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13 水晶の家     (ウォルター)

 自分ちの鍵を無くした。

 使うこと無かったから。

 メサージェのママの車が無いことを確認してドアを叩いてインタフォンに声をかける。

「俺だよ〜ん」

ばたばたばたっ、と音がする。

 メサージェが鍵を開ける。そして嬉しそうな顔で俺に向かって両手を広げる。ほうらね。

 「ウォルター! 帰ってきたの!」

帰ってきたんじゃねぇよ。

 俺はメサージェを押しのけた。

「おまえに話があってさぁ。乗ってちょ」

ジェフリーの運転するベンツを親指で指差す。ライアンに負けないように買った車だ。ライアンは車なんか持ってもいねぇのに。

 メサージェの笑顔が消えた。

「い・や。車の中は嫌。ここは私んちだし、あんたの家! 中で話をすればいいじゃない」

メサージェは強情だ。

 ま、いい。家の中ぐらい平気だ。

 水晶だらけの家の中。メサージェのママは相変わらず水晶探しの仕事してんだな。きらきら光ってる。

「売れねぇのかよ。こんなに家の中水晶だらけで」

「売ってるけど、気に入った奴は残してるからこうなるの」

「それじゃ商売にならないんじゃね?」

「あんたのパパが水晶好きで喜んだからあたしのママは水晶取りにとりつかれちゃったんだからね。夜中にならないと帰ってこないし、全然帰って来ない日もしょっちゅう。あんたも帰ってこないからあたし一人ぼっちなんだよ。強盗に殺されたらあんたのせいだからね」

「はああん。殺されるのは強盗のほうじゃない」

キッチンのカウンターに座った。懐かしい。この隣の席にはパパが座って、並んでコーク飲んでた。

「どうして帰ってこないの?」

メサージェはいつもの質問をした。いつもの答えをかえそう。

「義理の母親と義理の妹だよ。ここに俺のいる必要全然ナシ」

メサージェはいつもと違う目で俺を見つめた。

「そうなんだろうなって考えてた。今までは」

そして、カフェインフリ−・シュガ−フリ−・ダイエット・チェリ−・コ−クを俺の前に置いた。俺たちの気に入ってたフレイバー。あれから一度も飲んでない。

「まだこんなもん買ってんの。ガソリン味のコーク」

「ガソリン飲んだことあんの?」

「無い。だけどこんな味だって確信があるね。・・・つまりこれも、父さんが好きだったからわざわざ買って置いてあるってことだろ。いやぁねぇ、女々しい人嫌い」

「だから帰ってこないんでしょ?」

「あはん?」

「この家にいると、パパのこと思い出してつらいから帰ってこないでしょ。最高のパパだったもの」

俺はチェリ−コ−クのプルトップを開けて、缶を倒した。奇妙に赤い液体がタイルに流れてゆく。

「ずいぶんロマンティックなこと考えたんじゃない? メサージェらしくもない」

「こないだUGと話してて思いついたの。ほら、UGがうちに来たって言ったでしょ」

「・・・アホらし」

ママは俺が小さい時出て行った。パパは警備員で夜居ないことが多かった。

 俺は暗い家の中で毎日ずっとただひたすらパパの帰りを待っていた。朝になっても。

 ママが男を作って逃げだってことはみんな知ってた。俺は学校でさんざんからかわれた。俺だって弱虫だから言い返さなかったんじゃないんだ。言い返す言葉がなんにもなかったんだ。だって事実だもんな。事実に嘘ついて言い返すわけにはいかねぇよ。

 パパだけが仲間だった。俺と同じようにママに捨てられた。

 でもパパは再婚した。新しいママ。新しい妹。

 人形のように可愛い妹は、でも、俺と似たような境遇に育っていた。俺たちはすぐに分かりあった。家の中でもずっと一緒にいた。新しいママも変わってて面白かった。

だけど俺はパパを待っていた。待つのが習慣になっていたから。

 そしてパパが死んだ。

 もう少し後だったら、まだよかったのかもしれない。ママも好きだった、妹も好きだった。もう少し後だったら家族に慣れていたのかもしれない。だけどあの時はまだ早すぎたんだ。

 俺は家に帰らなくなった。ママとも妹とも縁が切れたと思った。

 それなのにメサージェは俺と同じ学校に入学してきた。そして俺を探し、俺の仲間になっ た。もう俺は昔の俺じゃなくなってたのに。

 メサージェは俺がやれと言うことは何でもやった。ドラッグも売った。俺を家族に結び付けておくためだ。いつかメサージェが嫌だと言い出すかもしれない。もう仲間でいられないと言い出すかもしれない。その時を待っている。ただ、今はダメだ。今はまだ怖いんだ。


