第7話 ロクな告白じゃない。
沙希と楽しく談笑しつつ、昼過ぎには夕食まで作ってくれた。結局、俺の家に来ても寮母のように働いているのはどうかと思ったのでゆっくり休むように言ったのだが、やっぱり落ち着かないということで、ゴリ押しされて作っていた。
そんなに信用が無いのだろうか?沙希の色気は確かに凄いのだが、流石に一昨日出会ったばかりの女性に何かをするほど愚かでもない。しかし、沙希の世界はその愚かなゲームだから警戒が解けないのも仕方がないか。俺は別ゲームのキャラなんだがな。というか、ケダモノと一緒にされたくない。
料理を作っている沙希の元まで言って真面目に話してみるか。
「沙希。俺は今日、昨日で何かをしたいとは思わない。そういうのはもっとお互いを知ってからでも遅くないんじゃないかな?とはいえ、沙希に魅力が無いと言ってる訳じゃないよ?本当は我慢しているからね。沙希が毛嫌いするケダモノみたいにはなりたくないんだ。」
俺の言葉に困ったような表情を浮かべる沙希。
「玲……違うのよ。私自身が怖いの。私のこのキャラも、あのジャンルの世界のキャラなの。設定に書いてあった事をしていると落ち着くと言ったわよね?だから、頭ではソレを理解し、今も恐怖しているけれど、体が、心が、簡単に堕ちて、その事で落ち着くのじゃないかってね。」
そういう事か。確かにそれは分からない。
試して本当にそうなってしまったらと、思えば思うほど、試せないか。
「ごめん。俺と沙希は生まれ世界が違うから、あまり助けることは出来ないのかもしれない。」
「違うわ!玲。貴方が居なければ私はそう遠くない内に壊れていたわ。私は玲が居てくれて本当に嬉しかったの。」
包丁を置いて、俺に振り返り笑顔で言う沙希を俺はつい抱きしめてしまった。何もしないつもりだったけど、無理だった。沙希もされるがままで受け入れてくれた。
お互いの鼓動が聞こえる。
俺も沙希もスペック的には最高で、色んな設定が組み込まれている。それなのに2人の未来は明るくは無かった。それでも、これからも2人で頑張っていけたらと思った。
その後はこれ以上進展させず、夕方前に沙希は帰って行った。寮母なのだから、本来の仕事である夕食の準備が待っているのだろう。
今後も来る時はこんな時間帯になるそうだ。俺は何時でも大丈夫だと、待っている方だからと伝えた。
本当に沙希に会えて良かったと俺は思った。いや、その事で浮かれてしまっていたのかもしれない。
翌日、学校へ行き、蓮司に会って合コンのドタキャンしたことを謝る。
「気にすんな。玲の体調不良は今に始まったことじゃねぇしな。」
「ありがとう。蓮司。それで当日は楽しめたのか?」
あのカオスなメンバー達による合コンだ。ちょっと結果が気になってしまった。
「んー。ぶっちゃけ合コンとしては大失敗だな。でも、由愛ちゃんと仲良くなれたし楽しかったぜ?あっちもなんだか楽しそうだったしな。」
そうなるわな。予想通りだ。でもお陰で沙希と知り合う事が出来たんだ。蓮司には感謝しかないな。
「そうか。蓮司が楽しめたのなら良かったよ。
俺が急に休んで変な空気になってしまったらと心配していたんだ。」
「馬鹿野郎。大丈夫に決まってんだろ?心配するなら自分の体調を心配しろってんだ。」
「確かにそうかもな。」
「だろ?」
蓮司は本当に良い奴だな。2人で笑って合コン話は後腐れなく終わった。
本当に……浮かれていたのかもしれない。沙希のこと。そして蓮司との会話。俺は上手く事を運べていると思い込んでいたんだ。
「ねぇ?灰原君……ダメ……なのかな?」
鳥肌、冷や汗、寒気……その他諸々が止まらない。
放課後に誰かに屋上へ呼び出され、体調も機嫌も良かったから、誰なのか特に確認もせず、ホイホイ行ってしまったんだ。
屋上には心垣さんが1人で居た。
心垣さんを見た瞬間に忘れていた事を思い出した。しかし、それは有り得ない、可能性が低いと思い込んでいた。
「あの時ぶつかって、そこで初めて会って会話した時から好きになりました。灰原君、私と付き合ってくれませんか?
ねぇ?灰原君……ダメ……なのかな?」
そう、心垣さんから告白された。
ぶつかって居ないのに、寧ろ会って会話した事すらないのにだ!遠目で見たとは言え、正確には初対面のはずだった。
おかしいだろ?この時点で既に鳥肌がたっていた。
でも勇気を出して心垣さんには悪いが断ったんだ。
それから恐怖が始まった。
心垣さんが同じ言葉しか言わなくなった。まるで壊れた動画のように、何度も、何度も、何度も、何度も……なんの抑揚も無く、瞬き1つぜず、じっと俺を見つめたまま、何度も、何度も、何度も、何度も……。
「ねぇ?灰原君……ダメ……なのかな?」
恐怖に押しつぶされそうになりながらも、やっと気づいた。そもそも元のゲームで俺が心垣さんを断る分岐が無いのだという事に。
だから、ループするのか。俺が「良いよ。」と言うまで……。
そうか。俺は人だと思っていたんだ。ゲーム世界とは言え、異世界みたいな何かのココに居る人達は血の通った人だと思っていた。でも違うのか。
そうなると俺は……主人公の思うがまま、あの姫野がやりたい事の為にしか道が無いのじゃないだろうか?
姫野は俺と同じ境遇で自由に動けるだろう。だから姫野との個人同士での出来事は回避出来るかもしれない。しかし、こうして他のキャラとの絡みには俺も姫野も自由が無いのかもしれない。
『ごめん。沙希。浮気するつもりは無いが、こればかりは逃げれそうに無いんだ。』
そして、俺は心垣さんに「良いよ。」と言うしか無かった。
「ホント!?ありがとう。灰原君。」
普段はおっとりした心垣さんは珍しく飛び跳ねて喜び、最後は飛んだ勢いのまま抱きついてきた。
「本当に嬉しいよ。灰原君。」
俺の耳元で囁かれた心垣さんの言葉は、やけに冷たく機械的に感じた。