでもあたしたちがソフトドリンクスタンドの後ろにひっこむと、みんなダンスの方に夢中になっていった。
「助けてあげたんだからお礼ぐらい言ったらどう?」
「あ、あ、あ、ありがとう」
UGはすっかりうつむいている。
あたしの足に見惚れてて・・・ってアリスンは言うけど、全然こっちを見ないじゃない。
「それはそうと、あのカタナ、ウォルターからもらったやつ、どうしたの? どうしてこんな小枝をあわせたような棒持ってきたの? 気に入らなかったの?」
「いや、あんなカタナふりまわしたら人が死ぬ。これでいいんだ。このキモノも、本当は女物だけど、なんだろうな、ウォルターは、贈ったものを俺が使うと喜んでくれそうだったから、これだけはと思って着て来たんだ。ここじゃ誰もこれが女物だとは知らないだろうし」
「そうだったの・・・」
ちゃんとウォルターのこと気にしてくれたの。
「ありがとうUG。嬉しい。ウォルターをがっかりさせないでくれてありがと」
「いや、別に。・・・君はウォルターがすごく好きなんだね」
「もちろん。兄妹だもの」
「兄妹か、そうだね」
「どうしたの?」
「いや、別に。それにしても仮装してない人もいるじゃないか。俺がこんな格好しなくてもよかったんじゃないか?」
「それが変なのよ。本当は絶対仮装しなきゃいけないはずなのに。なんだか夕方から人が入りだしちゃって。チケット買ってなかった人たちまで入れてくれって来ちゃって。フットボールの方から流れてきたみたいだけど、サンタローザが強すぎて面白くないのかな」
そして突然、悲鳴が聞こえた。
すさまじい音量の中でもはっきり聞こえる程の大勢の悲鳴が。
曲がブツッと止まった。
静まり返ったジムの中で、低いうめき声だけが響く。うめき声をあげているのはジェフリ-だ。巨漢のジェフリ-が床に倒れて転げている。
ゾッとした。生理的な恐怖。ライアンが入って来ていた。
ジェフリ-をはるかにしのぐ巨漢。ちょうど半分だけをかりこんだ頭。グレズリ-のような面構え。そのライアンが、サミ-たち五人をひきつれてジムの入口に立っていた。受付台はひっくりかえされて真っ二つに折れていた。
「ウォルタ-は何処だ」
ライアンの酷薄な灰色の目がジムの中をにらみまわした。あたりを払う威圧感。空気が凍りついた。
ウォルタ-は更衣室を特別室にして中にいるはずだ。仕事はあたしたちにやらせて自分は遊んでる。
何をしたのウォルター。
ライアンが本気で怒ってる。
何をしたのよウォルター! このジムは盗難防止で窓に全部鉄格子が入ってる。逃げられないのよ、ウォルター!