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11 エアメール     (児玉青年)

 児玉青年は会社の寮に住んでいるのだが、その夜ひどく考え込んでいた。

 メサージェが児玉青年を見たことがあるように思ったのはあたっていた。ただ違ったのは、児玉青年のほうではメサージェをはっきり覚えていた。

 あれは、イーデンさんの娘だ。

 YAMADA工場の警備員だったイーデン。YAMADAが直接

やとっていたわけではなく警備会社から派遣されてきていただけだったのに、気のいい男で、工場を愛し、おそらく工場からも愛されているだろうと皆が信じていた。イーデンにまかせておけば、工場には何事もおこらなかった。そのはずだった。

 それなのに、ある夜見回り中に脳の血管が破裂して倒れ、二日後に死んだ。警備会社では、YAMADAが契約以上に働かせたのだからYAMADAが労災に相当する保証金を払うべきだと訴えた。

訴訟に慣れない日本企業が示談に持ち込もうとするだろうと考えた訴訟だった。

 しかしYAMADAはこの国に腰を落ち着けるつもりだった。アメリカ人の弁護士を雇っていた。警備会社は裁判に負けた。裁判になったら警備会社に勝てる要素は何ひとつ無かった。

 その裁判のことがあって、YAMADAの上層部の人間はイーデンの葬式に行けなかった。謝罪したことになるからと。

 児玉青年は会社からの見舞金を持って葬式に行くように指示された。指示されなくとも行くつもりだったが、会社の名前で行かされるのはつらかった。

 もしも裁判を起こされなかったら、イーデンの為になら工場長も社長も喜んで葬儀に出席し、社員と同じような扱いで十分な見舞金も渡したかもしれないのだ。みんなイーデンが好きだった。工場を守ってくれたイーデンに感謝していた。

 でも、そんな事情をイーデンの家族が分かってくれるはずはない。

 児玉青年は、ぼう然としている様子の奥さんと息子と娘に挨拶をすると、逃げるように帰ってきた。


 彼女はあの時の娘だ。間違いない。人形のように可愛らしかった。あの緑色の瞳はそう忘れられるものじゃない。

 どうしたものかなぁ。


 児玉青年は、ベッドに寝転がる気分にもなれず、机に腰掛けて考えた。

 イーデンの娘がわざわざYAMADAの社長の息子に近づいてくる理由はなんだろう。しかも、自分の父親がYAMADAで働いていたことを隠して。

 帰りの車の中で社長と奥さんが話していたことによれば、彼女は雄治君を助ける為に校長までどなりつけたというんだ。あの時の思いつめた顔からすると、それは彼女にとっても相当に恐ろしいことだったんだろう。社長一家のこの町での受け取られ方から考えても雄治君は学校で苦労しているはずだ。それをどうして彼女はわざわざ味方するのか。

 父親を殺されたと・・・逆恨みしてるんだとしたら。・・・雄治君に近づいて、味方だと信じさせてどうするつもりなのか。

復讐を? 

 児玉青年はため息をついた。

 雄治君が傷つかないうちにこのことを知らせた方がいいのかもしれない。しかし、社長や奥さんは雄治君に友達ができたとあんなに喜んでいたんだ。言えない。証拠も無いのに、とても言えない。


 どうしたものかなぁ。


 その時内線電話が入った。

「児玉さん、面会です。かわいい女の子」

 かわいい女の子? 身に覚えがないなぁ・・・、と思いながら玄関に出て、そこに立っているメサージェにどれほど驚いたか。

 「あ、君、君は・・・、あの、つまり、どうしてここに」

「お願いがあって」

メサージェは言うのだった。

「お願い、お願い? ああ、そう。それでどうして僕に、それにどうして僕がここにいることを・・・」

「あなた、今日学校に居たでしょ? 思い出したの、あなた以前うちの父さんが死んだ時葬式に来た人よね。一人だけ両手合わせて頭下げて拝んでたでしょ。日本人の宗教ってずいぶん違うのね。日本って仏教? イスラム? 目立ってたのよ。知ってた?」

知らなかった。

 児玉青年は赤面した。同時に、自分のことを気にしていた理由はそれだけではないはずだ、とも思った。

「名刺置いていったでしょ。名刺入れに放り込んどいてよかった」

「ああ・・・」

それで名前と住所が分かったのか。

 「とにかく、玄関じゃなんだから」

面会室にメサージェを通して自動販売機のオレンジジュースを渡し、話を促した。

「それで、お願いっていうのは?」

「うん、いろいろ考えたんだけど、あなたに頼むしかないみたいだから」

「何を?」

児玉は、メサ−ジェの緑の瞳にすいこまれそうな気がして軽く頭をふった。復讐を考えているのだとしたら、俺が利用されるわけにはいかない。

「UGのことなんだけど」

ほら来た。

「え〜っと、知ってるのかな、あなた」

「何を?」

メサージェは言いにくそうに目を泳がせた。

「あの、日本で、その、UGが強すぎるっていうか、事件が、あったでしょ」

ヒヤリとした。

 ダウンタウンの出来事は、結局社長もどこかから聞いたらしい。どれくらい広まっているだろうかと児玉に聞くので、見ていた人間が多かったこと、しかし悪い評判にはなっていないこと、本人に言いに行ってしまったこと、本人から、社長には口どめされていたこと、を話した。誘導尋問のように話させられてしまったのだ。

 その時、社長からある程度の詳しい事情も聞いた。

 しかしこの娘はなぜそんなことを聞くのか。俺からそれを聞きだして学校で広めるつもりなのか。

 いや、それとも、自分はそれを知ってるから学校でバラされたくなかったら金を出せと?

