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1、アメリカはでっかい     (雄治)

 かなり前に書いたもので、拙さと軽さに自分でも驚くばかりです。

 が、こういう日本人がアメリカに行ってくれればいいという夢を気に入ってくれる人がいらっしゃるかもしれませんので、掲載させていただきます。

 舞台は実在の町と高校です。

 八月の二十四日は俺の十七回目の誕生日だった。が、ちょうどその日、俺たち家族三人はアメリカ合衆国に引っ越したので、俺自身さえそれどころじゃなかった。

 夕方成田を出て、ジャンボの中で一晩眠り、ロスアンゼルスの空港についたら夜中の十時だった。それなのに太陽はギラギラと黄色くまぶしく、これは大変なことになった、と俺は思った。

 「母さん。アメリカはずいぶん夜遅くまで太陽が沈まないんだな。白夜の時期なのかな。俺明るいと眠れないんだけど」

「ばか」

母さんは短く答えた。

「日付変更線の上を通るとき、キャビンアテンダントさんが時計の時刻を変えろと言ったのをおまえ聞いてなかったね。今は午後二時なの。明るいのはあたりまえ! それからロスアンゼルスに白夜はない」

「日付変更線?」

「その上を通ると時刻が変わるのよ。学校で習ったでしょうが」

「ああ、あれか!」

習った習った。地球儀に線が引いてあった。

「しまったぁ。線の上通る時下見ればよかった。母さんは見た?」

母さんは俺を横目でにらんだ。一重のきりっとした目だ。

「おまえはもう黙ってなさい」

「なんで?」

「母さんの産み方が悪かったのか、それとも育て方が悪かったのか、何か他の要因なのか研究したくなるからよ」

「おなかがすいたね」

父さんが口をはさんだ。

「せっかく雄治ゆうじの誕生日なんだ。サンフランシスコ行きの飛行機までまだ時間があるし、何か食べていこう。あの丸い建物はレストランなんじゃないかな」

四つ程向こうのビルの一番上が丸い展望台のようになっている。

 しかし行くのは大変そうだ。

「いいよ別に。誕生日は昨日だったし」

と言ったら母さんがにやりと笑った。

「なんだよ。変な笑い方」

「ふふん。昨日日本を発って一晩眠ってアメリカについたら、そこは昨日なのよ」

「はぁ?」

母さん頭おかしくなった? 

「つまり今ここは昨日の世界ってこと。だから八月二十四日でおまえの誕生日は続いているの」

「・・・・・」

俺は気持ちが悪くなってきた。

「じゃあ明日は?」

「明日は明日の昨日」

なんだそりゃ。

「じゃあずっと昨日なのか。アメリカにいる間ずっと?」

「大丈夫だよ」

父さんが言った。

「日本に帰る時には明日が明後日になるんだ。来る時に一日増えてしまった分、帰りに一日減るからもとに戻るだろう?」

「日本に帰れなかったらどうすんだ」

言ってしまってから、急いで口をつぐんだが、もう遅い。父さんは聞こえなかったふりをしてあっちを向いてしまった。

 日本にいられなくなったのは俺のせいなのだ。

 帰れなかったら、永遠に昨日のままでいなければならなくなったとしたら、それは、俺のせいだ。

 

 ロスアンゼルスの空港ってのは本当にだだっぴろくて、建物が二十ばかりもある。空港だけで一つの町を作っているのだとは聞いていたけれど、レストランに行くのに市営バスに乗らなければならないのは驚きだ。レストランの建物がまたやたらと馬鹿でかく、京都タワーを太くしたような代物で、上の丸い部分が展望レストランだった。やたら高い。

 軽めにとピザを頼んだら、唐傘を広げたような巨大な代物が出てきたので、一瞬で食欲を無くした。アメリカはとにかくなんでもでかいのだ。

 誕生日だから必死に食って、それからサンフランシスコに飛んだら、あたりには黒髪の人間なんかすっかりいなくなって、茶色やら金色やらの髪になってしまった。キャビンアテンダントも外人で、放送も英語だ。俺の方が外人になっちまったんだ。

 サンフランシスコの空港はロスアンゼルスに比べると遠慮がちな大きさで、ロビーに出たら迎えの人たちが大勢集まっていた。アメリカでも迎えの人間は集まるのだ。あたりはもう薄暗くなっていた。

 「島谷さんですね?」

日本語で名を呼ばれて俺たちはふりかえった。

日本人が立っていた。日本を離れてまだ一日だってのに、もう日本人がなつかしい。

二十代の半ばぐらいのその兄ちゃんは、児玉です、と頭を下げて、母さんの荷物を持ってくれた。

アメリカの作法なんだろうか。母さんの荷物は俺が持っておけばよかったんだと恥ずかしくなった。もう十七だってのに。

「お疲れでしょうけれど、これからまだ車で三時間もかかるんですよ。僕の車を持ってきますからちょっと待っててください」

児玉さんの車は、アメリカのメーカーの車だった。父さんは日本で三本の指に入るだろう大自動車メ−カ−、YAMADAに勤めていて、今度カリフォルニアYAMADAの社長としてやってきたのだ。児玉さんは父さんと同じ会社に勤めているんだから、児玉さんはライバル社の車に乗っているわけだ。そして父さんという新しい社長をそれに乗せようとしている。

