14 りんごはうさぎで塩味 (メサージェ)
「パ-ティ? 誰かの誕生日か?」
ってUGがボケるんであたしは額をおさえた。
「幼稚園児? パ-ティって言ったらダンパに決まってるでしょ」
※アメリカでパ-ティというと、乱痴気騒ぎを意味するから気をつけよう。
昼休みにアリスンと一緒にUGを捕まえて中庭でランチを食べながらダンパの話をしたのだ。
「あんたの出番よ。用心棒やって」
「用心棒・・・」
「心配しないでも学校でやるんだからノンアルコ-ル。暴れる奴なんかいないと思うよ。ライアングル-プはグランドのフットボ-ルの方に行ってるし、今回はあんたはただの飾り」
「飾り?」
「そ-。サムライの正装して。こないだウォルタ-がキモノ買ってくれたでしょ。それからカタナ。あれを着て立っててくれればいいから」
「・・・・・」
UGは浮かない顔をした。どうして自分の国の民族衣装着るの嫌がるんだろう。
「だけど俺、目立つのは嫌なんだよな」
「目立たない目立たない」
「目立つよ」
「目立たないの。だって仮装パ-ティにしたんだもん」
「へぇ・・・。君たちは何になるんだ」
「何になろうかなぁ」
とアリスンが言った。アリスンは客だからまだ決めてないんだ。
「UGにあわせて日本のお姫さまになっちゃおうかなぁ。髪ゆって箸さして」
「箸?」
「日本の女って髪に箸さしてるじゃないの」
「・・・・・?」
UGには分からないようだ。そうか。女性と会えるようになったの最近だから知らないんだ。
「メサージェは何になるんだ?」
「何がいい?」
「リクエストしていいのか?」
「だめ」
「・・・・・」
アリスンがふきだした。
「メサージェはフロア担当なんだから、バニーって決まってるの」
「兎?」
UGはなにやら考えて、それから気づいたようだった。
「あの、バニーって、足がこう、網の?」
UGは自分の足に指で網目を入れた。日本人も知ってるんだ。
「そう、それ。似合うかな」
あたしは足を上げて見せた。足にはけっこう自信があるけど、今はジーンズなのであんまり意味がない。
それなのにUGは目をそらして、言った。
「やめたほうがいい」
え?
「そんなのやめたほうがいい」
「似合わないかな」
「似合わない」
なんだと?
むっとしたのが顔に出たらしい。UGはあわてたようだ。
「あ、いや、違う、似あう、似あうと思うけど、でも、そういうのは、やめたほうがいい」
UGはまた目をそらして、地面を見つめた。
何よ。あたしの足より地面の方が魅力あるってーの。
「決めた。あたし絶対ものすごーくセクシーなバニーやってあげるから」
いーっとしたら、ぶーっとアリスンが噴き出した。体を二つに折って必死に笑いを抑えようとしているようだ。
なんだってぇのよ。
「メ、メサージェ、鈍すぎっ。そこは分かってあげなくちゃ」
何のことよ。
なんだか不愉快になったんで無視することにしてランチボックスからサンドイッチを取り出した。ビニルパックに包まれたターキーサンドとりんごとダイエットコーク。
ふふん。アリスンや他のたいていの生徒はみんなポテトチップスかドリトスをランチにしてるけど、あたしは健康を気にしてるからちゃんと作ってくるもんね。
どうよUG。あんたのランチは何?
と、UGのランチボックスの中身を見て、あたしとアリスンは悲鳴をあげた。
「ちょっと待ってよ! なにそれ! これライスボ-ル?」
※おにぎりのこと。
「チキン、お魚、サラダ。なにこれりんご?」
「どうしてこんなひらひらした切り方するの?」
※うさぎさんのこと。
「どうして学校でお昼にこんなごちそう持ってくるの-っ」
「社長の息子っていやーっ!」
UGはうろたえた。
「日本ではこれが普通なんだ。俺なんかまだ質素なぐらいだ。母親が料理苦手だからな」
くわっ、と自分の顔がひきつったのが分かった。
UG・・・あんた、あんたまさか・・・。
「まさかあなた、ママにお弁当作ってもらってるなんて言わないでしょうね!?」
UGの顔がこわばった。否定しない。
ありえない! 絶対ありえない!
