私のキスは彼女への熱。
「亜季、キスしたい」
放課後、先輩たちも亜季も帰って、1人の生徒会室、私は胸に秘めている想いをなんとなく口に出してみる。
私の想いは亜季には内緒。でも、時々こうして口に出すことで自分を戒めているのかもしれない。
私と亜季はただの幼なじみで友達であり、恋人ではないのだ。
「あー、もうっ!」
私は頭をガシガシとかく。
どうせなら、このモヤモヤをどうにか解消する手段でもあればいいのだけど、たまに1人で口に出す以上の方法を私の頭では思いつけない。
「姉ちゃんなら思いつくかな……」
私の頭に浮かんだのは4つ年上の高校生の姉ちゃんのこと。
恥ずかしいけど、相談してみようかな。普段は私に対する扱いが悪いけど、姉ちゃんは優しい。きっと、私が困ってると知れば真剣に相談に乗ってくれるだろう。
意を決した。
『ねぇ……、姉ちゃん、今から時間ある?』
『ん?どうしたの?』
私が電話をかけると、姉ちゃんはすぐに出た。
そして、姉ちゃんが言うにはちょうど家にいて暇だったらしい。続きは姉ちゃんの部屋で直接話すことにした。
家に帰ってきて、姉ちゃんの部屋に入ると、姉ちゃんはアイスを食べていた。
「あ、姉ちゃんだけずるい!」
「はぁ……?わざわざそんなことを言いにきたの?」
「違う!違う!亜季のことで相談があって……」
私の亜季への想いの一部を姉ちゃんに伝えてみる。
「冬子。あんたって本当にバカね」
「な!?ひどいよ!だってしょうがないじゃん!」
「まぁ、気持ちはわかるよ。それにしても、あんたがそこまで本気になってるなんてね」
「え?」
姉ちゃんの言葉の意味がわからなかった。
「あんたは亜季ちゃんのことが好きなんでしょ。恋人になりたいんでしょ」
「……べ、別に亜季のことなんてどうでもいいと思ってるし。なんとなくキスとかしたいなーなんて思っただけだし。たまたま頭に浮かんだのが亜季だっただけだし」
「冬子、それは嘘だよね」
いつもよりも低い姉ちゃんの声を聞いて背筋が凍った気がした。
「わ、私、部屋に帰る!」
「待ちなさい。あんたは逃げられないよ」
「ひっ……」
「ほら、座れ」
私は腕を引っ張られて、姉ちゃんの前に正座させらされた。
「あんたは亜季ちゃんのことが好き。これは本当でしょ。で、モヤモヤを解消したい」
姉ちゃんの圧力に耐えられず首を縦に振る。
姉ちゃんはため息をついて言葉を続けた。
「いっそのこと想いを伝えてみたら?」
「む、無理だよ!そんなのできないよ!」
「なんで?」
「だって……亜季は私のことなんか好きじゃないもん!」
そうだ。亜季は私のことをただの友達だと思っているはずだ。幼なじみだから、ずっと一緒にいたから亜季の考えはよーくわかる。私は亜季の友達でしかない。だから、もし告白したら迷惑がかかるに違いない。
「冬子。亜季ちゃんがただの友達のことを常に気にかけると思う?」
姉ちゃんはいつになく真剣な顔で話す。
「……確かに他の子たちのことは私のことみたいに気にかけてないけど……。亜季は私に給食のプリンをよくくれるし、宿題も手伝ってくれるし……。でも!亜季と私の好きは違うもん。私は亜季とキスしたいって思ってるけど、亜季はきっとそんなこと思ってないし……」
「あの子はあんたと同じ気持ちだと思うけど」
姉ちゃんは呆れたように言う
「ううん。そんなはずない。亜季にとって私はただの友達だし、私が一方的に想っているだけで……」
涙が出てきた。自分でもわかっていた。亜季に私の想いは届かないってことに。
「めんどくさいなぁ……じゃあ、私が亜季ちゃんに直接伝えようか?」
「え?いやいやいやいや!そんなことしないでよ!してほしくないよ!怖いよ……」
なんだか自分が自分じゃないみたいだ。いつもの私なら怖いなんてこと言わないだろう。でも、怖かった。産まれてからずっと一緒にいた亜季に想いを伝えたら、亜季との13年間の関係が壊れてしまうんじゃないかって。それがすごく怖くて仕方がなかった。
「だったら、自分で伝えるんだね」
「うぅ……」
「大丈夫。何かあったら私がなんとかするからさ」
姉ちゃんは優しい声で私に言った。
「でも……」