「アメリカ人がアメリカのために作った車に乗ってみないと、この国の人たちが何を求めていて、何に気づいていないかわかりませんからね」

児玉さんは笑いもせずに言った。

なんだかこの人は好きだな。

 

車の中から空を見上げると、いつも見ていた月の兎がちっとも兎っぽく見えない。月なんか地球のどこで見ても同じだと思っていたのに、やっぱり地球は大きくて、日本とアメリカは遠いんだな。

「ちょっと雄治。神妙な顔して、まさかもう日本が恋しくなったわけ」

母さんがまた横目で見たのでせっかくの気分がふっとんだ。

「あのなぁ、日本の何を恋しがれって言うんだ俺に」

「いやぁね、児玉さん聞いた? この子は日本に十七年もいて彼女の一人も作れなかったのよ、なさけないわねぇ。アメリカの女の子になんか見向きもされないでしょうねぇ」

児玉さんはコメントに困ったらしくて薄笑いを浮かべただけだった。俺はますます児玉さんが好きになった。

 

 三時間車を走らせて、スノラという小さな町についた。町並みがウェスタン風で驚いた。店の前の通路は木でできているし、看板も木の板に絵が描いてあるのだ。よく見ると一輪車みたいなのに石炭がつんだのがたまに置いてある。映画の中じゃよく見るけど、西海岸って今でもこんなふうなのか? ガンマンが出てきそうだ。

 そのダウンタウンを抜けて、高台を上った。

「ここの一番上の家が社長の官舎です。ほら、もう見えてきました」

児玉さんはそう言って、あっ、と声をあげた。俺たちは驚いて、これから俺たちの家となるだろう家を見た。壁に93とでかい数字の書いてある白い家で、高台の上にあるために白いタイルの階段で玄関まで上がるようになっている。それはいいんだが、玄関の横に林のように、そうだな、二十本ばかり看板がたてられている。

 アメリカの家ってのは変わってんなぁ、と思ったら、違った。そのうちの一つに、GO HOMEとペンキで書いてある。これくらいなら俺にも分かる。「日本に帰れ」というわけだ。

 俺は思わず父さんの顔を見た。父さんは相変わらずおだやかな、と言えば聞こえはいいが、のほほんとした顔で看板を眺めている。

 「す、すいません!」

玄関の前に車を止めて、児玉さんは車をとび出した。

「昼間のうちにかたづけといたはずなんですけど! まさかこんな!」

なぎ倒すように看板を抜き始めた。ということはこんな看板がまだ山ほどあって、それを撤去してすぐまたこんな状態になったということか。

「ああ、よしなさい。そのままにしておいたほうがいいよ」

父さんが言った。

「そのまま!? でも、これじゃ・・・」

「いいんだ。かたづけてしまったら、また立てようとするだろう」

「そしたらまたかたづけます! 根比べですよ。作るよりかたづけるほうが楽ですから!」

「うん、それだ。作る、かたづける。また作る、またかたづける。また作る。そうすると、資源の無駄遣いだと思わないかい?」

「・・・は?」

「環境破壊はこういうところからおこるんだと思うよ。一人一人がよく考えて、こういう看板も、一度たてたらずっと使えるようにすれば、地球の砂漠化が少しでも食い止められると私は思うんだよ」

「・・・あ・・・なるほど」

児玉さんは、これが状況を深刻にしないための冗談なのか、それとも本気なのかと救いを求めるように俺の方を横目で見たが、俺は笑うしかなかった。父さんが何を考えているのか、俺だって分からない。いつも。

 父さんはわずかに顔をしかめて続けた。

「この十年日本が不況で、リストラが続いていたってことをこっちの人たちも知っているんだろう。YAMADAではリストラを行わずに来ているが、カリフォルニアYAMADAは業績不振だからね。新しい社長が来たとなれば、それまでのようにはいかないと誰だって思うだろう。私だってそう思う」

「はぁ・・・」

父さんのせいで仕事をクビになると思ったカリフォルニアYAMADAの現地社員たちがこんな看板をたてたわけだ。

 ところで母さんの方は看板にまた違う使い道を見つけていた。

 「雄治、おまえこの看板何書いてあるかちゃんと意味わかる?」

せせら笑うように言った。一番聞かれたくないことだったのでムッとしたが、しかたがない。

「GO HOMEぐらいわかるさ」

「他には?」

「う・・・・・」

母さんはあからさまに馬鹿にしたため息をついた。

「これだから日本の英語教育ってのはあてにならないのよ。いやあね」

「俺、ずっと英語のテープ聞いてたから聞くだけならわかるんだよ。そういう母さんはわかるのかよ」

「もちろん! だけど教えてやらない。勉強ってのは自分でやらないと力にならないからね」

「鬼だ。心から鬼だ」

児玉さんが、俺たちの様子を見て肩の力を抜いたのがわかった。それを感じて、父さんと母さんがほっとしたのが俺には分かった。

 父さんも母さんも傷ついていないはずがない。未来に不安がないはずがない。平気じゃないのに、平気な顔をしようとしている。

 全部、俺のせいなんだ。 


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