「信じられない! 高校生にもなって! あ! 違う、日本人は男性が料理を作らないのね。それでママを奴隷のように使って従わせてるんだ。あなたは王子様のようにただ料理を作ってもらうだけ。こんなお弁当作ってもらって質素だなんて言って、礼も言わずに食べるだけなんでしょう」
「いや、違う」
UGが顔をこわばらせたまま両手をふった。
「メサージェ、顔怖すぎるわよ。UGがおびえてるじゃない」
「怖くもなるわよっ!」
「UGの弁解聞いてあげたら? いくらなんでもランチをママに作ってもらうはずがないじゃないの」
UGもこくこくうなづいた。
「もちろん、もちろん、俺が作ってるんだよ。俺が言ったのは、母親が料理が下手だから、教えてもらえなくて、俺も下手だということなんだ」
UGはそう言って私の顔をうかがった。
あ、ホントに怯えてるみたい。
私ってそそっかしくってすぐ誤解しちゃうからな。日本人を馬鹿にしたみたいで恥ずかしい。
「ごめん。変なこと言って」
UGが目に見えてほっとしたようだった。アリスンがまた噴き出した。
「いいんだ。いいんだ。それより少し食べてみる? もしよかったら」
え? いいの?
「じゃあサンドイッチと交換しない? 文化交流ってことで」
「ああ」
というわけでターキーサンドとおにぎりの交換とあいなった。アリスンもちゃっかりおにぎりに手を出している。大きなお弁当箱にごちそうどっさりなんだからいいよね。
先に言ってしまえば、UGのお弁当は感動だった。あたしはアリスンは大騒ぎしてしまった。
へえ、これ、手で食べるんだ。アジアって感じ。あ、そうか、サンドイッチも同じか。
へえ、ライスって丸めるとこんな味になるんだ。
んっ? なにか出てきた。え? これツナ?
ツナ(かつおぶしのこと)なの? 嘘っ! 信じられないぐらい美味しい。
で、これが卵? わざわざ薄くのばして巻いてあるわけでしょ? ・・・って、何これ! 美味しーッ!
美味しすぎる! これただの卵じゃないでしょ! うちの卵と全然違うじゃない! どうしてっ!
これが日本食ってものなの!?
UGを見ると、ターキーサンドを一口食べてぼんやりしてる。口にあわなかったのかな。
アリスンがニヤッと笑った。
「UG、今メサージェに見とれてたでしょ」
!
「なっ!」
UGは赤くなった。
何言ってんのアリスン!
「み、見とれてない! いや、見てたけど、そりゃ、日本の食い物をどう感じるかと思って見てただけだ!」
「ふうん。あたしの方は見てくれないんだぁ」
「 ! ! ! タ、ターキーっていうのは、少し生臭い気がする。俺には無理だよメサージェ」
「・・・それってまさか、メサージェの嫌がること言って見せて、メサージェのこと好きじゃありませんってふり? えええええっ、日本の男って可愛いーっ」
UGはもうどうしようも無くなったらしくて立ち上がろうとした。
まさか、逃亡。
あたしも見動きできなかったけど、あんたが先に逃げたらあたしはどうしたらいいのよ。
「待って待って、冗談よ、冗談」
アリスンが笑いながら座らせた。
「ご飯食べようよ」
「・・・食欲無くなった」
「あらぁほんとー」
アリスンは中庭中に聞こえる大声をあげた。
「みんなー。UGが日本のお弁当食べていいって」
女の子たちの首がこっちを向いた。
みんな好奇心旺盛なのね。
この町には日本食レストランさえないもんね。
わらわらわらと寄ってきて、次々にUGのランチボックスの中に手をつっこんでは、口に運んでああだこうだと批評を加える。
りんごが塩味なのはなんでか、と聞く声のほうを見てギョッとした。
UGは気づいてないけど、初めてUGがこの学校に来た時、日本に帰れ! とどなった中の一人なんだ。