「でも、じゃない。あんたは私に相談するくらい亜季ちゃんへの想いが溢れてるんでしょ。早く伝えないと後悔することになるかもしれないよ」
「そっか……。そうだね。わかった。ありがと、姉ちゃん」
「いいのいいの。困った時はお互い様だからね」
姉ちゃんは頭を撫でてくれた。その手は優しくて心地よかった。
私は姉ちゃんの部屋を出て、玄関を出て、うちの隣にある亜季の家に向かった。
チャイムを押して、待っていると、扉が開き、その向こうに亜季がいた。
「冬ちゃん?こんな時間にどうしましたの?」
亜季は私の突然の訪問に驚いたような表情をしている。
「亜季に伝えたいことがある」
いつになく真剣な顔をしている私を見て、亜季は不思議そうな顔をしながらも、なにも聞かずに自分の部屋まで連れて行ってくれた。
「で、どうしましたの?伝えたいことって?」
亜季の部屋に2人っきり、いよいよかと思うとなんだか緊張する。
でも、戸惑っていたらどんどん恥ずかしくなる。勢いよく直球勝負。それが私の持ち味だ。
「亜季!私、亜季のことが好き!」
「……はい?いきなり何を言ってますの?」
「い、意味わかんないよね……。ごめん。忘れて……」
勢いは長く続かなかった。
私は亜季の部屋を出ていこうとした。すると、後ろから手を掴まれた。
「待ってください!」
振り向くと亜季が頬を赤らめていた。
「その……冬ちゃんは私のことが好き……ですの……?」
「う、うん」
「そうですか……」
再び亜季から目線を外す。もう後ろを振り向くことができない。沈黙が続く。気まずい。とても気まずい。心臓の音が大きく聞こえる。
「……冬ちゃん、ううん冬子、こちらを向いてくれませんか」
「な、何?」
名前を呼ばれてドキッとした。恐る恐る亜季の顔を見る。彼女の顔はいつになく赤かった。
「わ、わたくしも冬子のことが好きですわ……」
「本当っ!?」
「はい。それで、続きの言葉は……?」
「亜季とキスしたい」
その言葉は予想していなかったのか、亜季は顔をさらに赤くした。
「き、キス……」
「ダメかな?」
「いえ……いいですよ。冬子、目を閉じてください」
私は言われた通りに目を閉じる。
しばらくして唇に触れる柔らかい感触。それは数秒続いた。そして、柔らかい感触が離れたと思ったら、今度は強く抱きしめられた。
「冬子、私も好きです。大好きです。小さい時からずっと……。私もこの想いを伝えたかった」
私の耳元で亜季の声が震えていた。
「泣いてるの?」
「うるさいですわね」
そうして、私たちはまた、唇を重ねた。今度は数秒に止まらなかった。長くて甘い時間が続いた。
〜〜〜
「姉ちゃん、いる?」
「んー、ちょっとまって」
亜季の家から帰ってきてすぐに姉ちゃんの部屋に入ると、姉ちゃんは机に向かって勉強をしていた。
「お待たせ。どうだったの?」
「姉ちゃん、ありがと」
「……そっか、想いを伝えられたんだ。結果は……聞くまでもないか」
姉ちゃんは珍しく笑顔を見せた。
「よかったね。冬子」
「うん!じゃあ、もう寝るね。おやすみー」
「はい、お休み」
亜季に想いを伝えられて安心した私の頭にふと、意地悪な考えが浮かんだ。
今までの雑な扱いのお返しだ!
「あ、悪いね姉ちゃん。私が先に恋人作っちゃって」
「はぁ……そういうところがなければかわいい妹なんだけどな。あと、私には前から彼女がいるから、先なのは私だよ」
「えっ……」
「それじゃあ、おやすみ」
「う、うん。おやすみなさい……」
私は自分の部屋に戻ってそのままベッドにダイブした。驚きはしたが、正直、唐突な姉ちゃんのカミングアウトなんてどうでもよかった。
「ふふ、やっと言えたよ……。これで安心して眠れるかも……」
明日は土曜日だ。久しぶりに亜季と一緒に出かけようかな。楽しみで仕方がないなぁ。
ん?私と亜季は恋人になったわけだし、もしや、デートというものではないのか……?
そう考えるとなんだか顔に熱が……。
これ以上考えると眠れなくなりそうだから、その先のことは考えないようにした。
こうして、私達は付き合うことになったのだ。これからどんなことが待ち受けているかわからないけど、きっと楽しいに違いない。だって、亜季が隣にいるって考えるだけでこんなにも幸せなのだから