 答えをためらっているうちに、そのためらっている様子から、メサージェは児玉が知っていることを感じ取ったようだった。

「あの、UGが助けに行った友達のことなんだけど、UGは自分が恨まれているって思ってるみたいだけど、そうなのかな」

「さあ・・・。僕にはなんとも」

雄治君が話したのか・・・。ずいぶんこの子に心を開いてるんだな。まずいな。

「UGは直接確かめてないみたいなの。でも確かめたほうがいいって思うのよ。だから、ここに手紙を書いたから、これを日本語にしてその友達に出してもらえないかな、できれば」

児玉は、メサージェがポケットから出したルーズリーフを広げた。

青いペンでこう書いてあった。



 始めまして 

 僕はUGの友達の児玉というものです。

僕はUGが日本でおこしたという暴力事件のことを知っています。UGは君が自分を恨んでいるだろうから申しわけなくて日本に帰れないと思ってます。

 だけど、UGを恨むのは間違ってる。UGは君のことを本当に心配していたんだ。UGのこと許してほしい。お願いします。UGを助けてあげてください。



 児玉は、メサ−ジェを見つめた。

 あまりにも驚いたものだからきつい視線になっていたのかもしれない、メサージェは困ったように目をそらすと、

「少しぐらいなら翻訳料払えるけど・・・」

とポケットからお金を出そうとした。児玉はやっと我に返った。

「違う! 違うんだよ。ただびっくりして。・・・・そうか、そうだな。・・・そうだよな。どうして誰も雄治君の友達に雄治君の気持ちを伝えようとしなかったんだろうな」

「雄治が言わないからでしょ。日本人の遠慮! 変な遠慮! 事態を悪く悪くしていってんのにそれでも遠慮するの」

「う〜ん。それにしても、どうして差出人の名前が僕なの? 君でいいじゃないか。USで友達になった者です、と書いた君の手紙を僕が翻訳した形にすれば」

「絶対だめ!」

メサージェはぶるっと震えた。

「あたしの名前は出さないで、お願い。ここに来たってことも内緒にして」

児玉の心に再び疑いが浮かんだ。

「どうして? 君の思いやりを知ったら雄治君は喜ぶだろうに」

「あたし、UGに日本に帰ってもらいたいの」

メサージェは唇をかんで目をふせた。児玉は黙っていた。雄治が嫌いだからいなくなってほしい、と言っているのだとは、思えない。

だからわざと聞いてみた。

「それはつまり、君は彼が嫌いだってこと?」

「違うわよ。頼みを聞いてくれないの?」

「雄治君を日本に追い返すようなことに協力はできないな」

児玉はソファから立ち上がろうとした。メサージェはあわてたようにその腕をつかんだ。

「あの、だから、違う、逆」

「逆? 何が逆?」

「だから! ・・・嫌いの逆」

メサージェは腕を放して、額を押さえた。児玉はメサージェの頬に伝わる涙を見た。あわててポケットを探るけれどもハンカチが無い。

「だから、UGが何に苦しんでるのか分かってるのにほっとくのは、できないの。それに・・・あたし、UGに隠してることあって、それ知られると、UGはあたしのこと嫌いになるから。だから、そのこと知られる前に日本に帰ってもらいたいの。・・・嫌われたくないの。それくらいなら、会えなくなるほうがいい・・・」

メサージェは顔を上げた。

「あたし悪いことしてる? それでUGの友達がUGのこと許すって言えばUGも助かるし、あたしも助かるんじゃない。いいことだよね」

「・・・許さないと言うかもしれない」

「だから、返事はあなたのところに行くようにして。許さないっていう返事だったら、UGには黙ってて。一生秘密にするの。あたしとあなたの秘密。お願い」

児玉はうなづいた。女の考えだ。女の考えで、あまりにも正しい。

「・・・君は、お父さんのことでYAMADAを恨んではいないの」

「えっ?」

メサージェは美しい目を見張った。

「どうして?」

「どうしてって・・・」

どうして、だったろう。

「いや、いいんだ。僕が、馬鹿だったってことだ」

「ふうん・・・」

メサージェが不思議そうに児玉の顔をのぞきこんだので、児玉は気恥ずかしくなった。そしてふと思いついてさっきの手紙の余白をちぎって、ペンでアルファベットを書き付けた。日本語のローマ字書きなのでメサージェには意味がわからない。

「何それ?」

「僕が馬鹿だった記念に、『I LOVE YOU』」を日本語で何と言うか書いておくよ」

「 ! 」

メサージェは赤くなった。

「いらない! どうしてそんなこと書いてるの」

「いらない? じゃあ捨てよう」

紙をまるめようとした児玉の手から、メサージェはそれをひったくった。

「せっかくだからもらっといてあげる! 使うことはないだろうけど、あたし勉強好きだから。じゃ、頼んだから! あたしのこと言ったら許さない!」

メサージェはどたばたと部屋を出て行った。


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