「ちょっとシンシア! あつかましいんじゃない? UGは嫌ってて日本食は好きなの?」
シンシアはすまして答えた。
「事情が変わったの知らないの? YAMADAで働いてるものはみぃんなAG・シマタニに協力することになったのよ。だからあたしたちもUGのお友達になっていいわけよ。もうメサージェだけのUGじゃないんだから」
「なっ・・・」
意味が分からないでいるうちにシンシアはUGの隣に座ってしまった。UGは早口の英語がまだ聞き取れないようできょとんとした顔で見ている。
「ご機嫌いかが? あたしシンシア」
これはわかるみたい。
「え、ええと、俺は元気です。ありがとう。あなたはお元気ですか?」
たどたどしさに、聞いていた女の子たちがドッと笑った。
「UGって可愛い。サムライのストイックさがたまらない」
「ね、さわっていい?」
「黒髪がク-ルだと思わない?」
「クール?」
UGがショックを受けたように顔をしかめた。
「何か悪いことしたか?」
※アメリカでクールとは冷たいということではなく、かっこいいという意味である。
「ねぇ、髪一本抜いていい? たくさんあるんだからかまわないでしょ」
「ほらほらみんながいろいろ言うからうつむいちゃったじゃないの。UG、顔あげて-。こっちこっち」
動物園の猿かっての。
あー、だめだ。やっぱり女に慣れてないんだなぁ。身動き取れなくなってる。
でも助けるとまたアリスンが何か言うしなぁ。
どうしよう。
と考えている間に冷たい声がかかった。
「もててるじゃねぇか」
テッドだった。
結局無傷だとばれて病院を追い出されて仕方なく学校に来てるんだよね。ぴんぴんして。
テッドはジロリとシンシアを睨み、続いてUGを見下ろした。
「いい気になってんじゃねぇぞ。俺はだまされん。おまえもAG・シマタニも、大嘘つきだ。俺の父親までだましやがって。カタナをふりまわしてアメリカ人にケガさせても平気で学校に来ていられるってわけだ。校長にいくら払ったよ。ああ?」
いいかげんにしろ! USの恥さらし!
思わず殴りつけようとしてあげた手をUGにつかまれた。それからUGはなんとあたしをひきずるようにして無理やり座らせた。
もう! こういうところは気に入らない!
あたしはUGをにらんでやったけどUGはわずかに困ったような顔でテッドを見て、テッドの悪態にただ一言で報いた。
「パードゥン・ミー? (もっぺん言って)」
うっ・・・・。
あたしは知っている。UGはマジだ。そうだ、テッドの言葉が早口な上にスラングばっかりで全然聞き取れなかったんだ。で、困ってもっとゆっくり言ってくれと頼んだんだろう。
でも、これは・・・、すごい。
そこにいた全員、テッドとあたしとUG以外の全員が爆笑した。UGはきょとんとしている。だろうなぁ、自分がどれほどテッドを愚弄したか分かってないんだろうなぁ。
テッドの顔は見る間に赤黒くなっていった。
やばい、またはじまってしまう。
こないだのジュードーで無傷だったのは、後でUGに聞いたらジュードーは授業でしか習ってなくて、テッドは確かに空中で一回転したけれどただUGの背中をころりと転げただけでたいしたスピードがついていなかったからだそうだ。
そしてジュードーは下手な人間ほどケガさせがちだから、テッドが無傷だったのはただUGの(テッドも?)運が良かったからで、実は本当にテッドに大ケガさせていた可能性だってあったんだそうだ。
だめだ。こないだみたいになったら。
あたしはテッドに声をかけた。
「テッド、今日は一人なの?」
テッドはのどの奥でうめいた。
あれ? なんか、よけいな傷口突いた?