 「ね〜えメサージェ、俺のお願いきいてくれよ」

「なに」

「来週の金曜ダンスパ−ティをやる。学校のジムで。入場料は5ドル。おまえフロアを仕切ってくれよ」

「ダンパ? なんで? メンドくさいじゃない。客300人入っても1500ドルにしかならないのに」

「いいからやるの」

「だって、だいたい来週の金曜なんて急すぎだよ。もうちょっと後にならない?」

「来週の金曜! それ以外は意味がない」

メサージェの緑色の目の色が強くなった。

「来週の金曜、ライアンが何かやんのね? そうなのね?」

けっ! こいつくだらねぇことに気づく。

「図星? そうなの? どうしてそうライアンにこだわるのよ! で、何? 何があるの?」

「何ってことはないんだけどさぁ。フットボールの試合。サンタローザのチームを呼んでうちのチームとやらせるんだって。入場料は5ドル」

「サンタローザ!」

メサージェがうっとりした顔つきになった。

 まぁそうだろうな。サンタローザのチームと言えば、ハイスクールのチャンピオンでスター選手もいる。うちの生徒だけじゃなく町の連中も大勢客に呼べるだろう。3000人は来るかな。

「私そっち見に行きたい。さすがライアン、もとフットボール選手だもんね」

「ひざを痛めるまではねぇ」

「やらせとけばいいじゃないの。そんな遠くのチーム呼ぶならバスのチャーター代なんかで、もうけるどころかアシ出るかもよ。ライアンは好きでやってるだけなんじゃない? ほっときなさいよ」

「ばっかぁ。ライアンがでかい仕事やるんだぞ。あいつにだけいいかっこさせてられないじゃない。俺たちもやんの」

「で、ダンスパ−ティ? サンタロ−ザに勝てるかなぁ」

「やるんだ! おまえも協力しろよ」

メサ−ジェはため息をついた。

 嫌だとは言わない。

 おまえは絶対に断らない。分かってるんだからな。

「わかった。協力する。だから一つ約束してくんない?」

「何を?」

「UGに、私たちがドラッグ売ってること絶対言わないで」

おっ?

「なんでまた」

「UGは私たちがドラッグと戦ってると思ってるでしょ。ドラッグを売ってるライアンと敵対してるから。あたしたちも売ってるなんて夢にも思ってないもん。本当のことがバレたら真っ二つに切られるのは私たちだよ。UGのドラッグ嫌いは筋金入りなの。わけがあったんだよ」

「わけぇ? どんな?」

「友達がドラッグでめちゃめちゃになったんだって」

「ふうん?」

メサージェはじっと俺の顔を見た。

「ウォルタ−、私、もうドラッグ売らない」

なんだって?

「冗談だろ?」

「売らない。私、売らない! ダンパぐらいいくらでも手伝ってあげるから。もうドラッグ売るのやめさせて。・・・やめようよウォルター。もうやめようよ。うちに戻ってきてよ! 三人で暮らすのにお金なんかそんなにいらないじゃない!」

「そして何もできないひ弱な俺に戻れってのか!」

俺はメサージェをにらんだ。メサージェは俺をにらんだ。にらみあっていたのか、見つみあっていたのか。

 「UGのためなのか? UGがドラッグを嫌ってるからか? おまえUGに惚れてるのか?」

「そんなんじゃない、けど」

カッとした。

 メサージェ、おまえ、俺が大切なんだよな。

 俺はカウンターごしにメサージェの両腕をつかんだ。

「メサージェ。おまえ、俺から離れてったりしないよな。おまえまで俺を一人にしたりしないよな」

メサージェは青ざめてうなづいた。

「・・・私、何があってもあんたの妹だよ」

・・・・・妹?

 俺は手を離した。

 なんだかひどく寒くなった。

 そうとも。メサージェは妹じゃないか。可愛い、素直な、兄思いの、俺の妹。

 俺は顔をゆがめて笑って見せた。

「わかったよ。取引だ。ドラッグ売ってることはばらさない。おまえはダンパ手伝う。それからUGは用心棒だからな。来させろよ」

「取引って・・・」

俺は笑ったまま後ずさって、メサージェがカウンターをまわって追いかけて来る前に、ドアを蹴りあけて外に駆け出した。

 ジェフリーが俺をちらりと見て、それから無視した。



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