わきの下から冷たい汗が流れる。
「だめよメサージェ」
シンシアが笑った。
「言ったでしょ、事情が変わったの。YAMADAの従業員がAG・シマタニを認めた以上、学校でもUG・シマタニと敵対しようという人間はもういないの。目的が無くなったらテッドの取り巻きになりたい人なんかだぁれもいないってわけ」
テッドはそう言うシンシアには目もくれず、なぜだかあたしをにらみつけた。
「知ってるんだぞ俺は。おまえが俺を売ったんだろう。俺が先に手を出したなんて嘘をつきやがって」
あたしはアリスンと顔を見合わせた。
テッドったら、なんかおかしい。自分が無抵抗のUGにケンカを売ったってことを忘れて、本気で被害者のつもりになってしまってる。危ない、気がする。
「テッド、どうしたのよ、あんたらしくないじゃない」
あたしは言った。
「あんたが悪い奴じゃないってあたし知ってる。落ち着いてよ、ね?」
「そうだよ」
アリスンも言った。
「あたしたち仲良くしてたじゃん。あんたのパパのエドウィンは町一番信用できる人だし、あんたはそのエドウィンの自慢の息子でしょうが。どうしちゃったのよ」
「父さんは俺を裏切ったんだよ」
テッドはあたしたちの足元につばを吐いた。
「媚売りゃ俺がおちると思ってんのか、淫売が!」
そしてそのまま歩き去ろうとした。
あたしは体が凍ったようで動けなかった。
生まれて初めて言われた言葉。・・・こんなにきっついんだ。
そのあたしの横をすうっとUGが抜けて、テッドの腕をつかんだ。
「なんだ、こら・・・」
テッドはUGの腕を振り切ろうとした。でもあたしは知っている。それができるのはライアンだけ。
「ビッチ(淫売)とはどういう意味だ。説明してくれ」
雄治の丁寧な発音が、地の底から聞こえる冥界の言葉に聞こえた。
これはさっきとは違う。知ってて聞いてる。
テッドは一度UGに投げ飛ばされてる。一瞬目に怯えの色が走った。でも、意地の方が勝った。
「ビッチってのはな、誰とでも寝る女だってことだよ! 教えてやるよ、小猿が! おまえがお姫様みたいに崇め奉って守ってるそのメサージェはな、ウォルターの女なんだよ! なのにおまえにも尻をさしだしてるのは利用するためなんだよ。あわれな小僧だ。恥ずかしくて見てらんねぇよ」
UGはあきれて首をふった。
「ウォルターはメサージェの兄さんだ」
「ぶっ!」
テッドは大げさに噴き出した。
「そう言われたんだろう。だから哀れだって言うんだ」
「・・・・・」
UGはふりかえってあたしの顔を見て、そして安心したように微笑んだ。
当然! あたしとウォルターの間にはやましいことなんて何も無い。
あたしよりアリスンのほうが怒った。
「ウォルターとメサージェの名前をその汚い口から出すんじゃないよ。血はつながってないかもしれないけど、二人は兄妹だよ」
「あんたひどいよテッド!」
叫んだのはシンシアだった。
気がつけば女の子たちがあたしを守るように立ってテッドを睨みつけている。
女の子が一番怒る言葉を口にしたんだもの。報いをうけなきゃ、テッド。
UGは静かにテッドのほうを向いた。そして、不気味な沈黙の中に立っていた。
物を言わないってどうしてこんなに恐ろしいんだろう。
UGが前に出ようとする気配があった。その瞬間、テッドはくるりと背を向けて歩き出した。あたしたちはその背中を見送った。怖くなったのだろう、分かる。逃げ出したのだと思われないぎりぎりのタイミングで逃げ出したのだ。走り出さないのが立派だけれど、テッドはだんだん足早になった。UGが追いかけてきているかもしれないと恐怖に取り付かれたんだろう。
アリスンやシンシアはあっさりテッドを無視してランチの続きのために座りはじめた。別な女の子がUGにコーラを渡した。
あたしも座ろうとしてテッドの方を見た。
テッドは校舎の陰にいた。こっちを見ていた。
すさまじい恨みの視線だった。このままでは終わらない。そんな予感がした。